運命のひと。ー暗転ー

破落戸

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 まだ太刀川さんとそんなに仲が良くない(というか険悪だった)頃、私は先生達と過ごし、そして何をするにもワンくんと行動を共にすることが当たり前だった。私の頭のなかにしか存在しない友人達を除いた、生身の存在として私が触れ合っていたのは、館長さんとワンくんと、たまに外に出て軽くお話をするご近所さんのみ。

 色んなところへ行って、見て、触れて、たくさん学びなさいと言ってくれた祖父の言葉。確かにオルゴール館にやってくる前のことを考えれば、世界は開けた。これまで、家の中で常に同じ光景を見てきた私にとって、館にある数々の珍しいものは私の心を踊らせたし、館長さんのお仕事を手伝っている最中、やってきたお客さんとお話するのは刺激があった。

 けれど、やはり、私はどこまでも受動的だった。館長さんの背中に隠れ、ちょっと顔を覗かせるだけで、自ら踏み込むことはしなかった。先生やお姉ちゃんの促しや、隣にワンくんがついていなければ、私ひとりで何処かへ行ってみようという気にはなれなかった。

 太刀川さんに対しても同じだ。あの日、渡月橋近くで傷ついた彼を見つけて、成り行きではあるが、無理矢理に、館長さんとワンくんの力を借りて連れ戻しはした。けれど、それ以来も、私から太刀川さんに近付こうとはしなかった。あの冷徹な視線と態度を向けられるのが、やはり怖かった。

 それでも、私を一番嫌っていた筈の太刀川さんの方から、私に重い一歩を踏み出してくれた。未だに、どういう心境の変化だったのかは知り得ないし、結局最後まで教えてもらえなかった。私達の関係がどれだけ歪だと言われても、それでも確かに、太刀川さんとの仲が、良くも悪くも深まったのは、彼の歩み寄りがあったからだ。それがなければ、私はたぶん、自分の作り出した暖かい夢の中に、今も籠っていたことだろう。

 宝石箱オルゴールの蓋を閉じる。音色が止み、ひとりきりの家に静寂が甦る。

 楽になりたくて、楽になってほしくて、太刀川さんの首を絞めて、全てを終わらせようとしたが、その望みも散った過去を思い出す。命を摘み取られそうになっているのに嬉しそうだった太刀川さんの表情が、手の力を緩めた瞬間にスンと変化する。落胆を隠さない声色で続きを促す太刀川さんに、いやだと私は首を振った。

 自分から、自分じゃないひとの領域に踏み込むことが怖かった。勇気が持てなかった。拒否されたらどうしよう、受け入れきれなかったらどうしよう、と。

 相手のことを知りたいからといって、他人の過去をほじくり返すのは良くない。誰にでも話したくない過去があるから、無理に聞き出すことはない。正しいことだと思う。でも、薄情だとも思う。

 私にとって、それらを理由として並べることは保身の為でしかなかった。ただ、責任を負いたくなかった。傷ついたその心に私が触れて、更にそのヒビを大きくさせてしまったらどうしようと、それをまず考えた。一緒に相手の苦しみを背負ってあげられる自信が無かった。でも、見て見ぬ振りも出来ない。そのジレンマに苦しい思いをするのが嫌で、度量も無いくせに
、でしゃばり、その時々の感情で他人の芝生を踏み荒らしてしまう。考え無しだから、どう接したら良いのかわからなくて、戸惑って、中途半端な結果に終わってしまう。相手を、思いやってのことじゃない。

 どこまでもちぐはぐだった。






 暖房をつけ始めた店内に居ると、その心地よい室温にウトウトすることが多くなる。休憩時間はぼんやりした頭をシャキッとさせようと、最近は外に出て過ごすのが常となった。

 もうすぐ12月か。川辺の大きめの石に腰掛け、緩やかな水の流れを聞きながら、お弁当箱を開いた。水の近くは冷える。夏は子供達が涼む為に水遊びに興じるが、この季節となれば貸切状態となる。仄かな肌寒さに、もう少ししたら此処で昼食を取るのも厳しくなると察した。

 大きめに作ってきた卵焼きに箸を入れる。一口大にしたそれを口に含んで咀嚼する。

 結局、一月ひとつき経っても、帰ってこなかった。彼は連絡のひとつも寄越してこない。

 消化しやすい様に噛み砕いた卵焼きをごきゅりと飲み込み、次はどれにしようかとお箸をさ迷わせ、白ご飯を掬い取ろうとすると、上半身に何かが掛けられる。へっ?   と振り帰ると、コートを脱いだ長身の男性が私を見下ろしていた。


「風邪引くよ」

「オーウェンさん」


 ぜ、全然気づかなかった。流水音で足音が掻き消されたのか、それとも、私が相当にぼうっとしていただけか。


「隣に座っても?」


 確認するオーウェンさんに、「勿論、どうぞ」と少し横にずれる。オーウェンさんも私が座る石の上に腰掛け、今の今まで私がひとりで見つめていた景色を、彼も眩しそうに眺め始めた。両手を擦り合わせる仕草を見て、肩口にあったコートに触れる。


「あの、寒いですよね。私は大丈夫ですから、羽織って下さい」

「気にしないで。それに、女性が身体を冷やしちゃ駄目だよ」

「でも」

「じゃあ君が食べ終わるまで。それまで」


 本当に平気なのに。だったら早く食べ終わろうとお箸のスピードを早め、口一杯におかずを詰め込み始めた私に、ゆっくりでいいよと苦笑いされてしまった。頬袋みたいだと、人差し指でおかずで詰められた頬を軽くツンツンとされる。その触れ方があまりにも慣れ親しんだ友人か……仲の良い恋人にするものを連想させた。

 むず痒くなっていると、オーウェンさんは自分がしたことに気付いたらしく、ハッとした様子で、慌てて手を離した。きゅっと下唇を噛み、再び前方へと顔の向きを戻したオーウェンさんの頬はほんのり赤い。

 可愛いひとだなぁと思った。見た目は落ち着きのある、れっきとした大人の男性なのに、中身はまるで、恥じらいと慎ましさのある少女だ。


「あの日は、ごめん」

「あの日……あ、いえ、私の方こそ。あの後、岡崎さんと何をお話されたんですか? あのひと、難しい顔して戻ってきて」

「え、あ、あぁ。それは……」

「けっ、喧嘩とかしてませんよね!?」

「してない。手も出されてないよ。少し話をしただけ」

「……」

「本当だよ」

「……オーウェンさんに聞きたいことがたくさんあって。単刀直入に……貴方は一体何者なんですか?」

「前にも話した通り。世界を飛び回ってるただの学者だよ」

「ごめんなさい。説得力に欠けます」

「だろうね。でも、本当にそれ以上は言い様が無いんだ。帽子屋みたいに、奇特なことが出来る力は持ち合わせていないし、特別腕っぷしが強い訳でも無い。むしろ、喧嘩は苦手なんだ。出来るなら、話し合いで穏便に解決させたいタイプで。かといって、ひとと話すことだって、そんなに得意じゃない。口下手だし、冗談とか気の利いたことも言えないし、面白いことも話せない。愛想も、あんまり良い方じゃない。根暗で、人見知りで。人間的になら、僕はつまらない部類に入ると思うよ」

