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ep.5 氷の中の秘密
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「よしっ!」
まだ誰も来ていない早朝の校門前で俺は両頬を叩く。
会長という責務を全うする為毎朝行っている日課だ。
という建前もあるが、人と話すのが苦手なのでここで会長スイッチに切り替えるというのが本当の理由だ。
今日も1日頑張るか!と自分を叱咤激励し、校門に足を踏み入れた。
「会長…おはようございます。」
「っわ!!!ゆ、雪城?!!!」
「はい、雪城ですが…」
この時間はいつも誰も居ないので突然話しかけられ、声が裏返ってまった。
「雪城…今日は早いな!何かあったのか?」
雪城は朝が苦手と聞いていたので、こんな時間に彼女がいることに余計驚いてしまった。
「教室に…今日提出の課題を忘れてきて…早く来てやろうかと思って…」
「なるほど、そうだったんだな。」
「あ、会長…これ…日向さんに渡しといてくれますか?」ポンッ
「夏葵にか?ああ、分かった。」
雪城に渡された雑誌に目を落とす…
"男色男食グルメ旅~"秘密のスパイス"
「な!え?!これ…??!!!!」
(これはBL雑誌というやつじゃないか??!!!)
確か聞いたことがある…BL好き女子のことを、巷では"腐女子"というとかなんとか…
え、雪城は腐女子ってことなのか…?え…?!
あまりの衝撃にそんなことが頭の中をグルグル回っている最中に、雪城はスタスタ歩いて行ってしまった。
(えー!!!!これどうするんだよ!!!!!)
こんな物を持っているところを誰かにでも見られたら…在らぬ誤解を招きかねない!!!
俺は急いで鞄にしまった。
夏葵に…渡すんだよな、なんでこんなもの…
ひとまず俺は自分の教室に急いだ。
幸いなことに夏葵とは教室が同じだ。
他の生徒会メンバーはみんな別々の教室なので、呼び出して、もしこんなものを俺が渡していたらどんな噂を立てられるか…
考えただけで身震いがした。
チラホラ他の生徒が登校してくる。
おかしい…いつもの時間になっても夏葵が来ない…
結局朝の予鈴が鳴っても夏葵は登校してこなかった。
ブルルッ
(夏葵からLINEだ…)
『ひーくん!風邪引いちゃって、学校休むね。薬は飲んだけど熱が高いから今からまた寝るね~!あ、雪城さんから雑誌受け取っておいて欲しい★』
(なんだと…??!!!!)
『ちょ、おい!大丈夫か?それと、雪城からのあれ、何だ?!!』
『おーい!夏葵?!これどーすりゃいいんだよ!!』
既読にならない。
どうやら本当に辛くて寝ているようだ…
いや、熱は心配だが、、来ないとなるとこれを俺が1日預かるのか…??!
冷や汗で汗ばんだ手で、鞄の中の例の雑誌を握り締めた。
しかし、雪城にこんな趣味があったなんてな…
いつも無表情で何を考えてるか分からない彼女だが…これは度肝を抜かれた。。。
さて…こんな趣味を知って俺は彼女にどう接すれば良いんだ…
ふと姉の言葉を思い出す。
『あのね、世の中には特殊な恋愛観とか性癖の人が沢山いるからそういう人に会っても、偏見を持ったり不自然に気を使ったりしたらダメよ?』
俺の姉はデザイナーの卵で、パリでプロデザイナーの助手をしている。
モデルや芸能などその界隈の業界は特に多様な価値観の人が多いらしく、色んなゴシップを聞いては俺に話してくる。
そのお陰で俺はその類いに偏見は無いが、こう近い存在の雪城がそうだと知ると、急にどう接していいか分からなくなってしまった。
かと言って雪城の周りに本当に彼女にそんな性癖があるのか聞くのは不自然だし、何より俺が急に話したことも無い女子に気さくに話しかけられる訳が無い。
ましてや内容が内容だし…
雪城と常に一緒にいる女生徒でまだ話しかけやすいのは…
(あ、西園寺に聞こう!!!)
