運命のひと。ー暗転ー

破落戸

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溺死する情人

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 今年の冬も完全に終わり、この地に身を置いてから三度目の春が訪れた。羽織りなどの厚着をする必要もなくなり、体感的に過ごしやすい暖かい気候のお陰で、日中うとうとする時間がより増えた気がする。今もこうして絵本を読んでいる最中にカクンカクンと頭を揺らしつつ、眠気と戦っていた。

 お年を召した国語の先生の授業を思い出す。子守歌にも似た先生の朗読は恐ろしく睡眠欲を刺激した。机に突っ伏して寝てしまわないように視界をあちこちにぐりんぐりんと動かしたり、頬をつねったりしてなんとか眠気を晴らそうと努力するも結局力尽きて、気付いたときにはスヤスヤと眠りの世界へ落ちてしまうことが殆どだった。目覚めたらノートがミミズ文字だらけのえらいことになっている惨状、誰しも一度は体験したことがあるのでは無いだろうか。

 ひとが抗うには難しい三大欲求というものが存在する。食欲、睡眠欲、そして性欲。

 は、と下に垂れそうになったよだれに気づき、ぱちりと目を開く。あぶないあぶない、とごしごし目をこする。 

 先ほどまで眺めていた絵本を傍らに置こうとしたときに、モフモフとした存在が私のすぐ隣にいたことを思い出した。リラックスした体制で伸びをし、くぁ、と大きな欠伸をしたわんちゃんを見て笑みがこぼれる。

 大きな身体に灰色の毛並み、そして青い目のわんちゃんは近頃私がひとり、あるいはシロちゃんと二人でいるときにだけ頻繁にやってくる様になった。名前はわからない。飼い犬なのか野良犬なのかも。首輪をしていないので後者かと思ったが、それにしては綺麗だ。シロちゃんですらあちこち冒険してきて真っ白な身体を汚し、たまに訪れたときに身体を洗ってあげるのだが、このわんちゃんに関してはその必要を感じさせない位に汚れ一つない。

 私はたびたびやってくるこのわんちゃんのことを、ワンくんと呼ぶことにした。相も変わらずネーミングセンスの欠片もない名前はとても私のなかで馴染みがあって、何故だかすんなりと口から出てきた 。


「ワンくん」


 名前を呼ぶと、賢い灰色の犬はわんと一吠えした。









 四月の中旬辺り、太刀川さんのお仕事が忙しくなって本家自体に居ないことが多くなった。ここ二週間くらいあのひとの顔を見てない。よって、夜も緊張することなく安心して眠ることが出来る! と喜んでいたのだが。

 前はそんなことなかったのに、夜にひとりでこの離れに居ることがものすごく心細くて、不安で、逆に一睡も出来なくなるという謎の現象に陥ってしまった。

 寝たら寝たで奇妙な夢を見る。目覚めても、現実なのかまだ夢の中に居るのかわからなくなってへとへとに疲れてしまう。

 その時期から、まるで私の状況を見計らったかの様に、以前はお昼間だけに遊びに来ていたワンくんがひとりぼっちの私のもとに夜も訪れ、寂しくて堪らなかった夜を一緒に明かしてくれる様になった。朝目覚めると隣で寝ていた筈のワンくんはいつも居なくなっている。そしてお昼時になるとまたひょっこりどこからか現れるのだ。

 この子が居てくれてよかったとワンくんの頭をわしゃわしゃと撫でると、彼は気持ちよさそうに目をつむった。

 絵本を傍らに置き、そのすぐそばにあった宝石箱オルゴールを手に取る。カチリカチリと仕掛けを解き、流れてきたメロディーに合わせて小さく鼻歌を歌う。そして宝石箱オルゴールを奏でさせたまま、ワンくんのモフモフとしたおなか辺りに頭を寝かせ横になる。

 優しい犬は大きな身体を更に寄せ、そのふわふわした尻尾で私の頬をなでた。くすぐったくて「やめてよ」と笑いながら言うと、ペロリと顔を舐められた。

 音の鳴る箱をぼんやりと見つめる。うと、と瞼が重くなる。暖かい縁側に癒やしの生き物、柔らかい音色。国語の授業と同じ、ゆったりとした時間。眠りに落ちることは簡単だった。







