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腹心のフーシン

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「皇太子殿下の用向きで出かける。」
側小姓のフーシンにそう告げると、フーシンは直ぐに自身も共に行くと言い出した。

同じ歳のフーシンがジンシの側に付いて既に8年、供というよりは友に近い。
どこに行くのにも何をするのでも常にジンシの側でジンシを支えてくれる、かけがえのない者だ。
共に手習いをして、共に剣術に励んで。
今回は久しぶりの別行動という事になる。

「お一人で行く先も告げられずに出掛けるなんて、あり得ません。」
通常ならばフーシンの言葉は最もだ。
しかしこの度はそうはいかない。

「フーシンならそう言うと思ったが、でもフェイ殿下の命だ。」
「…殿下といえど伴もなしとはあんまりです!どうかご自身のお立場を…。」
「口説い!」

つい声を荒げてみても全く持ってフーシンは動じない。
あまり感情の揺れがないジンシではあるが、全くない訳ではない。
その感情の全てをフーシンは易々と飲み込んでくれるが、時々このように頑なになる事もある。
主の顔色を伺うようでは側小姓は務まらない事をフーシンは先輩小姓から徹底的に叩き込まれたらしい。

フーシンが自分を案じてくれるのはありがたいが、全くどうしたら諦めてくれるのであろうか…。

ジンシは臣下達の中に少数ではあるが、次期帝にはジンシがなるべきだと思っている者がいることを知っている。
だからこそ兄の腹心の中ではジンシの存在は具合の悪いものになっていることも知っている。

ジンシが兄を押し退けて帝の地位を欲してなんかいない事は、フーシンだけでなく、ジンシの腹心達は良くわかってくれている。
しかし兄や兄の陣営にはそれがなかなか伝わらないでいる。

いつか皇太子派の者達から何か悪しきことをされるのではないか、と疑心暗鬼なのだ。

また帝になりたいというのと、帝が務まるという事は別次元の話でもある、と中立の臣下達は口さがない。
それが更に兄達を疑心暗鬼へと落としていくだけだというのに…。

皇位継承の放棄はまだ出来ないでいる。
一回父に申し出てみたが、しばらく待てと言われてしまった。

既に正室を娶り、幾人かの側女を従えて、奥の宮を持つ兄ではあるが、まだ子はいない。
子さえ出来たなら、ジンシは再び継承放棄を願い出るつもりだ。

「…案ずるな。たださるところへ行って荷をお渡ししてくるだけだ。夜には戻る。」

まだ不満げにこちらを睨むフーシンを安心させようと、大したことがないと思ってもらえるように言ったのに…。

とうとうジンシは困り果てて、
「フーシンとフェイ殿下と、どちらの言いつけを守るべきなのだろう…なぁ。」
と言うしかなかった。

狡いな、と苦笑するしかない。
フーシンが皇太子の言を覆せる筈も無いのに。

それでもフーシンは
「皇太子といえど、この度の命はいささかやり過ぎです!替のいない皇子に忍びでの密命等、あり得ません!」
と苛立った。

まずい…。これ以上興奮されるとまずい。
誰かの耳に入れば、フーシンに不敬の咎が向いてもおかしくない。

「悪いが、引いてくれないか。私は兄に忠義を示したい。」
と頭を下げて、ようやくフーシンを黙らせることに成功する事が出来た。
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