ホームルームが終わると俺は急いで西園寺の教室に向かった。
教室を覗き込んだが西園寺が居ない。。
「あら、成瀬さん?わたくしの教室前で何なさってますの?」
「さ、西園寺…!良かった!あの、、ちょっと話したいことがあってだな…」
いつもの様子とは明らかに違う俺に、西園寺も何かを感じたのか心配そうに顔を覗き込んできた。
「おい!会長がユカリンを呼び出ししてるぞ!」
「なんか話しがあるんだってよー!!」
「え!告白?!!キャー!!!!!!」
しまった!普段他クラスに、しかも女子に会いに行くことなんて今まで全く無かったので尚更注目の的になってしまった。
「あ…えっと…いや…」「成瀬さん、お話しって、昨日議題に上がっていた予算についてですわよね?それでしたらここではお話ししにくいですわ。他所へ移動いたしましょう?」
「ああ、そうだな…!」
西園寺が見兼ねて話しを切り出し、先を歩いて行った。
「なーんだ、生徒会の話しだってー!」
「良かったー!俺のユカリン~」
「会長に呼び出しなんて羨ましい~!!」
「あ、そう言えば昨日寄ったクレープ屋さんって」
ザワザワ…
生徒たちは一気に興味を失い話題は他へと変わっていった。
ーーーー視聴覚室
一限まであまり時間が無いので急いで近くの視聴覚室に入った。
「で、どうしたんですの?ちゃんと説明してくださいませ。」
「それが…ちょっと言いにくいんだが…」
「な、なんですの…?」ゴクリッ
ただならぬ様子を感じ取ったのか西園寺は息を飲んで俺を見つめた。
「あのさ…こんなこと聞きづらいんだけど…雪城ってさ…"腐女子"なのか…?」
「はい?そんなことですの?」
今まで張っていた気が抜けたかのように西園寺は拍子抜けした顔をした。
「いや、そんな事って…」
「全く、そうに決まってるじゃないですか。血相を変えて何を聞いてくるかと思いましたわ…」
「や、やっぱりそうなのか??!」
「はあ。そうもなにも、雪城さんもですし、わたくしもれっきとした"婦女子"ですわよ?」
「えー!!!!西園寺も"腐女子"なのか??!」
「はあ、会長が何を言ってるかよく分からないですけど、当たり前のことですわ。もう、教室戻りますわね。」
呆れた様子で西園寺は視聴覚室を出て行った。
西園寺のあの態度…腐女子ということがむしろ普通かのような…
今BL本を嗜むのは女子高生の間では意外と普通のことなのか?!
そんなことをブツブツ言いながら自分の教室に戻った。
授業中はその事で頭がいっぱいで、全然授業内容が入ってこなかった。
・
・
・
ーーーー生徒会室
ガラッ
中には雪城だけが座って作業していた。
「会長…こんにちは。」
「あ…ああ。」
気まづい…BLがポピュラーな話題ということが分かっても、そのことに触れていいのか、はたまた何も言わない方が良いのか分からなくてオドオドしてしまった。
「会長…なんか様子が変ですよ?…あ、日向さんには雑誌…渡しといてくれました?」
「いや、夏葵は今日風邪で休みで…んんっ」
「そうでしたか…」
ハッ!雪城がこの話しをしてきたってことは、触れて欲しいということなのか…?
むしろ切り出すなら今しかない!!!!
「雪城は…その…なんだ、、男同士の恋愛が好きなのか?」
「…はい?」
雪城は眉を歪ませた。
突飛押しもないことを言われ驚いたように見える。
「いや、でもこの雑誌!!雪城のなんだろ?!ほら、男色がなんとか…って!雪城はこういうのが好きなんじゃないのか?」
「え…ああ、その雑誌お母さんのです。」
「へ?」
ん?雪城の母親が腐女子でBLで…?ん?