「……」

「何者と聞かれたら、僕はそう答えることしか出来ない」


 君だってそうだろう? と同意を求められる。意図がわからず、首を傾げる。


「此処とは違う別の世界、いや、過去の時代からやって来たとしても、同じ質問をされれば、志紀だって自分のことを、普通の女の子だって答えるだろ?」

「……お、オーウェンさんは」

「うん?」

「私みたいなことを、言うんですね」

「そうだね。似た者同士ってやつかな」

「そ、そんなことは……それに、オーウェンさんは口下手なんかじゃないですよ。私に聞かせてくれるお話はどれもこれもすごく面白いし、とても興味をそそられます」

「ありがとう」

「話下手っていうのも、それは言い過ぎです。私とよくお喋りしてくれるじゃないですか。根暗だなんて、そんなこと」

「特別だから」

「え?」

「志紀だけだったんだよ。僕がこんな風に、気兼ねなく話すことが出来た女の子は」


 さらりと恥ずかしいことを言ってのけたオーウェンさんだが、先程とは違い、そこには一切の照れは感じられない。本心から思っていることを、そのまま声にしたという感じで、本人は極めて大真面目だった。口説き文句や、甘ったるい殺し文句だとか、そういうものとは程遠い。私も顔を真っ赤にして、何を言ってるんですか! と叫びそうなものだが、不思議と冷静で、心が揺るがされることはなかった。そりゃあ、どきりはしたけれど、あぁそうなんだと、すとんと何故だか腑に落ちた。
 

「やっぱり、私、何処かでオーウェンさんとお会いしたことありますよね」

「……」

「ジャックのこともそうだし……何でか自然と受け入れてたんですけど、私、オーウェンさんに名前教えてないのに、志紀って最初から呼んでたし、それに、それに」


 矢継ぎ早に質問する私に、オーウェンさんは何も答えはしなかったが、目線を合わせる為、オーウェンさんは少し前屈みになった。哀しそうな笑みを浮かべ、その紫色の瞳に私を写している。

 どうして私をそんな目で見るの? そう尋ねたいのに、声は出なかった。なんとなく、その先は聞いてはならない気がして。


「帽子屋とは、ちょっとした縁でね」

「えっあ、あぁ。もしかして、お友達ですか?」

「どうだろう。親しい方だとは思うけど、友人とは少し違うかな。もしかしたら、小憎たらしい位には思われてるかも」

「え」

「あぁ、いや。別に後ろ暗い意味じゃない。ただ……」


 苦笑いするオーウェンさんの意が汲み取れず、疑問に満ちた表情をしていただろう私を見て、オーウェンさんは手を伸ばし、口の端についていたごはん粒を取ってくれた。ぱくりと当然の様に、お米を自身の口に運んだオーウェンさんのキザとも言える挙動は慣れたものだ。本人は人見知りだというけれど、果たして、人見知りがこんなこっ恥ずかしいことをさらりと出来るだろうか。


「帽子屋にとって、僕はどういう立ち位置に居るのか、僕にもわからないんだ。ただ、ヤキモチは焼かれてるとは思う」

「や、ヤキモチ?」

「うん」

帽子屋ジャックが?」

「結構子供っぽいところあるだろ? 身勝手で、我が儘だし、唯我独尊の聞かん坊だし。余裕綽々っぽく振る舞ってはいるけど、僕には虚勢を張った幼稚園児にしか見えない」

「(幼稚園児……)でも、なんでジャックがオーウェンさんに」

「そこまで言ってしまうと帽子屋が可哀想だから、やめておくよ」

「じゃあ、帽子屋は一体何者なんだって聞いたら教えてくれます?」

「ごめん。それは、少なくとも今は無理だ。僕はともかく、帽子屋の身が危なくなる」

「……」

「後味の悪いことにはなりたくないから」


 再び川のせせらぎだけが耳に入ってくる。聞きたいことはたくさんあるのに、私が何かを知ろうとすればするほど、誰かの首が絞められている気がしてならなくて、黙らざるを得なかった。

 空になったお弁当箱を片付ける。隣に居るオーウェンさんにコートを返そうと、肩に乗っていたそれを手繰り寄せて差し出そうとしたが、既に彼は立ち上がり、川に向かって歩き出していた。

 オーウェンさんは周囲に転がる小石をいくつか手にとって形を確認し、比較的平べったいものを複数拾いながら、より川に近付いた。袖を捲り、腰を低くして、水面を狙い軽く勢いをつけて石を投げると、すぐ近くの水中にボチャンと音を立ててから沈んでいった。それを見て少々肩を落としたオーウェンさんが、ため息を漏らす。


「何度か挑戦してるんだけど、上手くいかないな」

「もしかして、水きりですか? 難しそう」

「やってみる?」

「はい!」


 コートを持ったままオーウェンさんの元に近付く。私がお返ししたそれを手に取り、すぐに着用することはなく、彼はいったん足元に置いた。石をいくつか渡され、見よう見まねで投げてみる。予想はしていたが、そんなに距離はないところで、ポチャンと水飛沫をあげて石は呆気なく沈んでしまった。

  少し腰を落として、手首のスナップを利かせて、あまり力まないで投げるように、とアドバイスを貰う。


「って言っても、僕もまだ一度も成功したことないんだけどね」

「オーウェンさんも誰かに教えてもらったんですか?」

「うん。昔、お世話になった人に。何度やっても、向こう岸に渡ってくれないんだ」

「確かにコツをつかむのが、なかなか難し……っあ、だめだ。また落ちちゃった」


 二人並んで、何度も何度も石を投げるの繰り返しの反復練習。オーウェンさん曰く、次は上手くいくかもと時間を忘れてしまい、気付いたら一時間石を投げ続けていたこともあったらしい。わかる気がした。確かに、これは嵌まる。黙々と続けてしまう中毒性がある。半ば意地も出てくる。
 

