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煉獄
しおりを挟む輩だ。ギャングストリートで大暴れしてそうな輩がいる。実際本場中の本場を渡り歩いていらっしゃるから間違ってはいないのだけれど。
ちゃんと被っとけよ、とフードの一端を摘ままれ、顔を隠すために引き下げられる。殆ど足元しか見えない。両サイドを引き寄せながら岡崎さんを見上げる。ユ●クロで見繕ったフードパーカーを羽織ることで、人の目を引く灰色の髪を覆い隠し、上海でも使用していたグラサンにより、強烈とも言える色を放つ赤の目玉ふたつを目立たなくさせていた。これまたゴツい黒のバイクに大きな身体を凭れかかせ、いじいじと若者(と表していいお年なのか正直微妙なところだが)らしく端末を確認しているものだから、厳つさが増す。端から見れば、暴走族の類いに見えなくもない。
「顔、見られねぇ様にな。ここでドンパチになると、人が多過ぎて動きづらい」
「こんな大通りで、そんな派手なことしてきますかね」
「他人なんざ知ったこっちゃねぇって考えナシの荒くれ者が殆どだからな。だから街中で無差別発砲事件なんてもんが起きるんだよ」
今から向かう場所への道筋が確認出来たのだろう。端末を仕舞った岡崎さんはヘルメットを更に頭に被せた。顎下のベルトもしっかり締めたあと、岡崎さんもグラサンを外し、すぐさまゴーグルを装着する。
「どれくらいかかりそうです?」
「山をひとつふたつ越えなきゃなんねぇから、まぁ、6時間位か」
「ろっ、ろくじかん。しんどくなったら言ってくださいね。サービスエリアがあったら都度休みましょう」
「へいへい。はい、ちゃんと腰に手回しといてくださいねー」
後ろに乗れと促され、広い背中に張り付き、がっちりとした腰に腕を回すと、岡崎さんの愛車がまずはゆっくりと発進し、やがて車の波に乗って目的地へと走り出した。
山をひとつふたつ越えた末にある場所。その道行きは悪路としか言い様がなかった。うねうねと蛇のとぐろの様にカーブが次々と現れ、私の平衡感覚を麻痺させる。ハンドルを切る度ぐらりとゆれる視界により脳は悲鳴をあげ、ぐらぐらと脳味噌を震わせる。喉奥にせり上がってくるものを押さえ付けるのが何度めか、数えることも出来なくなった。岡崎さんの背中にぶちまけない様にの一心で戦ってきたが、大自然は雄大で容赦がない。簡単にお山のてっぺん行けると思うなよ。絶景をタダで見ようもんなら、これぐらい乗り越えてから来い、と試練を与えてくる。青いを通り越して白くなり、口から魂がコンニチワ! している私に、岡崎さんは激励の言葉を掛けてくれる。
第一の山は越えたが、次に待ち受けている第二の山越えはもっと大きく、道もうねうねしているらしい。死んだ。
休憩に寄ったサービスエリアで岡崎さんが「冷たいものは頭スッキリさせるから」と買ってくれた特産アイスを無心で舐めながら、私はひきつった笑顔で「どんとこぉーい」と岡崎さんに弱々しいグーサインを向けるのが精一杯だ。岡崎さんは「超常現象?」と首を傾げてボケてきたが、ツッコむ気力ももうない。というか知ってるんだ、ソレ。
岡崎さんの愛車へのガソリン補給も済ませたら、これからまた、ぐるぐるのうねうねのゲェゲェかぁ、と頬がひきつる。いや、だめだ。だめだぞ、志紀。情けないぞ。これで音を上げてどうするんだ。バシンと両頬を叩いて自身を鼓舞する。結構痛かった。
山越え二つ目。四国なのか、いいや、魔境なのか此処は……と嘆きたくなる道を、岡崎さんがバイクを走らせる。おかしいなぁ、私、こんなに三半規管弱かったっけ。乗り物には強い方だった筈なんだけど。やっぱり、あちこち体が鈍っているとしか思えない。
大丈夫かと、前から時折私の体調を確認してくれる岡崎さんには感謝しかない。なんとか気力を保ちつつ「ふぁい」と全く説得力の無い返事をしてしまった。
左右にカーブの多い山道を奥深く進む。真っ青な顔で、うぷぅと口を抑え始めた私に、岡崎さんが必死に「もうすぐ頂上だからな! 眺望出来るとこある筈だから! そこで壮大な景観見てスッキリしようや。だから今ぶちまけないでね。頼むからぁああ」と急いでくれた……のだが。
「ん? ……わ、わわわっ。まって! 岡崎さっ、ストップ、ストップ!」
「んぐぅえあっ! おまっ、何で突然元気になるの! 岡崎さんのモツ全部口から出るかと思ったわ!」
「あ、ご、ごめんなさっ、じゃなくて、ゆ、UターンしてくださいUターン! アッ、前後確認はしっかりしてくださいね!」
「あぁん!? なんでよ!」
「な、なんでも! お願いします! ちょっとだけだから」
岡崎さんの腰をぎゅうぎゅうに締め付けバックを促すと、怪訝な顔をした岡崎さんが上手にバイクを転回させ、元の道をするすると戻っていく。ある程度目的のものが見えたところで、待避所にバイクを停めてもらい、酔いも忘れて、ヘルメットを外しながら降車する。先程岡崎さんが登ろうとしていた道とは別に、もうひとつ別に、山奥へと続く道があった。その先をもうすこし登ったところの頂上に、見覚えのあるそれがあった。
「やたらデケェ建物だな。展望台とは違うみたいだけど」
「……」
「志紀?」
「連れてこられたことがあるんです」
「え?」
「太刀川さんに」
隣で頂上に聳える丸天井のドームと、天高く連なる尖塔が際立つ、遠目からでもわかる荘厳の神殿。鼠色の空の下でも、その存在感は高潔だ。こんなところで見えるとは想像もしていなかった。間違いである筈がない。あの場所は。
「……行ってみる?」
「でも」
「別にいいよ。寄っても。雲行きも怪しくなってきたし、通り雨の匂いも濃くなってきた。どっちにしろ、どっかで雨宿らねぇと」
「天龍組の人達が、いるかも」
「居たとしても、この山岳一帯じゃ馬鹿は出来ねぇよ」
「え、どうして?」
「お前、前に鹿部のオッサンのところで世話になってたことあったろ。あの街中で刀振り回したりすんのは御法度だって聞いてねぇか?」
「あ、聞きました。確か、誰のシマにもならない場所だから、争いごとは禁じられてるって」
「そ。昔っから此処も、それと同じ類に指定されてるらしい」
岡崎さんが端末で位置情報を確認し、やっぱりそうだなと頷く。単純な疑問になるが、何故その様な場所が存在しているのだろうか。特に、この時代のヤクザの間では、領土が大きければ大きいほどに権威を持ち得るといった印象が強いのだけれど。何ゆえ不可侵の領域が在ることが許されているのか。口に出して尋ねてみると、岡崎さんは「さぁな」と首を振る。
「ヤクザ、というか日本だけに限ったことじゃない。世界各国で、ドンパチは禁ずの場所が点在してる。上海にもひとつだけあったしな」
「へぇ……」
「どういう基準で、此処は駄目、彼処は駄目って指定されてるのかまでは知らねぇけど。昔っからある伝統というか、掟みたいなもんなんだ。ヤクザだろうが、マフィアだろうが、破った馬鹿な組織は今までにひとつだってないらしい」
「ひ、ひとつも? そんなに厳しい規則なんですか? 相当重い罰か何かあるんですか」
「無ぇよ」
「へ?」
「俺達の行動を妨げるもんも、デメリットも何にも無い。奪おうと奪えば、いつだって簡単に出来るのに、誰も彼も、これだけは侵しちゃいけねぇって意識がやたらと深く根付いてる」
「そんなことって」
「な。知ったこっちゃねぇってばかすか破られてそうなのに、不思議なもんだよ。言い尽くせねぇ程の悪事働いてきた連中が、これだけは絶対にって、親に躾られた餓鬼みたいに、皆律儀に延々守り続けてんだ。どこで、いつ、誰がそんなこと決めたのかすら、わからねぇのにな」
「ちょっとした、世にも奇妙な話ですね」
「で、どうする? 寄ってみるか? そういうことだから、誰と会ったとしても、ここじゃあ小競り合いにも発展しねぇよ。互いに手出しは出来ない。例え相手が太刀川だったとしてもな」
「……」
「それに、奴は今、別の場所に潜伏してる。この付近にゃまず居ねぇよ。行かねぇなら、今のうちに雨凌げるとこまで走っとかねぇと濡れ鼠になる」
どうする? と改めて問われ、私は暫く黙り込んだあと頂上を見上げる。見つけてしまったのなら、手を合わせておきたい場所がある。
「雨がやむまでで。構いませんか?」
「いいよ」
些か乱暴に頭を撫でられ、髪の毛をぐちゃぐちゃにされる。もうと頬を膨らませ、ヘルメットを装着することで、あちこち跳ねた髪を無理やり押さえ付けた。
駐車場にバイクを停め、ずらりと向こう側まで広がる墓場を眺めながら山頂に辿り着く。近くで見ると、改めてお堂の大きさと細やかな彫刻の為された建築様式に圧倒される。