 
 たばこの匂いがする。あと首がこそばい。眉を寄せ、むーーと唸りながら寝返りを打とうとすると、肩を引っ張られ仰向けにさせられる。胸元が涼しい。両肩を何かに押さえられ、湿り気のあるもので首筋をなぞられる。

 流石におかしい。まだぼんやりとする頭を無理やり起こして、瞼を震わせそっと目を開けようとしたら、胸を覆う下着の中に冷たいものを突っ込まれ、びっくりして声を上げる。

 ぱっちりと開いた目に飛び込んできたのは、私の浴衣の合わせを乱れさせ、大きく冷たい右手で露わになった私の胸を覆い、鎖骨辺りに唇を落としている太刀川さんの姿だった。帰ってくるなり寝込みを襲われていると理解するのに数秒かかった。


「た、たちかわさ……っ」


 やめて、と胸を弄る太刀川さんを静止しようと、ひんやりとした手の上に自分の手を添える。が、そんなことで止めてくれるひとではない。

 こんな明るい内から、それも外で、いつか太刀川さんにサボテンを渡した縁側で行為に及びたくはない。左の太腿にも自然な動作で手を滑らせ始めた太刀川さんに駄目もとでも訴え続ける。


「や、やだ! 太刀川さ、今お昼……ここ外だから! っだれかきたら、ひぅっ」

「夜は野暮用で戻れねェ。だから今喰わせろ」


 猛獣の如くぎらついた目に鋭く貫かれ、ひゅっと息が止まる。怖じ気づいた心が悲鳴を上げるも、私の羞恥心だって必死に抗議する。

 いくら私有地といえど、最低限の人しかやってこないと言っても、障子の開けられた縁側は外だ。野外だ。西園寺さんや女将さんに、お庭の方からひょっこり現れる瀧島さんに、ひとには絶対見られたくないトップ3に入るこの状況を目撃される可能性は十分にある。そんなことになったら恥ずか死ぬどころじゃない。モラルに反するとか、そんな域を越えてしまっている。

 やだやだと涙目になって首を振る私の反応を見て太刀川さんがくつくつと笑う。絶句する。こ、このひと、私が嫌がるってわかっててわざとやってるんだ、このサディスト! 


「ひ、ひどい! からかって! や、やですってば……っほんとに」

「シロが来てたのか」

「えっ……」


 ふにゅふにゅと胸を揉みしだく手の動きは止めないまま、太刀川さんが私の傍らにあった、全く手のつけられていない餌箱の中身を見て尋ねた。首を振りシロちゃんじゃないこと否定し、小さい声でわんちゃんですと答える。


「犬?」

「その、最近よく遊びにくるんです。たぶんシロちゃんみたいにどこか抜け道から。灰色の、おっきなわんちゃんなんですけど」


 ワンくんがやってくる度、シロちゃんに用意するのと同じご飯(この時代でのペットフードはどんな種類のペットでも食すことが出来る様に配合されているらしい。すごい)を出してあげるのだが、ワンくんは全く口にしようとしない。食べていいよと声をかけても、お腹が空いていないのか彼はいらないと首を振るばかりだった。何も食べてないのに、お庭のあちこちを駆け回る元気な姿は見ていて不思議でならなかった。

 手の動きを止め、餌箱を見つめたまま何かを考える様に黙り込んだ太刀川さんが怖い。なんだか私の方が悪いことをした気がした。

 それでも、ワンくんに何らかの危害が及ばない様に、既にこの離れでの生活において私の心の支えとなっている彼から引き離されない様に必死に言葉を並べる。


「いっ、いいこなんです。大人しいし、噛んだりしないし、お利口さんだし」

「……」

「だから………たちかわさん?」

「いや」


 ならいい、と呟く太刀川さんに疑問符を浮かべる。不安な顔を隠せずにいる私を安心させる為か、太刀川さんはおでこを覆う私の前髪を払い額に口付けた。そこで終われば良かったのに、私を組み敷くこの男性ひとはまた私の身体を辱めるその手の動きを再開させてしまった。

 帯も緩められ、すっかり着崩されてしまった浴衣は衣服としての意味を成してはおらず、いつも通り身体に巻きつくだけの布と化した。上も下もはだけてしまった着物から覗く胸や足が日中の明るさの下に晒される。