「志紀は、彼のことが怖くないの?」

「え」

「僕は怖かったよ」


 今度はもう少し低めに狙ってみようと、更に腰を低く落としている私に紫色の瞳が向く。なんだか私だけがやる気満々になっていた様で恥ずかしくなり、いそいそと佇まいを直す。石を手にした両手をきっちり前で合わせて立つ私に、オーウェンさんは軽く微笑み、水面を見つめ直した。

 オーウェンさんの言う彼が誰なのか、聞かずとも察することは出来た。


「彼と面と向かって話してる間、ずっと怖かった。いつその牙で噛みついてくるんだろうってヒヤヒヤして、膝をついてもおかしくない位に、足も震えてた」

「……」

「気圧されながら、疑問にも思ったんだ。どうして志紀は、このひとの傍に居て、平気で居られるんだろうって」

「それは」

「僕の知ってる遠坂志紀は、臆病で、怖がりで、消極的で。彼のタイプは、表裏のどっちをとっても、特に苦手な分類に入ると思ってた。それでも君は、自らの意思で彼と共に居る」
 
「……」

「それで気付いた」

「何をですか?」

「僕の知らない君が在る様に、彼にも、その側面があるんだって」

「……」

「彼なりに、何かしら葛藤してるのかもしれない。二人で話している内に、ほんの少しだけど、彼のことでわかったこともあった。疑念も持った。僕が事前に聞かされていた、調べた情報とは齟齬もあった。勿論、目を反らせない事実はある。彼が背を向けようとしている過去も。でも、これだけは確かなんだと思う」


 オーウェンさんは穏やかな笑みを浮かべて、隣に立つ私を見下ろす。沈黙のあと、オーウェンさんは軽く口角を上げて、私と目線を合わせる為に高い背を屈ませて、俯き加減から私と目を会わせた。


「志紀、君は大切にされてるんだね」


 確信を得た声色だった。そして、それは私に安堵をもたらす。


「彼……岡崎徹也が、どういうつもりで君を囲い込んでるのか、その真意は僕には図りかねる。会って一度二度じゃあ、流石にわからないから。でも、それが善悪のどちらの形であれ、彼にとって、志紀が大きな存在だってことには違いないんだろう」

「……」

「だから別人に見えるのかもしれない。君の知る岡崎徹也と、僕の知る岡崎徹也は」


 ポンポンと頭を優しく撫でられる。親愛に満ちたそれに、心がぽかぽかと温かくなる。ずっと前、いや、時間などで計り知れないものを、オーウェンさんとの間に感じた。

 手を伸ばしたのは、殆ど無意識だった。どこに触れることもなく、胸元まで上がってきた私の手に、オーウェンさんは自分の掌を重ね、はにかんだ様にくしゃりと笑った。


「君は、いつになっても変わらないな」


  しかし、その笑顔も、私達の頭上にある橋の上の騒ぎによって、厳しいものへと戻ってしまう。


「おい、こっちだ!」

「急げ!」

「黄浦江に死体だってよ! 見に行こうぜ!」


 オーウェンさんが背筋を伸ばして立つ。突然忙しなく、そして興奮気味に橋を渡り、向こう岸へと走り去って行く人々を見上げている。いつもは穏やかな時間帯が、突如物騒になものへと変化した。街の方も見ると、雑踏が多くなっている。

 隣に立つ男性はその人混みから顔を背け、再び川に向き合う。石をひとつ手に取り、もう一度川の向こうへと渡らせる為に石を投げるが、届きはしなかった。沈んでいく石を暫く黙って見つめている背中を見守る。とても寂しげだった。

 スーツケースの近くに置いていた使い古されたコートを、オーウェンさんが羽織る。今にも千切れそうなベルトでぐるぐる巻きにされたスーツケースも手にして、私の方を向いた。


「帽子屋には怒られるかもしれないな。それでも男か、情けない、って詰められるかも」

「え?」

「いざとなったら、泣かれても、暴れられても、強行しろって言われてたんだ」

「……」

「でも、引っ張って帰るなんてことは、僕には出来ない。勿論、今すぐにでも帰らせたいけど、厄介なことに、今は志紀の意思を尊重したいって気持ちの方が強い」


 それに、暴れる君を取り押さえる自信も実のところ無い、なんて冗談を言うので、大人の男性のオーウェンさんに、私みたいなひよっ子が力の差で敵う訳ないじゃないですかと反論するが、大真面目に「いや、絶対無理」と返されてしまい、微妙な気持ちになった。それは、オーウェンさんが自分で言っていた腕っぷしは強くないことから言い切っているのか、それとも私が暴れ馬だと言いたいのか、あまり深く考えないようにした。


「でも、覚えておいてほしい。君が家に帰るという決意を固めても、帰れないなんてことになったら、僕が何が何でも連れて帰る。どんな手段を使ってでも。きっと帽子屋も口喧しいことは言ってくるだろうけど、協力はしてくれる」

「……どうして、私にそこまでしてくれるんですか」

「それが約束なんだ。君と、僕の父との」

「お父さん?」


 オーウェンさんの? と尋ねるが、目の前のひとは、やはり曖昧に笑って誤魔化すだけだった。まさか、とピースが嵌まりそうになる寸前で、私の思考を、オーウェンという姓を持つ男性が断ち切ってしまう。


「大人げないことを言ったって、謝っておいてくれるかい。たぶん今、岡崎さんを一番悩ませているのは、僕の言った意地悪だろうから」

「え、あ、何を言ったんですか?」

「秘密」

「も、もう。皆、秘密ばっかり。少しくらいヒントをくれたって」

「ごめんね。そんなにむくれないで」

「……」

「それと、今から言うことも、そのまま伝えてほしい」

「……なんですか?」

「君の後押しをするつもりはないけど……これからはどうなるかわからない。それは僕も同じだ。そして、今後の君次第だと」


 でも、とオーウェンさんは上海の高層ビルが立ち並ぶ方へ駆ける人々を漫然と見上げる。そのとき、オーウェンさんと彼等の間に壁が見えた。境界線みたいな仕切りが。それは、岡崎さんも持っているものに似ている気がした。


「この子を自らの茨道に引き連れるつもりでいるなら、こっちも遠慮はしないとも」


 穏やかでかつ、あちこち擦り切れた容姿からは想像できない程の、強気な伝言だった。

 あぁそうだ、といった風に、オーウェンさんは持っていたケースを地面に置き、ベルトをほどいて不安定な留め具を外し、あちこち旅を共にしたことで使い込まれたケースを開いた。ごそごそと雑多に詰め込まれた荷物を探り、目的のものを手にふる。