岡崎さんの言っていた通り、ポツリポツリと静かに雨粒が落ち始めた。岡崎さんに小脇に抱えられ、ともかくも急いで、神聖な生き物を模した像達が護るように立ち並んでいる聖堂の入り口の大門を潜り抜ける。私達が中の広場まで足を踏み込んだのと丁度に、来訪者の存在を報せているのか、鐘の鳴る音が、どこまでも遠くまで、いつまでも響いていた。
「岡崎さん?」
途端だった。私を抱える岡崎さんが門を潜った瞬間から、速度が弱まり、軽々しい足取りが重くなっていた。脇の下から見上げる岡崎さんの顔色は、心なしか重く、どんよりとして辛そうに見える。その様子は、入り口に近付くにつれて、よりひどくなり、岡崎さんの息遣いが荒くなったのがわかった。
すぐにもがいて岡崎さんの腕から抜け、地面に己の足をつける。力の強い筈の岡崎さんの腕からすんなりと抜けた私は、今はもう両膝に両手をついて、調子が悪そうな岡崎さんに大丈夫かと呼び掛けながら、本格的に降りだす前にと私よりも大きい身体をなんとか支えて扉の前まで辿り着く。
ザーザーと本降りが始まり、屋根の下から雨景色を見上げた。先程までは良かった天気が、どんよりと薄暗くなっている。
「岡崎さん。岡崎さん、どうしたんですか? 大丈夫ですか?」
「大丈夫。ちょっと、久し振りだったから」
久し振りって何が? 段差に腰を下ろして、ぐったりとしんどそうに顔を伏せている岡崎さんの背中を撫でながら、その横顔を見て戸惑う。気分を悪くしたのか、ずっと走りづめだったから疲れがどっときたのか。
完全に弱った状態の岡崎さんが気怠げに、そして恐る恐るといった風に、後ろにある大きな扉を見やる。扉の向こうからは、少年の声で聖歌が高らかに歌われており、清廉な雰囲気が強くなった。岡崎さんは、顔を歪め、すぐにまた顔を前方に背ける。その色はすっかり青くなっていた。
「此処、教会かなんかだったんだな」
「は、はい。聖堂です。とても立派な」
「マジかよ。どうりでキツイ訳だ」
「……? あの、本当に大丈夫ですか。岡崎さん。さっきから、凄く顔色悪いです。土色になってます。中に入って、お水とか頂いて、身体を暖めましょう」
「余計ダメだ。下手したら意識が飛ぶ。動けなくなったら元も子も無ぇ」
「どうして」
「苦手なんだ」
餓鬼の頃から、と岡崎さんは付け加える。
「特に、こういう教会だとかは、近付くだけで体が重くなる。規模がでかけりゃでかいだけ、その度合いも酷くなる。理由はよく分からねぇけど……」
「……」
「なんつうか、身体が拒否ってるっていうか」
「離れましょう。岡崎さん」
「は」
「雨が止んだら、すぐに。此処から出来るだけ離れて、先へ進みましょう」
「……」
「どうしてたら楽ですか。横になってる方が楽なら膝貸しますし。止んだら、すぐに起こしますから」
「けど、お前」
「いいんです」
よくわからないけど、岡崎さんにこんなに無理をさせてまで我欲を貫きたくはない。辛そうな姿を見たくはない。何か物言いたげな岡崎さんには気づかない振りをして背中を撫で続ける。大聖堂に背を向けた岡崎さんは辛いのだろう。降り続ける雨を見つめながら、どこか遠くをじっと見つめていた。
暫くそうしていると、後ろにある扉が開く音がした。振り返ると、汚れひとつ無い純白のケープを着た10才くらいの男の子が蝋燭のついた燭台を手にして、こちらの様子を伺いながら立っていた。金髪に青い瞳の、海外の男の子だった。ミステリアスな雰囲気を纏った少年は、こちらを無言でジッと見つめている。少年と目が合った私は変に焦ってしまい、勢いよく立ち上がり、大慌てで両手を振る。
「ご」
「……」
「ごめんなさい。決して怪しい者では無くて。ただちょっと、道の途中で雨に降られてしまって、止むのを待たせてもらおうかと」
少年は、私と、振り向きはせず視線だけでこちらの様子を伺う岡崎さんを見比べ、重い扉を更に引いた。私達を招き入れようとしていた。礼拝に来たと思われたのだろうか。
違うのだと首を振り、中に入るつもりは無いという意思を示すが、今度は少年の方が頭を振る。いたいけな男の子の裸足の足が外に出てきて、ぺたぺたと私の前までやってきて、私の服を摘んでクイクイと引っ張った。
そのまま少年に手を繋がれて、中へ入れと引っ張られる。焦りつつ、まって、と足を止める。男の子はどうしたの? と言いたげに無言で見上げてくる。岡崎さんをひとり此処に置いてはおけないから、と説明しようとしたが、その前に少年に声を掛けたのは、ぐったりとしている想い人だった。
「なぁ、坊主。今、俺達以外に、誰か外の人間来てるか? 見るからに危なそうな奴とか居ねぇよな」
少年は岡崎さんの赤い瞳を黙って見つめたあと、首を横に振った。岡崎さんもまた、男の子の目とは相対する赤で焦点を合わせ、ゆっくりと身体を起こし、私の背中をそっと押した。
「俺のことはいいから、行ってこい」
「岡崎さん、でも」
「来たかったんだろ。俺のことは大丈夫だから。坊主、堂への入り口は此処一つだけか」
男の子は口は開かず、頷くのみで返した。
「だったら、俺は此所で張ってる。何も起こらないと思うけど、万が一、中で何かあったら大声あげろ。速攻で駆けつける」
「岡崎さん」
「そんな顔すんな。暫く休んどきゃマシにはなるって」
「……すぐに、なるべく早く戻りますね」
心配すんな、と笑いかけてくれる岡崎さんは、やはり絶不調で覇気がない。
側にある来客用の靴箱は空だ。そこに、靴下も突っ込んだ自身の靴を揃えて入れる。男の子に手を引かれ、聖堂の中に裸足を入れる。何度か岡崎さんの方を振り返っていると、扉は重く軋んだ音を立てて、ひとりでにゆっくりと閉ざされた。まるで、岡崎さんと私の生きる世界は違うのだと、分断させられた様な感覚に陥り、胸が締め付けられた。
天使にも見える少年に手を引かれて回廊の先へと導かれる。道筋に設置された蝋燭が静かに揺らめいている。
ふわふわと雲の上を歩いているかのような気軽さだ。前にもあったなぁと思い出す。
この聖堂に入ると、身体のどこもかしこも調子がよくなる。一生を引きずることとなった足の怪我すらも、今はかつての感覚を取り戻している。岡崎さんは建物に近付くにつれて気分が優れなくなると言っていたが、私はその真逆だ。このお堂に繋がる門を潜ったその時点で、ひどかった酔いは消え失せ、快調になっていた。なぜこうも人によって違うのか、思考を巡らせる。
『聖域だからだろ』
それを口にすると、返ってきた彼の声が頭をよぎる。この御堂で起きる現象のからくりをいくら考えたところで答えは出ない。だから、考えるだけ無駄だと言われた。
いたいけな少年達の、美しい変声期前の歌声が大きくなる。男の子に案内されたのは、あの礼拝堂で、以前来たときと変わらず、天高いドーム型の天井には青と白の紋様がふんだんにあしらわれている。薄暗い外の微かな光をも中へ取り込み、その輝きを神秘的なものとしていた。その真下に飾られた巨大なシャンデリアには、たんと蝋燭が並べられている。
すぐに手の届く距離にある蝋燭をひとつ眺めていると、するりと繋いでいた手がほどかれる。あれ? と見渡すも、私をここまで連れてきてくれた男の子は居なくなっていた。
ふいに、隅にあった長椅子が目に入る。煙草をくゆらせていた男性が禁煙だと注意され、座っていた場所だった。近寄り、木で出来た椅子の表面をなぞる。ゆっくりと、同じ場所に腰掛けて天井を見上げる。
とても綺麗な景色だった。この位置からだと全方位が見渡せ、全てを視界に納めることが出来た。待っている間、彼はずっと、ひとりでこの景色を見つめていたのか。
しまっていた宝石箱を取りだし、仕掛けを解く。ほんの少しだけ上に掲げ、絢爛な背景と共に、それを眺める。やはり似ているなと思った。
感傷に浸っている時間はあまりない。ぎゅ、と下唇を噛み、宝石箱を鞄に戻す。立ち上がって、幻想的な空間をぺたぺたと裸の足を突き進む。道はこっちだった筈だ。礼拝堂を出て、回廊を早歩きで抜ける。
外に出ると、中々の雨量が地上に落ちてきている。まずった。傘は持っていない。とにかくも、洋風な建築の中にある立派な鳥居を潜り、手水舎でお清めをする。舎の中から外の様子を確認する。一気に走って向かえばいけるか。そんなに遠くなかった筈だし、きっと今の足なら走ることは出来る。とんとんと爪先で地面を軽く叩いてみる。頭を濡らさない様に、フードを深めに被る。
ぴちゃぴちゃと道に出来た水溜まりの足の裏で感じながら足を動かす。こんなにも走ったのはいつぶりだろう。自ら素早く動くことで風を切るのは、こんなにも気持ちのいいものだったか。走るのはどちらかというと苦手なほうだったのに、制限されていたものが解かれたときの爽快感が素晴らしい。しかし、体力は無い為、すぐに息が切れる。雨に濡れた広大な瑞々しい緑の庭を駆ける途中には、お墓が並んでいる。
あ、と立ち止まる。確か、ここって。
「……」
