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リーエンとアナン
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伏せたままの私がその身を取り囲まれたのは護られるためではなかったらしい。
ジンシが名乗りを上げて、フーシンと共に舞台から降りた時、私を取り囲んだのは、豪華な衣服を纏った中年の女性とそのお付きと思われる兵士の人達だった。
手筈では父の部下が護ってくれる手はずだった事もあって、気付いた時はもう遅かった。
「リーエン様!」
セイの叫び声で面を上げた時、セイは既にお付きの者に囚われてしまっていた。
私も男の人に背後から首に腕を巻かれ、両手は後ろにひとつにまとめ上げられて、立たされた。
決して乱暴ではない。不思議と敵意のようなものは感じられなかった。
「セイ!セイを離して!」
「影よ、退け。同士討ちは其方らの望みではなかったはずだ。
リーエン様、絶対ここの誰も傷付けない、だから私に、皇后アナンに付き合ってくれないか?」
女の人は私にそう話しかけた。
…アナン…様?
フェイの御母堂だ。
「リン…下がって。」
リンはアナン様の方をじっと睨みつけているだけだ、
リンは皇族のアナン様に手は出せない。出した瞬間にアナン様の影がリンに牙を剥く。
それはおそらく私にも言える。
アナン様が、影が私を襲った瞬間、今度は私の影が牙を剥く。
私は大丈夫、だけどセイとリンは巻き込めない。
「すまない、どうかフェイの為に付き合ってくれ。慈悲を願わなければ。」
とアナン様が言った。
「…これが慈悲を願うやり方ですか?」
セイが泣きながら、それでも怯まずにアナン様に訴え出てくれる。
「セイ!私は大丈夫だから。」
逆らってはいけない。アナン様を刺激してはいけない。
「セイ、今は自分の身を守りなさい!」
「リーエン様!」
「いいから!黙っていなさい!」
セイを傷つけさせる訳にはいかない。
私は抵抗するのをやめ、身体から力を抜いた。
「すまない、臣下の前では2人とも引けなくなる。」
アナン様はそう言った。
目の前で大勢の人が戦っている。
確かに引けないだろう。ジンシもフェイも。
「終わりにしなければならない。ただ兄弟で殺し合う事はさせてはならない。」
…アナン様は何を言っているのか?
元々はフェイがジンシを殺そうとしたところから始まったのでは無いのか?
「フェイはジンシを殺そうとしていない。
信じられないかもしれないが、それが真実だ。
約束する。あなたを傷つけるようなことはしない。どうかその目で確かめてくれ。
あの2人には2人だけの時間が必要なんだ。…頼みます。」
懇願するアナン様を見て、わたしは従うと決めた。
「…わかりました。セイは傷付けないで。」
「大丈夫、大人しくしてくれていれば私の手の者が守る。」
「リーエン様!」
「セイ!大人しくしていて。」
どのみち他に手は無いのだ。
なるようにしかならない。
アナン様は私に縄を掛けて、懐剣を当てた。
「そこまで!
動くな!盗人皇子!そこまでだ!」
アナン様が叫んだ。その声は意外にも戦いの最中の正殿に大きく響き渡った。
「リーエン!」
ジンシの叫ぶ声が聞こえる。
…大丈夫だから。
必死で目で訴えた。ジンシに、父に、必死で訴える。
…お願い、伝わって!
「皆、刀を捨てよ。この女の腹には次帝がいるのだ。」
ガシャン!
ガシャン!
次帝という言葉が効いたのか、戦っていた男達が次々と剣を投げ捨てていく音が聞こえた。
「隣の者の手をこれで結べ!早く!」
お付きの影達が手早く幾人かの手を縄で縛っていくと、皆が諦めたように縛って、縛られていく。
フーシンがジンシを縛り、フーシンもまた縛られた。
「母上、もう無駄ですよ。」
フーシンを縛り終えたフェイが静かに言った。
「わかっている。」
「それなら何故?」
「ここは人が多くてうるさい、フェイ、ジンシを連れて付いてこい。」
リーエンはアナン様に抱えられて歩かされた。
フェイがジンシを引っ立ててこちらに来る。
アナン様が、舞台の後ろにあった1枚の壁画の前で止まった。
「ふん、ハンジュのための秘密通路が、その息子の死に役立つとは滑稽だ、まさしく最高の余興だな。…フェイ入れ!」
アナン様が靴先で絵を蹴り飛ばすと、絵がくるりと回って、真っ暗な通路への入り口が開いた。
ジンシを押し込みながらフェイが中に入ると、アナン様と通路に入った。
くるりと振り向いて、セイを捕らえている人に、
「絶対に追うな!追わせるなよ。後は頼む。」
と命じる。
お付きの人はしっかりとこちらを見据えて、頷いた。
扉を閉める前、アナン様は何か液体の入った容器を広間へと蹴り飛ばし、通路に挿してあった松明を投げ入れた。
ボワッと火の手が上がる。
「いくぞ。」
アナン様が歩き出した。
ジンシが名乗りを上げて、フーシンと共に舞台から降りた時、私を取り囲んだのは、豪華な衣服を纏った中年の女性とそのお付きと思われる兵士の人達だった。
手筈では父の部下が護ってくれる手はずだった事もあって、気付いた時はもう遅かった。
「リーエン様!」
セイの叫び声で面を上げた時、セイは既にお付きの者に囚われてしまっていた。
私も男の人に背後から首に腕を巻かれ、両手は後ろにひとつにまとめ上げられて、立たされた。
決して乱暴ではない。不思議と敵意のようなものは感じられなかった。
「セイ!セイを離して!」
「影よ、退け。同士討ちは其方らの望みではなかったはずだ。
リーエン様、絶対ここの誰も傷付けない、だから私に、皇后アナンに付き合ってくれないか?」
女の人は私にそう話しかけた。
…アナン…様?
