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ボガード工房
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モーリウスは城でリーンと会って、そのままの足でエリールに向かった。
片道2日、途中宿に泊まる時間さえ惜しく、夜通し馬で駆け抜けた。
エリール領に入り、屋敷にも戻らずに、まさに取るものも取らずリーンの父母の営む工房へ駆け込んだ。
リーンの父母のホセとアイリスは、すでに父が出した知らせを受け取っており、ある程度の事情を知っていた。
ホセは物憂げに眉間に皺を寄せ静かに座って、しかし頭はクリアに動いているようだった。アイリスは目を真っ赤に腫らしてはいたが、やはり落ち着いた様子を見せている。
「すまない、父がついていながらこんな事になってしまった。」
謝っても謝りきれない。
そう思いながらも頭を下げるしか出来ない。
「モーリ様が謝る事ではないですよ。頭を上げて下さいな。いずれ似たような状況にはなったのですから。
それよりモーリ様、お疲れでしょう。少しはお休みください。」
自分だって散々泣いて眠れてはいないはずなのに、それでもアイリスは優しく労ってくれる。
「ありがとう、でもどうしても気になって、今は動いていたいのです。」
休んでいる場合ではない。
行かなくてはならないところがあり、やらなくてはならない事がまだまだ山のようにある。
ホセとアイリスに最後に会った時のリーンの様子とアリ殿下とのやり取りなどを丁寧に話して聞かせる。
アイリーンはかなり泣いたみたいだが、納得して落ち着いていると伝えると、少しだけ安堵したようだった。
「問題はリーンのどの立場を利用しようとしたのか、ですね。」
ホセが深刻そうに吐露する。
「アリ殿下の話だと、エリールへの執着とバーン織の技術者という点だけだと思う。」
「それならまだ良かった。ザイモックとの関わりに気付かれた訳ではないのですよね?」
「そこには気付いてはいないと思う。ただ王妃殿下はわからない。王妃殿下はニルスとはまた違う情報網をお持ちだから。
とりあえず俺はこれからサトラリアへ行くつもりだ。」
「サトラリアにですか?では…。レインは決心を?」
ホセが尋ねる。
サトラリアはエリールと国境を挟んだ隣国である。
「ああ、リーンには樽を動かすと伝えた。申し訳ないが準備をしてお願いしなくてはならない。
もちろん時期を見なければならないが、サトラリアにはリーンの奪還に協力してくれると思う。
父上も決心してくれている。」
「すぐサトラリアへ行くのは危険ですよ。リーンなら大丈夫です。あの子はああ見えて図太いから。
それよりレイン様は決めたのね。今はどうしてる?」
とアイリスが問う。
「父上は未だ婚約承諾のサインはしておられない。絶対に書く事は無いと、これだけは約束出来る。
怒って館に籠り登城には応じない、しばらく動く気にはならない、で押し通すようだ。
リーンの周りには今は王妃様付きだった侍女と王子宮の手の者が侍っている。
コンラン家からはローラとクリスを送る予定だ。2人が王子宮に入れればまずは一息つけるだろう。工房の方は?」
「リーンがいなくても工房は回ります。準備はもう出来ておりますよ、モーリ様。後は時期を見て、ナラを行かせる予定です。」
「そうか、それは助かる。そうかナラが行くか。…二人はどうする?」
「えっ?私達はここに残りますよ。元々は私のワガママから始まった事ですし。
それに私が動くと目立つでしょう?