 外でほぼ裸体となってしまったことに、太刀川さんにこんな姿をこんな明るい場所で見られていることに、どうしようもない感情に苛まれ熱くなる顔を手で覆い隠す。太刀川さんは私ほどに着物が乱れさせることがないのがまたずるいというか、なんと言えばいいのか。

 ねぇほんとに、こんなとこひとに見られたら死ぬ。現状でも耐え難いのに、恥で私の精神が焼き切れてしまう。
 
 太刀川さんの親指で転がされたり、小さな膨らみにふにゅんと押し込められたりなどしていた双丘の飾りを今度はきゅっと引っ張られ、離される。ふるん、とささやかに揺れた胸を見た太刀川さんが誰かさんに負けず劣らない、ノンデリカシーで直球な感想を述べる。


「ちいせぇ」     


 がーん、と大きなショックが私を襲う。

 いや、自覚はあるけど、ひとが気にしていることをさらりと簡単に言われてしまって悲しいやら悔しいやら情けないやら恥ずかしいやらと様々なマイナスな感情が私を支配する。

 思わず顔を覆っていた手を外し、まるで触診でもしているんじゃないかと思うほど真剣な顔で私のちいせぇ胸に触れている太刀川さんを見て、ふつふつと何かがこみ上げてくる。というか、これまで散々触っておいて今更それを言うのか。口には出さずともずっと思ってたのか。

 羞恥から顔が真っ赤になるのを感じつつ、太刀川さんを涙目のままじとっと睨む。こっちは見られて触られてるだけでもとんでもない辱めだというのに! 

 どこから湧いた勇気なのか、恐れ多くも、触診中の太刀川さんの肩をぽかぽかと叩く。私からの小さな反撃に、太刀川さんは私に視線を向けた。

 
「なんだ」

「~~っそんなに触んないでくださいよ! 揉み応えもないでしょうし! どうせちいせぇですもん!」
  
「なに唐突にキレてんだお前」


 呆れた顔をしている太刀川さんにどうせどうせ! とむくれる。ついてほしい部分には肉はつかず、つかなくていい場所ばかり肉付きがよくなる自分の身体の性質がひどく恨めしい。まだあれだから、発育途中だから! と言い訳し続けてきたが、ここ二年で膨らみが増した様子はほんの僅かばかりしかない。

 太刀川さんはというと、何故私が頬を膨らませているか本当にわからないらしく、「まな板って訳じゃねぇからいいだろ」とフォローにならないフォローをぶちかましていた。そういう問題じゃない。な、慰め下手……!

 ぷいっと太刀川さんから顔を背ける。上から私を見下ろす男性ひとは暫し沈黙した。私も黙ったままだが、未だ太刀川さんの手が私のちいせぇ胸を覆ったままという、なんとも不格好で奇妙な時間が流れる。何だか色気もへったくれもない展開に、私何やってんだろと冷静になった。それは太刀川さんも同じらしく、はぁとため息をついた。……このまま気が変わって中断してくれないかな、なんて少しばかり期待したが、それとこれと話は別らしい。

 ぎゅっと両胸の柔肉を限界まで真ん中に引き集められる。中心に肉が集中したことで自分で拝んだことのない谷間が強制的に出来上がるも全く嬉しくない。寧ろ恥ずかしいからやめてほしい。


「やっ……」


 ぎゅむっと左右から肉が圧縮されたことにより胸の尖り同士が後少しでくっつくのではないかという位まで近くなる。ぶつからない事実が私のおっぱいの限界を物語っていた。泣きたい。

 太刀川さんに飾りをふたつ一緒にべろりと舐められる。その湿り気を帯びたぬるりとした感覚に体が跳ねる。尖らせた舌でつついたり、舐ったり、口に含んで転がしたり軽くかじってみたり、卑猥な音を立てながら両方の突起を同時に、そして執拗にいじめてくる。それに対してひんひん言いながら力無く、やだの意味を込めて太刀川さんの腕に手を添えることしか出来ない。

 そんなに触ったり舐めたりして楽しいものだろうか。しかし、そういう接待を専門にしてるお店もあるぐらいだし。ほんと男性って生き物はよくわからない。

 胸の次は左の耳朶を甘噛みされながら、太刀川さんの冷たい手が胸の形をなぞるように伝い、おなか辺りで帯ごとくるまってしまっている浴衣の中に入り込んでくる。その下にある素肌を触れるか触れないかの距離でさ迷い、そしてくびれのラインをゆっくりとなぞられる。くすぐったくて身体がビクビクと反応してしまう。鼓膜を刺激する太刀川さんの熱い吐息もこそばゆくて思わず肩が上がる。