「あ…んと…正確には私のお母さんが雑誌の編集長で、家に色んな雑誌があって…昨日日向さんに『男性の体が沢山載ってる雑誌を貸して欲しい』と言われて…これが1番体が載ってたから…持って来ただけなんですけど…」
日向… 男性の体……
俺は頭をフル回転させ夏葵との会話を思い出した…
・
・
・
「ねーっひーくん!助けて!美術の先生にこのままじゃ成績表1だぞって言われて。。絵が上手くなる方法教えてよー!!!」
「あー確かにこの前の授業、夏葵の絵凄かったよな。逆に芸術と言うか…」
男女ペアになりお互いの絵を描く授業で、俺と夏葵はペアを組んだんだが…
「いやー、顔と体の大きさが一緒なんて、どうしたらそんなことになるんだか…」ブフッ
俺は笑いを堪えきれず思わず吹き出した。
「もー!!笑わないでよー!!秋にも似顔絵の授業あるんだから、早くコツ教えてよね!!!」
夏葵は膨れた顔で俺の腕をドスドスと殴った。
「痛い痛い!分かったって!!…んー、俺も曽祖父みたいな感性も技術も無いから簡単な事しか言えないけど。。」
「なになに?!」
「絵を描く時は骨格を見るんだよ。」
「骨格?」
「そう、物の骨組みや人の骨格とかさ。まあ骨だけじゃなくて、筋肉の付き方とか位置とか、そういうの頭に入れておけば自然と絵は上手になるよ。だからまず、人を書きたいなら人を沢山見ることだな。ペア絵なら特に異性の。」
「な、なるほど!体沢山見れば良いのね!!ひーくんありがとうっ私頑張るね!」
・
・
・
(これだー!!!!!!!!!)
俺は全ての辻褄が合い、今まで勘違いで四苦八苦していたことへの猛烈な羞恥心に襲われた。
「てっきり雪城がBL好きなのかと思って…あー、一日何考えてたんだ俺は…!!!」
両手で顔を覆ってその場に項垂れた。
「会長…もしかして私にどう接したら良いか分からなくて…態度おかしかったんですか?」
普段はボーッとしている印象なのに、こういう時だけ察しが良い。
「ああ、そうだ!こんな雑誌いきなり渡されたら誰でもそう思うだろ!」
「…会長は…もし本当にこの雑誌みたいなことが私の趣味だったら…どうしました?」
「…どうするもなにも、受け入れるに決まってるだろ!これからも一緒に頑張っていく大切な仲間なんだからな!仲間の趣味や考えを理解するのは当然のことだろ??」
「でも…結局…凄く悩んだんですよね…?」
「そりゃあ、俺は男だからな!男同士で…はその経験ないし…(もちろん女性ともだが…)、俺と誰かをそういう目で見られていたら、何かこう…失う物があるだろ!!」
「…会長…なんか…滑稽です…」フフッ
「…っ!!」
雪城は少し下を向き、口元に手を当て遠慮気味に笑った。
初めて見る笑顔は、普段から整い華やかな雪城の顔を更に彩やかに色付けた。
その綺麗さと可憐さに、今まで見たどんな骨董品や美術品よりも目を奪われた…
「会長…なんですか?」
あまりにも俺が見つめるからか、雪城は我に返り無表情に戻ってしまった。
「いや、えっと…そうだ俺、てっきり雪城がそういうのが好きなんだと思って、西園寺に話したんだった…悪い!!あ、でも西園寺、自分も"腐女子"だって言ってたな…」
「え…西園寺さんが…ですか…?」
「ああ、俺も驚いたんだが…」
「じゃあ…こういう雑誌…西園寺さんにあげたら仲良くなれますか…?」
今まで、正直雪城は生徒会メンバーと打ち解ける気が無いとばかり思っていたので、驚いた。
「雪城は、西園寺と仲良くなりたいのか?」
「私…あんまり人と深い付き合い…したことなくて…でも会長…大切な仲間って言ってくれたから…私ももっとみんなと仲良くなりたい…と思って。」
「そ、そうか!渡したら仲良くなれるんじゃないか?」
かなり無責任な発言をした自覚はあったが、雪城がそう思ってくれたことが嬉しくてつい考え無しに返答してしまった。
ガラッ
「あら、お二人で何話してらしたんですの?」
「いや?えーっと、この行事表のことなんだが…西園寺と雪城で再確認して貰ってもいいか?」
「ええ、かまいませんわ。」
俺はつい雪城のことを庇ったつもりで誤魔化してしまった。
…西園寺も特に気にしてる素振りはないようだし、、いつも何かといがみ合っているように見えるのに、雪城の気持ちを聞くと何だか二人の絡みが微笑ましく見えた。
・
・
・
「はあー!!!疲れた!!!夏葵に差し入れと雑誌も届けたし、今日は早く寝よう!!!」
今日1日頭を使い過ぎたのか、俺は帰っていつもより早くベットに入り眠りについた。
・
・
・
ハッ!!!