ここでしか出来ない仕事もまだまだありますから、大人しくここにいる事にします。」
アイリスの言葉にホセも頷いた。
この件に関してホセは意見は言わないのだろう、と推測する。
アイリスが表情を柔らかく変えて、俺の頭を撫でながら優しく問いかけてくれる。
「モーリ様は大丈夫なの?辛い時には辛いと言って良いのよ。エリールのためにあまり無理して頑張らなくて良いのよ。」
昔からだ。幼くして母が出て行ってしまった暮らしの中で、こうやって時々アイリスは俺を母のような慈愛で包んでくれる。
込み上げてきてしまった衝動を必死で飲み込む。今は泣き言を言えるほどの暇はないからだ。
代わりに、
「過去を断ち切る時が来たんです。
父も母も、そしてあなた方も。
俺は大丈夫です。今やらなければ。わかっています。」
と強がりを見せた。
大丈夫、できる、と自身の心に言い聞かせる。
リーンは絶対取り戻す。コンラン家の為に。エリールの為に、ウッドバーンの為に。
片道2日、途中宿に泊まる時間さえ惜しく、夜通し馬で駆け抜けた。
エリール領に入り、屋敷にも戻らずに、まさに取るものも取らずリーンの父母の営む工房へ駆け込んだ。
リーンの父母のホセとアイリスは、すでに父が出した知らせを受け取っており、ある程度の事情を知っていた。
ホセは物憂げに眉間に皺を寄せ静かに座って、しかし頭はクリアに動いているようだった。アイリスは目を真っ赤に腫らしてはいたが、やはり落ち着いた様子を見せている。
「すまない、父がついていながらこんな事になってしまった。」
謝っても謝りきれない。
そう思いながらも頭を下げるしか出来ない。
「モーリ様が謝る事ではないですよ。頭を上げて下さいな。いずれ似たような状況にはなったのですから。
それよりモーリ様、お疲れでしょう。少しはお休みください。」
自分だって散々泣いて眠れてはいないはずなのに、それでもアイリスは優しく労ってくれる。
「ありがとう、でもどうしても気になって、今は動いていたいのです。」
休んでいる場合ではない。
行かなくてはならないところがあり、やらなくてはならない事がまだまだ山のようにある。
ホセとアイリスに最後に会った時のリーンの様子とアリ殿下とのやり取りなどを丁寧に話して聞かせる。
アイリーンはかなり泣いたみたいだが、納得して落ち着いていると伝えると、少しだけ安堵したようだった。
「問題はリーンのどの立場を利用しようとしたのか、ですね。」
ホセが深刻そうに吐露する。
「アリ殿下の話だと、エリールへの執着とバーン織の技術者という点だけだと思う。」
「それならまだ良かった。ザイモックとの関わりに気付かれた訳ではないのですよね?」
「そこには気付いてはいないと思う。ただ王妃殿下はわからない。王妃殿下はニルスとはまた違う情報網をお持ちだから。
とりあえず俺はこれからサトラリアへ行くつもりだ。」
「サトラリアにですか?では…。レインは決心を?」
ホセが尋ねる。
サトラリアはエリールと国境を挟んだ隣国である。
「ああ、リーンには樽を動かすと伝えた。申し訳ないが準備をしてお願いしなくてはならない。
もちろん時期を見なければならないが、サトラリアにはリーンの奪還に協力してくれると思う。
父上も決心してくれている。」
「すぐサトラリアへ行くのは危険ですよ。リーンなら大丈夫です。あの子はああ見えて図太いから。
それよりレイン様は決めたのね。今はどうしてる?」
とアイリスが問う。
「父上は未だ婚約承諾のサインはしておられない。絶対に書く事は無いと、これだけは約束出来る。
怒って館に籠り登城には応じない、しばらく動く気にはならない、で押し通すようだ。
リーンの周りには今は王妃様付きだった侍女と王子宮の手の者が侍っている。
コンラン家からはローラとクリスを送る予定だ。2人が王子宮に入れればまずは一息つけるだろう。工房の方は?」
「リーンがいなくても工房は回ります。準備はもう出来ておりますよ、モーリ様。後は時期を見て、ナラを行かせる予定です。」
「そうか、それは助かる。そうかナラが行くか。…二人はどうする?」
「えっ?私達はここに残りますよ。元々は私のワガママから始まった事ですし。
それに私が動くと目立つでしょう?
ここでしか出来ない仕事もまだまだありますから、大人しくここにいる事にします。」
アイリスの言葉にホセも頷いた。
この件に関してホセは意見は言わないのだろう、と推測する。
アイリスが表情を柔らかく変えて、俺の頭を撫でながら優しく問いかけてくれる。
「モーリ様は大丈夫なの?辛い時には辛いと言って良いのよ。エリールのためにあまり無理して頑張らなくて良いのよ。」
昔からだ。幼くして母が出て行ってしまった暮らしの中で、こうやって時々アイリスは俺を母のような慈愛で包んでくれる。
込み上げてきてしまった衝動を必死で飲み込む。今は泣き言を言えるほどの暇はないからだ。
代わりに、
「過去を断ち切る時が来たんです。
父も母も、そしてあなた方も。
俺は大丈夫です。今やらなければ。わかっています。」
と強がりを見せた。
大丈夫、できる、と自身の心に言い聞かせる。
リーンは絶対取り戻す。コンラン家の為に。エリールの為に、ウッドバーンの為に。
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