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災禍

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リュウジュ国の皇族には「影」と呼ばれる一族と「草」と呼ばれる一族が侍っている。
このことを知る者は少ない。
例えば皇族であるジンシは知っているが、ずっと側にいるフーシンは知らない。

影の一族は名の通り影となって帝とフェイ、ジンシを護っている。
ジンシには数人の影が付いている筈だ、しかしその者の顔はハルという連絡係ひとりしかジンシでさえも知らない。

そして「草」は市井で民に紛れている隠密だ。
誰が草で誰がそうではないのか、ジンシでさえ知らない。


「…ハル、いるか?」
コトっと小さく天井から音がする。
「…お前はどうする?」
コトっと音がする。

ひとつの物音は是、ふたつならば否。
「…よろしく頼む。」
コトっと音がして、後は無音になった。

フェイが伴は連れるなと言ったのは、常に影がいて、道中は草が見守っているからだとジンシはわかっていた。



バイセンシャンには馬で行く。
幼い頃は良く通った道だ。狩場としては比較的初心者向けで、次第にジンシには物足りなくなった為に足が遠のいていた。
最近は狩場として囲われた場所よりは、自然の山に分け入る事の方が楽しい。

それでもあまり乗馬や狩りが得意でないフェイ殿下は時たま赴いていたようだが、その狩場を新任のディバル将軍に下賜したと聞いて、少し驚いたのは記憶に新しい。

大将の城中の屋敷には通常家族も共に入る。
まあ、体よく言えば「人質」に近い。城の中に囲い込む事で、謀反を防ぐ狙いがある。

何故ディバルの娘は城に入らなかったのか?
なぜそれを父や宰相は許したのか?

…ご機嫌伺いよりは、偵察…だろうな。

細かな事情をフェイ殿下が知っているのかまではわからない。
何を知りたいかがわからない以上、目に見えるもの全てを記憶に刷り込むように気を配りながらかつて通った懐かしい道のりを進んで行った。

あれ?

山荘へと続く山道の入り口に門が拵えてある。以前は無かったものだ。
しかも固く錠で閉じられており、それを見張る者の姿も見えない。

仕方なくジンシは馬を降り、門扉を叩く。
しかし返事はない。

(参ったな…。)

このまま会えませんでした、と帰る訳にもいかない。
「御免、どなたか居られぬか!」
声を張り上げて見たものの、やはり動きはない。

一瞬、身分を名乗ろうかとも思ったが、忍びの遣いである事を思い出してやめておいた。
留守かも、とも思ったが、それはないとも思う。
(そういえば…あの道は…まだ使えるか?)

ここが全く知らない場所であれば、ジンシもおとなしく引き下がったかもしれない。
しかしここはジンシにとっては勝手を知ったる庭のような場所だった。

それこそ鹿や兎を追い求めて隅々まで駆け抜けた山。
比較的なだらかな丘陵である事をジンシは知っていて、しかも山荘へと続く道がひとつやふたつではない事を知っていた。

(…行ってみるか。)

ジンシは再び馬に乗ると、そのまま左手に進む。少しばかりそのまま道沿いに歩き、ジンシが方向を変えたのは、道とはいえない、木立の隙間である。
そのまま沢沿いに斜面を登っていく。

往来のある道に面した場所はそこがまるで手付かずの自然の山であるように全く手を入れていない。
しかしここは狩場。
少し薮を縫って進めば開けた場所や整えられた道へと抜け出せる。

そのひとつ、沢に沿って作られた道をジンシは進んでいく。

「おや、ここも。」
そこには高い柵が立ちはだかった。
これも以前には無かったものだ。

…何故ここまで頑なに…?

疑問には思うが、かといってもう他人の手に渡った場所。このまま踏み込む訳にもいかず、仕方なくジンシは引き返して手近な街を目指そうと思った。

山荘へ物品を搬入している者がいた筈だ。
その者に言伝を頼んで門を開けてもらうのだ。

狭い沢沿いのけもの道で、振り返ったジンシの眼前にいたのは、目元だけを露にした黒装束の男達だった。

「…山荘の警備の者か?」
黒装束の男達の正体で、まず考えたのはそれだ。
頑なに閉じている邸の周りを彷徨く者がいれば警戒されて当然。
沢のせせらぎの音にかき消されたとはいえ、音ひとつ気づかせず、ジンシの背後に陣取ったというだけでも相手の手慣れさを知る。

「警戒されてしまったか?ディバル殿のお子にお目通りを願いたい。」
こちらの用向きを伝えたつもりだった。
名は問われたら話すつもりだった。

しかし黒装束の男達からは言葉は発せられなかった。
こちらを睨みつけてただ立っている。
するといきなりジンシの右腕に焼けるような痛みが走る。
「うっ!」
目を向けると苦無が刺さっている。
目の前の者達だけではなく、どこかに潜んでいる者がいる。

「待て!胡乱者では無い!」

問答無用で戦いに持ち込まれたら敵わない、こちらはただの使者だ。しかも皇太子の、この国で2番目に位のある御人の遣い、である。

しかし黒装束の男達は一斉に刀を抜いて斬りかかってきた。
すかさずジンシは脇差を抜いた。

先程の苦無にはどうやら毒が仕込まれていたに違いない。
マズイ!
抜いた瞬間にあまりの握力のなさに利き手を取られるという失態を犯した事に気付き、ジンシは焦った。

それでも戦うしかない。脇差を左手に持ち替える。
後はもう馬を駆って突破するしかない。
「コハク、頼むぞ。」
この国一と名高い駿馬であるコハクに己の運命を賭けた。
「行け!」

コハクはジンシの一大事に良く走ってくれた。
沢への崖を逆落としし、沢の中をとにかく走る。
狩りの時よく使った手である。
この辺りの沢はさほど水嵩はない。

無我夢中で水を蹴散らして走る。しかし。

ドゴッーン!!
大きな破裂音、火薬の匂い、立ち登る黒煙…。爆風に煽られてジンシはコハク共々水の中に倒れ込んだ。

うっ!
縦に分かれる地面と空が見え、身体は吸い付けられるように水底に張り付く。
受け身を取り損ねたのか、岩に頭を打ちつけてしまった。

朦朧とし始める意識の中で、服の中に容赦なく流れ込む冷たい水の感触がなぜだか心地良く感じる。

ジンシの目に小さな光が現れた。その光は徐々に大きくなり、視界を覆っていく。
ジンシはあまりの眩さについに瞼を閉じた。




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