前に来たときは、このお墓の前に座り込み、啜り泣く女性が居た。両手で顔を覆い、涙を流し、ずっとずっと身体を震わせていた。あのとき、彼女の前にあったお墓はひとつだけだった。今は、あの女性が哀しみの中で祈りを捧げていたお墓の隣には、寄り添うようにして、もうひとつ墓標があった。
隣で眠っているのは、あのときの女性だ。そう確信した。
同じ種類のお花が備えられている。周りを見ると、この花と同じもので、同じ本数だけ飾られていた。お参りに来る人がない人の為に、この聖堂の人が供えたものである可能性が高い。
あの女性にとって、このお墓に入っている人が唯一のひとだったのか。この墓の下で眠っている人にとっても、彼女が唯一無二だったのだろう。どういう経緯があったのかはわからない。若い女性だった。老衰の線は薄い。何か重い病を患っていたのか、不幸な事故に見舞われたのか、それとも。
何があったにせよ、結果的に、この場所で寂しそうに啜り泣いていた女性は、このひととやっと一緒になれたのだろう。もう寂しいとひとり泣くことも、冷たい石に縋ることもない。
じんわりと服が湿り気を帯びて、重くなっていく。このままでは風邪を引いてしまう。先を急がねば。岡崎さんだって待たせている。
ただ一度、一瞬擦れ違っただけ。名前も知らぬ見ず知らずのひとの為に、手を合わせる。どうか安らかにと黙祷し、手を下ろして先へと進む。足はもう痛まないのに、何かを引き摺っているような気分になる。急がなければとわかっているのに、走る気力は蘇ってくれなかった。
慰霊碑を囲むようにして並べられた刻銘碑に意識を集中させる。喜助さんの名前が刻まれている筈の石碑の前に屈み、指でなぞり、その名を探す。冷えた石はひんやりとしていて、指先を冷やしていく。
喜助という文字が見えたときの安堵感。じんわりと身体の中で焔が灯る。
ふとした疑問がもたげる。はて。以前訪れたとき、この左には、ここまでずらりと多様に名が続いていただろうか。否、喜助さんの名前は新しく刻まれた方だった。
やはりそうだ。気のせいなどではない。横に続く落命者の数が増えている。それも、びっしりと。ずっと左へ続く刻名に視線を走らせる。知った名前は無く、見覚えも無いものばかりだけれど、天龍に属していたというなら、何かしらの関わりがあった人も居るかもしれない。
これまでには数十名程しか見られなかった中国名が、圧倒的に増えている。天龍組には、ちらほら外国籍かなという方は居らっしゃったが、こんなにも居ただろうかと頭を擡げる。ひとつの可能性に結び付いて、辿らせていた指が一瞬止まる。
何故、新しい名前が刻まれているのか。この場所の清掃など、普段の管理をしているのは、この聖堂の墓守であることは間違いない。しかし、石碑に名を刻むなどということまではしない筈だ。そして、その役目を担っていたのは、私が知る限りでは、ふたりだけ。
なぞらせていた指が、ある人物のところで止まる。止まらざるを得なかった。
西園寺さんと女将さんの名前が、並んで刻まれている。
震える唇は、ふたりの名を上手く発声させることが出来ず、口の動きのみによって空気となって出ていく。
結局、濡れた状態で立派な慰霊碑の前に立つ。顔を上げるとパサリとフードが落ちて、雨粒が顔全体を濡らす。しとしとと濡れた墓石の前には、雨で萎れつつ、花が供えられている。
先程、女性のお墓で見た花ではなく、別に、白と黄色の、綺麗に咲いた菊の花が、水滴を纏って、ひっそりと佇んでいた。
動揺を隠せない。ほんの少し息を切らし、顔を上げて、すぐさま辺りを見渡すが、誰の気配も無い。
安堵か落胆なのか、区別もつかない溜め息が漏れ出る。お墓を見つめ、込み上げてきたものを抑えきれず、くぐもった声と共に熱い息を
吐き出す。ぼろぼろと目から出てきた液体が、雨と一緒に溶けていく。
芳しい煙管の匂いに、緩く締められた着物と羽織を着た後ろ姿。
きっと、あの日亡くなった人たちの骨が全員分ここにもある訳じゃない。あれだけひどい倒壊だったのだから、遺体を掘り起こすことは不可能だということは考えずともわかる。西園寺さんと女将さん、他にも大勢の魂が、まだあのタワーの下に眠り続けている。
もし、太刀川さんと西園寺さんが生きて帰っていたなら、亡骸はなくとも、この共同墓地に弔っていただろう。西園寺さんが亡くなった今、太刀川さんの状態が不明の今、それももう難しいことなのかもしれない。だからせめて、代わりにもならないだろうけれど、祈りだけでも捧げておきたかった。
けれど、彼はいつも通り、せめて魂だけでも拾おうとしてくれたのか。
「たちかわさん……」
どれだけ、どんなに非道な貴方の所行を説かれようとも、私は、貴方の奥底に根付いた本質を知っている。幼かった私に、慣れないながらも不器用に気遣うようになってくれた人らしさも、駒の様に部下を動かしつつも、一度懐に抱え込んだ人達は、こうして、ひとりとして道端に放り投げておくことはしないということも。
だからこそ天龍は成り立っている。太刀川さんを畏れながらも、彼の為に命を賭そうと意思を示す者が居て、その背中についていこうとする人達が居る。こうして、その片鱗を見つけてしまうだけで堪らない。
太刀川さんの根っこを知るひとは、こうして、ただでさえ限られているのに、彼の傍から離れざるを得なくなってしまう。悲しい運命を否が応でも辿ってしまう。そうして、彼の周りは徐々に寂しくなって、恐らく、一番太刀川さんを支えようと奮起していた人も居なくなってしまった。
皆が全員知ることはない。死者に花を手向けることが出来るのだという、限られた者だけが理解する、あなたの真髄を。
本当は怖かった。あのホテルの崩壊と共に、私の知る太刀川さんは死んで、何もかもが変わってしまったのではないかと。もうてっきり、怒りに呑まれて、全て忘れてしまっているのではないかと。
太刀川さんを守らんと、彼の数少ない平穏を保とうとしてくれていた西園寺さんも女将さんも、もうこの世を先立たれて、かと思えば、私は岡崎さんに、太刀川さんの居ない外の世界へ再び手を引かれて、その温もりを享受している。それは彼の耳にも入っている。これが太刀川さんにとって、裏切りと言わず、なんと言えようか。
太刀川さんには、たぶん、もう私しか残されていないというのに。
私は何度太刀川さんを失望させただろう。もう、許しては貰えないだろう。仏の顔が三度までというなら、太刀川さんはとっくに仏を越えた何かになっている。
けれど、太刀川さんは仏でもなければ神でもない。そして、今、改めて、太刀川さんの生をこうして認識して、わかった。
良くも悪くも、太刀川さんは変わってない。まだ彼なりの理性がある。それが吉と出るのか凶と出るのか、わからないけれど。
「風邪を引きますよ。ミス」
座り込んだ私の上にだけ、雨が届かなくなった。緩慢にべちゃべちゃになった顔をあげる。
「彼は、此処へ2日前に」
「あなたは」
「入れ違いになりましたね」
真っ黒な傘を差し、もうひとつ手にしていた傘を開いてこちらに向けて差し出す、丈長の純黒のドレスを着た女性。黒の紅に、綺麗に纏められた純黒の髪。黒真珠で右耳を飾っている。厳めしい表情は冷徹に私を見下ろしており、何を思案しているのかわからない。
以前訪れたときに私を出迎えてくれた方だ。慌てて立ち上がり、お礼を言って、傘を受けとる。女性はそんな私を静かに見据え、身を翻し「こちらへ」と誘導する。
「中へお入りなさい、ミス。春とはいえ、此処は山頂。まだまだ冷え込む。若い娘が身体を冷やすものではありません」
私の返事を待たず、ドレスの裾を舞わせて、女性は聖堂へと颯爽と進んでいく。
「ま、まってください」
涙やら鼻水やらを簡単に拭ってから、お墓に一礼し手を合わせ、急ぎ足で女性のあとを追う。高身長な彼女は、ドレスの下に潜む足も長いのだろう。一歩一歩、踏みしめる歩幅は、とんでもなく大きく、小走りで追いかけるので、いっぱいいっぱいだった。
「あ、ありがとうございます。ええと」
「メラニー。私の名です」
メラニーさん? と呼んでみると、漆黒を纏った女性はちいさく頷き「お飲みなさい」と私に促した。暖かい湯気が宙に浮いては消えていく。熱のこもったマグを両手で包むと、冷えきっていた指先から、体温が平常に戻っていく。ふぅふぅと冷ましてから口をつけると、甘さは控えめのミルクココアだ。み、ミ●かな。
ここはメラニーさんの部屋だろうか。この聖堂に住んでいらっしゃるということは、修道女のお務めをされているのか。私の顔色を見て、鉄分が足りていないと判断し、ココアを淹れてくれたメラニーさんは、暖炉に薪を足して部屋の室温を上げてくれていた。もう一口飲んで喉を潤して、そのすらりとした姿を見つめる。
