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溢れた話

商人モーリウス

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サトラリアの王妃様に新商品の絹布の見本をお届けしに来て、その足でローズ王女様にもお目通りをさせてもらった。
サトラリアだけは他の者には任せられない。

「モーリウス様、お久しぶりね。」
このローズ王女様がサトラリアに来る目的である。

「また母様のところに見本をお届けに来たの?」
「ええ、濡羽という新しい黒布が出来たんですよ。」
「また黒なの?黒はもういいんじゃない?」
「あはは、ローズ様ならそういうと思いまして、ローズ様にもお持ちしましたよ。今年の新色は薔薇色なんです。ローズ様にきっとお似合いになりますよ。」
「まあ素敵!見せて見せて!」

ニルス王太子との婚約を逃した王女様の次の輿入れ先はまだ決まっていない。
サトラリア王はニルス以上の大国へ輿入れさせるか、それ以上の国の王子を婿に迎えるつもりでいる。
この王女は絶対に逃さない。


無関税貿易…聞こえはいい。聞こえは良いよな確かに。

今までニルスはエリールからの買い取り価格の5割り増しの価格を付け、更に倍の関税を掛けていた。
人間って不思議なもので、本当に欲しい物なら数字の魔法には目を瞑ってしまう。
ニルスの国内の3倍もの値段で売りつけられている事にサトラリア王は気付いていなかった。

今までニルスに盛られていた部分はエリールにはビタ一文入らなかった。
しかし倍の値段が付けられていても以前の値段よりも3分の1も関税で安くなって喜んでいるのだ。
エリールには倍の利益が入っている事を、この姫は知らない。

人質としてほんの短期間過ごしただけで、すぐにこの姫の着道楽には果てがない事を見抜けた。
サトラリア王から溺愛されているこの姫は我慢を知らない。欲しいものは欲しいと言い、サトラリア王はそのままこの姫に与え続ける。
我慢を知らない娘と我慢をさせるつもりもない父の組み合わせは最強のお得意様だ。
この姫の価値は富めるサトラリアにあればこそ、どうかそのままいつまでも無垢でいて欲しいと願いを掛ける。

「モーリウス様はどなたかと結婚はなさらないの?」
「はは、こんな商人紛いの男のところに来てくれるご令嬢なんていませんよ。」
「あら、私、輿入れしても構わなくてよ。」
「お戯れのご冗談で私を惑わせないで下さいよ。ニルスの伯爵家なんて陛下がお許しになるわけがない。」
「あら、お父様はきっとそんな事気にしないわ。」

…風向きがまずい方に流れ始めた…か?
陛下は気にされる。しかしローズ様の望みとなれば話は変わる。
エリールに根付いて、エリールを愛している女性でなければ結婚する意味がない。
エリールの女性は忍耐強くなければならない。
さっさと逃げるが吉だ。

「…これですよ、ローズ様。」
新色の薔薇色を見せながら、チラリと見せるように違う布も拡げておくのも忘れない。

「まあ本当に素敵、春にはピッタリな布ね。
…ねえ、そちらは?涼しげな色ね。」

「これは昨年の瑠璃色ですよ。あ、取引停止中の物でしたね。杉綾織といいます。見てください、この杉の葉柄が浮かび上がるのはエリールの技術でないとこんなに細かくは出せないんですよ。」

「素敵ね。両方欲しいわ。出来たら薔薇色の杉綾織も欲しいくらい。」
「お望みなら少しお値段は上乗せさせて頂きますが…ローズ様のためなら急いで作らせますよ。」
…作らせなくても既に作り始めている事はこの姫には言わないでおく。

「まあ素敵、じゃあお願いするわ。」
「ローズ様がお召しになればサトラリア中のご令嬢が真似をしたがりますね、きっと。本当にローズ様は流行を作られるのが上手な方だ…。」

今年のサトラリアには薔薇色と瑠璃色の絹布が溢れる事だろう。杉綾織も流行るだろうか。

「ローズ様の真似を致しましたの。」
この一言がどんなお世辞よりもこの姫を喜ばせる事をサトラリアの令嬢は知っている。
この姫を喜ばせる事は王を喜ばせることと同じだとサトラリアの貴族は知っている。

このお花畑頭の姫がニルスに嫁いでいたらと思うとゾッとする。

「では、急ぎエリールに戻り、薔薇色の杉綾織を作らせて来ますね。」

モーリウスはニッコリと微笑んで、ローズ王女に辞去の挨拶をした。
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