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池のほとりの東屋で
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朝の散歩をエルンスト殿下と終えて、エルンスト殿下はステファン殿下の執務室へと向かった。
今日、クラリーチェ様は公務で出掛けられてしまったから、私はすべきことがほとんど無い。
お休みを貰ったら、どうしても行きたいところがあった。
池のほとりの東屋にもう一度行こうと思っていた。
記憶を上書きしたかった。
あの池とあの東屋は私が死のうとした場所ではなくて、私とエルンスト殿下が出会った場所にしたかった。
そこに向かって歩いていると、背後から
「レーチェ?」
と声が掛かった。
振り向いた先にはステファン殿下が立っていた。
「ステファン殿下、どうなさいましたの?エルは?」
「エルとはまだ会っていない。すれ違ったみたいだな。
少し話したくて抜け出してきた。」
「…話、ですか?私と?」
「ああ。エルには後で俺から話す。」
歩きながら、とステファン殿下に誘われて、並んで歩いた。
あんなに暑かった夏はその勢いを弱めて、空は突き抜けるように高い秋のそれに居場所を譲っていた。
木々の隙間から溢れる日差しがどこか心地が良い。
「レーチェは…」
「あ、あの。出来ればその呼び方は。」
「嫌か?」
「いえ、私は構わないのですが、エルが。」
そう言うとステファン殿下はハハハと笑う。
「少しぐらい嫉妬させてやれ。」
「…でも。」
「名前くらい好きに呼ばせてくれ。…それに急に変えたら周りが気を使う。」
そういうものなのだろうか。
悩んでしまえばきっと答えは出ない。
…後はエルがどうにかするだろう。元々おふたりはなんでも話す気やすい関係なのだから。
私が気にするのはやめる事にした。
「それで、私に話とは。」
「頼みがある。」
ステファン殿下が私に頼み?
「なんでしょう。」
わざわざこんなところまで追いかけてきてされるような頼み事は何も思いつかないのだけれど。
「レーチェから折れてやっては貰えないだろうか。」
そう言われて、ステファン殿下が私をワザワザ追いかけてきた理由に思い当たる。
「私からですか?ブリトーニャ様との事ですよね。
私は構いませんけど、カトリーナ様からは止められています。そこまで甘やかす必要は無い、と。」
そうか、とステファン殿下は呟いて、秋空を見上げた。
「まだアイツに対して思うことはあるか?」
「私がですか?ただ申し訳なかったな、と。」
「うん?怒ってはいないのか?」
意外だったと言いたげな様子でステファン殿下は私の方を見つめてくる。
意外に思うのは私の方だ。
「私が?ブリトーニャ様に?どうして?
ブリトーニャ様は何も悪いことはしてないですよね。」
申し訳ないと思うのは、真っ新な気持ちで婚約から結婚までの期間を過ごさせて差し上げられなかったからだ。
あの時の私の存在はブリトーニャ様にとっては決して認められるものでは無かった。
怒りをぶつけられるのも、嘲りを投げられるのも、誹りを受けるのも当たり前だ。
しかもだ、私はエルと城から逃げ出して、とっくに過去だと振り切ったけれどブリトーニャ様だけはいつまでも苦しんでおられる。
「私から聞いても宜しいですか?おふたりはまだ引き摺っているんですか?」
「…ああ、少しな。
俺は、レーチェが完全に幸せになるまでは、俺はアイツとは夫婦にはならないと決めた。」
はっ!?
「私、もう幸せですけど?」
というか、あなた達はもう夫婦だろうに。
「言ったろう?完全に、と。」
ステファン殿下は私をブリトーニャ様が相談役として認めるまではブリトーニャ様とは真の夫婦にはならないと言う。
イヤイヤ、それは違うから!!
あなた、そんなにバカなの?
「ステファン殿下、失礼なことを言いますけど、許して下さいね。
あの!!自分が幸せになったから私を受け入れられるんじゃないんですか!?」
ステファン殿下の目が大きく開かれる。
えっ?何?何でそんなに驚くの?