『帽子屋から、どの程度話を聞いているのか知りませんが……時期を逃せば、二度と戻れなくなりますよ。貴女にとって、後悔のない選択をなさい』
メラニーさんは私の身の上に起きたことを太刀川さんから聞いている。けれど、帽子屋のことは腑に落ちない。太刀川さんはきっと、帽子屋のことも、私の妄想の権現だと考えていた。果たして、そこまでを語る必要があるだろうか。それに、メラニーさんの物言いはどこか……。
「私は2日に一度、供花の回収に霊園を廻ります」
「あ、は、はい」
「二日前、随分と窶れた彼に、久方ぶりに会いました」
「……お元気そうでは、無かったですか」
「ええ。このまま、あの墓所に自分の骨を自ら埋めに来たか、それとも化けて現れたのかと、見間違う位には」
「……」
「あの様子では、長くは無いでしょう。元々その兆しはあった」
黒い杖で身体を支え、メラニーさんは私のすぐ目の前に立ち、私を見下ろした。右耳にある真珠と同じ、深い黒が私を俯瞰する。品定めされていると、すぐにわかった。
「仲が良いのですね。帽子屋と」
「ジャックのことですか」
「ジャック」
名前をもう一度呟いて、黙られたあと、貴方が彼に名付けたのですか、とメラニーさんが疑問を口にする。
「いいえ、帽子屋が自分でそう名乗っていました」
「帽子屋が自ら、貴女に?」
「はい」
「そうですか」
「あの……帽子屋のことをどうして」
「……」
「あ、あなた方は一体何者なんですか。私の身に何が起こったのか、ご存じなんでしょう? 帽子屋は、私は巻き込まれただけだって」
「ええ。貴女は本当に、運悪く此方に来てしまっただけ。運命でもなければ必然でもない。あくまでも不運な偶然に」
「……」
「帽子屋は、なんとかそれを未然に防ごうと行動していた。自分達にきつく課せられた決まりごとを破ることになっても、形振り構うことなく。ただ一心に、彼らしくもなく」
すぐ側にあった椅子を引き寄せ、メラニーさんはゆっくりと腰を下ろす。ぎゅうと杖を握り直して、氷のように冷たい表情はそのままに、真っ黒な唇を動かした。
「貴女は、何者なんですか」
「わ、私ですか?」
それ聞きたいのはこっちで、間違いなく私の台詞の筈なんですけど。あれ? 台本取り違えた? ナンデ?
「私はこれまで、あんなにも冷静さを欠いた帽子屋を見たことがなかった。あれではまるで人間です」
「……」
「私の知る帽子屋という存在は、目的のためならば手段を選ばず、何事かを成し遂げる為ならば血を流すことも厭わない。何者かを痛め付けることにも、何の情も持たずして、感じもしない。非情とも機械的とも言えるモノです」
他人を悼むこともしないし、使い物にならないと判断すれば、すぐに切り捨てる。どちらかというと独立を好み、仲間内でも適度な距離感を保っていた。いつも笑みを絶やさず飄々とした表情の帽子屋のことを、得体が知れぬと恐れる者だって居た、そうメラニーさんは帽子屋を語ってくれた。
そんな彼が、誰か一個人の為に身を粉にしていることが、にわかには信じられなかったとも。
対し、メラニーさんの帽子屋像を黙って聞いていた私は、肯定することも否定することも出来ずにいた。どちらの意見に転ぶべきかと悩んでいるのではない。ただただ「いや……それ、だれ?」と目と口を点にするしかなかったのだ。っていうか、仲間? ジャックに、仲間? そんな少年ジャ●プ的なお仲間が? ……先生やお姉ちゃんの私達以外に、友達居たんだ、ジャック。
簡単作画の私になった私は、悶々と私の知る帽子屋と、今聞いた帽子屋を照らし合わせるも、掠りはしつつも俄然の一致はせず。
僕は帽子屋だ。嘘はつかないんだよ。と偉っっそうに鼻をならしながら、ふんぞりかえるジャックの顔にイラァ……とさせられることはあれども、恐れ畏怖するひとが本当にいるのだろうか。いや、だって、小馬鹿にした様な厭らしいドヤ顔に、ちょっとムムムッとしちゃう瞬間が多かった気がするのだが。
そんなにも、人を蔑ろにする様なタイプだったろうか。確かに、やたらと太刀川さんのことを毛嫌いしてはいたけれど。
最初は確かに胡散臭い笑みを撒き散らしていた。それを指摘した日を境に、彼の勝手気儘な立ち振舞いが明け透けになったものの、あれこれ言いながら、先生とお姉ちゃん、私をあの館に招き入れてくれた。館の友人達にもぞんざいに扱われてはいたものの、見たところでは関係は良好とも言えたし、先生とお姉ちゃんとも裏表なく、気兼ねなく打ち解けていたと思う。それに、私が熊のぬいぐるみと仲良くなれるよう橋渡し役を買って出てくれたのは、他でもない帽子屋だ。太刀川さんと仲良くなる前までは、びいびいと情けなく泣く私を「しゃんとしろ」と厳しく叱りながらも、率先して抱き上げて宥めてくれた。
意地悪で性悪なのは否定しない。綺麗な見た目で、中身には「お~れはっジャイ●~ン!」と土管の上で生き生きと歌うオレンジ色の奴が息づいている。それだって、帽子屋の魅力のひとつだ(悔しいから本人に言ったことはないけれど)。
ふと、帽子屋とのやりとりを回顧して思い出し笑いをしてしまうと、メラニーさんが意外そうな顔をして、こちらを見つめていた。呆気にとられた、という感じで。初めて見る顔に、あ、このひとの表情筋ちゃんと生きてるんだ、と呑気なことを考えてしまう。
「驚いた」
「え。お、驚いてるんですか? ほんとに?」
「帽子屋は、貴女にそんな顔をさせることが出来るのですね」
「そんな顔とは……」
「親しい人を想う、穏やかな顔を」
「そ、それはそうですよ」
「?」
「私にとって帽子屋は、その、友人でもあり、家族で……兄みたいなものですから」
「兄。帽子屋が?」
「最初は、私もちょっぴり苦手ではあったんですけど。意地悪なことすぐ言うし、何かあると、すぐ拗ねたりするし」
「意地悪。拗ねる」
「は、ハイ」
ウッソだろお前……天地がひっくり返ってもありえねぇよ……みたいな顔をしてらっしゃる。
一体、私達の知らないとこで何やらかしてきたんだ、ジャック。只者じゃないっていうのはわかってるけど、ここまでのギャップがあるとは、さすがに予想してなかったよ。
兄にも等しい存在であるジャックのことを話していると、彼の纏う薔薇の良い香りが恋しくなる。今、彼はどこで何をしているのだろうか。忙しい忙しいと、いつも口にしていた。会いたい。少しはマシな思考回路になったんじゃない、と小突きながらでもいい。誉めてくれたりはしないだろうか。しないな。
「ジャックは、貴女方は一体、何をしようとしているんですか?」
「……」
「ジャックが度々、何らかの危険を侵しているというのは知ってます。私の為に、危ないことに手を出してるならやめてほしいと、もしメラニーさんがジャックに進言できるのなら、お伝え頂けませんか」
「そうもいかないでしょう。彼も、一度振り上げた拳を下ろす気はもはや毛頭無いでしょうし、一度してしまったのなら、もう手遅れですよ。以前はそんなことはなかったのにと、今は帽子屋に対して、完全に懐疑の目を向けてらっしゃる」
「誰が?」
「……」
「言えませんか……」
「……ミス」
「はい」
「幾度も言われてきたことでしょうが、私の目から見ても、貴女は本当に、ただの人間にしか見えない」
「……」
「可も不可もなく、淡々と年を取り、生き絶えていくだけの、弱々しく儚い生き物そのもの。けれど、そんな貴女の持つ何かが、帽子屋を変えたのでしょう。それが私には分からない。不思議でならない。力を持たぬものが、何故に、そういった力を持ち得るのかが理解できない」
「私はそんな」
「帽子屋にそれを言うと、鼻で笑われましたが」
そもそも、そういった態度を帽子屋が取ってきたことにも驚かされたのだと、メラニーさんは語る。
「けれど、もしかしたら、貴女のようなちっぽけな存在こそが、この世界に、これから起こりうることへ変化をもたらす切欠になるのかもしれない」
「……」
「力無き者の可能性は未知数で、無限に広がっている。いつか、帽子屋をも掬い上げるのかもしれない。ミスターと同じ様に」
「え?」
「帽子屋は忘れてほしくはないのでしょうね。貴女にだけは。けれど、この道が正しいのだと、貴女の為になるのだと言い聞かせて動いているのかも」
「あの……? 一体何の話を」
「ミス。この聖堂は亡者だけでなく、生き物としての尊厳や居場所、権利、それら全てを喪い、最期に救いを求める者が行き着く場所なのです。そして、私は彼等を迎え入れる役を任されている」
「……」
「ミスターは、太刀川尊嶺は、此の堂に行き着いた者の一人だった」
落としそうになったマグをしっかりと掴み直す。無理もない。太刀川さんのルーツの一部を、私は今から垣間見ようとしている。
そういえば、太刀川さんは昔、この場所に世話になったことがあると、借りがあるとも言っていた。いつだ。私と出会う前? それとも別れた後?
