上 下
12 / 78

ボガード工房

しおりを挟む
モーリウスは城でリーンと会って、そのままの足でエリールに向かった。
片道2日、途中宿に泊まる時間さえ惜しく、夜通し馬で駆け抜けた。
エリール領に入り、屋敷にも戻らずに、まさに取るものも取らずリーンの父母の営む工房へ駆け込んだ。

リーンの父母のホセとアイリスは、すでに父が出した知らせを受け取っており、ある程度の事情を知っていた。
ホセは物憂げに眉間に皺を寄せ静かに座って、しかし頭はクリアに動いているようだった。アイリスは目を真っ赤に腫らしてはいたが、やはり落ち着いた様子を見せている。

「すまない、父がついていながらこんな事になってしまった。」
謝っても謝りきれない。
そう思いながらも頭を下げるしか出来ない。

「モーリ様が謝る事ではないですよ。頭を上げて下さいな。いずれ似たような状況にはなったのですから。
それよりモーリ様、お疲れでしょう。少しはお休みください。」
自分だって散々泣いて眠れてはいないはずなのに、それでもアイリスは優しく労ってくれる。

「ありがとう、でもどうしても気になって、今は動いていたいのです。」
休んでいる場合ではない。
行かなくてはならないところがあり、やらなくてはならない事がまだまだ山のようにある。

ホセとアイリスに最後に会った時のリーンの様子とアリ殿下とのやり取りなどを丁寧に話して聞かせる。
アイリーンはかなり泣いたみたいだが、納得して落ち着いていると伝えると、少しだけ安堵したようだった。

「問題はリーンのどの立場を利用しようとしたのか、ですね。」
ホセが深刻そうに吐露する。
「アリ殿下の話だと、エリールへの執着とバーン織の技術者という点だけだと思う。」
「それならまだ良かった。ザイモックとの関わりに気付かれた訳ではないのですよね?」
「そこには気付いてはいないと思う。ただ王妃殿下はわからない。王妃殿下はニルスとはまた違う情報網をお持ちだから。
とりあえず俺はこれからサトラリアへ行くつもりだ。」
「サトラリアにですか?では…。レインは決心を?」
ホセが尋ねる。
サトラリアはエリールと国境を挟んだ隣国である。

「ああ、リーンには樽を動かすと伝えた。申し訳ないが準備をしてお願いしなくてはならない。
もちろん時期を見なければならないが、サトラリアにはリーンの奪還に協力してくれると思う。
父上も決心してくれている。」
「すぐサトラリアへ行くのは危険ですよ。リーンなら大丈夫です。あの子はああ見えて図太いから。
それよりレイン様は決めたのね。今はどうしてる?」
とアイリスが問う。

「父上は未だ婚約承諾のサインはしておられない。絶対に書く事は無いと、これだけは約束出来る。
怒って館に籠り登城には応じない、しばらく動く気にはならない、で押し通すようだ。

リーンの周りには今は王妃様付きだった侍女と王子宮の手の者が侍っている。
コンラン家からはローラとクリスを送る予定だ。2人が王子宮に入れればまずは一息つけるだろう。工房の方は?」
「リーンがいなくても工房は回ります。準備はもう出来ておりますよ、モーリ様。後は時期を見て、ナラを行かせる予定です。」
「そうか、それは助かる。そうかナラが行くか。…二人はどうする?」
「えっ?私達はここに残りますよ。元々は私のワガママから始まった事ですし。
それに私が動くと目立つでしょう?
ここでしか出来ない仕事もまだまだありますから、大人しくここにいる事にします。」

アイリスの言葉にホセも頷いた。
この件に関してホセは意見は言わないのだろう、と推測する。

アイリスが表情を柔らかく変えて、俺の頭を撫でながら優しく問いかけてくれる。
「モーリ様は大丈夫なの?辛い時には辛いと言って良いのよ。エリールのためにあまり無理して頑張らなくて良いのよ。」
昔からだ。幼くして母が出て行ってしまった暮らしの中で、こうやって時々アイリスは俺を母のような慈愛で包んでくれる。

込み上げてきてしまった衝動を必死で飲み込む。今は泣き言を言えるほどの暇はないからだ。
代わりに、
「過去を断ち切る時が来たんです。
父も母も、そしてあなた方も。
俺は大丈夫です。今やらなければ。わかっています。」
と強がりを見せた。

大丈夫、できる、と自身の心に言い聞かせる。
リーンは絶対取り戻す。コンラン家の為に。エリールの為に、ウッドバーンの為に。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます

おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。 if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります) ※こちらの作品カクヨムにも掲載します

(完結)親友の未亡人がそれほど大事ですか?

青空一夏
恋愛
「お願いだよ。リーズ。わたしはあなただけを愛すると誓う。これほど君を愛しているのはわたしだけだ」  婚約者がいる私に何度も言い寄ってきたジャンはルース伯爵家の4男だ。 私には家族ぐるみでお付き合いしている婚約者エルガー・バロワ様がいる。彼はバロワ侯爵家の三男だ。私の両親はエルガー様をとても気に入っていた。優秀で冷静沈着、理想的なお婿さんになってくれるはずだった。  けれどエルガー様が女性と抱き合っているところを目撃して以来、私はジャンと仲良くなっていき婚約解消を両親にお願いしたのだった。その後、ジャンと結婚したが彼は・・・・・・ ※この世界では女性は爵位が継げない。跡継ぎ娘と結婚しても婿となっただけでは当主にはなれない。婿養子になって始めて当主の立場と爵位継承権や財産相続権が与えられる。西洋の史実には全く基づいておりません。独自の異世界のお話しです。 ※現代的言葉遣いあり。現代的機器や商品など出てくる可能性あり。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

裏切りの代償

志波 連
恋愛
伯爵令嬢であるキャンディは婚約者ニックの浮気を知り、婚約解消を願い出るが1年間の再教育を施すというニックの父親の言葉に願いを取り下げ、家出を決行した。 家庭教師という職を得て充実した日々を送るキャンディの前に父親が現れた。 連れ帰られ無理やりニックと結婚させられたキャンディだったが、子供もできてこれも人生だと思い直し、ニックの妻として人生を全うしようとする。 しかしある日ニックが浮気をしていることをしり、我慢の限界を迎えたキャンディは、友人の手を借りながら人生を切り開いていくのだった。 他サイトでも掲載しています。 R15を保険で追加しました。 表紙は写真AC様よりダウンロードしました。

旦那様、最後に一言よろしいでしょうか?

甘糖むい
恋愛
白い結婚をしてから3年目。 夫ライドとメイドのロゼールに召使いのような扱いを受けていたエラリアは、ロゼールが妊娠した事を知らされ離婚を決意する。 「死んでくれ」 夫にそう言われるまでは。

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

【完結】夫は王太子妃の愛人

紅位碧子 kurenaiaoko
恋愛
侯爵家長女であるローゼミリアは、侯爵家を継ぐはずだったのに、女ったらしの幼馴染みの公爵から求婚され、急遽結婚することになった。 しかし、持参金不要、式まで1ヶ月。 これは愛人多数?など訳ありの結婚に違いないと悟る。 案の定、初夜すら屋敷に戻らず、 3ヶ月以上も放置されーー。 そんな時に、驚きの手紙が届いた。 ーー公爵は、王太子妃と毎日ベッドを共にしている、と。 ローゼは、王宮に乗り込むのだがそこで驚きの光景を目撃してしまいーー。 *誤字脱字多数あるかと思います。 *初心者につき表現稚拙ですので温かく見守ってくださいませ *ゆるふわ設定です

処理中です...