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醜い気持ち

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リーンが眠ったのを確認して、執務室に移動した。
昼間リーンが話した事を確かめなくてはならなかった。
バーン織は鋏で簡単に切れる、細い棒状のものなら簡単に貫通する、とリーンが話した事を。

リーンは重要ではないと考えているようだが、これは重要な軍事機密だ。
兵士達の命が掛かっている。
すぐに確かめなくてはならないが、おいそれと人に話せることでもない。

アレンには軍服と返しのない矢など様々な武器を用意させていた。
色々試してみると、リーンの話したことは真実であった。

細身の懐剣を真っ直ぐに当ててから少し力を入れて押し入れるとスッと刃が入る。そして金属だけではなく先を尖らせただけの木の棒でも刺せる事がわかった。
バーン織はバーン毛の持つ張力に耐えるために縦糸に金属糸を混ぜている。
この金属糸が切りつけられた時に力を上手く逃す。

しかしバーン毛を掻き分けて、縦に入っている金属糸の隙間に入り込める物なら突き通す事が出来るようだ。
試しに突き刺した棒を動かしてみた。
縦の力は横糸のバーン毛が、横の力には縦糸の金属糸が引っ掛かり動かない。

刺した棒を引き抜くと指の先程の穴が残った。矢は通常これの半分程しか無い。
よく見るとバーン毛と金属糸は切れてはおらず歪んでいるだけだ。

「表裏から同時に与えられた力には弱そうで、簡単に切れますね。」
鋏を試していたアレンが感心しきって話した。
バーン毛は所々切れてはいないが、金属糸は切れている。引っ張ると引き裂くようにバーン毛の絡みが解けていく。

兵士を死を恐れない無謀な悪魔に変えると言われるほどの完璧な防御力があると言われるバーン織は、決して完璧ではなかった。

「陛下に報告しますか?」
「…しなければならないだろうが…。少し時期を考えなければ。」

その時、廊下番の近衛が慌てて飛び込んできた。
「殿下!リーン様が何者かに襲われました。」
「アイリーン様の寝台に不審者が侵入した模様です。」
「な、なんだと!」
報告を受けて、急いで部屋に戻る。

「リーン!何があった!」
リーンはリビングのソファーで毛布に包まっていた。
真っ白な顔で唇が青紫になって、まるで血色がない。ペルーが背中を摩っていたが、俺が行くと立ち上がり場所を空けた。

リーンの横に座り抱きしめた。小刻みに震えているのが毛布越しでもよくわかる。
「すまない、そばにいなくて。」
震えを止めてやりたくて抱きしめる腕に力を込める。

いつもなら抱きしめると身を固くするリーンが素直に甘えて私の胸に顔をつけている。
更に力を込めて抱きしめた。
しばらくそうしているとリーンは声をあげて泣き始めた。
ずっとずっと俺はリーンをただ抱きしめて肩を背中を摩っていた。

ペルーの報告聞き暴漢に対する怒りが込み上げた。しかしそれだけではなかった。
怒りとは真逆の喜び。何事もなかったからこそ込み上げてくる、俺の腕の中で俺に縋り付いてくるリーンを抱きしめている喜びだった。

初めは政略だった。王国を守るため、リーンを娶らなくてはならないと思っていた。
偽装…を装うという汚いやり口で。
陛下のやり方ではダメだと思った。
無理矢理の政略ではエリールをコンラン伯爵を繋ぎ留めることは絶対に出来ない。
伯爵はリーンを娘として愛している。
政治の駒にしてはいけない。
初めに手を取ったときリーンが流した一筋の涙が、リーンの感情の全てを物語っていると思った。

心の距離を埋めなくては、いつの間にかリーンを納得させるよりも心を傾けてもらう事の方が大事になっていた。
そしてリーンを手に入れるためには己の心を差し出さないといけないと悟った。
きちんと手順を踏まなかったために俺はリーンにもレインにも嫌われている。マイナスからのスタートを覚悟もした。
悪魔のバーン織を作り出すような娘と心を通わせる事が出来るのか不安もあったが、それは杞憂にすぎなかった。

リーンは何というか、とにかくリーンだった。
賢い娘だった。手先が器用で想像力に溢れていた。貴族令嬢のように感情を隠すことはしない、泣く時も喜ぶ時も嫌がる時でさえ全てを曝け出して表現する。

バーン織はただ純粋に人の命を守るために、リーンの優しさから作られたものだった。バーン織を悪魔の布と祭り上げ、その在り方を変えたのは我々だ。

なんて俺は汚いんだろう。
リーンは命を狙われたというのに。守ると誓った俺がそばにいなかったせいで怖い思いをさせたというのに。
ずっとよそよそしかったリーンが俺の腕の中で安心して身を預けてくれている事を喜ぶなんて。
心の距離は少しは埋まっていると思うと嬉しいなんて。

俺はなんて醜悪な男なんだろう。
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