 ケースを閉じて密閉状態に戻し、私の前に再び立つオーウェンさんは、荷物の中から取り出した手の中のものを熟視し、紫の瞳を閉ざしてぎゅっと握り締めたそれを額に当てた。祈りを込めるみたいに。両目を開けて、ふっと笑ったオーウェンさんに右手を取られ、掌の上に乗せられたものを見て、私の息が止まる。


「願掛けだ。君に持っていてほしい」

「……」

「ずっと扱いに困ってた。僕には縁の無かった場所だから、わざわざ立ち寄ることも無いし、これからも、きっと、根無し草の旅を続けるから。それに」


 大きな両手が開かれたままだった私の手を包み、優しく閉じさせる。


「父もいつか、君に、君達に委ねるつもりだったと思う」

「オーウェンさん、貴方は」


 やっぱり、とその先を続けようとしたが、唇に人差し指が押し当てられて叶わない。聞いたところで穏やかに笑むだけで、確信を突く回答は出してはくれないのだろう。

 口を閉ざした私に頷き、オーウェンさんは懐から見覚えのある懐中時計を取り出し、時間を確認し、小さくため息をついた。ぐっと口を結び、どんなに石を投げても届くことの無かったあちら側の岸を、名残惜しそうに見つめていた。


「志紀。巻き込まれただけの君に背負わせるのは酷かもしれないけれど」

「……」

「どちらの道を選んでも、喪うものは多い。諦めなくてはならないこともある。傷つくひとだって居る。大事なひとに傷を負わせる覚悟も必要だ」

「……その覚悟は、まだまだ不十分かもしれないです。でも」

「……」

「心積もりだけは、出来てるつもりなんです。この時代に来てから一番に私を見つけてくれたひとに、此処で生きるって誓ったときから」

「その義理を通すつもりでいるのか」

「どうでしょう。この時代に留まるって約束をしたその相手は、もう私の傍に居ないですし、それに、岡崎さんと一緒の現状に、ものすごく怒ってると思います。何かとお餅を焼いては焦がしてるひとでしたから」

「なら、元の場所に帰るつもりでいる?」

「どうなるのかな……それを決めるの、私じゃないんです」

「え?」

「私じゃないんですよ」

「……」

「ずっと待ってるんです。岡崎さんは私をどうするつもりなのか、私とどうなるつもりでいるのか。このままの生活が、ずっとなんて続くわけが無い。実際、崩れかけてるのがわかるんです」

「……」

「そもそも、約束を覚えてくれてるのか」

「約束?」


 それはどんな? と尋ねてくるオーウェンさんに「秘密です」とだけ返すと、強烈な赤とも冷徹な青とも違う、穏やかな紫を持った男性は豆鉄砲を食らった顔をして、やられたと歯を見せた。
 
 







『本日未明、上海黄浦江にて、身元不明の男性の遺体が発見されました』

『男性は身動きが取れぬ様、頭部と四肢を鋭利な刃物の様な凶器で切断されており、そのまま黄浦江に投げ棄てられたと見られています。現在胴体及び頭部と左腕が見付かっており、捜索活動が続いています』

『最新情報です。三日前、男性の遺体が黄浦江で発見された件について、警察各関係者の調べによると、被害者は中国全土において強力な権威を持っていた組織、嶺上組の元会長、浩然ハオランであると判明しました』

『しかし、バラバラとは酷い……余程、彼に恨みがあった者による犯行でしょうね』

『無理もありません。過激派の組織で有名でしたから』

『数年前にあった東雲組の事件と、類似する点が』

『こうは言ってはなんですが、彼等がしてきたことを考えると、ねぇ』

『相応の罪を重ねてきたんです。然るべき当然の報いを、受けるときが来たのでしょう』









 悪いニュース程、耳によく届くのは何故だろう。明るい話題は聞き逃すことが多いのに、悪い知らせの方が心中に深くこびりついてくるのは、どうしてなんだろう。

 帰り道、あちこちから流れてくる世間の知らせが私を逃がさない。

 青い傘を差して、外界からの情報を絶ち切ろうとしても無駄に終わる。さくさくと踏みしめる雪はまだ深くは無く、薄い。油断すると滑って転けそうだ。それでもふらつく足を踏み締めて、真っ直ぐに、私に与えられた居場所へ向かう。

 傘の下から空を見上げる。黒とも白とも言えない、灰色に濁っていた。頬についた雪はとても冷たくて、白くて、すぐに溶けてしまう。

 家に戻る道のりに、車体を引き摺った痕と足跡があった。赤い雪でも降ったのだろうか。足跡の近くの雪に赤い点が染み付き、ずっと引っ付いている。

 跡を辿ると、偶然にも、私に与えられた場所に到着する。敷地に入ると、まず仄かに雪を纏った庭が私を出迎える。真っ黒な車体が、その庭に積もった雪の中に乱雑に捨てられている。

 目を凝らすと、その庭に座り込んでいる誰かさんの存在に気がつく。傘を一旦たたみ、まずは順序通り、足跡を辿っていく。家の中に続いていた。

 泥棒でも入ったのかと言いたくなる程、中は荒れに荒らされた惨状だった。家捜しされたあとみたいに、部屋のあちこちがぐちゃぐちゃになっている。テーブルや椅子は薙ぎ倒され、ガラスは割れていた。足元に転がる粉々に砕け散ったものを踏み越えながら、不届き者の痕跡を辿る。無駄に広い家の中の全ての部屋が、後々の掃除の苦労を憂う顛末だった。

 足跡は縁側から庭に続いていた。まだパラパラと雪が降っている。ずっと持ったままだった傘を開き、サンダルを履いて庭を進んでいく。周りを見渡しながら歩いて、気付く。庭だけは、どこもズタズタにされていなかった。冬にだけ咲く花達は、ひとつたりとも摘み取られていない。

 足跡が途絶えて、目の前に家捜しの犯人を発見した。犯人は、庭に唯一の大木の下に、顔を伏せて座り込んでいる。いつからそうしていたのか、灰色の頭には雪が積もっていた。迷子になって、途方にくれているこどもみたいだ。

    
「かぜ、引きますよ」


 青い傘を迷子の上に翳し、身体を冷やす元となる真っ白な雪から守る。

 名前を呼んでみると、迷子の男の子は、伏せていた顔を、かなりの時間を要して上げた。傘とは真逆の色をした双眼は、どこか虚ろで、弱々しい。何があったのか、珍しく相当に参っている。どこもかしこも擦り傷や痣だらけで、怪我をしているのはいつものことではあるんだけれども。無理するなって言ってるのに、またヤンチャしてきたんだな、このひと。