慌てて時計に目をやる。
「大変だ!!!」
目覚ましの音が聞こえない程熟睡していたのか、いつもより30分遅く起きてしまった。
慌ててリビングへ降りて行く…
「あら~ひーくん今日は遅いわね~」
「ちょっと母さん、起こしてくれても良かっただろー!!!」
「え~だってひーくんいつも早く行っちゃうし、お母さん寂しくて~。それに、この時間でも全然遅刻じゃないでしょお~?たまにはゆっくりしたってバチは当たらないわよ~ふふふ~」
俺の母はご覧の通りかなりフワフワしている。
母に期待したのが間違いだったな…など思いつつ急いで支度し家を出た。
やはりいつもより遅く出たせいで普通にみんな登校している。
「え!会長だ!」
「なんでなんで?!会長がこの時間に登校なんて何かあったのかな?!」
「キャー!朝から会長見れて超絶ハッピー!!!」
こんな時間に俺が登校しているのがかなり珍しいらしく、すれ違う度にザワザワしていつもより遅くなったことを余計に悔いた。
(極力人と関わりたくないのに…)
俺は作り笑顔で颯爽と下駄箱に向かった。
「ごきげんよう、成瀬さん。今日は遅めですのね?」
俺が靴を脱いでいると西園寺が挨拶をしてきた。
西園寺のクラスは俺のクラスの向かいの下駄箱を使っている。
「昨日はちょっと疲れてな…」
「成瀬さんが遅く来るなんて、今日は何かとんでもない事が起こるか…も…っ??!!!キャー!!!!!!」
「どうした西園寺!!!!!!!」
突然の悲鳴に驚いて慌てて西園寺の下駄箱を覗く。
"男★男★dancing♪パートナーと織り成す愛の調べ♪
(雪城…)
俺はため息をつき、とりあえず西園寺の下駄箱を閉めた。
悲鳴を聞きつけ他の生徒もなんだ何だと集まってきた。
「さ、西園寺!虫くらいで大袈裟だな、ほらもう大丈夫だから。」
「なーんだ!みんな虫だって!」
「ユカリン虫嫌いなのかー可愛いなあー!」
・
・
・
人気が無くなったのを確認し、再度下駄箱を開ける。
するとすかさず…
「成瀬さん!何か知っていますの?!なんですかこの穢らわしい書物は!!!」
西園寺は、目をつぶって明らかに汚物を触るように親指と人差し指で雑誌を掴み俺に放った。
どうやら置き書きも何も無く雪城が下駄箱に入れたらしい…
流石雪城…こういうところはやっぱり抜けてるな…
ひとまず不味い表紙が見えないように丸めた。
「いやーそれは…って、え?!!西園寺BL好きなんじゃないのか?!」
「ええ?!なんでわたくしがこんな…男性同士が…その卑猥なことをしている本が好きだと言うんですの??!」
「あれ?でも昨日私も腐女子だって…」
「え、だから私は婦女子ですって…」
…ん??
「あのー、俺が言ったのは、"腐る"と書いて腐女子のほうのふじょしで…。」
どうやら西園寺は腐女子が分からないらしい…
「腐女子ってのは、こういう男同士で…イチャイチャするのを見るのが好きな女性のことを言う言葉なんだが…」
「と、ととととんでもないですわ!!!私全く興味ございません!!!!!」
西園寺は涙目になりながら必死で否定した。
「わ、悪い!俺西園寺はそうなんだと思って…知り合いにそう伝えて…そいつには否定しておくから!嫌な思いさせて本当にごめん!!!」
慌てて俺はその場を立ち去った。
雪城が入れた…と言うと余計ややこしくなりそうなので、そのことは敢えて伏せた。
…後で雪城には勘違いだったと伝えておこう…
と、思ったんだが、何故かこの日は生徒や先生にとことん呼ばれ、生徒会室にも行く暇が無く終わってしまった。
全部事情を知っている夏葵に翌日話しを聞くと、雪城がしきりに西園寺に、"タチ"やら"ネコ"やら"総受け"やら話しかけていたそうで…
まあ西園寺は何か動物の話しをしていると思って受け流していたようだが……
二人に悪いことをしてしまったなーとは思いつつ、俺のせいでややこしくしてしまったことを伝えると、また嫌われるんじゃないかとも思い、しばらく真実を伝えられずにいた…
(ごめん、特に西園寺!!!)
