運命のひと。ー暗転ー

破落戸

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As long as you live, keep learning how to live.

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 西園寺さんと朝倉さん、どちらが優勢かと問われれば、おそらく誰が見ても後者だと答えるだろう。

 勿論、西園寺さんも、太刀川さんが重宝しているだけあって、凄まじい気迫と剣撃を朝倉さんに対して放っている。しかし、それらを悠々と越える力を、朝倉さんは持っていた。鍛え上げられた筋肉に、満ちた熊の様な体格である為に、その動きはとてつもなく重いが、西園寺さんの繰り出される一刃を必ず紙一重で避ける。さらに、一見、一瞬の隙も無い様に見える西園寺さんの剣技の動きを完全に読んで、要所に現れる、本当に極僅かな隙を見逃さない。地をビリビリと震わせる、轟音と言って過言ではない咆哮と共に、鬼の頭が、棍棒の様な腕と足を振り上げ、打撃や足技を的確に西園寺さんにぶつけていく。

 手を出すなと言った朝倉さんの言う通り、白鷹と鬼龍の組員は何もせず、お二人の死闘を固唾を飲み、黙って見守っている。太刀川さんもまた、西園寺さんと朝倉さんの死闘の行く末を黙視していた。

 西園寺さんの身体は、遠目からでもわかる程、傷つき徐々に朽ちていく。青痣と腫れ物だらけで、さながら虐待を受けた人間の様になっていった。

 朝倉さんは、そこまで息を乱していないというのに、西園寺さんは見て分かる程にペースを乱されていた。本調子ではない。完全に、何らかの惑いが西園寺さんを崩している。その惑いというのが何であるのか、私にはわかる気がした。

 私は、ここまでの数年で、西園寺さんがどれほど身内の存在を重んじる人物なのかということを、少しずつ理解し始めていた。だからこそ、彼にとって、庇護対象としての優先順位も高かった存在の女将さんを、自ら手にかけたということは、どれだけ西園寺さんに重くのし掛かったことだろう。私の申し出を静止し、その役目を自らが買って出たとき、どれだけの無情が、あのひとを痛め付けたことだろう。

 西園寺さんが殴られる度に、骨と骨がぶつかる痛々しい音が聞こえてきて、その都度、両目と耳を閉じそうになってしまう。反らしてはだめだ、聞き逃してはいけない、と自分に言い聞かせる為、念仏の様に唱え続ける私は異様でしかないだろう。

 朝倉さんに後ろから回り込まれた西園寺さんが、その身体をガチガチの巨体に拘束され、全身を締めらつけられる。刀を持っていた右腕を、限界を越えるまで思い切り引っ張られたことで、何かが外れ、ゴキンと折れる音が場内に響く。

 苦悶に歪めた表情と共に片目を見開いた西園寺さんだったが、歯を食い縛り、悲鳴ひとつ上げず、なんと、そのまま朝倉さんの大きな身体を背負い投げした。流石の朝倉さんも、自らの身体を投げるという反撃が、すぐさまにやってくるとは思わなかったらしく、重い音を立てて地面に容易く叩き付けられる。

 急ぎ、利き手ではない腕で転がった刀を拾い上げた西園寺さんが、地に転がる朝倉さんの頭上に刀の切っ先を振り下ろす。しかし、朝倉さんはそれを俊敏に避け、顔面のすぐ横の床に突き立てさせた。そして、上に居た西園寺さんの横腹を、太く固い足で蹴り上げ、退かせる。直撃を受け、物凄い勢いで床を転がっていく西園寺さんもまた、すぐに身を起こすも、大量の血と共に、胃のなかのものを全て吐き出していた。 

 ふうーーと息を吸って吐いた朝倉さんが、再び仁王立ちとなり、気合いを入れて自身の拳同士を再びぶつけることで、西園寺さんに対し、未だ燃える闘志を表した。それを受けた西園寺さんは、口の端についた血をぐいと拭い、膝立ちの状態から立ち上がった。刀を握る利き腕であろう右手は、だらんと通常よりも伸びて垂れ下がっている。その腕の先にある手の血色は青白くなっていて、もはや使い物にならないことを物語っていた。それでも、西園寺さんは左腕で得物を握り、構えた。荒くなった息遣いを敵に見せぬ様、しっかりと口を閉ざし、大きく立ちはだかる朝倉さんを見据えていた。

 ガクガクと震え、ぶつかる歯に、嫌な汗が滲む両手。口の前で両手を握り締め、西園寺さんを見つめる。どちらが勝つか負けるかではない。どちらが生きるか死ぬかの死闘だ。

 こんなことやめてほしい。今すぐにでも、もうやめてくれと飛び出したい。けれど、そうはさせてくれない現実が、いつも私の機会を潰しにかかる。

 そして、そのタイミングの悪さは、ときに私の運命を弄び、非情な選択を叩きつけ、私を試すのだ。

 右側上のテラスから、何かがキラリと光ったのに気づく。なんだ? と視線を向け、目を凝らした。黒装束か、あるいはあちら側の生き残りかと思ったが違う。

 まさかと思い、太刀川さんの元から足を引きずり、慌てて更に上横に続いていた階段を上がる。太刀川さんが、隣から去る私を横目に見ていたことに気づいてはいたが、此処に居ろと引き留めることはしなかった。