 座り込んで、黙ったまま私を見上げている岡崎さんと、目線を合わせる為に腰を下ろす。頭や肩に積もっていた雪を軽くはらってやる。抵抗はされなかった。


「傘、勝手にお借りしました。天気予報で、今日は雪が降るって言ってたから」

「……」

「今は大人しいですけど、今晩は豪雪になるそうですよ。雪かき、手伝ってくださいね。あ、でも、その前に、中の大掃除ですからね」


 あったかいお茶淹れるから家に入りましょう、と腕を引っぱるも、ビクともしない。私のことを黙って見ているだけだった岡崎さんは、すっと斜め下に視線を反らし、切り傷が入って、痛々しい赤みの入った乾燥した唇を何度か開閉させてから、ゆっくりと開いた。


「帰って、こないかと思った」


 岡崎さんらしくない萎んだ声に、唇を噛む。


「それはこっちの台詞です。連絡も寄越さないで、今までどこをほっつき歩いてたんですか。拾い食いとかしてません?」

「ひとのこと何だと思ってんの」

「なかなか心を開いてくれないワンちゃん」

「犬扱いかよ」

「岡崎さん。私ね、ひとりで暇だから、よく動画見てたんです。You●ubeで。今流行りのYou●uberは大体網羅しましたよ。これで私も、久々に若者の流行になんとか乗れそうです」

「……」

「ビートボックスかっこいいなぁって、ひとりで練習も始めたんですよ。ブンブン」

「ヘタクソ」

「癒されたいなぁって、可愛いワンちゃんとか、ネコちゃんの動画も見ました。甘えたり、拗ねたり、飼い主に構って貰えなくて焼きもちやいてたりしてるのが可愛くて可愛くて」

「ふぅん」

「岡崎さんに似てるなって子も見つけたんですよ」

「……俺?」

「おっきなわんちゃんでした。あちこち、怪我してました。片方の目は見えなくて、耳は切り傷があって、足引き摺ってて、しっぽも、本当はもっと長い筈なんですけど、半分くらいしかなくて。満足にご飯食べられなかったのか、痩せこけてて」

「……」

「保護されて、人間が餌をあげようと近付くと、全身の毛を逆立てて、ものすごく暴れて、唸って、吠え続けるんです。人間の手を避ける為に、後ろの壁に限界まで身体を下がらせて。声帯も傷ついてたのか、掠れた鳴き声しか出なくて。最後は悲しそうに、おっきな身体をちっちゃく縮みこませて、キューキュー鳴いてて」

「……ソイツは、俺じゃねぇよ。一緒にすんな」

「そのワンちゃんね、死んじゃったんです」

「……」

「踏み込んでこようとする人間を信用出来ないまま、心身ともに限界を迎えて、死んじゃったんです」


 保護した人達の、悲しみに満ちた概要欄の文章が頭に残っている。私達は彼を救ってあげられなかった。もっとはやく見つけて、助けていれば。寄り添ってあげたかった。苦痛を少しでも和らげてあげたかったと。悲痛の思いが綴られていた。


「帰ってこないと思った。私と居るのが嫌になって、もう」


 きゅっと傘の柄を握り直す。誰でも自分の懐に迎え入れてくれる暖かさを持った人。けれど、それは虚像だった。このひとは誰にも心を開いていない。世間に溶け込むことの出来る自分を上手く演じて、誤魔化している。

 衣笠さんに与えられた岡崎徹也という名前に、人当たりの良いお兄さんを嵌め合わせ、隠れ簑にした。岡崎徹也という盾に隠された貴方は、まだ暗いところで封じ込められ、ひとりぼっちで踞ったままの筈だ。


「……俺がお前を置いていくってことはねーよ」

「そうかな」

「置いてくとしたら、お前の方だろ」

「私が、貴方に無体を働かされそうになったから?」

「……」

「それに対して、怒ってるって思ってます?    だったら違いますよ。そりゃあ、怖かったけど。ほんとに食べられちゃうと思ったし。このケダモノ! って言ってやろうとも思ったし」

「マジで変なとこ正直だよな、お前は」

「沈まないでくださいよ」

「それだけじゃねぇよ」

「……」

「聞いたんだろ。俺のこと。色々。つか、全部。あいつから」


  あいつ? あいつって誰のことを指してるんだ。イワンさん? オーウェンさん? それとも、浩然さんか。


「聞いてませんよ」

「嘘つけよ」

「ほんとですよ。全部は聞いてません」

「……嘘だ」

「嘘じゃない」

「だったら、その目は何だよ」

「……」

「何、ブルってんだよ。何、必死になって、俺の前に居るんだよ。声震わせてんじゃねぇよ。さも私は平気ですみてェな、強がったツラしやがって」

「……」

「あの口だけ番長バラバラにしたのも、俺がやったって思ってんだろ?」

「違うんですか?」

「……俺じゃねぇよ」

「……そうですか」

「……」

「……」

「何が、そうですかだよ」

「はい?」

「いい加減にしろよ。怖ェんだろ!    アァ、そうだよ!    あいつらが言ってた通りの人間なんだよ、俺は! 言い訳なんざ吐ける資格もねぇドクズなんだよ!!」

「ひとりで盛り上がらないで下さいよ。なんの話をしてんですか」

「だからッ!」

「言ってるじゃないですか。私、岡崎さんの口からは、ちょっとしか聞いてませんよ」


 そう言うと、威勢の良かった岡崎さんは言葉を詰まらせ、限界まで赤い目を見開いている。見抜かれてしまった震えを落ち着かせる為に、私も呼吸を整える。しんしんと降っていた雪が少し強くなってきた。


「私は、岡崎さんが何も言ってくれないことに、モヤモヤしてるんです」

「……」

「平気そうなツラしてたのはどっちですか。強がって、かっこつけちゃって。もう限界なんでしょ。ひとり溜め込んで溜め込んで、爆発しちゃってるじゃないですか。見てられませんよ、もう」

「うるさい。違う、俺は」

「黙ってなんかあげませんよ、岡崎さん。もう、責任負いたくないからって逃げない。遠慮もしません」

「放っとけよ。ほっといてくれよ。マジで。一人にさせてくんない。怒鳴ったことは謝るから。後で好きなもん好きなだけ奢ってやるから、忘れてくれ。頼む。今、ほんと、俺どうかしてんだよ。もう少ししたら元に戻ってっから。ほんと頼むから」

「初めて、岡崎さんが私を叱ったときのこと、覚えてます?  私が、貴方には関係ない、ほっといてって言って、滅茶苦茶怒ってたでしょ?  あのとき、岡崎さんはどう思いました?」