まだ誰も来ていない早朝の校門前で俺は両頬を叩く。
会長という責務を全うする為毎朝行っている日課だ。
という建前もあるが、人と話すのが苦手なのでここで会長スイッチに切り替えるというのが本当の理由だ。
今日も1日頑張るか!と自分を叱咤激励し、校門に足を踏み入れた。
「会長…おはようございます。」
「っわ!!!ゆ、雪城?!!!」
「はい、雪城ですが…」
この時間はいつも誰も居ないので突然話しかけられ、声が裏返ってまった。
「雪城…今日は早いな!何かあったのか?」
雪城は朝が苦手と聞いていたので、こんな時間に彼女がいることに余計驚いてしまった。
「教室に…今日提出の課題を忘れてきて…早く来てやろうかと思って…」
「なるほど、そうだったんだな。」
「あ、会長…これ…日向さんに渡しといてくれますか?」ポンッ
「夏葵にか?ああ、分かった。」
雪城に渡された雑誌に目を落とす…
"男色男食グルメ旅~"秘密のスパイス"
「な!え?!これ…??!!!!」
(これはBL雑誌というやつじゃないか??!!!)
確か聞いたことがある…BL好き女子のことを、巷では"腐女子"というとかなんとか…
え、雪城は腐女子ってことなのか…?え…?!
あまりの衝撃にそんなことが頭の中をグルグル回っている最中に、雪城はスタスタ歩いて行ってしまった。
(えー!!!!これどうするんだよ!!!!!)
こんな物を持っているところを誰かにでも見られたら…在らぬ誤解を招きかねない!!!
俺は急いで鞄にしまった。
夏葵に…渡すんだよな、なんでこんなもの…
ひとまず俺は自分の教室に急いだ。
幸いなことに夏葵とは教室が同じだ。
他の生徒会メンバーはみんな別々の教室なので、呼び出して、もしこんなものを俺が渡していたらどんな噂を立てられるか…
考えただけで身震いがした。
チラホラ他の生徒が登校してくる。
おかしい…いつもの時間になっても夏葵が来ない…
結局朝の予鈴が鳴っても夏葵は登校してこなかった。
ブルルッ
(夏葵からLINEだ…)
『ひーくん!風邪引いちゃって、学校休むね。薬は飲んだけど熱が高いから今からまた寝るね~!あ、雪城さんから雑誌受け取っておいて欲しい★』
(なんだと…??!!!!)
『ちょ、おい!大丈夫か?それと、雪城からのあれ、何だ?!!』
『おーい!夏葵?!これどーすりゃいいんだよ!!』
既読にならない。
どうやら本当に辛くて寝ているようだ…
いや、熱は心配だが、、来ないとなるとこれを俺が1日預かるのか…??!
冷や汗で汗ばんだ手で、鞄の中の例の雑誌を握り締めた。
しかし、雪城にこんな趣味があったなんてな…
いつも無表情で何を考えてるか分からない彼女だが…これは度肝を抜かれた。。。
さて…こんな趣味を知って俺は彼女にどう接すれば良いんだ…
ふと姉の言葉を思い出す。
『あのね、世の中には特殊な恋愛観とか性癖の人が沢山いるからそういう人に会っても、偏見を持ったり不自然に気を使ったりしたらダメよ?』
俺の姉はデザイナーの卵で、パリでプロデザイナーの助手をしている。
モデルや芸能などその界隈の業界は特に多様な価値観の人が多いらしく、色んなゴシップを聞いては俺に話してくる。
そのお陰で俺はその類いに偏見は無いが、こう近い存在の雪城がそうだと知ると、急にどう接していいか分からなくなってしまった。
かと言って雪城の周りに本当に彼女にそんな性癖があるのか聞くのは不自然だし、何より俺が急に話したことも無い女子に気さくに話しかけられる訳が無い。
ましてや内容が内容だし…
雪城と常に一緒にいる女生徒でまだ話しかけやすいのは…
(あ、西園寺に聞こう!!!)