 太刀川さんと居た場所よりも、下の景色の全貌を見渡せる場所。特別関係者しか立ち入れない屋内のテラス席。息を乱しながら、自分が早く歩ける限界で、なんとか辿り着くと、予想通りの人物が腹這いに横たわっていた。その近くには、白鷹組員の身体がひとつ転がっていて、首を掻き切られていた。その光景に悲鳴を上げそうになった口を両手で塞ぎ、四つん這いなりながら、とても大きな、狩りで使う様なライフルのスコープを覗き込んでいる女性に近づく。


「ジェイさん」


 一度では反応が無かったので、吐息のような小声で、もう一度彼女の名前を呼ぶと、緩慢な動きで彼女が私の方を見た。


「なにしてるんですか」

「……」

「誰を、狙ってるんですか」


 黒曜石の眸が、私を無言で見つめる。ジェイさんは何も言わずに、再びスコープの中を再び覗き始めた。細長い指は引き金に添えられており、いつでもトリガーを引ける状態になっている。ジェイさんの構えるライフルの銃口が向いている先を見つめる。

 銃口の先にあるのは、激しい攻防戦を繰り広げている西園寺さんと朝倉さんだった。そして、彼女の行動の意味を察する。

 朝倉さんを、ここから撃つつもりだ。正々堂々を好み、何者の手出しを赦さず、ただ己と対峙する相手のことだけに意識を集中し、受け入れ、全身全霊の力を以て、その拳を振るうことに重きをおいている朝倉さんを。不意討ち、奇襲、闇討ちという、恐らく、朝倉さんが悔恨を残すだろう狡猾極まりない手段で。

 ジェイさんは、引き金を引く機会を、ずっと窺っている。西園寺さんに当たることなく、朝倉さんだけに、その弾を撃ち込むことの出来る好機を。

 どうしよう。どうしよう。どうしよう。

 どうしよう、どうしたらいい。まさか、これも太刀川さんの策の内なのか。西園寺さんも真摯に朝倉さんへと向き合っている風には見えるけれど、それは表面上だけて、実はこれを狙って、今もああして闘っているのか。それとも、状況を鑑みてのジェイさんの独断専行なのか。

 これが誰の思惑によるものなのかは、どうだっていい。問題は、これを知って尚、私はどうすべきなのかということだ。

 朝倉さんは身体中傷だらけになりながらも、攻めを止めることなく、己に向かってくる西園寺さんを尊重し、全神経を彼に集中させている。たぶん、今の朝倉さんを、こうした形で討つということはそれほど難しくない。きっと、容易い。一発でも当てて動きを鈍らせたら、あとは間髪入れることなく、この大きな弾頭数発を、あの肉体に撃ち込みさえすれば、流石の朝倉さんだって、恐らくその身を破滅させる。

 私は、そうなりうると知った上で、ジェイさんの行動を黙認し、朝倉さんを見殺しにせねばならないのか。

 身体全身が冷えきり、大きく震え出した歯がガチガチと音を立てる。天使と悪魔が、私の頭上で囁き始めた。

 馬鹿なことを考えるな志紀。これが正しいんだ。西園寺さんがあれだけ苦戦してる相手なんだから、こうして確実な手段で勝ちを取るのが正しいんだ。何も後ろめたく思うことはない。なんてったって、ヤクザなんだから。お前はもう天龍組の人間なんだから。太刀川さんの元についているんだから、邪魔立てなんて余計なことをするんじゃない。

 止めるべきなんじゃないか。だってそうだろ。こんなのずるいでしょ。相手は正々堂々、一対一と言って、向こうも、その意思を尊重して手出しはせず、黙って行く末を見守っている。確かに元々は、あちらが奇襲じみたことを仕掛けて始まったことなのだから、同じ事をやり返したところで、お相子だとも主張出来るのかもしれない。でも、そんなの。


「(子供のけんかと何にも変わりはしない)」


 そもそも、くだらない。子供のけんかに例えると突然、くだらないと思った。なんだこれ。なんで、こんな命のり合いをしなければならないの。こんなことをして、なんの意味があるの。

 同時に痛感したのは境界線。私がこうして、なぜだなぜだと理解出来ない世界に、彼らは生きているのだ。生きるか死ぬかの一線に立つギリギリの精神状態、その綱渡りでしか生きていけない彼等と、そうではなかった私との間に敷かれた明確な線。私の理解の範疇を越えた、その向こうに太刀川さんは居る。居るのに、届かない。太刀川さんは私の手を掴んで、自分のもとに引きずり入れようとして、私もそれに従おうと、足を踏み入れようとしているけれど。