「……」

「あのとき私がしたことを、岡崎さんは今、私にしてる」

「お前に、何が出来んの」

「……何も」

「なら、しゃしゃってくんな。今の俺に、下手に手ェ出すな」

「俺に触ると火傷するぜってやつですか。ギザですね」

「冗談で言ってんじゃねぇ!  聞き分けろよ、いい加減にしろ。マジでブチ犯されてぇのか!!」

「はじめまして」

「ア゛ァ゛!?」

「岡崎さんって呼び続けた方が良いですか?    それとも、別の名前の方がいいですか?」

「……なに」

「とは言っても、なんでしたっけ。確かアルファベットと数字でしたよね。ド忘れしちゃった」


 暫く呆然としたあと、徐々に顔色が悪くなって口を押さえる岡崎さんに、思わず笑ってしまう。このひと、暴言吐いたことに自分で気付いてなかったのか。それ位に、このひとの中の境に揺らぎが生じていたのだろう。誰に対して、どの自分を出したらいいのか分からなくなってしまうくらい。

 さっきのが、素なのかな。岡崎さんて、口悪い方だとは思ってたけど、普段、あれでも抑えてた方なのか。


「(オーウェンさん、すごいな。ほんとにどんな意地悪を言ったんだろう)」


 腕っぷしは強くないと言っていたひとだが、どうやら、言葉で相手を伸すことには長けているらしい。あの口達者な岡崎さんを相手に、口だけでここまでのダメージを与えたのだ。なんだ、もしかして相手の精神に干渉する某マイクの使い手だったとか?  ラップで岡崎さんをボコボコにするオーウェンさんの姿を想像して吹き出しそうになる。

 しかし、ラッパーなオーウェンさんよりも今は、目の前で毛を逆立てて脅えている、おっきなワンコ……じゃなくて、たくましい図体をしたお兄さんだ。


「教えて下さいよ、あなたのこと。今まで、どんな風に生きてきたんですか?」

「いやだ」

「そんなこと言わずに。私、さわりしか聞けてないんですよ。ご本人の口から聞きたいです」

「絶対にいやだ」

「どうして?」

「頼むから、しき」

「……」

「今の俺を、見るな」


 もうやめてよ、と言う風に、血管が浮き出る程力んだ両手で己の灰色の頭を抱え、ぶんぶんと首を振る姿はとても小さい。意地悪をしている訳ではないのに、可哀想になってくる。でも、ここで退くわけにはいかない。私の為にも、岡崎さんの為にも。もう一度、どうして? と詰める。言うまでここから離れてなんかあげないと、両手で覆い隠されてしまった顔を下から覗き込む。

 その両手は雪の上に落とされ、握り拳になる。震えたその手は、握りこみすぎて、皮膚が傷付き、真白の雪に赤が滲んだ。

 兎みたいに真っ赤で、血走って潤んだ鋭い赤の目が、至近距離にある私の目を射殺さんばかりに睨む。瞬きもしない。でもそれは、怒りからのものじゃないことは、なんとなくわかっていた。

 どうしようという躊躇いと、言いたくないという葛藤と戦っている。たぶん、これ以上のことを知ろうとするな、やめてくれという懇願もあるのだろう。でも、諦めてなんかやんないからな。

 長い長い時間だった。一向に口を開こうとせず、私を睨み倒す目の前の男性と、寒いなぁとか、瞬きしないひとを前にして、ドライアイになっちゃうよなんて考える女の、傘の下での静かな攻防戦。勝ったのは、私だった。


「……いやだ」

「……」

「マジで、幻滅されるから、やだ」

「岡崎さん」

「何でだよ」

「……」

「俺を知ろうとするな。今の俺だけでいいだろ。十分だろ。これが、お前の好きな岡崎徹也なんだろ。なんで知らなくていいところまで知ろうとすんだよ。言いたくないなら無理に言わなくていいって言ってた癖に、なんでだよ。なんで、今更」

「好きだからですよ」

「……」

「岡崎さんのことが好きだからです。好きなひとのことは、どんなマイナスなことでもいいから全部知りたいって、そういう欲張りな生き物なんですよ、女のひとって。岡崎さんモテるから、よく知ってるでしょう?」

「好きって……」

「はい。岡崎さんのこと好きですよ。ちゃんと、異性として。前にも言ったじゃないですか。恥ずかしいんだから、何度も言わせないで下さいよ」

「だって、お前、もうそんな素振り、全然」

「……ちょっと。まさか、私が岡崎さんに愛想が尽きたとか思ってたんですか。イワンさんに言われたこと、すっかり真に受けちゃって。らしくないな」

「……」

「私、もうそんな初心な少女じゃないんですよ。15歳の女の子でもないです。それなりの期間、ずっと一緒に過ごしてきたじゃないですか。そりゃあ慣れることも増えますよ。いちいち照れることなんか、少なくなっていくのが当然です」


 言い切る私に、岡崎さんはぽかんとしていた。ほんと、太刀川さんにしろ岡崎さんにしろ、このひとたちは私を何だと思ってんだ。いつまでも、ちょっかいを出される度に顔を真っ赤にして慌てる少女なんて、居る訳ないじゃないか。この人達の中に居る遠坂志紀を、いい加減に成長させてくれ。


「私、そんなに信用ないですか。まだ頼りない子供のままですか」

「んなこと、ない」

「本当に?  そう返すのが正解だって思って言ってるでしょ。バレバレですよ」

「じゃあ、どうしてほしいんだよ」

「今のよわっちくて甘ったれな岡崎さんじゃ、ひとりで抱え込むのは無理ですよ。もう、いっぱいいっぱいでしょ」

「……」

「守られるだけなんてもうイヤ。私も岡崎さんを守る存在になりたい!  ……なんて、そんな大きなことは言わないし、言えません。実際、私、そこまでの自信は無い。岡崎さんを守るだなんて、力不足にも程がある。そこらへんの分は弁えてるつもりです」

「……」

「でも、支えぐらいにはなれるんじゃないかって」


 傷だらけで冷たくなった岡崎さんの頬に、そっと手を伸ばす。いつも私を温めてくれる、ぽかぽかと暖かい体温が、今は冷えきっていて、今度は私が温めてあげなきゃと思った。さっきみたいに、私の前では、このひとそのものを何も意識することなく、良いも悪いもさらけ出してくれたらいいのに、と。

 大人しく頬を撫でられている岡崎さんは、まるで子犬だ。しゅんと垂れた耳と、尻尾が見える。


「……言わねぇとだめ?」

「だめ」

「どうしても?」

「どうしても」


 今にも泣きそうな顔で、はぁあああと大きな息を吐き出した岡崎さんは、何度か嚥下を繰り返す。岡崎さんは頬に当てられた私の手の上に、自分のものを重ねた。微かに、震えていた。