ホームルームが終わると俺は急いで西園寺の教室に向かった。
教室を覗き込んだが西園寺が居ない。。
「あら、成瀬さん?わたくしの教室前で何なさってますの?」
「さ、西園寺…!良かった!あの、、ちょっと話したいことがあってだな…」
いつもの様子とは明らかに違う俺に、西園寺も何かを感じたのか心配そうに顔を覗き込んできた。
「おい!会長がユカリンを呼び出ししてるぞ!」
「なんか話しがあるんだってよー!!」
「え!告白?!!キャー!!!!!!」
しまった!普段他クラスに、しかも女子に会いに行くことなんて今まで全く無かったので尚更注目の的になってしまった。
「あ…えっと…いや…」「成瀬さん、お話しって、昨日議題に上がっていた予算についてですわよね?それでしたらここではお話ししにくいですわ。他所へ移動いたしましょう?」
「ああ、そうだな…!」
西園寺が見兼ねて話しを切り出し、先を歩いて行った。
「なーんだ、生徒会の話しだってー!」
「良かったー!俺のユカリン~」
「会長に呼び出しなんて羨ましい~!!」
「あ、そう言えば昨日寄ったクレープ屋さんって」
ザワザワ…
生徒たちは一気に興味を失い話題は他へと変わっていった。
ーーーー視聴覚室
一限まであまり時間が無いので急いで近くの視聴覚室に入った。
「で、どうしたんですの?ちゃんと説明してくださいませ。」
「それが…ちょっと言いにくいんだが…」
「な、なんですの…?」ゴクリッ
ただならぬ様子を感じ取ったのか西園寺は息を飲んで俺を見つめた。
「あのさ…こんなこと聞きづらいんだけど…雪城ってさ…"腐女子"なのか…?」
「はい?そんなことですの?」
今まで張っていた気が抜けたかのように西園寺は拍子抜けした顔をした。
「いや、そんな事って…」
「全く、そうに決まってるじゃないですか。血相を変えて何を聞いてくるかと思いましたわ…」
「や、やっぱりそうなのか??!」
「はあ。そうもなにも、雪城さんもですし、わたくしもれっきとした"婦女子"ですわよ?」
「えー!!!!西園寺も"腐女子"なのか??!」
「はあ、会長が何を言ってるかよく分からないですけど、当たり前のことですわ。もう、教室戻りますわね。」
呆れた様子で西園寺は視聴覚室を出て行った。
西園寺のあの態度…腐女子ということがむしろ普通かのような…
今BL本を嗜むのは女子高生の間では意外と普通のことなのか?!
そんなことをブツブツ言いながら自分の教室に戻った。
授業中はその事で頭がいっぱいで、全然授業内容が入ってこなかった。
・
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ーーーー生徒会室
ガラッ
中には雪城だけが座って作業していた。
「会長…こんにちは。」
「あ…ああ。」
気まづい…BLがポピュラーな話題ということが分かっても、そのことに触れていいのか、はたまた何も言わない方が良いのか分からなくてオドオドしてしまった。
「会長…なんか様子が変ですよ?…あ、日向さんには雑誌…渡しといてくれました?」
「いや、夏葵は今日風邪で休みで…んんっ」
「そうでしたか…」
ハッ!雪城がこの話しをしてきたってことは、触れて欲しいということなのか…?
むしろ切り出すなら今しかない!!!!
「雪城は…その…なんだ、、男同士の恋愛が好きなのか?」
「…はい?」
雪城は眉を歪ませた。
突飛押しもないことを言われ驚いたように見える。
「いや、でもこの雑誌!!雪城のなんだろ?!ほら、男色がなんとか…って!雪城はこういうのが好きなんじゃないのか?」
「え…ああ、その雑誌お母さんのです。」
「へ?」
ん?雪城の母親が腐女子でBLで…?ん?