 私は、なれないと思った。私は、女将さんやシラユキさんの様には、なれない。

 女将さんは私のこれを、病気だと、度が過ぎていると言った。けれど、そうじゃない。これが普通なんだ。私がおかしいんじゃない。異常でもない。止めるのが、私の生きてきた世界では普通なんだ。正義感がどうこうとか、そんな大層なものじゃない。

 すとん、と自分のなかで落ちた明確な事実に、涙が一筋流れる。だからこそ、次に私が起こした行動は、暴虐の限りを尽くす世界に生きる彼等にしてみたら、あんまりにも、わからず屋で、我が儘で、そして愚かだったことだろう。私が彼等のことを理解出来ないのと同じように、彼らもまた、私の選んだ行動を理解出来はしないのだから。

 私を揺るがす天使と悪魔が、どちらが善で、どちらが悪なのかわからない。でも私は、どちらかの手を取り、決断を下したことに間違いはなかった。

 朝倉さんと西園寺さんが一瞬距離を取ったその隙を、ジェイさんは見逃さなかった。


「だ……だめ!!」


 その指に、ぐぐぐ、と力が入ったのを目視した私は、ジェイさんの腕にしがみつくことで、その行動を阻止し、朝倉さんではなく、銃口をあらぬ方向へ向けさせた。弾丸の当たった天井から、ぱらぱらと、瓦礫と破片が彼等の下に雪のように降り注ぐ。

 その雪の下で、それは執行されていた。西園寺さんの首を片手で掴んだ朝倉さんが、捕らえた獲物を宙に掲げる。伸ばした腕には筋肉の筋が浮き出て、力が込められていることがわかった。ジタバタと宙で手足を動かし、西園寺さんは、なんとか身動ぎをするも、その抵抗も空しく終わることとなる。苦しげな声と不規則な息を漏らし、自身の首を捉えて離さない朝倉さんの手を掻き毟る西園寺さんと、目があった気がして息が止まる。

 朝倉さんは目を閉じて、その最期を告げた。


「さらばだ、好敵手よ」


 ごきん、と骨が折れる音が、私の鼓膜に響く。身の毛もよだつ音が、何度も何度もエコーがかかって繰り返される。

 西園寺さんの身体が、だらんと力が抜けきった状態になる。ドラマや映画で見る首吊り自殺みたいな状態になった西園寺さんから、目を離すことが出来なかった。


「さ……」


 来年のバレンタインには、見栄えの良くはない洋菓子が欲しい、だから必ず生きて帰ってくると、私と小指を結んでくれたひとの大きな手から、最期の最期まで握り締めていた刀が離れていく。スローモーションで、西園寺さんの刀が虚しくカランと音を立てて、池に落ちた。

 愕然とした。


「いや、いやいやいや、やだ、やだやだやだ、やだよ、やだ、西園寺さん。さいおんじさん。西園寺さん、西園寺さん西園寺さん、西園寺さんッ!!」


 半狂乱になって、西園寺さんの名を叫び、喚き散らしながら、塀から落ちそうになるほど身を乗り出す。いつ落っこちてもおかしくない状態の私を繋ぎ止めたのは、後ろに居るジェイさんで、私の後ろ帯をしっかりと引っ付かんでいる。

 絶望でいっぱいになって狂乱する女に、たくさんのひとが注目する。どうでもいい、どうでもよかった。今の私には、朝倉さんの手から解放され、どさりと物のように床に落ちた西園寺さんしか目に入っていない。今すぐここから飛び降りて、起きてと、その身体を揺さぶりたい。けれど、手を伸ばしても届かない。遠い。余りにも、ここからでは遠すぎた。

 全身から力も血の気も引いて、ガクンと、その場に崩れ落ちる。人目も憚らず、その場で頭を抱え、これまでで一番大きな悲鳴をあげた。悲鳴なんてもんじゃない。これは狂者の発狂だ。

 ジェイさんを止めなければよかった? あのまま見て見ぬ振りをしていたら、今頃西園寺さんは、けれど、けれど、ほんとうに? その選択肢を取っても、私は今までと変わらずにいられただろうか。平常心を保っていられただろうか。そんな訳ない。朝倉さんを見殺しにする道を選べば選んだで、きっと私は、命に優先順位をつけたという罪の意識で、まともではいられなくなる。

 きっと、どちらに転んでも同じだ。そして、これが私が選び取った結果の末路だ。私は、私が正しいと思う判断で、西園寺さんを殺すとことになった。西園寺さんを死なせたのは朝倉さんじゃない。とどめをさしたのは、紛れもない。


「は、はは……わた、わたし……わたしが、私が!」


 涙をぼろぼろ流しながら笑う奇妙な女を、ジェイさんが横で首をかしげて見つめている。ぎりぎりと歯を食い縛ると、血の味がした。鼻の奥が痛い。心臓が張り裂けそうだ。

 どうしたって、こんな生き方しか出来ない。私は、いつだって、こういう選択しか出来ない。見て見ぬふりなんて出来ない。

 だって私が苦しくなるから。私の生き方は、彼等の、太刀川さんとはそぐわないし、合致しない。それが形として現れ、思い知らされる。床に踞り、子供みたいに大声を上げて泣き叫ぶ私の胸中は血塗れだ。