フェイの御母堂だ。
「リン…下がって。」
リンはアナン様の方をじっと睨みつけているだけだ、
リンは皇族のアナン様に手は出せない。出した瞬間にアナン様の影がリンに牙を剥く。
それはおそらく私にも言える。
アナン様が、影が私を襲った瞬間、今度は私の影が牙を剥く。
私は大丈夫、だけどセイとリンは巻き込めない。
「すまない、どうかフェイの為に付き合ってくれ。慈悲を願わなければ。」
とアナン様が言った。
「…これが慈悲を願うやり方ですか?」
セイが泣きながら、それでも怯まずにアナン様に訴え出てくれる。
「セイ!私は大丈夫だから。」
逆らってはいけない。アナン様を刺激してはいけない。
「セイ、今は自分の身を守りなさい!」
「リーエン様!」
「いいから!黙っていなさい!」
セイを傷つけさせる訳にはいかない。
私は抵抗するのをやめ、身体から力を抜いた。
「すまない、臣下の前では2人とも引けなくなる。」
アナン様はそう言った。
目の前で大勢の人が戦っている。
確かに引けないだろう。ジンシもフェイも。
「終わりにしなければならない。ただ兄弟で殺し合う事はさせてはならない。」
…アナン様は何を言っているのか?
元々はフェイがジンシを殺そうとしたところから始まったのでは無いのか?
「フェイはジンシを殺そうとしていない。
信じられないかもしれないが、それが真実だ。
約束する。あなたを傷つけるようなことはしない。どうかその目で確かめてくれ。
あの2人には2人だけの時間が必要なんだ。…頼みます。」
懇願するアナン様を見て、わたしは従うと決めた。
「…わかりました。セイは傷付けないで。」
「大丈夫、大人しくしてくれていれば私の手の者が守る。」
「リーエン様!」
「セイ!大人しくしていて。」
どのみち他に手は無いのだ。
なるようにしかならない。
アナン様は私に縄を掛けて、懐剣を当てた。
「そこまで!
動くな!盗人皇子!そこまでだ!」
アナン様が叫んだ。その声は意外にも戦いの最中の正殿に大きく響き渡った。
「リーエン!」
ジンシの叫ぶ声が聞こえる。
…大丈夫だから。
必死で目で訴えた。ジンシに、父に、必死で訴える。
…お願い、伝わって!
「皆、刀を捨てよ。この女の腹には次帝がいるのだ。」
ガシャン!
ガシャン!
次帝という言葉が効いたのか、戦っていた男達が次々と剣を投げ捨てていく音が聞こえた。
「隣の者の手をこれで結べ!早く!」
お付きの影達が手早く幾人かの手を縄で縛っていくと、皆が諦めたように縛って、縛られていく。
フーシンがジンシを縛り、フーシンもまた縛られた。
「母上、もう無駄ですよ。」
フーシンを縛り終えたフェイが静かに言った。
「わかっている。」
「それなら何故?」
「ここは人が多くてうるさい、フェイ、ジンシを連れて付いてこい。」
リーエンはアナン様に抱えられて歩かされた。
フェイがジンシを引っ立ててこちらに来る。
アナン様が、舞台の後ろにあった1枚の壁画の前で止まった。
「ふん、ハンジュのための秘密通路が、その息子の死に役立つとは滑稽だ、まさしく最高の余興だな。…フェイ入れ!」
アナン様が靴先で絵を蹴り飛ばすと、絵がくるりと回って、真っ暗な通路への入り口が開いた。
ジンシを押し込みながらフェイが中に入ると、アナン様と通路に入った。
くるりと振り向いて、セイを捕らえている人に、
「絶対に追うな!追わせるなよ。後は頼む。」
と命じる。
お付きの人はしっかりとこちらを見据えて、頷いた。
扉を閉める前、アナン様は何か液体の入った容器を広間へと蹴り飛ばし、通路に挿してあった松明を投げ入れた。
ボワッと火の手が上がる。
「いくぞ。」
アナン様が歩き出した。
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