 そのまま浴衣を通り越し、下腹部に触れられるとやはりぎくりとして固まる。何度身体を重ねようとも、こわいものはこわい。

 剥き出しになった脚をさすられ、冷たい手が上へと向かっていく。ぎゅっと眼を閉じて息を止める。怖くて目の前の太刀川さんの服を掴んだ。あやすように頬に唇を落とされるけれど落ち着くことはない。

 私の中に太刀川さんの指が入ってくるあの異物感に唇を噛んで耐えようとしたが、あれ? と目を開ける。なんか、いつもより圧迫感がない。

 なんで? と戸惑っている私の顔の横で、太刀川さんがくつくつと笑っている。太刀川さんが少しだけ体を起こし、うずめた指を動かした。は、と息が荒くなる。なんか変だ。妙に、うずうずする。太刀川さんは愉しそうな表情かおで私をじっと見下ろしている。くちゅくちゅとした水音がうるさい。緩慢に中をかき混ぜたり、触れられると更に息が荒くなる。肉の粒を親指でこね回される。私がやだと思うところを、中の肉壁をじっくりと指でなぞられ、声を抑えるもあっけなく口から漏れ出てしまう。


「嫌がってる割には、ここはどうしようもねぇことになってんじゃねぇか、志紀」

「んっ……ぁ、あっ」

「しっかりと絡みついてきやがる」


 食いちぎられそうだ、と妖しく笑みを浮かべた太刀川さんは私の中に入っていた人差し指と中指をゆっくりと引き抜き、見ろと私の目の前にその指を見せつける。太刀川さんの長い指が、滑り気のあるもので濡れ、テラテラと光っていた。指と指の間が糸を引いていて、その粘性を物語っている。


「下はたいして触ってねぇんだがなぁ」


 その指を見つめながら愉しそうに発言する太刀川さんにじわりと涙が浮かぶ。いやだ、そんなもの見せないで、と羞恥で顔が熱くなり、耐えきれず両手で顔を覆い隠す。

 太刀川さんが再び指を私の中につぷんと潜らせ、ぐちゅぐちゅと音を立て掻き乱しながら私の耳に低く甘い声で囁く。


「誰かに見られるかもしれねぇってのに、随分と気持ちよさそうにヨガってくれるなァ」

「っちがう、ちが……あっ……! んんっ、いや……っ」

「お前も持て余してたんだろ? 俺が居ない間、自分で慰めでもしたか」


 くくっと笑う太刀川さんに対し、頭の中ではひたすら、ひどい、ひどいひどいひどいと非難の言葉が飛び交い続ける。そんなことしない、するわけない。したくもない。なのに、太刀川さんの言う様に身体が火照って仕方がない。吐息が熱い。自分の身体じゃないみたいだ。

 太刀川さんの言うとおり好き勝手に蹂躙されて、いやだと言っているのにこんな場所で相手をさせられて、なのに、私の身体は太刀川さんを受け入れる準備が既に十分に出来てしまっている。その事実に涙する。私は、どうしてこんな風になってしまったんだろう。ほろほろと水滴が頬を伝う。嫌なのに、本当に嫌なのに、どうして。

 三本目の指もすんなりと挿入されてしまい、中を好きに暴れる太刀川さんの指に頭が悲鳴をあげる。ぐちゅぐちゅとした卑猥な音と甘い痺れに限界が近づいて、もうだめと喘ぎ、あと少しという寸前の瞬間、太刀川さんは指の動きを緩やかにしてホワイトアウトから私を遠ざけてしまった。山を登りきれず、再び苦しい時間に後戻りしてしまった私は呼吸を整えるのに必死だった。

 太刀川さんは私の手、腕、首、胸元、お腹に唇を滑らせ、とろとろのぐちゃぐちゃに濡れそぼっている私の中心に顔を埋めてしまう。私から溢れ出したものを啜りながら、もっと絞り取ろうと奥まで差し入れてくる太刀川さんの熱い舌に腰があがり、足の指に力が入りバラバラに動く。