 私は、これを一生、これから背負って生きなければならないのか。


「……すけて……たす、けて……っ」


 助けて、助けて助けて。だれか、こわい、怖いよ。ひとが死ぬのはいやだ、これ以上見たくない。見知ったひとが遠くへ行ってしまうのを見届けなければならないのは。


「太刀川ァ!!」


 ドスンと地を踏む音がした。西園寺さんの遺体をきちんと横たわらせた朝倉さんが、一歩前に出て、大階段の上に居る太刀川さんに対して野太い声を張り上げた。


「悪いことは言わん! 今すぐ降伏しろ!」


 朝倉さんの発言に、辺りが困惑し、ざわつく。なぜここまで来て。殺せ殺せ殺せと太刀川さんの死を望む怒号が、あちこちから沸く。しかし、それを嗜めたのもまた、朝倉さんだった。


「黙れぇええいッッ!!」


 たった一声によって、ビリビリと場を支配し、瞬時にして静ませる。朝倉さんの気迫あるお顔、そして、芯からの強さというものが込められた双眼は、太刀川さんのみを貫かんばかりに映した。


「降伏しろ、太刀川! 残るは、お前さんのみだ。どれ程腕の立つお前でも、この数では多勢に無勢ということは、わかりきっとるだろう。西園寺をも喪った今、お前さんひとりに何が出来る!」

「……」

「此処は、もはや我ら鬼龍の、そして、白鷹が島と成り果てた。無駄な抵抗はするな。負け戦と理解した上での戦など、もはや闘いなどではない。ただの暴虐嗜虐に過ぎんのだ」

「言ってくれる。そもそもの発端に小汚ェ手を使っておいて、よくもそんなデケェ口が叩けるな」

「それについては本当にすまなんだ。俺から謝意を表しよう。言い訳に過ぎんだろうが、俺も止めはしたのだ。行動に移すのであれば、真正面から、正々堂々と行くべきだと。お前さん相手に、下手な小細工なんぞ通用せんぞ、と煩く言ったが……」

「……」

「しかし、白鷹の若き長は、首を縦に振ってはくれなんでな」

「折れてやったってのかい。あんたの方が、女相手に」

「情だ」

「……」

「アレは、もう後戻り出来んところまで来てしまった。途方もない、生き地獄の様な修羅の道に。あやつの頭には、太刀川、お前さんの命をいかに討ち取るか、それしか考えておらん。それしか残っておらん。衣笠も、あの娘にはこうはなってくれるなと願っていたというのに」

「くだらねェな」

「そう、くだらんのだ。お前さんのタマを取ったとして、その先に続くものは、アレにはもう何も残らん。虚無だ。良く悪くも、シラユキを生かしているのは、太刀川、お前さんへの憎悪と執心だ」

「……」

「しかして、俺も鬼の勢を率いる長。古きからの友、衣笠南雲の遺志は引き継ぐが、小娘ひとりの為に、ここまで動いてやっただけ上等というものだろう。我らの意思や、在り方としての誇りを捻曲げることだけは、やはり出来ん」

「……」

「もう一度言うぞ。天龍組若頭、太刀川尊嶺よ! 大人しく降伏しろ! もう終わりだ!
今や、この場は我らが鬼ヶ島! お前に忠義を尽くし、その命を散らしていった者共の魂は貴様が拾え! 無駄にするな!」


 鬼気迫る表情と共に、ビリビリと空気が振動するほどの大声量で、迫真に訴えられた朝倉さんの言葉には、ひとつひとつ重みがあった。しかしながら、太刀川さんはいつもながら涼やかな面立ちを崩すことはなく、大階段の手刷りに背中を預け、だらんと両肘をつき、朝倉さんの方を真正面から見ることはなく、目を閉じて、くつくつと笑っていた。


「戦時中、戦場を駆ける極悪非道の鬼と呼ばれた男が聞いて呆れるな。占領した先の捕虜相手に、お優しくも慈悲を与えようってのかい」

「俺も年を食い、丸くなったということだ」

「その感覚はわからなくもねぇ……が」


 うっすらと開いた青い瞳には、侮蔑が込められている。流し目に鬼へと視線を向けた太刀川さんは、やや俯きがちで、やはりその口許に笑みを浮かべていた。


「誰に向かって、もの言ってやがる。朝倉ァ」

「……」

「これで終わりだァ? つれねぇことを言ってくれるなよ」


 す、と顔を上げた太刀川さんの表情に、ゾッとさせられる。低く艶のある声は挑発的だ。青い瞳が妖しく光る。狂気的に浮かんだ太刀川さんの笑みは、見る者の心臓を凍らせる。妖艶とも狂気とも取れるその笑みに、誰もが引き込まれた。