「ミスターは、それはもう、見るも無惨な酷たらしい、虫の息の状態で聖域へ足を踏み入れた。誰かに追われていたのでしょう。彼を匿ってすぐ、武器を携えた粗暴で下品な輩が多数、すぐにやって来ましたから」
「……」
「とても手を差し伸べられる状態ではなかった。本人も望んでなどいなかった。生へしがみつくこともせず、間もなく訪れる終わりを、じっと静かに待ち続けていた」
しかし、とメラニーさんは続ける。
「自覚は無くとも、根底では、一縷の望みと、そして願いがあったのでしょう。でなければ、此処に導かれることはない」
だからこそ、私は彼に出来うる限りの治療を施した。あと数年と近いうちに潰える筈だった魂を、あと少しと生き永らえさせたのだと、メラニーさんは長い睫毛を伏せて、真っ黒な紅が塗られた唇を閉ざした。
「ミスターは一度死んだも同然です。そして生き永らえた命で、何処に向かい、歩みを進めれば良いのかわからないミスターを見初めた彼が、再びこの地から生き直せ、修羅の道を往けとミスターに説いた」
「彼?」
「名は伏せておきましょう。しかし貴女も存じている人物です。彼は今も尚、ミスターの首に輪を嵌めている」
「……」
「まさか、あのときと同じ状態で運ばれてくるとは思いませんでしたが」
「太刀川さんは、この聖堂で療養を?」
「ええ」
「ひとつ聞いてもいいですか?」
「答えられるものなら」
「病を患っていると、風の噂で聞きました。噂は本当で、私も何度か彼の不調を見かけたことがあります」
「ええ。そのことは度々耳にしています。彼の中で進行は続いていたのでしょうね」
「進行……ということは」
「兼ねてからのものです。私と接触する前には、もうミスターはあれを背負っていた」
「……」
「彼が死力を尽くして生きてきた環境故、抱えざるを得なかったものです。流行病でなかったことが不幸中の幸いでしょう。悪運が強いのも、昔からなのでしょうね」
ぼんやりと、マグの中で揺蕩うココアを正視する。
太刀川さんは、極道の世界に足を踏み入れてから、周りからの提言も突っぱねて、延命の為の治療は不要だと、自分の気力のみでここまで進んできたらしい。やっぱり、あのひともどこかメーターを振り切っている。
女将さんに、ほんの少しだけ聞いたことのある話も出てきた。太刀川さんは一時期に、誰にも何も言わず、忽然に行方を眩ました。大騒ぎになって、もう何処かで死んでしまったのではないかと組内で諦念が溢れ反っていたタイミングに、彼は再びその姿を現した。一体何があったのか本人は一切として語ることなく、まず開口一番に、医者を呼びつけたのだそうだ。
「地面を這いつくばる惨めたらしいことになったとしても、生き抜かなければならない理由が出来たと、ミスターは教えてくれた」
「……」
「ここ数年は、不定期ではあるものの、抱えの医師に診せていた様ですが、病とは気まぐれなもの。寄生した身体に合わせてくれる訳もない。悪化の一途を辿るばかりで、急速に彼を蝕んでいった」
「治せないんですか」
「……」
「この時代の医療技術を以てしても」
「あの進行状態では、もう手の施しようがない」
「そんな」
「貴女の生きた時よりも、確かに文明も技術も発達している。けれど、進化と同時に対価も生まれる。治すことのできるものが増えたと同時に、ひとの手に負えないものも出来た」
「……」
「ミスターはその枠に入ってしまった。貴女の知る不治の病が、この時代では治せるように技術が発達したのと同じに、彼が患ったものを死滅させるには予想もつかない多大な時間が必要となる。しかし、彼の状態を考えれば、間に合うものではないのです」
黒真珠の瞳が私の姿を捉える。最終通告を言い渡される被告人の気分だ。
「こればかりはどうにもならぬことです。遅かれ早かれ、数年に、早ければ年内に、彼の魂は燃え尽きる」
絶句。もう言葉も出ない。
太刀川さん自身も、もう療治は意味を為さないと自認し、現在は診療も受けていないと聞いていると淡々と語られるが、上手く受け止められない。想像以上に凄惨となっていた彼の現状に、お腹の奥がきりきりと痛くなる。吐きそうだ。胸のなかに蟠る重苦しい石を今すぐ取り除きたい。
トン、と音がする。私に顔をあげろとメラニーさんの杖が床を叩いた。
「以前に、私が貴女に忠告をしたことを覚えていますか」
「は、い」
「ミスターが自らの意思で、貴女の所有権を放棄することは有り得ない。彼が今、何を為さんと動いているか、もうわかるでしょう」
「けど、太刀川さんは……」
確信がある。彼は行動に移せばするが、それを完遂することは出来ない。実証済みだ。本当に? と疑う気持ちはある。けれど脳裏によぎるのは、墓前に供えられた菊の花と、彼が背負ってきた命の名前だった。
「貴女が決したことを貫くというのなら、このままミスターに会わない様、気をつけてお帰りなさい。一度彼に囚われてしまえば、抜け出すことは不可能です」
「どうして、私に話してくれたんですか」
「見届けたいのです」
「何を?」
「風前の灯ともいえるミスターの魂を、貴女ならどうするのか。生かすのか、それとも殺すのか。その行く末を、最期を見届けたい」
どんよりと歪んだ漆黒の瞳は、何も読み取らせてはくれない。子を見守る母の目でも、友を見送らんとする親愛からの眼差しとも違う。人形の様に無機質なものだ。
ただ、ひとつだけわかったことがある。この女性は、本人が言っている通り、ただその結末を追おうとしている。人間を見る目なのは確かなのに、実験動物になった気分になるのは何故だろう。
あぁそうかと腑に落ちる。同じなんだ。今は亡き土師さんが案内してくれた、おぞましい光景が広がる地下施設。もがき苦しむ人々を観察し、手元のボードにメモを取る研究員たち。彼等のそれと、メラニーさんの眼差しは、同一だった。
マグの中に入っていたココアはすっかり冷めてしまっていた。人を待たせているから、もう戻ります、と口を動かすのに、随分と時間がかかった。冷えたココアよりも、岡崎さんの温もりで暖かくなりたいと切実に恋しかった。
見送りをするというメラニーさんに、ひとりで大丈夫だと両手を振ったが、首を縦にされることはなく、真っ黒なドレスがたなびくのを、重苦しい心持ちで後ろから見つめて歩くしかなかった。ペタペタと裸足で、白と黒のタイルの上を辿る。聖歌隊の歌声が聞こえてきて、あの広い礼拝堂が近くなってきたのがわかる。
広い間の真ん中に飾られた、多くの蝋燭を抱えた大きなシャンデリア。その横を通りすぎようとしたとき、顔を見て安心したいと思っていた男性の姿がそこにあった。
シャンデリアの向こう側にある聖書台、説教台に挟まれた聖卓。その手前に岡崎さんが居た。赤、青、黄色、緑。色とりどりのステンドグラスを通して、薄暗い灯りを浴びながら、巨大な十字架を見上げていた。
灰色の髪に多彩な色が入り込む。赤になったり、青になったり、紫になったり。差し込む光の加減で、ときに黒にも白にもなる。
けれども、その双眼に嵌め込まれた深い赤は変わらない。色を隠す為と、かけていた黒眼鏡は外され、じいっと色硝子と十字架に磔にされた人を真っ直ぐに見上げている。眉を寄せて、尊いものして崇められるその存在を、燃え尽くさんばかりに、その赤で睨み付けていた。
神々しいと思うのと同時に、禍々しい印象も受けた。相反する情がぶつかり合う。
岡崎さんに駆け寄り、名前を呼ぶ。しき、と此方を向いてくれた岡崎さんの顔色は脂汗が浮かんで顔色が悪い。動きも鈍く、とても辛そうだ。
慌てて、よろめく大きな身体を支えると、岡崎さんらしくもなく凭れかかってきた。立っているのも本当は辛かったらしい。岡崎さんの体重を私が受け止めきれるわけもなかったが、ふんぬぅううと踏ん張って耐える。