「あ…んと…正確には私のお母さんが雑誌の編集長で、家に色んな雑誌があって…昨日日向さんに『男性の体が沢山載ってる雑誌を貸して欲しい』と言われて…これが1番体が載ってたから…持って来ただけなんですけど…」
日向… 男性の体……
俺は頭をフル回転させ夏葵との会話を思い出した…
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「ねーっひーくん!助けて!美術の先生にこのままじゃ成績表1だぞって言われて。。絵が上手くなる方法教えてよー!!!」
「あー確かにこの前の授業、夏葵の絵凄かったよな。逆に芸術と言うか…」
男女ペアになりお互いの絵を描く授業で、俺と夏葵はペアを組んだんだが…
「いやー、顔と体の大きさが一緒なんて、どうしたらそんなことになるんだか…」ブフッ
俺は笑いを堪えきれず思わず吹き出した。
「もー!!笑わないでよー!!秋にも似顔絵の授業あるんだから、早くコツ教えてよね!!!」
夏葵は膨れた顔で俺の腕をドスドスと殴った。
「痛い痛い!分かったって!!…んー、俺も曽祖父みたいな感性も技術も無いから簡単な事しか言えないけど。。」
「なになに?!」
「絵を描く時は骨格を見るんだよ。」
「骨格?」
「そう、物の骨組みや人の骨格とかさ。まあ骨だけじゃなくて、筋肉の付き方とか位置とか、そういうの頭に入れておけば自然と絵は上手になるよ。だからまず、人を書きたいなら人を沢山見ることだな。ペア絵なら特に異性の。」
「な、なるほど!体沢山見れば良いのね!!ひーくんありがとうっ私頑張るね!」
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(これだー!!!!!!!!!)
俺は全ての辻褄が合い、今まで勘違いで四苦八苦していたことへの猛烈な羞恥心に襲われた。
「てっきり雪城がBL好きなのかと思って…あー、一日何考えてたんだ俺は…!!!」
両手で顔を覆ってその場に項垂れた。
「会長…もしかして私にどう接したら良いか分からなくて…態度おかしかったんですか?」
普段はボーッとしている印象なのに、こういう時だけ察しが良い。
「ああ、そうだ!こんな雑誌いきなり渡されたら誰でもそう思うだろ!」
「…会長は…もし本当にこの雑誌みたいなことが私の趣味だったら…どうしました?」
「…どうするもなにも、受け入れるに決まってるだろ!これからも一緒に頑張っていく大切な仲間なんだからな!仲間の趣味や考えを理解するのは当然のことだろ??」
「でも…結局…凄く悩んだんですよね…?」
「そりゃあ、俺は男だからな!男同士で…はその経験ないし…(もちろん女性ともだが…)、俺と誰かをそういう目で見られていたら、何かこう…失う物があるだろ!!」
「…会長…なんか…滑稽です…」フフッ
「…っ!!」
雪城は少し下を向き、口元に手を当て遠慮気味に笑った。
初めて見る笑顔は、普段から整い華やかな雪城の顔を更に彩やかに色付けた。
その綺麗さと可憐さに、今まで見たどんな骨董品や美術品よりも目を奪われた…
「会長…なんですか?」
あまりにも俺が見つめるからか、雪城は我に返り無表情に戻ってしまった。
「いや、えっと…そうだ俺、てっきり雪城がそういうのが好きなんだと思って、西園寺に話したんだった…悪い!!あ、でも西園寺、自分も"腐女子"だって言ってたな…」
「え…西園寺さんが…ですか…?」
「ああ、俺も驚いたんだが…」
「じゃあ…こういう雑誌…西園寺さんにあげたら仲良くなれますか…?」
今まで、正直雪城は生徒会メンバーと打ち解ける気が無いとばかり思っていたので、驚いた。
「雪城は、西園寺と仲良くなりたいのか?」
「私…あんまり人と深い付き合い…したことなくて…でも会長…大切な仲間って言ってくれたから…私ももっとみんなと仲良くなりたい…と思って。」
「そ、そうか!渡したら仲良くなれるんじゃないか?」
かなり無責任な発言をした自覚はあったが、雪城がそう思ってくれたことが嬉しくてつい考え無しに返答してしまった。
ガラッ
「あら、お二人で何話してらしたんですの?」
「いや?えーっと、この行事表のことなんだが…西園寺と雪城で再確認して貰ってもいいか?」
「ええ、かまいませんわ。」
俺はつい雪城のことを庇ったつもりで誤魔化してしまった。
…西園寺も特に気にしてる素振りはないようだし、、いつも何かといがみ合っているように見えるのに、雪城の気持ちを聞くと何だか二人の絡みが微笑ましく見えた。
