修道院に行きたいんです

枝豆

文字の大きさ
上 下
60 / 100

シュタインの姫

しおりを挟む
「なにそれー?酷くなぁーい?」
エルンストの膝の上で甘えて見せるかつての妾がなぜか私に同情している。

誰なんだ?この目の前の女は。
姿形は間違うことなく、あのレイチェルだ。
しかし、私が知っているレイチェルではなかった。

執務の報告を済ませ、いつも通りにステファンの部屋を出ようとした時にステファンから「少し酒に付き合え。」
と、城に来て始めて酒飲みに誘われた。
もちろん夕食を共にしたことも、酒膳に付き合ったこともあるけれど、それは2人ではなく、もてなさなければならない客人がいる場合や陛下やカトリーナ様に誘われた場合に限ってだった。

「はい。」
そう答えると、笑顔になったステファンは外に出ると言い出した。
寒くなるから外套を着ろとまで。
もうすぐ日が暮れるのに、どこに行くと言うのだろう…。

連れて行かれたのは小さなボートハウス。その存在は知ってはいたけれど、雑草が生い茂り土埃にまみれ、誰も使っている様子は見えない場所だった。
何かいわくがあるのは薄々感じてはいた。カトリーナ様はこの道を決してお通りにはならない。

しかし今日は見違えるように丁寧に磨き上げられて、松明が幾本も入れられている。
白い小さなボートがこちらに向かって進んでくるの見え、その向こうには湖の中に筏が組まれ、やはりたくさんの明かりが灯っている。
ここ数日、技師たちが池の中で何かやっているのは知ってはいたが、その目的は聞けず終い。
この為なのか。
…綺麗。
夕闇の中オレンジの炎があちこちに灯されて揺らめいている。

「あそこに行くのですか?」
ステファンを見やるが、松明の炎の影になっていて表情まではよくわからない。
「ああ。」
と答える声音は至って穏やかだった。

「お前のために用意した。」
「ステファンが?」
「違う。行けばわかる。」

ステファンに手を取られて、小さなボートに乗り込んだ。
…怖い、舟が揺れるのが怖い。

「大丈夫、ここはそんなに深くはない。転覆しても立てる。
ブリトーニャ、どうしても嫌なら歩いて岸に戻れる。」
「どうしても…嫌なら?」
「ああ、どうしても嫌ならな。俺は戻る為に手を貸さない。ただ、前へ行くためにならいくらでも手を貸してやる。」
捕まれたままの手が熱い。

…なんの謎かけ?
怖い…。この先に何があるんだろう、私はどうなるんだろう。
…怖い。

筏に近付くとそこに立つ人のシルエットがハッキリとその者が誰かを理解した。
エルンストとレイチェル…。
この宴を用意したのは、ステファンじゃない…あの2人だ。

戻りたい、戻らなきゃ!
けれど、先ほどのステファンの言葉が思い出された。
「俺は戻る為には手を貸さない。」
「どうしても嫌なら歩いて岸に戻れる。」

…怖い。
このまま行くのも、揺れるボートから飛び降りるのも…。池の中を歩いて帰る…そうしなければならない。
おそらくそれをしたらもう2度と取り返せない。ステファンの慈悲も、レイチェルとの関係の修復も。

「ひとりじゃない。大丈夫、俺がいる。」
変わらず穏やかにステファンが言葉を掛け、繋いだ手に力を込めてくれた。

…でも…。…だけど…。
どうするか決めきれないままボートは筏に付けられ、ステファンはさっさと降りてしまう。
「ほら。おいで。」
繋がれたままの、男にしては華奢な掌、これに縋ってもいいのだろうか。
迷ったまま立ち上がり、迷ったままボートから降りた。
振り返ると舟はさっさと筏から離れていった。

エルンストがにこやかに話しかけてくる。
「来てくれてありがとう。諦めてもてなされてくれ。椅子も足りないけれど、それもまた許してくれ。
今夜はヒュッテ式でやらせて頂くよ。
酒だけは十分にあるようだ。飲んで舟を待つのも悪くはない。」

諦めて…か。
歩いて戻るつもりはなくなった。
あとはなるようにしかならない。
最悪ここで数時間ただ座っているだけなのだろう。

…諦めよう。そうだ、諦めて…しまえば…。

が、最悪はまだあった。
私はステファンの膝の上に座れという。
なんの拷問?と思ったら、レイチェルは当たり前のようにエルンストの膝の上に子猫のように納まった。
ヒュッテ式?ヒュッテって何?そんな言葉私は知らない。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

朝起きたら同じ部屋にいた婚約者が見知らぬ女と抱き合いながら寝ていました。……これは一体どういうことですか!?

四季
恋愛
朝起きたら同じ部屋にいた婚約者が見知らぬ女と抱き合いながら寝ていました。

噂の悪女が妻になりました

はくまいキャベツ
恋愛
ミラ・イヴァンチスカ。 国王の右腕と言われている宰相を父に持つ彼女は見目麗しく気品溢れる容姿とは裏腹に、父の権力を良い事に贅沢を好み、自分と同等かそれ以上の人間としか付き合わないプライドの塊の様な女だという。 その名前は国中に知れ渡っており、田舎の貧乏貴族ローガン・ウィリアムズの耳にも届いていた。そんな彼に一通の手紙が届く。その手紙にはあの噂の悪女、ミラ・イヴァンチスカとの婚姻を勧める内容が書かれていた。

[完結]本当にバカね

シマ
恋愛
私には幼い頃から婚約者がいる。 この国の子供は貴族、平民問わず試験に合格すれば通えるサラタル学園がある。 貴族は落ちたら恥とまで言われる学園で出会った平民と恋に落ちた婚約者。 入婿の貴方が私を見下すとは良い度胸ね。 私を敵に回したら、どうなるか分からせてあげる。

目を覚ましたら、婚約者に子供が出来ていました。

霙アルカ。
恋愛
目を覚ましたら、婚約者は私の幼馴染との間に子供を作っていました。 「でも、愛してるのは、ダリア君だけなんだ。」 いやいや、そんな事言われてもこれ以上一緒にいれるわけないでしょ。 ※こちらは更新ゆっくりかもです。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

私のことを追い出したいらしいので、お望み通り出て行って差し上げますわ

榎夜
恋愛
私の婚約も勉強も、常に邪魔をしてくるおバカさんたちにはもうウンザリですの! 私は私で好き勝手やらせてもらうので、そちらもどうぞ自滅してくださいませ。

婚約破棄ですか???実家からちょうど帰ってこいと言われたので好都合です!!!これからは復讐をします!!!~どこにでもある普通の令嬢物語~

tartan321
恋愛
婚約破棄とはなかなか考えたものでございますね。しかしながら、私はもう帰って来いと言われてしまいました。ですから、帰ることにします。これで、あなた様の口うるさい両親や、その他の家族の皆様とも顔を合わせることがないのですね。ラッキーです!!! 壮大なストーリーで奏でる、感動的なファンタジーアドベンチャーです!!!!!最後の涙の理由とは??? 一度完結といたしました。続編は引き続き書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

処理中です...