「お、おもいいい。お、おかざきさん、どうして中に入ってきたんですか」
「誰かさんが遅いから、心配して迎えにきたんですけど。入るなり武器の持ち込みは駄目だっつって、支えにしてた刀は坊主に没収されるし、足はめがっさ重くなるわ、壁這わねぇと歩けねぇわ、立ち眩みはするわ、これ以上先には進めねぇわで途方に暮れてたんだよ」
「すみません。ゆっくりしすぎました。ごめんなさい」
「お前、よくこんなとこで、そんな元気に振る舞えるな……岡崎さん、信じられないんだけど。もうこっちは気持ち悪くて仕方ないんですけど。っていうか、なんか此処すげぇ暑くない? サウナ? 灼熱なんですけど。暖房の温度どうなってんの。熱中症なるわ。北極にもう少し優しくしろや。地球温暖化にちゃんと気ィ遣えよ」
「え、ちょっと肌寒い位ですよ」
「うぶっ。やべ、なんか吐きそうになってきた! ヤバイ。マジで。ちょ、しき、エチケット袋持ってない!?」
「え、うわわわわ。まってまって。バイクの荷物入れのなかに置いてきた。すぐに外連れていきますから、我慢我慢! 岡崎さんはやれば出来る子! ガマン出来る子!」
「うぷっ。ちょ、出していい? お前のフードの中にぶちまけていい?」
「ダメ。ぜったいダメ。でも、床にぶちまけそうなら、やむを得ないので、いざとなったらどうぞ!」
「オエエエ出る出る出る。エク●シストで出てくる緑色のアレみたいなの出る。絶対出る。ウッ」
「あぁあああ! はやくここから離れましょう! がんばってぇええ」
火事場の馬鹿力というやつで岡崎さんの身体を支え、ずりずりと引きずりながら、メラニーさんに、もう本当にここまでで結構です、とお声掛けと最期の挨拶をしようと振り返る。と同時に、何かを落とすカタンとした音が、堂の中で静かに、けれど広く響き渡った。
「メラニーさん?」
メラニーさんの足元に、純黒の細長の杖が転がっている。常時、彼女が持ち歩いていたものに間違いはない。杖から徐々に視線を上げていく。しっかりと戒杖を握りしめていた白い手は不自然なほど震えていた。喪服にも見える洋服を辿り、首もとから顔を確認する。
「そんな、まさか」
何故此処に、とか細く震えた、辛うじて聞こえてくる小さな声。西園寺さんにも負けない鉄の仮面は剥がされていた。長身の躯は小刻みに震えている。岡崎さんを写した真っ黒な真珠の様な瞳は限界まで見開かれ、私達、というより岡崎さんの姿から目をそらすことはない。黒の紅が塗られた唇は何度か開閉を繰り返すが、言葉を発することはな。
圧倒的な存在を目の前にして、畏怖し、恐怖に戦く、憐れなひとの顔だった。
「誰?」
「え、えっと、この聖堂で色々お務めをされてる方らしくて」
虚ろな瞳でメラニーさんを岡崎さんが指差し、私に尋ねる。岡崎さんの方は面識は無いらしい。しかし、岡崎さんを凝視するメラニーさんの反応を見ると違和感がある。
「メラニーさん、岡崎さんをご存知なんですか」
「……おかざき?」
「は、はい。あ、もしかして、太刀川さんから何か聞いて……だ、大丈夫です。このひとは無闇矢鱈に危害を加えたりしませんから!」
「……」
「だからその……メラニーさん?」
メラニーさんはジッと、唇を噛み締め、信じられないものを見る目で、岡崎さんを見つめたままでいる。やがて彼女は、一度二度と大きく息を吸って吐き、呼吸を整えた。額に汗し、ぐっと両目を固く閉ざして、眉を寄せてから、床に転がった杖を拾い上げた。震えを抑える為か、柄を握りこんだその手には血管が浮き出ていた。
「……体調が芳しくない様に見受けられます。その方は少しお休みになられた方が宜しいのでは? 空き部屋を案内します」
「い、いいえ! すぐにお暇します! ご厚意だけ頂きます。本当に有難うございました。私達はこれで。岡崎さん、大丈夫ですか? 歩けます?」
「ミス」
「えっ、あ、は、はい」
「その殿方と恋仲なのですか」
「ファっ!? ちが、ちがいます。岡崎さんと私は、えっと、その」
「やめてくれよ……そんなハッキリキッパリ否定すんなよ……まだこちとら傷心中で受け止めきれてないのに。普通にショックだわ。マリアナ海溝まで沈むわ。俺そのものがタイ●ニック号だわ。バッキバッキに船体折れたわ」
「今すぐ浮かび上がってきてください。重いから。体重かけないで。筋肉量凄いんですから、あなた」
「ちくしょう。不覚にもあなた呼びでときめいた」
「思ってたよりも元気そうですね。手離していいですか」
「なに、そのドライな対応! 先日までは(疑似)夫婦してたじゃん! 俺、まだ離婚なんかする気ねぇからな! 認めません!」
「その括弧内をちゃんと発音してください! ちが、メラニーさん。夫婦っていうのは、その、色々あって。というか、五月蝿いですよね。ほんとごめんなさい」
「ミスターもそうですが、貴女も大概、運に恵まれていない」
「え」
「……見放されている」
貴女こそ、もう救われることはない。そう言ってメラニーさんは十字架を無言のままに見上げた。え、あ、呆れられた? 天を仰ぐほど救いようが無いってこと? こんな状況で、どこか緊張感のないやり取りをおっ始めてしまったことに怒っているのだろうかと冷や汗をかく私に、メラニーさんは氷のように冷めた視線を送り、すっと右へ手を翳した。
「出口はあちらです。お気をつけて」
「は、はい。すみません。お騒がせしました。お暇します。失礼しました」
「……」
「あ、あのメラニーさん」
「何か」
「その、ありがとうございました」
首を傾げるメラニーさんに「太刀川さんのことを話してくれて」と付け加えると、支えていた男性の身体がピクリと身動いだのが伝わってくる。どれだけ躯が辛かろうが、その地獄耳を攲てている。
「たいしたことはお話ししていません」
「いえ、十分です。あのひとは、自分のことをお話ししたがらないので」
「そうでしょうね。ベラベラと話す内容ではないことは確かでしょう」
「それでも、いつか教えてくれるって言ってくれてたんです」
「……」
「でも、もう彼の口からは聞けそうになかったから」
少しでも、些細なことであってもいい。本人の知らぬところでと思うところはあるが、太刀川さんのことをひとつひとつ知ることは私にとって大切なことで、進歩に繋がる。
太刀川さんは、私がひた隠しにしておきたかったことも、恥ずかしいところも含め、全てを把握していると言っても間違いないのに、私はといえば、太刀川さんの深いところを理解しているとはいっても、一体何が彼にあの様な身を刷り削る生き方に至らせたのかまでは知らない。こんなの不公平だ。どこまでも一方的だったからこそ、並びたかった。
「それに、少しですけど、希望を持てた気がします」
聖堂に来て良かったと思う、と続けると、話の流れにはそぐわない単語が気になったのか、メラニーさんは無表情のまま数秒口を閉ざす。鉄の表情は唇だけを動かして、黒の衣を纏う女性は「希望?」と繰り返した。
「あくまでも、私にとってはですけど……。太刀川さんは、そんな風に受け止めてはくれない。むしろ、ふざけるなって本気で怒られそうですけど」
微かだけれど、私の道は見えた。朧気ではあるけれど、あとは進んでいくだけ。
少し上から、私の様子を伺う岡崎さんの視線を感じるけれど、私から合わせることはなかった。
岡崎さんの目を見たら挫けそうにもなる。すがりたくなる。その心地好い優しさに、いつまでも甘えたくなる。
でも、それでは駄目なのだ。私が自ら踏み出さなくてはならない。その為には、太刀川さんというラスボスを倒さねばならない。……た、倒せるかなぁ。少しばかり経験値は貯めて、レベルもちょびっとアップしたとはいえ、難易度は常時ナイトメアモードであることに変わりはない。攻略本欲しい。分厚いやつ。
メラニーさんに、今度こそ最後と頭を下げ、岡崎さんを引き摺る。
