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影と草

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ホンとしての生活は穏やかに過ぎていく。

「影」のハルは相変わらず側にいてくれているが、油断は出来ない。

「影」はただ唯一の主人を影の一族の長が決める。
ハルが俺の側にいると言う事は、主人が父だから、他に理由はない。
ティバルは全権は兄に渡ったと言うけれど、きっとそれは今はまだ違う。

父が死ねば、長は新たに主人を決めるだろう。
もし兄が主人となれば、ホンはいの一番にやられる。「ジンシ」には手を出さない。

どちらになるか…わからない。
決めるのは長だ。

影は皇族に皆つけられているはずだ。
付いている皇族が窮地になれば影はその姿を現す。

必然として皇族同士の争いは影同士の争いになりかねない。
だから影は「皇族同士の争いには中立でいる。」
と明言している。

皇族の「ジンシ」は影からは見逃される。
しかし皇族では無い「ホン」なら、兄が望めばおそらく影に殺される。

ただハッキリしている事がある。

影はティバルやジャンなら襲える。

なんでも俺から奪おうとしていた兄だ。
そして今の俺から奪えるものは、ジャンとこの暮らししかない。

ディバルは将軍として周りが護るだろう。
しかしジャンは違う。ジャンから離れてはならない。
父が死んだ瞬間、命令があればハルがジャンを襲うかもしれない。

はあ…。
父を助けにも行けないこの身が、堪らなく今は恨めしい。


「御用聞きが参っております。」
ある日ディバル自ら麓の町の店の者を連れてきた。
明日から炭と塩を持ってくる者だと紹介された。

「お初にお目に掛かります。」
御用聞きの爺は丁寧に頭を下げた。

年寄りと侮る事はできない。
しっかりとした体躯に、ビシッと背筋が伸びた立ち姿。
町の商人にしてはおかしいくらいに隙がない。

「タオと申す者でございます。明日よりこちらに炭と塩をお運び致します。他に何か御用があればそれもお持ち致します。」

請求書はどちらに?と聞かれて、ディバルは
「ホンに。」
と答えた。

「畏まりました。それでは末永くお付き合いくださいますように。」

それだけ言ってタオは去った。

「ディバル殿?あの者は?」
素性を知っているか?を秘めて聞いた。
「将軍となりまして直ぐに長が。」
ああそうか、なるほどやっぱり。

不穏な動きを知らせるための「草」だ。
「もしかして。」
「はい、あの日のことを知らせたのは草でございます。ジンシ殿下を襲ったのもまた草でした。
誰かが帝か将軍の名を語り、山荘に近づく者を襲わせました。」

「…俺だとはわからずに…?」
「はい、タオはそう申しておりました。」

「…探さねばならんな。」
「ええ、そうですね。今の状況はよろしくありません。」
主人を騙り命令を出す輩がいるのだ。主人の一人として放っておくことは将軍には出来ないだろう。

「枯らさねばならないか。」
「それもひとつの道かもしれません。」

ところで、とティバルは話題を変えた。
「いつまで腑抜けて居られるつもりですか?」
ディバルは真っ直ぐに俺を見据えてそう言った。

「…立てと申すか?」
いいえ、とディバルは答えた。

ホンして生きるも良し、ジンシとして立つも良し。

「ただ今のままではどちらとしても使い物になりません。」
「手厳しいな。」

「ここはいい。まるで時が止まったかのように穏やかだ。」
「一歩外に出たら嵐の最中です。」

外は嵐…か。

「これだけは、殿下であっても申しておかなければなりません。
そろそろ生きてください。」

ディバルはそう言い残して、部屋から出て行った。
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