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抜け殻

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目覚めた殿下は、父と話しをした後で、ホンとなった。

ホンは…人の形をした抜け殻だった。
何も言わず、何もせず、ただそこにいるだけの抜け殻。

…無理もないか。

直ぐにやって来ると思っていた家来達はただの一人も来ていない。
「流行病で死んだジンシ殿下」がココで生きている事を知られる訳にはいかなくなり、父が寄越すと言っていた人員も来ない事になった。

目覚めた時に現実を突きつけるという辛い役回りを引き受けたのはリーエンだ。
あの時の…ホン?の蒼白の表情は一生忘れられないかもしれない。

しばらくは片時も離れずに側にいるか、控えの間で過ごした。
心配なのだ。

だって瞳が死人なのだ。

こちらのいう事には素直に従ってくれる。
出されたものを文句も言わずに食べ、こちらの願いには全て答えてくれる。

「…行き届いていない事はありませんか?」
と聞けば、
「お手を煩わせて申し訳ない。」
と言い、
「何か欲しいものはありませんか?」
と尋ねれば、
「これ以上望むのは罰当たりだ。」
と返される。

「ねえ、皇族ってもっと横柄なんじゃないの?」
とセイに零す。
「…わがまま放題言われるよりは…。でも少し心配ですよね、あまりに欲がなさ過ぎます。」

そうなのだ。
抜け殻のように見えるのは欲がないからなのだ。
食欲、物欲だけじゃない。生きたいという欲も、死にたいという欲すら感じられない。
身体は多少弱ってはいるが、寝込む程とも言えないくらいには回復し始めているというのに…。

「どうしたら良いかしら?」
「…どうしましょうかねぇ。」

まだ寝込んでいて、目に見えてやらなければならない事がわかっていた方が楽だったかもしれない。

「今日はこちらでお召し上がりになりませんか?」
と掃き出しを開け放って、縁側にお膳を出した事もあったけれど、布団の上から縁側に抜け殻が移動したに過ぎなかった。

本をいくつか渡してみたが、受け取ってはくれるがそれを開く事はない。
外へ出るかと聞けば、黙って付いては来る。
ただそこに座り、ただ横になり、ただ食べて、ただ眠る。
そんな日々がしばらく続いていた。

時々
「ハル、いるか。」
「頼む。」
呟く事が、唯一自発的にやる事だった。

ハル…って誰なんだろう。
ジンシ様にとって大切な人なのだろう。
しかし
「ハルとはどのようなお人なのですか?」
と聞いても、
「そのような人は知らない。」
ととぼけられて、以来「ハル」と呼び掛けることすら無くなってしまった。

父は相変わらず忙しいようで、ここにはあれ以来来ていない。
なるべく情報を得ようと、日替わりで父の城の屋敷に人を遣るが、大した情報はなかった。

第二皇子は流行病で亡くなったため、遺体は荼毘に付され、霊廟にも入れられていない。
流行病とはいうけれど、罹患したのは帝とジンシ殿下のみとされて帝は未だ臥せっている。

病人が死んだとされる龍の宮の隔離は終わったけれど、主人のいなくなった今は無人。
帝の宮の隔離は未だ続いていて、少数の侍従を残し、他は隔離の後、放逐されたと聞く。
そこにいた官僚や侍従達はさまざまな宮にバラバラに配置されたり、郷に帰されたりしたそうだ。

「…どなたか消息を知りたい方は居られますか?」
「…誰も。」
そうですか…。

まあ気持ちは分からなくもない。
まあ、おそらく騙されたのだ。
ジンシが宮を発って直ぐに龍の宮は閉じられたのだから。
此処へジンシ様を寄越した皇太子は少なくても事情を知っていなければならない。
騙したのは兄と兄の側近達。
伴をつけずにと言ったのは皇太子だと教えてもらった。

「…私が何かしなくても、勝手に国は割れたじゃない!」
誰に聞かせるわけにもいかないが、リーエンの腹の内は段々と苛立ちに覆われていった。
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