「俺は」

「はい」

「救い様の無ェ、クソ野郎だった。太刀川にでけぇ口なんか本当は叩けやしねぇ。とんだ見下げた、下衆野郎だった」

「……はい」

「ツレだと思ってた奴等に売られて、この国に飛ばされてから、これからは全部俺のものにしてやろうと思った。金も、酒も、女も、名誉も、何もかも全部、俺が今まで手に入れられなかったモンを、今度は全部、俺がモノにするって」

「……」

「労働より、好きに駆け回れる戦場の方が性に合ってた。憂さ晴らしにもなるし。欲しいもんの為に、馬鹿みてぇに人間を殺した。でかいのも小さいのも殺しまくった。障害物位にしか思ってなかったよ。ゲーム感覚で殺しを楽しんでたこともあった。頭に血が上ったときは、味方も見境なく薙ぎ倒して、でも……何の罪悪感もなかった」

「……」

「親に捨てられて、化け物だって言われて、石投げられてきたこのナリの俺にでも出来るって、武勲を上げることで俺を認めさせたかった。実際、俺が人間を殺せば殺す程、喜ぶ連中が居た。そりゃあ、気味の悪いモン見る目で見る奴もいたけど、周りは俺をよくやったって受け入れていった。殺して死んでいったやつらのことなんて、気にも留めなかった。どうでもよかった。女も子供も関係ない。俺の戦果としか見てなかった」

「それで、満足しました?」

「さぁな。とりあえず褒美として与えられたモンは全部根こそぎ食った。食いモンも、酒も、女も。そんときだけは、満たされてたかも。充実感があった。生きてるって感覚も。でも、すぐに渇いた。ほんと、今思えばろくでもなかったよ。黒歴史ってやつ?  ……その後色々あって、今度は日本に飛ばされた。そんとき、もう何してても、何もかも、どうでも良くなっててさ。煮るなり焼くなり、好きにしてくれやって思ってたんだよ」

「……」

「でも、あの日、呆けた顔で、目の前にあるみたらし団子、でかい口開けて女捨てた食い方してる奴見かけたら、なんか……今まで、あれもこれもって貪欲に生きてた自分が馬鹿馬鹿しくなっちまって」

「女捨ててすみません」

「ほんとだよ。まさか、あんときの餓鬼んちょと、ここまでの付き合いになるなんざ思ってもみなかったんだから。昔の俺なら想像できねぇよ」

「余程ひどかったんですね」

「ひどかったよ。我ながら。……お前が、思ってる以上に」

「……」

「今やってることも、昔とそう変わんねぇけど」

「イワンさんから頼まれてるお仕事ですか」 

「必要なことだってわかっちゃあいる。だから、こなせる。けど……アイツ、割とサドだから、胸糞悪ィもんばっか押し付けてくんだよ。昔、お前がやってたことだから出来るだろってさ」

「でも、心持ちは違うでしょ?」

「……」

「昔は平気だったかもしれない。でも今は?    今は、どうですか?」


 触れた頬の下で、岡崎さんがぐっと噛み締めたのを感じ取る。途方にくれている顔をしたそのひとに「志紀」と名前を呼ばれ、はいと返事をすると、いつもよりも弱々しい赤色の目が私を見つめ、雪の上で握り拳のままだった片方の手をほどき、私の頬に添えた。すり、と感触を確かめる様に撫でられる。ほんのわずかに水気を感じて、それが岡崎さんの手についていた血だとわかる。


「怖いんだよ」

「……」

志紀おまえと居ると、欲が出る。貪欲な自分が戻ってくるのがわかる。お前の全部、俺だけのものにしたい。俺だけしか見れないようにしたい。全部、全部、全部。誰にも、渡したくない」

「岡崎さん」

「ちらついてしょうがねぇんだよ」

「……」

「居るんだよ、いつも。あいつが。太刀川の野郎が。それこそ生き霊みてぇに、お前の傍に。恨みがましく、俺のこと殺すって目で見てくるから、その度に、全部滅茶苦茶にしてやりたくなる。見せ付けたくなる。それじゃあ、あの刺青野郎とやってることは変わらねぇってわかってんのに。あいつとは違うって、声大にして言ってやりてぇのに」

「……」

「お前が、俺と過ごして、太刀川と居たときのことを思い出してるのも知ってる。比べちまうのもわかるし、太刀川だったらって思い浮かべるのも仕方ないってわかってる。わかってるけど、イライラすんだよ。お前の前に居るのは俺だろって、怒鳴り付けたくなる」


 頬に当てられていた手が移動し、岡崎さんの指が唇をなぞってくる。ふに、と柔い肉がやんわり潰される。

 岡崎さんの言うソレは、所有物に対する独占欲なのか、支配欲なのか、それともまた別の何かなのか、私にはわからないし、聞く勇気も無かった。


「今なら、刺青野郎の気持ちがわかる。アイツもずっとこれを抱えてたのかって。……厄介なモンだよな」

「岡崎さん」

「なぁ、志紀。俺は結局、どんなに取り繕ったって、この生き方しか選べねぇんだよ。餓鬼の頃から、食ってく為には、他人のものを奪い取るって方法しか知らなかった。今までも、これからも。たぶん、お前のことも」

「ほんとうに?」

「……」

「本当に、そう思いますか?」

「……」

「岡崎さんが、そう思い込んでるだけですよ」

「何でそうなるんだよ」

「いつも自信満々に、ご自分で言ってたじゃないですか。自他共に認める、自分は器用だって」

「……」

「貴方は、今後どうしていくのか選ぶことが出来る。その選択肢を、より多くするだけの器量も十分に持ち合わせてる。せっかく並べられたそれを、縮めて阻めて、ひとつずつ無くしているのは……他でもない岡崎さん自身なんじゃないですか」

「……」

「ほんとは、そのことを自分でもわかっている筈です。誰よりも。どうして自分を蔑ろにするんですか」

「俺は、選択肢それを奪い尽くしてきたんだ」

「……」

「ヤクザも何も関係ない、無関係の人間からも。将来のある子供だ、未来がある、自分の子供だけは助けてくれ、見逃してくれって懇願されても、無視して踏みにじってきたんだ」

「……」

「そんな野郎に、真っ当に生きる資格なんざ、あるわけねぇだろ」


 なんと返事をするべきかと考えていると、風に煽られた雪が強くなりつつあるのに気付く。


「とりあえず、中に入りましょ」

「……」

「ね。はちみつミルク、作ってあげますから。怪我の手当てもしないと」


 ほら立ってと促すと、力の抜けた身体を無理やり起こす岡崎さんに手を貸す。雪だるまになってしまわないようにと、傘を岡崎さんの方に傾けてあげると、柄を取られ、自分よりも私が雪に晒されない様に傘下に入れられる。腕を引かれ、家のなかへ私を誘導する岡崎さんの行動に、ほっとする自分がいた。