「まだまだ、これからだろうが」


 黒い何かが朝倉さんの胸元に飛び込んでくる。あまりの早さに朝倉さんも度肝を抜かれ、咄嗟に反応出来はしないものの、自身の胸元を貫こうと向かってきた刃を、寸でのところで後ろに退き、かわした。けれど、朝倉さんの頬に一筋の赤い線が出来上がる。


「お頭!」

「お前さんたちは下がっとれ!」


 バッと太く逞しい腕を前に出し、己の身を案じて駆け寄ってきた部下たちを下がらせた。朝倉さんは、己に襲いかかってきた人物を、真剣な表情で、この世のものではない、信じられないものを見た様な表情で、更に警戒心を強める。


「なんだ? お前さんは……」



 朝倉さんは、神妙な顔つきになり、声を発した。


「只者でないことはわかる、が……人間か?」


 上から見ていた私も、何が起きたのかわからなかった。朝倉さんが先程まで太刀川さんに声を掛けていた位置に、黒い何かが、気だるげに下を向いて佇んでいる。へたりこむ私の隣で、ジェイさんも無表情で、彼の姿を見下ろしていた。


「ぬるま湯に浸かりすぎたな、朝倉」


 太刀川さんは、心底愉しそうに小さく笑い声を漏らしながら、明らかに平静ではなくなった朝倉さんを呼ぶ。


「あんたは激動の時代を生き抜いた男だ。昔のあんたは、そりゃあ強かっただろうよ。勿論この俺よりも、心身ともに格段に。喪うものが無かったからこそ、強く非情に生き、敵国の人間を次々と、片っ端から、大義の為だと言って、殺せた。だからこそ、鬼だなんだと恐れられ、多くの称号を得ることが出来たんだろう。平和な時代になって、鬼はすっかり内に引っ込んじまったらしいが、それじゃあ、オメェの中に押し込められた闘志は、満たされちゃあくれねぇだろ。だから、とっておきを残しておいてやった」


 太刀川さんが発言した直後に、黒いスーツや燕尾服を来た人達が、それぞれ武器を携えて、あちこちから、ぞろぞろと現れる。数名ではない。数十名……目視できうる限りでも、二、三十人、いや、もっと居る。


「な、なんだ、こいつら! まだ居やがったのか!」

「何処に隠れてやがった!」


 姿を再び現した黒装束の人達に、動揺する声が収まらない。朝倉さんは、そのなかで口を固く結び、真正面にいる黒いひと、一際人目を引く高身長の男性を、厳かに睨み付けている。

 ずっと私たちに付き添っていた黒スーツを着た男性は、上半身を前屈みに下げた状態で、床に転がっていた、西園寺さんの形見である刀を拾い、そして両手に所持し、上半身をゆっくりと引き上げる。

 病的な程に真っ青な、死人のごとき顔色の悪さ。その表情は、まさしく無で、その瞳はすぐそこの床を無感動に見つめていた。


「これで多勢に無勢とは言わねぇ。あんたの好きな正々堂々だ。文句はねぇだろう?」

「若造が。しかし、やはり、流石は天龍の若大将。侮れんなァ。我等が此処に来ることも、全て読んでおったか」

「朝倉、そいつはオメェの相手をするにも不足はねぇ。存分に楽しんでくれや」
 

 太刀川さんの発言を皮切りに、黒の装いをした人達がコツンコツンと革靴の音を立てながら、目前に蔓延る獲物たちを標的に定める。後ろに控えさせた部下達と彼らを見比べ、朝倉さんは、ふ、と笑った。


「成る程。利口達者なつわもの共は、ギリギリまで、獲物に存在を悟られぬ様、姿を隠し、限界まで息を潜め、機会を窺い粘るか。ガッハッハ。とっておきを残しておいたか。確かにこれは、骨が折れそうだ」


 黒スーツを来たお兄さんが、やっと朝倉さんに目を向ける。そして、にんまりと、その口許に不気味な弧を描いた。ジェイさんと同じ黒曜石に、ほんの僅かに歪んだ赤を滲ませて。

 
「ウォオオオオッッ!!」

 
 先に威勢よく飛び出したのは朝倉さんだった。その後をついて、鬼龍と白鷹の組員たちも士気を上げるため咆哮し、再び現れた黒装束たちに向かっていく。

 朝倉さんは、黒スーツのお兄さんに走り向かっていくも、お兄さんは朝倉さんを気怠げに見つめたまま動かなかった。すぐ目の前のまでやってきた朝倉さんが、西園寺さんをもボロボロにしたその拳をお兄さんに奮おうと、拳がその右頬に触れる寸前、突然、限界まで瞳を見開いたお兄さんが、するりと頭を傾け、横に避けたかと思うと、二本の刀で朝倉さんに斬りかかる。その剣筋はあまりにも荒々しく、時折地に刃を叩きつけると地面がガリガリと抉られるという、その体格には見合わない腕力を見せつけられる。

