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バイセンシャンの男

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バイセンシャンの山の中に小さな炭焼き小屋がある。

エイレケは毎日ここへやってきて、少しだけ炭を焼き、町へ運ぶ。
たくさん焼くこともできるけれど、注文は少ししか無い。
だから毎日ここへ来て、ただ時間を潰すようにゆっくりとゆっくりと炭を焼く。
余った時間は景色を眺めて暇を潰す。

この炭焼き小屋からの眺望は本当に素晴らしい。

特に良く見えるのは、少し前まで皇族の狩場で、今はディバル将軍の別荘になった山荘だ。

将軍はの別荘になってしばらくの間は大勢の縁者がここで暮らしていたが、管理人1人残してみな去った。
その山荘の中の様子がこの炭焼き小屋からは良く見える。

将軍はこの狩場を柵で囲い、更に管理人はこの山荘の周りだけを石垣で囲った。
以前はコッソリと中に入ることも出来たけれども、柵が出来てからは入れなくなった。

厳重に錠がかかった柵の門の鍵は町の御用聞きが預かっていて、年老いた御用聞きは時々何かを持ってくる。
門を開けて敷地に入り、石垣まで運び入れる。それを石垣に開いた僅かな隙間から敷地の中に押し込んで、管理人はそれを拾って山荘に戻る。

管理人は毎日のように馬に乗り、山荘の周りの狭い敷地をグルグルと周り、夕刻になると稚拙な笛を吹く。

どこにも行かず誰にも会わず、あくせく働くこともなく、馬に乗って笛を吹く。

「全く優雅なもんだよな。」
エイレケは聞こえない事をいいことに、管理人に悪態を吐いた。



「笛が聞こえなくなったら知らせよ。」
というのは俺の新しい「主人」だ。

主人を装った者の命令で、兄達が犯した失態は我が一族の存在意義を根底から危うくした。
それを新しい「主人」は毎日この炭焼き小屋に通う事を条件に不問にしてくれた。

次第に上手くなりつつある笛の音を合図に、エイレケは家に帰る支度をし始めた。

どんなに陽気な調べでも、どこか物悲しく聞こえる笛の音は夕焼けの中に消えていく。
笛の音を聞いているのは、この山の中では獣かもののけの類か、生い茂る草木だけだ。

「また明日。」

出来上がった僅かな炭を手にエイレケは炭焼き小屋を後にした。
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