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覚悟
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目が覚めた時、私はステファン殿下の部屋にいた。
…そうだ。
予定よりも随分早く戻ってきてしまったステファン殿下には、もう寝ちゃいました、ごめんあそばせ作戦は通用しなかった。
いつものように、いや、いつもよりもしつこく抱き潰されて寝落ちしてしまった私は、殿下に清拭されて部屋を移ったんだろう。
…いつものように、シーツ一枚を身体に巻き付けて。
もう涙は枯れ果てた。
こんなの許されるはずがない。
ステファン殿下は少なくても今夜は私のところへ来てはいけなかった。
ブリトーニャ様のところへ行くべきだった。
私の憂鬱な気持ちに気付くはずもなく、ステファン殿下はぐっすりと眠ってしまっている。
そっとベッドから抜け出した。
どうやら身に巻かれていたシーツは閨番が回収したらしい。
エッタを呼ばなければ、私は素っ裸のまま、裸足のまま、自分の部屋に帰るしかない。
呼んだらきっとステファン殿下はお目覚めになるだろう。
…何かないかな?と見回したとき、ベッド横のテーブルに畳まれた夜着と短剣があるのを見つけた。
…どうしてここに?
いつもは私の部屋の私の枕元に置いているあの短剣。
それが殿下の部屋に置いてある。
…誰が?
私に愛を誓い、殿下の生命与奪を預けられた短剣。
わざわざ殿下が自分で運ぶはずがない。
…ふふ。
あはははは
もう笑うしかない。
表向き、殿下の命を奪う事を許された短剣。
しかしそれを鞘から抜いた途端、切り捨てられるのは私の方だ。ステファン殿下につけられている警備兵が殿下の暗殺を見逃すはずがない。
…死ね、と言われている。
誰が?私がだ。
閨番なのかエッタなのか、殿下の警備兵なのかはわからない。
ただ、いつでも私を刺し殺せるほど近くにいる人に「死ね」と言われているのだ。
…そうね。
いつまでもこうしていたって仕方がないもの、ね。
殿下が終わらせられないなら、私が終わりにするしかない。
私は置かれた夜着を纏って、短剣を持って部屋を出た。
ペタペタと冷たい床の上を素足で歩いた。
自分の部屋を通り過ぎて、そのまま階下へと向かった。
外へ出て、それでも歩いた。
着いたのは王妃殿下がお気に入りの東屋だった。
せめてここで。もう2度とここで優雅にお茶会なんかさせてなんかやらない!
この東屋は少し変わった東屋だ。
舟がつけられるボートハウスを兼ねている。
つまりは池の畔に建てられている。
上手くいけば、池、そのものを王妃殿下から奪えるかもしれない。
東屋に入って、足首まで水に浸けた。
温かくもなければ冷たくも感じなかった。
ぬるぬると水が足に纏わりつくだけだった。
膝まで浸かるくらいまで歩いた。
短剣を鞘から引き抜いた。
月明かりが反射して、刃がキラキラと輝いて見えた。
その煌めきに吸い込まれそうになる。
手を切らないようにそっと柄を持ち替えて下向きになるように両手でしっかりと握りしめた。
後は…この身体をこの刃に当てればいい。
そしてそのまま倒れ込めばいい。
そうしたら全てが終わる。
この雁字搦めに縛り付けられた鳥籠のような城から、どこでも好きなところに逃げられる。
私がステファン殿下にして差し上げられる最後の仕事だ。
…ああ、やっと。
もう乾ききったと思っていた瞳から涙が溢れた。
自由になれることへの、屈辱から解放されることへの嬉しい涙…ということにしておこう。
…そうだ。
予定よりも随分早く戻ってきてしまったステファン殿下には、もう寝ちゃいました、ごめんあそばせ作戦は通用しなかった。
いつものように、いや、いつもよりもしつこく抱き潰されて寝落ちしてしまった私は、殿下に清拭されて部屋を移ったんだろう。
…いつものように、シーツ一枚を身体に巻き付けて。
もう涙は枯れ果てた。
こんなの許されるはずがない。
ステファン殿下は少なくても今夜は私のところへ来てはいけなかった。
ブリトーニャ様のところへ行くべきだった。
私の憂鬱な気持ちに気付くはずもなく、ステファン殿下はぐっすりと眠ってしまっている。
そっとベッドから抜け出した。
どうやら身に巻かれていたシーツは閨番が回収したらしい。
エッタを呼ばなければ、私は素っ裸のまま、裸足のまま、自分の部屋に帰るしかない。
呼んだらきっとステファン殿下はお目覚めになるだろう。
…何かないかな?と見回したとき、ベッド横のテーブルに畳まれた夜着と短剣があるのを見つけた。
…どうしてここに?
いつもは私の部屋の私の枕元に置いているあの短剣。
それが殿下の部屋に置いてある。
…誰が?
私に愛を誓い、殿下の生命与奪を預けられた短剣。
わざわざ殿下が自分で運ぶはずがない。
…ふふ。
あはははは
もう笑うしかない。
表向き、殿下の命を奪う事を許された短剣。
しかしそれを鞘から抜いた途端、切り捨てられるのは私の方だ。ステファン殿下につけられている警備兵が殿下の暗殺を見逃すはずがない。
…死ね、と言われている。
誰が?私がだ。
閨番なのかエッタなのか、殿下の警備兵なのかはわからない。
ただ、いつでも私を刺し殺せるほど近くにいる人に「死ね」と言われているのだ。
…そうね。
いつまでもこうしていたって仕方がないもの、ね。
殿下が終わらせられないなら、私が終わりにするしかない。
私は置かれた夜着を纏って、短剣を持って部屋を出た。
ペタペタと冷たい床の上を素足で歩いた。
自分の部屋を通り過ぎて、そのまま階下へと向かった。
外へ出て、それでも歩いた。
着いたのは王妃殿下がお気に入りの東屋だった。
せめてここで。もう2度とここで優雅にお茶会なんかさせてなんかやらない!
この東屋は少し変わった東屋だ。
舟がつけられるボートハウスを兼ねている。
つまりは池の畔に建てられている。
上手くいけば、池、そのものを王妃殿下から奪えるかもしれない。
東屋に入って、足首まで水に浸けた。
温かくもなければ冷たくも感じなかった。
ぬるぬると水が足に纏わりつくだけだった。
膝まで浸かるくらいまで歩いた。
短剣を鞘から引き抜いた。
月明かりが反射して、刃がキラキラと輝いて見えた。
その煌めきに吸い込まれそうになる。
手を切らないようにそっと柄を持ち替えて下向きになるように両手でしっかりと握りしめた。
後は…この身体をこの刃に当てればいい。
そしてそのまま倒れ込めばいい。
そうしたら全てが終わる。
この雁字搦めに縛り付けられた鳥籠のような城から、どこでも好きなところに逃げられる。
私がステファン殿下にして差し上げられる最後の仕事だ。
…ああ、やっと。
もう乾ききったと思っていた瞳から涙が溢れた。
自由になれることへの、屈辱から解放されることへの嬉しい涙…ということにしておこう。
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