 一切間合いに踏み込ませないお兄さんの剣術には、一切の隙がない。西園寺さんの様に綺麗な剣技とは言い難く、素人の私から見ても、デタラメで、荒削りな我流による振るいだとは思うが、それでも十分に猛攻と言えた。肉弾戦を主とする朝倉さんは、お兄さんからの怒濤の攻めに思うように動けず、かつ間合いに入ることも出来ず、朝倉さんの鍛え上げられた肉体が、浅いものから深い刀傷で抉られていく。

 朝倉さんだけでない。黒服たちの狩りの対象となった白鷹と鬼龍の組員達も、次々と痛め付けられ、そして、その命を簡単には摘み取られていく。首が、耳が、目玉が、腕が、足が、胴体が、切り離され、砕かれ、ときには撃ち落とされ、元の形も残らないほどの肉片にされてしまった者も見てしまった。

 阿鼻叫喚、地獄絵図。ここまで生き残っていた者達は、それなりの手練れ揃いだと思われたが、それを微塵も感じさせないほどに、簡単に黒服達が討ち取っていく。残酷極まりない光景に、もはや吐き気すら起きなくなった。

 黒を纏う不気味なひとたちの手により、バタバタと倒れていく部下に、苦渋の表情を僅かに見せつつも、朝倉さんは威勢の良い掛け声を上げながら、自身の目前の敵に向かっていく。肉を切らせて骨を断つ、と言わんばかりの勢いで、朝倉さんは自身の肉体を以て、黒スーツの男性に覆い被さり、羽交い締めにしようとしたのだろう。

 しかし、血色の悪い男性は刀を振るうだけでなく、その身体に似合った長い足で、ビクともしないと思われた朝倉さんの大きな身体を、簡単に蹴り上げてしまう。水を放出し続ける硝子の柱まで、信じられない程あっさりと飛ばされてしまった朝倉さんは、その柱に、大きな衝撃音と共に、更に大きなヒビを生み出し、穴を開ける。滝の様に溢れ出した水に晒された朝倉さんは、苦悶の声をあげて軽く咳き込みつつも、身を起こして、その場で胡座をかいた。

 近寄ってくる黒スーツの男性に、朝倉さんが、はぁあと深いため息をついて苦笑いした。


「こいつぁ、勘違いじゃあなさそうだ」


 太刀川ァ、と朝倉さんが、先程よりも近くなった距離に居る太刀川さんを呼び、そして問うた。


「こやつら、あのジェイとかいう小娘と同種なのだろうが、僅かに違う。どれを相手にしたとて、その戦い方は、俺のよく知る人物のそれを思い起こさせる。これ程相手にしたくないという感情と、拳をぶつかり合わせるだけで、何故だか親近感なんぞが沸いてくる」

「……」

「太刀川。お前さん、何を造った」

本物オリジナルと交友がある朝倉あんたにそこまで言わせたんなら、今頃、土師はあの世で成功したって喜んでるだろうよ」

「……」

「そう睨むなよ。誰も彼も、あんたですら敵にしたいとは思わねぇだろう化け物を、少し増やしてみただけだ」

「太刀川。俺は多少なりとも、お前さんにはひとの心があるのかと思っていた。しかし、それは俺の間違いだったらしい。見誤った」

「……」

「やはりお前さんも、あの瀧島の息がかかった狂者だ」


 膝に手をついて立ち上がった朝倉さんは、顔についた水を大きな手で荒々しく拭き、朝倉さんの部下がたくさん倒れている死屍累々のホールを見て、難しい顔をした。そして、再び目を鋭くさせ、近づいてくる黒スーツの男性を威嚇する。


「群れの中での一番の手練れは、お前さんか」


 ふーーーと息を吐き出したあと、と朝倉さんは口許に笑みを浮かべた。

 筋肉に満ちた朝倉さんの身体中に、筋が現れる。全身全霊の力が込められているのがわかった途端、朝倉さんは、ここまで一番の咆哮を上げて、男性に向かって走り出す。黒を纏うお兄さんは、あくまでも冷静に、二本の刀を構え、猪突猛進に襲いかかってくる朝倉さんの動きを見定め、そして、その刃を振るった。


「お……お頭ァ!!」


 黒服に抵抗し、生き残っていた鬼龍の組員の一人が、こちらの状況に気づき悲鳴をあげる。無理もなかった。

 予想外に、あんまりにも呆気なく、そして抵抗もなく簡単に、西園寺さんとお兄さんの両刃は、交差する形で、朝倉さんの左右の胸を貫いていた。走ってきた朝倉さんの勢いに合わせ、真正面から堂々に、ふたつの刃が巨体に埋め込まれている。柄近くの根本まで到達していた。

 しかし、何故だ。まるで朝倉さん自らが、そうなるように仕向けた様に見えたのは、私だけなのか。

 口を抑えながら、その光景を見つめる。身体を貫かれた朝倉さんは動きを封じられ、尋常ではない痛みと苦しみに、歯を食い縛っている。けれど、朝倉さんは苦し紛れにも笑みを浮かべいた。その反応に、お兄さんは微かに瞬きをし、そして刀を引き抜こうとしたが、それは叶わなかった。