「や、やだ……ったちかわさ、っん、そんな、に……っひゃう……!」


 激しくなる舌の動きと、太刀川さんの息づかい。全てかき出そうと中を出し入れする指に呂律が回らなくなる。下を犯す太刀川さんの動きをやめさせたくて、私の中心に顔を埋める彼の頭に震える手で触れるも、サラサラとした髪を掠めるだけで何の意味もなさない。思い切り吸い付かれ、耐えきれずに太刀川さんの頭を太ももで挟み込んでしまう。彼は気にも留めず、伸ばした片手で私の右胸までもやわやわと揉みこんだ。


『奉仕させて、突っ込んで、出すもん出したらそれで終わり。あとは帰れ言われるだけ』


 女将さんの言っていたことが信じられない。だってこのひと、こんなにしつこく攻め立ててくるじゃないか。終わらせてくれる気配なんか微塵も感じられない。

 もうやだ、私にも帰れって言ってよ。帰してよ。私が本当に帰りたい場所に帰れって捨ててくれたら楽になれるのに。

 気が済んだのか濡れたソコからやっと顔を離した太刀川さんは身体を起こし、私を見つめながら、粘り気のあるもので濡れた自分の唇を厭らしく舐めた。何で濡れたかなんて、口に出すのもおぞましい。太刀川さんのその姿は、獲物を前にした獣が舌なめずりをするのによく似ていた。

 太刀川さんは仰向けになっていた私の身体をうつ伏せにさせ、剥き出しになった私の背中のあちこちにちゅ、と音を立てて口付けくる。そして私の首筋を覆う髪を払い、同じように唇を落としていく。くすぐったい。

 私の中から溢れ出てきた厭らしい膣液と太刀川さんの唾液が混ざり合って濡れた部位に、熱くて固いものがあてがわれる。その瞬間、どこからかにゃーんとシロちゃんの鳴き声が聞こえてきた。完全に呑まれていた頭がなけなしの理性を取り戻す。


「た、ちかわさ……っまって……! ここではいやっ、やめ……っ、あ、あぁん! だ、めぇ……っん、あ、やっ、あ」


 せめて部屋に移動させて、という懇願の声も聞き入れられず、一気に中に挿入はいってきた太刀川さんに後ろから腰を打ち付けられる。やだ、誰かきたら、誰かに見られたら、そう思うのに声を抑えきれない。

 お互いの顔が見えないこの体制での性交が大嫌いだ。お尻を相手に突き出しただらしのない格好だし、本当に動物になってしまったみたいで、人間としての尊厳を踏みにじられている気分になる。太刀川さんと初めてこの体位でのセックスに及んだとき、私があんまりにもぴいぴいと泣いて強く嫌がったのでそれ以降はしてこなかったのに。ひどいや、ほんとに今日の太刀川さんは意地悪だ。


「ひぇう」


 背筋を指ですっとなぞられゾクッとし、変な声を上げる。その指の動きに合わせて背筋がピンとのびてしまう。

 太刀川さんは私の腰を掴む両手から左手だけを離し、太刀川さんの動きにあわせてふるふると前後に微かに揺れる胸をふにゅんと掴み、固くなった先端を指で弄る。ただでさえいっぱいいっぱいなのに、次々と与えられる刺激に対応しきれるはずがない。

 縋るものがなくて、ひれ伏した床の上で骨が浮かぶほど力をいれた手を広げて律動に耐えていると、その手の上に太刀川さんがほんのり暖かくなった大きな手を添えた。拳を作っていたもう片方の手も同じようにして包まれる。背中が暖かい。首の横辺りで太刀川さんの少し乱れた色のある吐息がかかる。

 本当に動物みたい。足元でジャラジャラと枷についた鎖が悲鳴をあげる。それを耳にするたびに、私たちの関係の異常性を改めて思い知らされる。

 緩急をつけた太刀川さんの動きに何度も何度も達しそうになるも、その一歩手前で必ずその勢いを緩められてしまう。わざと焦らしているのだとすぐにわかった。その寸止めが繰り返される内に、頭の中ではみっともなく太刀川さんを求める声が大きくなる。それを狙っていたのだろう、汗を滴らせながらも笑みを浮かべた太刀川さんが私を突きながら問いかける。