黒衣の女性の横を通り過ぎる際、小さく囁くような声で、かわいそうに、と呟かれたのが耳に届いた。その呟きが岡崎さんに対してなのか、それとも私に宛てたものなのか。たぶん、後者だろうなぁ。
荒れ果てた広いお庭に、書院造の純和風建築の和館。一番に目を引く、明治風の立派な洋館は、嘗て身を置いていたときと同様に、あまり手入れは施されていない様だった。
この場所には、地下室に投獄されたときの、冷たく苦い記憶しか残っていない。目に見えてわかる埃がこびりついた赤い絨毯を踏みしめて玄関に入り、すぐに出てくる大階段を、岡崎さんの後ろをついて歩いていく。
フードを被っていても、気付くひとは気付くのだろう。周囲からの視線と囁き声が痛い。良い目では見られていない。当然だ。なにせ、この白鷹組において、私の存在はこうして自由に歩いて良い立場ではない。ギラギラと今にも射殺されそうな強い眼差しが、私の全身にいくつも刺さる。
「行くぞ」
腕を引かれ、岡崎さんが私を隠すようにして肩を抱いてくる。あいつは何を考えてるんだと、岡崎さんを冷罵する声が聞こえてくる。私のことはいい。しかし、岡崎さんが罵声を浴びせられるのは、やはり耐え難かった。私の両手を縛る位しておいた方が良いのではないかと進言したが、岡崎さんは額に青筋をたてた迫力のある物凄い怖い顔で「あ゛?」と凄んできたから、思わずゴメンナサイしてしまった。いや、ほんとちびるかと思った。
このひとは、自ら進んで、私の荷をも一緒に被ろうとするのだ。まるで、それが当然だと私に教える様に。
二階の部屋の前に連れられる。話し声が微かに聞こえてくる部屋に、岡崎さんがノックもせずに遠慮なくずかずかと入室した。あまりの無遠慮さに一瞬呆けてしまってしまった。
岡崎さんを小声で嗜めるも、当の本人は呑気に大きな欠伸をして、ぽりぽりと灰色の頭をかきながら奥へと進んでいく。そ、そうだ。今まで一緒に住んでて、すっかり慣れて当たり前になってたけど、このひと風来坊気質な振る舞いがデフォだった。
「……もう既に5つの国が火の海になってる。対策が追い付いてない」
「奴等、サツとも手ェ組み直したんじゃないか。うちのシマの事務所でも多勢に無勢、奴等ガサ入れにきたぞ。うちの若頭補佐と若衆
がパクられちまった」
「柊の姐さんは何故出てこない! この損害は誰が被るのか!」
「それにしても……瀧島と太刀川尊嶺が揃った途端に、この勢力拡大の速さは圧倒的すぎる。流石、天龍の若大将。やはり、あの手腕は侮れない。末恐ろしい才覚だ」
「何を言ってるの。何よりも恐ろしく厄介なのは、その太刀川を操る瀧島の方よ。まるで蛇だわ。どんな口八丁と手を使ってるのか、まるでわからない。なのに、その手は広く、確実に駒を増やし続けてる。それも、選りすぐりの」
「もう我らの敵はアジアのみに留まらない。同盟を結んでいた先の国の組織も潰されるか、天龍に取り込まれる一方だ」
「一体どうなっているんだ! 白鷹は国内外問わずとして、衣笠の息がかかっていたのではなかったのか。半数が奴等の手の内に落ちているではないか!」
「彼等が背中を預けていたのは、あくまで白鷹組前組長、衣笠南雲に対してのみだ。まだうら若い女の手腕など信用に足りぬと踏んだのだろう。事実、その選択は間違いではなかったと私は思う」
「貴様ァ! 寝返るつもりか!」
「現状を見ろ! 考えたくもなるだろう! 実際、白鷹の現組長殿は、この場に姿も見せず、口も出さず、方針も示さず、怖じ気ついたのか、裏から出てこぬ!」
「そうだ! こうしている間にも天龍は益々力をつけている! 我等には時間がない!」
円形になった大型の会議テーブルには、スマートなスーツを似た利発そうな方から、刺青を覗かせ着物を着用した厳つい人物と、国際色も幅広く、多種多様な風貌の方々が腰掛け、冷静に考えを述べたり、ときに唾を飛ばして卓を思い切り叩きながら怒鳴るなどの話し合いをしている。
壁に凭れかかり、つまらなそうに岡崎さんは腕を組んで眺めていた。彼等は岡崎さんの存在に気が付かないくらいに熱が入っている様で口を止めることはない。白熱した談合の場に、ごくりと生唾を飲む。その内、手か武器が出てきそうな殺伐さに、岡崎さんの隣でビビり散らしていると、一番奥の席、おそらくこの場を取り仕切るポジションに座っている金髪の女性が大きくため息をついた。
艶やかな赤のリップが塗られた唇を尖らせ、不満そうにしている。以前お会いしたときよりも少々やつれており、お疲れなのだと目に見えて分かる。
「あーー、そうね……そうですね。シラユ……うちの柊は今、引き籠も……作戦を立て直してる最中でしてぇ」
「引き籠もりって言いかけた? 言おうとしてたよね。え? ウソでしょ、お宅の総大将、ちゃんと状況見えてんの? 立場理解してる? ぬくぬくと何してんの?」
「己らァ、わてらを舐めとんかい!」
「こんな体たらくの組織に命預けとってええんか! だから、最初から反対や言うたやろがい! まして女なんかに指揮取らせるやなんて、録なことならんてなぁ!」
「ええ加減に姿見せろや、このヤロー! 退陣するなら退陣、後任に権利明け渡すなら渡す! こそこそ黙っとらんと、ハッキリさせや、ゴラァ!」
思い切りテーブルを膝で蹴り上げた音に、びくりと体が跳ねる。話を聞くと、どうやらあの椅子に座るのは本来リゼさんではなく、現在白鷹組を束ねるシラユキさんだったらしい。しかし、長いこと姿を公に見せてはいない様だ。
「聞けば、太刀川尊嶺は病に冒されているらしいではないか。それも重度の。獣は弱ってるうちに駆除すべきだ」
「いいえ、いいえ。最中にあるとは思えぬ程の猛進を奮い続けています。いずれ死すならば、私達も道連れに地獄に引き込まんばかりに。その武力も衰えてはいない。今の太刀川に、サシで勝負出来るものはいないでしょう」
「そんなことは、やってみなければわからないだろう!」
「お忘れですか。数ヵ月前にも同じ事を言って、真正面から天龍に向かっていった組が徹底的に壊滅させられている。同じ事を繰り返す訳にはいかない。白鷹としても、これ以上貴重な戦力を喪いたくないのです」
「ほんだら、余計に策を練らんとあかんやろがい! なぁにを陰に隠れてコソコソしとんじゃワレェ!」
「それはそうなんですけどぉ……返す言葉も無いんですけどぉ……。って、あら? てっちゃん!?」
黙って話を聞いていた岡崎さんの存在に、シラユキさんの代理として話し合いに参加しているリゼさんが気付く。ヨッと手を上げて、岡崎さんが返事を返した。
グラサンを外し、フードを下ろして、その派手な見目を晒すと、席についていた人々からの注目が集まり、どよめきが起こる。
「オイ、あのあんちゃん。灰色の毛髪に赤の眼……衣笠が可愛がってたとかいう」
「白鷹の番犬だ」
「天龍の若大将を追い詰めたのはアレだと聞いている」
「衣笠南雲でも敵わなかったというのに」
「行方を眩ませたとか、消されたとか噂になっていたが」
「なんだ、あの気色の悪ィ毛色は。おぞましい」
思わず、岡崎さんの服を右手で掴み、握り締めてしまう。岡崎さんは何も言わず、のほほんとした眼差しで目の前の光景を眺めているだけで、心無い言葉は特に気にも留めていない様子だ。こういった反応をされることは慣れているということが伝わってきてしまう。だからこそ、悲しかった。
「失礼、すぐに戻ります」
野次を飛ばされながらも、リゼさんが席を立ち、此方に歩いてきて岡崎さんの肩と私の背中に手を回して、一旦部屋の外へと共に出た。
後ろ手で扉を閉ざしたリゼさんは、ふぅうううと俯いて、大きく息を吐き出し、ニッコリと窶れた綺麗な顔を上げて、固く握った拳を上に振り翳した。
次の瞬間、バキィと肉と骨を打つ音がすぐ隣から聞こえてくる。へっ、と頬を引きつらせて、すらりと伸びた細腕が勢いよく向かった先に視線を辿らせる。