「これで、逃れられはせんぞ」


 朝倉さんは至近距離、つまり、お兄さんの間合いに入れたことに対し、痛みで歪んだ表情をしつつも、してやったりな顔をしていた。がっちりと刀を掴むお兄さんの手首を、片手だけでも拘束し、刀を引き抜こうとするその行動と、お兄さん自身の動きを、自らの身体を以て封じていた。

 そこからは、朝倉さんの独壇場だ。至近距離で、朝倉さんの前から動けなくなったお兄さんの血色の悪い顔面や身体に、大きく固い拳を朝倉さんが何度も何度も何度もぶつけていく。片手だけでも十分な威力だ。ひとを殴るなんて表現で済むレベルのものじゃあない。朝倉さんはまさしく、得体の知れない雰囲気を醸し出すお兄さんを、本気で殴り殺そうと、幾度も拳を振り上げ、そしてぶつけた。

 いつしか、真っ白な顔色だったお兄さんの顔面は、青痣だらけになって、腫れ、鼻と口の端からは大量の血が流れ落ちる。スーツもボロボロになり、その服の下はとんでもないことになっているということは容易に想像がつく。

 けれど、何度殴れども、お兄さんが意識を喪い倒れる気配は一向に無く、ましてや、ここまで朝倉さんからの殴る蹴るの暴行を受ければ、はっきり言って、死んでしまったとて不思議はないというのに、その佇まいは平常のままだ。

 おかしい、そんなのありえない。どうして立っていられる? どうして意識を保っていられる。恐怖よりも、疑問が勝った瞬間だった。

 そして、その姿に誰かの姿が被る。朝倉さんも、その異様さに私と同じ事を思ったのか、一瞬だけ、お兄さんを痛めつける腕を止めた。

 すると、お兄さんは妖しくニヤァと不気味に笑い、赤が入り交じった黒の瞳で、朝倉さんを見つめた。タイミングは、それと同時だった。

 耳をつんざく様な銃撃音が、すぐ近くから連続で放たれる。今もなお繰り出される、お腹まで響いてくる発砲音に、反射的に耳を塞ぐ。まさか、ジェイさんが? と隣を見ると、ジェイさんは何もしていない。銃撃音に動揺する様子も見せず、下の光景を黙々と見つめていた。勿論、先程、彼女が使用していたライフルも傍らに転がったままだ。

 音の発生場所は、テラスの向こう側だった。巨大な機関銃を黒服達が数人がかりで操作し、とてつもないスピードと弾丸を放ち続けていた。その銃口は、下に向けられている。

 ありったけの弾を注ぎ込み、もう十分だと判断した黒装束達が射撃を止め、新たに弾を装填し始める。

 塀に捕まって、よろよろと立ち上がり、激闘を繰り返していたお二人に視線を向けて、絶句した。

 そこにあったのは、数えきれない程の弾丸を、その身体に受け止め、硝煙を纏い、無数の穴の空いた背中を晒した、朝倉さんの姿だった。

 ドバドバと背中から溢れだす血液に、ゴボリと吐き出された血。鍛え抜かれた朝倉さんの身体を肉壁としていたお兄さんは、弾のひとつ受けていない。お兄さんの身体は、ふらつきはしているが、動く分には問題無いらしく、自身の手首を掴んでいた朝倉さんの手が離れたことにより、西園寺さんの刀を再び引き抜こうとした。

 が、動かない。朝倉さんは、お兄さんの手首の代わりに、手が切れることも構わず、自身を貫いたままの刃を素手で握り締め、動かぬようにと自ら固定していた。


「舐めるなよォ、青二才」


 ゼェゼェと息絶え絶えに、虚ろになった眼をお兄さんに向けつつも、はっきりとした口調で告げた。


「この朝倉、ただで死んでなどやらんわ」
 

 朝倉さんが力強く言い放った瞬間、お兄さんの、赤で歪んだ黒曜石の瞳が、初めて見開かれる。

 朝倉さんの身体から、新たな刃が生まれた。さながら、宇宙生物が寄生した人間の腹を食い破り出てくる映画の場面が如く、朝倉さんの身体から刀が勢いよく派手に生まれ、お兄さんの横腹を貫通していた。何が起きたのか、と私も含め驚く一同に、その正体が声を発する。


「前しか見てなさすぎなんだよ、朝倉のオッサンは」


 猪じゃねぇんだから、もっと周りに目ェ向けろ。いや、鬼だっけ? まぁ、どっちでもいいわ。乙●主みてぇな暴れ方するもんな、あんた。と、もはや懐かしく、聞き覚えのある低い声が、軽口を叩く。それは、丁度朝倉さんの身体で隠れた死角から聞こえてきた。