「イきたいか。しき」

「ひっ、あ、あっ、あん、あ」

「なら、強請れよ」

「……は……っあ、あんっ! あっ…あ、や、ぁ…っ!」

「そしたら、死ぬ程イかせてやるよ」


 そう熱い吐息混じりに耳に囁かれる。口の中に指を入れられ、溢れかえった唾液が口の端から流れ出た。楽になりたい、はやく、はやく、と更に激しくなった律動に思考が爆発する。このひとの言うとおりに従えば従うほど恥じらいも消え去り、自我が徐々に壊れていく。そうわかっているのに、もう我慢できなくて。

 涙混じりに、小さく呟いた。彼自身を求める私のみっともないおねだりを、太刀川さんが聞き逃すことなく、満足そうに笑っているのが気配でわかった。








 約束通り、何度も何度も何度も何度も、あらゆる体位であらゆる方法で、数え切れないくらいの絶頂を達せられた私の頭と身体は、とっくに限界を超えていた。

 太刀川さんの上に跨がされ上下に激しく揺さぶられていた身体が、太刀川さんと繋がったまま、くたりと下に居る男性の胸に倒れる。疲れ果て、荒い呼吸を繰り返す私の頭を太刀川さんが大きな手で撫でた。

 そのまま身体をぐるんと横にさせられ、ゆっくりと太刀川さんのものが私の中から出て行く。その感覚すら今の私にとっては甘い痺れとなって、その光景を息を吐きながらぼんやりと見つめる。太刀川さんから吐き出された白いものと私の粘液で混ざり合ったものが、犯され尽くされたぐちょぐちょの割れ目からとろりと流れ出る。どうしようもないほど、虚しくなった。

 なんで生き物には性欲なんてものが存在するんだろう。子をなすため? 単純に気持ちいいから? それとも想いを寄せる相手とひとつになるため? 心だけじゃなくて、お互いの恥ずかしいところを見せ合って、心身ともに繋がりを深くしたいから? よくわからない。

 私も気づいていないだけで、岡崎さんに対して性的な繋がりを求める女の心が隠れていたりするのだろうか。一緒に年を重ねていけるだけで十分と鈴蘭さんに打ち明けたあの思いは、咲ちゃんの言うとおり、所詮は世間知らずの小娘の綺麗事でしかなかったのだろうか。

  こんな風に、お互いがドロドロになるまで交わりたいだなんて淫らな想いを岡崎さんに抱く自分自身を想像するだけでも嫌悪感が半端がない。全力で否定したかった。私の中に存在して居るのなら消えてしまえと、まだ何も知らないこどものままでいたい私が泣き叫ぶ。だけど、ときゅっと唇をかんだ。

 人間は欲求に抗えはしない。どれだけ言い繕おうとも、私だって例外じゃなかった。そうか、そうなんだよね。そうだよ。人間そんなもんだよ。気持ちいいことや、うまみのあるものに弱い生き物。深い眠りにつけば目覚めたくないという気持ちになるし、おいしいものを目の前にするとおなかが鳴る。誰だってそう、私だってそうだ。抗えなかった。嫌なのになんて言いながら、太刀川さんを本能のままに求めてしまった。このひとのことを悪くは言えない。責められない。でも、でも、と涙が止まらない私を太刀川さんは青い瞳で見つめ、黙って私と唇を合わせた。

 力の抜けた身体が太刀川さんによって軽々と抱き上げられ、部屋の中に連れられる。

 相手の気持ちを踏みにじって簡単に地獄へ突き落とすことが出来る太刀川さんが理解出来ない。 愛を囁いてくれた女性を拒絶し、ボロ雑巾みたいに扱い、心身ともにズタズタにして棄ててしまう男のひとの心なんてわからない。

 このひとは今までどんな風に生きてきたんだ。どういう生き方をしたらそんな非道が平気で出来るんだろう。極道だから? きっとそれだけじゃない。そんな簡単に説明出来るものじゃない。  

 いったい何が太刀川さんをこんな風になるまで歪ませてしまったのだろう。このひとも人の子なのだ。女性の胎内から産み出されたその瞬間から、人の道を外れただなんてことがある筈ない。深く彫られた刺青だって、最初は何もない綺麗な肌色をしていたに決まっている。ヤクザになるに至った理由だって、きっと。

 私の心と体をじわじわと壊し蝕んでいく太刀川さんの意図を、考えていることを、私をどうしたいのか、このひとの根源そのものを知りたい、知らなければならないと心の底から強く思った。



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