「…そうなのか?」
「そうですよ。
夫が全てを忘れたから、過去を許せるんじゃないでしょうか。そこ、私のせいにしないで欲しいんですけど!!」
「別にレーチェのせいにするつもりは…。」
「してます!」
私が過去を乗り越えたのは、エルンスト殿下がずっとそばにいてくれたからだ。
私の過去ごと丸ごと受け止めてくれたからだ。
だからステファン殿下にも過去を丸ごと飲み込んで欲しい。
「私を言い訳になんかしないで、さっさと先に進んで下さい!」
「そのことなんだけど…。だから折れてやってくれと頼んでる。
アイツはキッカケが掴めないままなんだ。」
「だから、それはカトリーナ様に止められてる、と。私から何かしてはダメだ、と。」
「折れてくれる気はあるのか?」
「ありますよ!というか早くいい関係を作りたいんですよ、私は。」
だったら、とステファン殿下は
「母を言い訳にしないで、自分はどうしたいか?で決めてくれないか。」
と言う。
その瞳にあるのは懇願らしい。
「うっ!」
投げた言葉がクルクルっと回ってブーメランになった。
私とステファン殿下は歩きながら話し続け、あの東家の前にたどり着いた。
今日、クラリーチェ様は公務で出掛けられてしまったから、私はすべきことがほとんど無い。
お休みを貰ったら、どうしても行きたいところがあった。
池のほとりの東屋にもう一度行こうと思っていた。
記憶を上書きしたかった。
あの池とあの東屋は私が死のうとした場所ではなくて、私とエルンスト殿下が出会った場所にしたかった。
そこに向かって歩いていると、背後から
「レーチェ?」
と声が掛かった。
振り向いた先にはステファン殿下が立っていた。
「ステファン殿下、どうなさいましたの?エルは?」
「エルとはまだ会っていない。すれ違ったみたいだな。
少し話したくて抜け出してきた。」
「…話、ですか?私と?」
「ああ。エルには後で俺から話す。」
歩きながら、とステファン殿下に誘われて、並んで歩いた。
あんなに暑かった夏はその勢いを弱めて、空は突き抜けるように高い秋のそれに居場所を譲っていた。
木々の隙間から溢れる日差しがどこか心地が良い。
「レーチェは…」
「あ、あの。出来ればその呼び方は。」
「嫌か?」
「いえ、私は構わないのですが、エルが。」
そう言うとステファン殿下はハハハと笑う。
「少しぐらい嫉妬させてやれ。」
「…でも。」
「名前くらい好きに呼ばせてくれ。…それに急に変えたら周りが気を使う。」
そういうものなのだろうか。
悩んでしまえばきっと答えは出ない。
…後はエルがどうにかするだろう。元々おふたりはなんでも話す気やすい関係なのだから。
私が気にするのはやめる事にした。
「それで、私に話とは。」
「頼みがある。」
ステファン殿下が私に頼み?
「なんでしょう。」
わざわざこんなところまで追いかけてきてされるような頼み事は何も思いつかないのだけれど。
「レーチェから折れてやっては貰えないだろうか。」
そう言われて、ステファン殿下が私をワザワザ追いかけてきた理由に思い当たる。
「私からですか?ブリトーニャ様との事ですよね。
私は構いませんけど、カトリーナ様からは止められています。そこまで甘やかす必要は無い、と。」
そうか、とステファン殿下は呟いて、秋空を見上げた。
「まだアイツに対して思うことはあるか?」
「私がですか?ただ申し訳なかったな、と。」
「うん?怒ってはいないのか?」
意外だったと言いたげな様子でステファン殿下は私の方を見つめてくる。
意外に思うのは私の方だ。
「私が?ブリトーニャ様に?どうして?
ブリトーニャ様は何も悪いことはしてないですよね。」
申し訳ないと思うのは、真っ新な気持ちで婚約から結婚までの期間を過ごさせて差し上げられなかったからだ。
あの時の私の存在はブリトーニャ様にとっては決して認められるものでは無かった。
怒りをぶつけられるのも、嘲りを投げられるのも、誹りを受けるのも当たり前だ。
しかもだ、私はエルと城から逃げ出して、とっくに過去だと振り切ったけれどブリトーニャ様だけはいつまでも苦しんでおられる。
「私から聞いても宜しいですか?おふたりはまだ引き摺っているんですか?」
「…ああ、少しな。
俺は、レーチェが完全に幸せになるまでは、俺はアイツとは夫婦にはならないと決めた。」
はっ!?
「私、もう幸せですけど?」
というか、あなた達はもう夫婦だろうに。
「言ったろう?完全に、と。」
ステファン殿下は私をブリトーニャ様が相談役として認めるまではブリトーニャ様とは真の夫婦にはならないと言う。
イヤイヤ、それは違うから!!
あなた、そんなにバカなの?
「ステファン殿下、失礼なことを言いますけど、許して下さいね。
あの!!自分が幸せになったから私を受け入れられるんじゃないんですか!?」
ステファン殿下の目が大きく開かれる。
えっ?何?何でそんなに驚くの?
「…そうなのか?」
「そうですよ。
夫が全てを忘れたから、過去を許せるんじゃないでしょうか。そこ、私のせいにしないで欲しいんですけど!!」
「別にレーチェのせいにするつもりは…。」
「してます!」
私が過去を乗り越えたのは、エルンスト殿下がずっとそばにいてくれたからだ。
私の過去ごと丸ごと受け止めてくれたからだ。
だからステファン殿下にも過去を丸ごと飲み込んで欲しい。
「私を言い訳になんかしないで、さっさと先に進んで下さい!」
「そのことなんだけど…。だから折れてやってくれと頼んでる。
アイツはキッカケが掴めないままなんだ。」
「だから、それはカトリーナ様に止められてる、と。私から何かしてはダメだ、と。」
「折れてくれる気はあるのか?」
「ありますよ!というか早くいい関係を作りたいんですよ、私は。」
だったら、とステファン殿下は
「母を言い訳にしないで、自分はどうしたいか?で決めてくれないか。」
と言う。
その瞳にあるのは懇願らしい。
「うっ!」
投げた言葉がクルクルっと回ってブーメランになった。
私とステファン殿下は歩きながら話し続け、あの東家の前にたどり着いた。
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