 徐々に私達の前に姿を現したその男性は、朝倉さんの背後から、磨き抜かれた立派な刀を、朝倉さんごとまとめて、お兄さんを突き刺している。黒スーツの男性は悲鳴はあげないまでも、無表情はそのままに、驚愕で目を見開き、自身の腹に突き刺さった刀を、信じられないと言った風に見つめていた。


「約束通り、介錯は努めたぞ。オッサン」


 ここからでは、特徴的な灰色がほんの僅かに覗くだけで、親交の深かった筈の朝倉さんを手にかける彼が、今どんな表情をしているかまではわからなかった。

 朝倉さんは満足そうに笑み、自らの背後に居る男性に語りかける。


「すまんなぁ。汚れ役任せちまってよぉ。お前にだけは頼るまいとしていたのに、結局は、こうなってしまったか」


 朝倉さんは残念そうに、申し訳なさそうな声色を発しつつも、どこか嬉しそうにも見えた。ごぽり、と口から再び血を吐き出した朝倉さんは、自身の死期を悟った、安らかなお顔をしている。


「徹也ァ」


 そして、友の名を呼んだ。


「お前さんは、もう少し素直になって、本当の自分テメェを晒して生きてみろォ」

「……俺、結構素直よ? 言いたいことは我慢しねぇし、オープンな方だと思うけど」

「そうではない。そうではないのだ、徹也。衣笠も……っ常々、言っていただろう。いいか、よく聞け。おのが受けた傷から目を背けるな。痛みを忘れるんじゃない。強く感じろ。お前さんは、自分が思ってるよりも、憔悴し、困憊している。何でもいい。物でも女でも、お前さんにとっての、安息の場所を見つけろ」

「……」

「さもなくば、この俺や衣笠の様に、戦場いくさばでしか、生きている実感や安寧を見出だせん、そんな詰まらん老いぼれの最期を迎えることになってしまうぞ」


 朝倉さんは息を吐き出し、目を閉じた。


「お前さんは、そうなるな。同胞よ」


 それが、朝倉さんの最期の言葉だった。

 朝倉さんの後ろに居た人物は、朝倉さんとお兄さんを貫いた刃を、そのまま素早く横にスライドさせた。その切れ味は良過ぎるもので、途中で止まることなく、スパンと二人分の肉を切った。二人のぶんの血飛沫が勢いよく噴射し、宙を、そして二人の命を経ち切った男性を赤に染め上げる。横腹を半分裂かれた朝倉さんとお兄さんの二人は、ほぼ同時に床へと倒れた。

 鬼の頭が討ち死にしたことにより、部下の阿鼻叫喚が響く。大衆の前に、私の視界の前に、その姿をはっきりと露にした男性は、黙って、新鮮な血の滴る刀を、その右手に固く握り、ふたり分の遺体を見下ろしていた。

 目立つ灰色の髪は、赤い血で僅かに赤に染まっている。洒落気のない黒を貴重とした服装は、彼にとっては普段通りのものだった。けれど、その表情は私の知るものとは違い、虚無と言うに相応しく、相手に強烈な印象を抱かせる赤い瞳は、荷馬車に乗せられた彼を初めて見た雨の日と同じ、真っ暗に沈んだ色をしていた。

 慕っていた組長の死に、号泣の涙を流しながら、怒気をぶつける勢いで、目前に居た黒服に向かっていく鬼龍組員のひとりが、あっさりと首を取られ、まるで長の後を追うようにして、最期の一人が倒れる。

 そう、今のが最後の一人だった。白鷹も鬼龍の組員も、皆、黒服達にあっという間に討ち取られ、もう残っていない。ただ、この場に一人を除いて。


「ひでぇ話だなァ。自分テメェの目的の為なら、慣れ親しんだ味方をも盾にするってのかい」


 低い笑い声を漏らしながら「オメェもそうは思わねぇか、志紀」と突然に話を振られ、身体がびくつく。目を奪われて離すことが出来なかった人物から、太刀川さんの方に眼球を移動させる。太刀川さんはニヒルな笑みを浮かべながら、私を見上げていた。


「いつまで高みの見物してるつもりだよ、刺青野郎」


 太刀川さんと私の間に流れる空気を遮るようにして、鋭い声が割って入る。ぐいと顔についた血を荒々しく拭い、血を払って、珍しい灰色と強烈な赤をぎらつかせた人物が、自身より上の位置に居る太刀川さんに向けて、刀の切っ先を向ける。


「降りてこいよ。そっちから来ねぇなら、俺が無理矢理にでも引き摺り下ろしてやる」


 燃え上がるような赤色の瞳。透明度は高く、ずっと見ていると吸い込まれそうになる強さを放っていた。太刀川さんはその眼光を受けて、くつくつと面白そうに笑う。


「ドス暗ェ、暑苦しい赤だな」


 太刀川さんは、岡崎さんの赤を、まるで煉獄だと例えた。そんな太刀川さんの青は、岡崎さんとは対照的で、周りの全てを凍らせてしまうのではないかという程に、どこまでも冷えきっていた。

 

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