「ぶっっっ!」
「……おっ、岡崎さんんんんんん!!」
アクロバティックに宙を猛スピードで何回転もし、どしゃりと岡崎さんが赤絨毯の上を転がって崩れ落ちる。そんな間にもリゼさんは笑顔のまま美しい顏に筋を浮き上がらせて、ボキボキバキバキと手の骨を鳴らしている。むくりと起き上がった岡崎さんは、鼻の穴から多量の血を流しながら「ま、待て待て……り、リゼちゃん。落ち着こうや。まず話し合いをだな」と右手を前に出して、リゼさんにクールダウンを訴えるが、リゼさんは、よりビキビキに怒りマークを増やすだけだった。ひぇ。
「なぁぁあにが、話し合い? てっちゃん、貴方が何の相談も無しに、女とイチャコラとんずら駆け落ち逃避行したあと、こっちがどんだけドッタンバッタンしてたと思ってるの? 誰が後始末をつけたと思ってるの?」
「いや、駆け落ちは相談したら意味な……」
「んなこと気にしてるんじゃないわ、このくそ色ボケヤリ××! ファッキ×××××! サノバ×××! マ×××ファ×××! ××! ××××!!」
「っだーーー! 中指立てんな、ばかばか! もうやだよ! キレるとすぐこれだよ。これだからお育ちの宜しくない過激派メリケンは!」
「あ、あの」
「あら遠坂さん、前に会ったときに比べたら血色が良くなったわね~! ちょっと太った?」
「エッ」
「ウソウソ。見たところ、ちゃんと健康体よ。それに、女の子はちょっとぷくっとしてる方が可愛いんだから。たくさん食べなさい~」
「(拳に血を滴らせながら言うことじゃない)」
「って、髪の毛、思いきったわね。あれだけ長かったのに」
よろよろと鼻を押さえながら罰が悪そうに戻ってきた岡崎さんに、リゼさんは「ま、これくらいで勘弁してあげるわ」と煙草を取り出してライターを岡崎さんに手渡す。
「一服してる暇あんのかよ」
待たせてんだろ、とちらりと中に居る人達を指しながらも、岡崎さんはリゼさんの煙草に火をつけていた。いいのよと金髪をかきあげながら、リゼさんはふーと赤い唇から煙を吐き出す。
「頭に血ィ上ってちゃ、まともな会話なんて出来やしないわ。かなりヒートアップしてきてたし。クールダウンも必要。デショ?」
「行き詰まってんのか」
「ええ。途中まではイイとこまで追い詰めてたんだけど。敵は詰め将棋の方が得意だったみたい。ここんとこは、してやられてばっかりよ」
「へぇ」
「とにかくも、てっちゃんが戻ってきてくれて助かったわ。これで交渉関係の場からは身を引ける。もううんざりよ~。おべっかだのなんだの。接待だとかはフォックスにも助けてもらってるけど」
「シラユキは?」
「さっき聞いてた通りよ」
「……」
「自室に閉じ籠って、ずっと出てこない。食事は一日三食きっちり摂ってるから、死んでるってことは無いみたいだけど。ここんとこ、ずっと私はあの子の姿も見てない。一体なにをしてるのや……」
ら、とリゼさんの口が動くだけで、発声はされなかった。私達の向こう側を呆然と見つめている。ヒールが廊下を叩く音が近づいてくる。リゼさんの視線の先を追おうと振り返る。岡崎さんは身動ぎもせず、静かなままだ。
「シラユキ」
リゼさんに名を呼ばれたのは、噂の渦中にあった人物だ。此方に向かって歩いてくる。
軍服に似た服を纏った姿は威圧感があり、軍冒に隠されていないその美しい顔に乗った表情は無そのもの。だが、その体は痩せこけ、ゆらゆらと空虚に揺れる片腕は痛ましい。青を通り越して白く窶れきったその顔は、幽霊の様な不気味さすらある。どこかの誰かさんを彷彿とさせる目の下のクマはびっしりと色濃く、瞳はどんよりと濁り、何処を見つめているのかも分からない。目が据わっていた。目の前に立ち塞がる私達など、眼中になかった。ぞっとする。
「シラユキさん」
名前を呼ぶが、一瞬此方を見ただけで、横を通り過ぎられる。罵られるか虐げられるかの覚悟をしていたのに、何も無いことが逆に恐ろしい。
岡崎さんの横を通るシラユキさんは、彼に視線も寄越さない。岡崎さんもまた、何も言わずシラユキさんのことを見下ろしたまま。
リゼさんにとっても、久方ぶりに見るシラユキさんの姿はなかなかに衝撃的だったらしく、ぽろりと口から煙草を落としている。
後ろでひとつに括られた黒髪が揺れる背中を見つめる。リゼさんがシラユキさんに何か言っているが、彼女は聞く耳を持たず、先程まで白熱していた話し合いの場に足を踏み入れた。
慌ててリゼさんが後を追う。中から聞こえてきた怒号は、何をしていたのかとシラユキさんを罵る声ばかりだ。岡崎さんの様子を伺うと、彼は不機嫌そうにしていて、はぁとため息をついて、まだこびりついていた鼻血を拭って彼女らの後を追う。私はどうしたら良いだろうかと廊下で立ち止まっていると、岡崎さんに手を取られる。
罵声を浴びながらも、シラユキさんはリゼさんが座していた場所に腰を下ろした。
牽制する全員に、まず謝意を表して諭し、すぐに話始めるのかと思ったらそうではない。彼女は黙って、ただじっと、自身を取り囲む人物の存在を、ひとりひとり顔を見て確認していた。そして校長先生さながら、周りの口が止まるのをじっと待った。静かに、ずっと待ち続けていた。何をどうとすることもなく。
すると徐々にだが、不思議なことに、ひとつずつ声が消えていく。口を閉ざしていく。威勢良く声を張り上げていた人物も皆、脱落していく。
シン、と静まり返る。15分だ。約15分かけて、シラユキさんはこの場の空気を変え支配したのだ。貴殿らが声を発する限り、己が声を発することは無い、そう黙しながら説き伏せた。今となっては、呼吸音を吐き出すことすら慎重となる。
静寂のなか、焦らしに焦らしにたシラユキさんがやっと発言した。
「私達の敵は誰かを忘れてはならない」
ゆっくりと、まるで染み込ませるようにハッキリとした声色で紡がれた。私達の愚かさを詰る様に。
ゆらりとひとり、立ち上がったシラユキさんに注目が集まる。衣嚢から取り出した端末を操作すると、シラユキさん達が囲う席の丁度真ん中に映像が写し出される。そこには、重要機密と写されているのが、辛うじて読み取れたが、あとは靄がかかってよくわからない。許可された人物にだけ閲覧が可能となっているらしい。
全員が、それを集中して読み込んでいる。リゼさんも、自身の端末を手にして、口を手で隠し、真剣に眼を通している。映像を横目で見ていた岡崎さんは眉を寄せている。無茶だと漏らす声もあれば、いや、これならばいける、と感嘆するものも居て、反応は様々だった。
「手駒は揃った」
シラユキさんが私達、というより岡崎さんを見つめて口を動かす。岡崎さんは、より眉間に皺を寄せていた。中でも一番に物騒な風貌の、どことなく蠎さんに似た人物が、真っ先にシラユキさんに尋ねる。
「いつに決行だ」
「すぐにでも動ける。もう手筈は整えておきました」
「動くならば早い方がいい」
「では明朝に」
貴殿らは、そこにある通りに忠実に動いてくれたら、それでいいと続ける。
「奴等の骨は勿論、家族、兄弟、恋人、その血を継承した者全て、片鱗1つこの世に残すことは許さない。血を引くならば、誰であろうと、赤ん坊であろうとも、処分する。これ以上無い屈辱を、恥辱を、侮辱を植え付けて、地獄の底に叩き落とす。もう蘇らせはしない。塵ひとつ遺させやしない。絶対に」
そう語る瞳の奥には、多大な怒りと怨念に嫌悪、そして憎悪に歪んだ悲しいもので満ち溢れている。
「蛇共の現拠点は、京都嵐山、霊亀山天龍資聖禅寺。天の龍を諸共、全てを根絶やしにする」
こうして連鎖していくのだな、と世のやる瀬無さを憂うのは、何度めになるのだろうか。
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