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今日1日頭を使い過ぎたのか、俺は帰っていつもより早くベットに入り眠りについた。
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慌てて時計に目をやる。
「大変だ!!!」
目覚ましの音が聞こえない程熟睡していたのか、いつもより30分遅く起きてしまった。
慌ててリビングへ降りて行く…
「あら~ひーくん今日は遅いわね~」
「ちょっと母さん、起こしてくれても良かっただろー!!!」
「え~だってひーくんいつも早く行っちゃうし、お母さん寂しくて~。それに、この時間でも全然遅刻じゃないでしょお~?たまにはゆっくりしたってバチは当たらないわよ~ふふふ~」
俺の母はご覧の通りかなりフワフワしている。
母に期待したのが間違いだったな…など思いつつ急いで支度し家を出た。
やはりいつもより遅く出たせいで普通にみんな登校している。
「え!会長だ!」
「なんでなんで?!会長がこの時間に登校なんて何かあったのかな?!」
「キャー!朝から会長見れて超絶ハッピー!!!」
こんな時間に俺が登校しているのがかなり珍しいらしく、すれ違う度にザワザワしていつもより遅くなったことを余計に悔いた。
(極力人と関わりたくないのに…)
俺は作り笑顔で颯爽と下駄箱に向かった。
「ごきげんよう、成瀬さん。今日は遅めですのね?」
俺が靴を脱いでいると西園寺が挨拶をしてきた。
西園寺のクラスは俺のクラスの向かいの下駄箱を使っている。
「昨日はちょっと疲れてな…」
「成瀬さんが遅く来るなんて、今日は何かとんでもない事が起こるか…も…っ??!!!キャー!!!!!!」
「どうした西園寺!!!!!!!」
突然の悲鳴に驚いて慌てて西園寺の下駄箱を覗く。
"男★男★dancing♪パートナーと織り成す愛の調べ♪
(雪城…)
俺はため息をつき、とりあえず西園寺の下駄箱を閉めた。
悲鳴を聞きつけ他の生徒もなんだ何だと集まってきた。
「さ、西園寺!虫くらいで大袈裟だな、ほらもう大丈夫だから。」
「なーんだ!みんな虫だって!」
「ユカリン虫嫌いなのかー可愛いなあー!」
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人気が無くなったのを確認し、再度下駄箱を開ける。
するとすかさず…
「成瀬さん!何か知っていますの?!なんですかこの穢らわしい書物は!!!」
西園寺は、目をつぶって明らかに汚物を触るように親指と人差し指で雑誌を掴み俺に放った。
どうやら置き書きも何も無く雪城が下駄箱に入れたらしい…
流石雪城…こういうところはやっぱり抜けてるな…
ひとまず不味い表紙が見えないように丸めた。
「いやーそれは…って、え?!!西園寺BL好きなんじゃないのか?!」
「ええ?!なんでわたくしがこんな…男性同士が…その卑猥なことをしている本が好きだと言うんですの??!」
「あれ?でも昨日私も腐女子だって…」
「え、だから私は婦女子ですって…」
…ん??
「あのー、俺が言ったのは、"腐る"と書いて腐女子のほうのふじょしで…。」
どうやら西園寺は腐女子が分からないらしい…
「腐女子ってのは、こういう男同士で…イチャイチャするのを見るのが好きな女性のことを言う言葉なんだが…」
「と、ととととんでもないですわ!!!私全く興味ございません!!!!!」
西園寺は涙目になりながら必死で否定した。
「わ、悪い!俺西園寺はそうなんだと思って…知り合いにそう伝えて…そいつには否定しておくから!嫌な思いさせて本当にごめん!!!」
慌てて俺はその場を立ち去った。
雪城が入れた…と言うと余計ややこしくなりそうなので、そのことは敢えて伏せた。
…後で雪城には勘違いだったと伝えておこう…
と、思ったんだが、何故かこの日は生徒や先生にとことん呼ばれ、生徒会室にも行く暇が無く終わってしまった。
全部事情を知っている夏葵に翌日話しを聞くと、雪城がしきりに西園寺に、"タチ"やら"ネコ"やら"総受け"やら話しかけていたそうで…
まあ西園寺は何か動物の話しをしていると思って受け流していたようだが……
二人に悪いことをしてしまったなーとは思いつつ、俺のせいでややこしくしてしまったことを伝えると、また嫌われるんじゃないかとも思い、しばらく真実を伝えられずにいた…
(ごめん、特に西園寺!!!)
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