 荒れに荒れた部屋の惨状には今は目を背け、ソファに岡崎さんを座らせる。ミルクを温めて、はちみつを注いで、かき混ぜたものを岡崎さんに差し出すが、反応がない。ただの屍の様だ、じゃなくて。

 しょうがないなぁ、完全に拗らせモードになってる。ほんとに、らしくない。そう言ったら、また俺らしいって何だよって噛みつかれるかもしれないけれど。

 虚空を見つめたままの岡崎さんの前にあるテーブルに、彼の分のはちみつミルクを置く。自分の分は持ったまま、岡崎さんの隣に腰掛け、ふーふーと湯気を逃がしてから口に含んだ。身体に染み渡る温かさにホッとし、ようやく頭の中で固まった先程の回答を口にする。


「岡崎さん」

「……」

「岡崎さんが過去にどんな畜生だったとしても、今でも私は、岡崎さんに幸せになってほしいなって気持ちに変わりはありませんからね」

「……ウッソだろ……話聞いてた?    結構の行間使って説明したつもりなんだけど。雪の下でぐだぐた語ったつもりだったんですけど。嘘だろ、聞こえてなかったの」

「行間とか言わない。……酷いひとだなって思いましたよ。赦されないことをしてきたんだなとも。それでもです」

「どうかしてるよ、お前も」

「そうですよ。人間、誰しもそういうところはあるんですよ。どうかしてるところがあるんです」

「……」

「身勝手な生き物なんですよ、人間って。根っからの善人はいない。私だって例外じゃないんです。それに、私はどちらかというと利己主義な方ですよ。岡崎さんに人生の何もかもを奪い取られたひとたちの気持ちを踏みにじってでも、それでも、あなたに幸せになってほしいと思ってる。ほんと、罪深い生き物ですよね。そんな自分に反吐が出ます」

「……」

「でも、これからも背負ってください」

「……」

「生きて、生きて生きて、死ぬより辛い苦しみと一緒に生きてください。これまで手にかけてきた人たちの思いを全部背負って、踏み潰されてください。精々もがき苦しむがいいんです。拷問にも値する人生を生きればいいんです」

「お前、何行か前に、俺に幸せになれとか言ったばっかじゃなかったっけ」

「そしたら、私がちょっとずつ背負ってあげます」

「……」

「い、いきなり半分とかは無理ですよ。私には重すぎます。だから、今みたいに岡崎さんが爆発しちゃったとき、もう一度立ち上がって苦しめるよう、抱えきれなくなった分を私が抱えてあげますから」

「幸せになって欲しいのか、苦しんで欲しいのかどっちなの」

「どっちも」

「鬼だな。鞭しかねーじゃん」

「たまになら、私が飴あげます」

「……お前、ほんと、もう少し危機感持ったら。いつ喰われても文句言えねーぞ」

「古い友人にも言われたことあります。そんな調子だと、赤ずきんみたいに取って喰われるから気を付けなって」

「……」

「でも、おかしいですね。私には、岡崎さんは狼というより犬……たまにウサギにも見えるんです」

「……は?  う、うさぎ?」

「うさぎ。白……くはないけど、真っ赤なおめめのうさぎ」

「……」

「眉間のシワ、すごい。知ってますか。うさぎってね、寂しいと死んじゃうんですよ。だから、はい」

「……なに?」

「今こそ、飴の出番でしょう。甘やかしてあげます」


 はい、と岡崎さんに向けて両手を広げる。目を丸くした岡崎さんの反応が面白い。私からこういったことを言い出したことはないのに、といった感じだろうか。

 疑問に思っていた。いつも誰かに頼りにされている岡崎さんが、逆に甘えるひとはいるのかと。背中を預けられるひとは居るのかと。頼れっていつも言ってくれるけど、岡崎さんは誰を頼ってるんだろう。その相手はシラユキさんかなと思っていた。けれど、この様子だ。頑なに、悩みごととか絶対相談しなさそうだ。鹿部さんの言っていた意味がじわわじわ解り始める。

 特別じゃなくてもいい。一生隣に居たいなんて図々しいことは言わない。けれど今だけでも、こんなにも非力な私でもいいなら、その唯一になりたいという汚い欲が現れる。
  
 ほら、はやくと腕を上下に振り、遠慮せずと促して、言葉で岡崎さんの背中を押す。しかし、いつまでたっても触れてこないので、「じゃあもういいです。時間切れ」と腕を下ろしかけると、慌てた様で右腕を掴まれる。切羽詰まった顔をしていた。じっと黙ってその様子を見守っていると、岡崎さんは躊躇する様を見せたあと、おずおずと私に手を伸ばし、背中に手を回した。最初は力無く、けれど徐々に力が込められ、今は少し痛い。けれど、黙っておいた。

 私利私欲の為に、数え切れない程の犠牲を以て、人間としての尊厳を手に入れ、罪を重ねてきたひと。今までの殺戮に対する贖罪として、自らを変えて過去を打ち消さんと闘い続け、心を犠牲にしてきた人。

 あなたは今まで奪うばっかりだったかもしれない。でも、私を救ったのも、間違いなくあなた自身なのだ。けれど、教えてはあげない。救われたいようで、救われたくないだろうから。

 ぽんぽんと一定のリズムで岡崎さんの背中を撫でる。ぴいぴい泣く私を慰める為に、大事なひとがよくしてくれたそれを岡崎さんに施す。


「……しつこく言うけどさ」

「はい」

「俺、ほんとに、お前が思ってる様な良い奴じゃないんだわ」

「……」

「お前が帰れないってわかったとき、正直ほっとした。よかったとも思ったよ。あぁ、こいつ、ずっとここにいるんだなって」

「……」

「ってこれ、前も言ったっけ」

「似たようなことは」

「俺は、こんな半端な自分が嫌なんだよ。出来るだけ、お前が好きだって言ってくれた俺を見せてやりたいのに、どんどんと遠ざかって、皮が剥がれてく」


 私を抱くというより、すがり付いてくるその力は、確かに強い筈なのに弱々しい。


「譲りたくねぇなぁ、お前のこと。ああいう奴が、お前にはぴったりで相応しいってわかってるけど。それでも」


 私の首もとに顔を押し付けてくる岡崎さんの後頭部に触れ、少し軋んでしまっている灰色の毛並みを、とかすように撫でる。すると、震るような吐息が首筋をくすぐり、小さな声が聞こえてきた。


「なんでお前、こんなあったかいの」




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