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番外編 小話・裏話
シロー 腕相撲大会
しおりを挟む二章と三章の間の話
新入り隊員が全員見習いを卒業した頃、それを祝うパーティーが二人の小隊長主催で開かれた。パーティーと言っても、食堂に集合し、いつもよりちょっと豪華な飯を食べる、という簡素なものだったけど。隊長と副隊長は、急遽本部での会議が入ったために欠席。悲しい。
料理をほとんど食べつくし、そろそろお開きだろうかという時に、突然ラチェレさんが椅子の上に立った。行儀が悪いなあ。酔ってんのか? 酒なんかあったっけ。
「レディース、ア~ンドくそガキ共! 全員ちゅ~も~~く!」
ラチェレさんとまだあまり関わったことがないからよく知らないけど、あの人がこの隊で一番チンピラっぽい。口が悪すぎる。
つい苦笑いをしていると、隣にいた先輩隊員が「今年もやるのか」と言った。
「今年もって、何をですか?」
「ん? ああ、洗礼だよ」
「洗礼って……」
質問を重ねようとしたのに、机や椅子を動かす音に中断させられた。長机が寄せられ、食堂の中央に広い空間ができる。そこに、腹くらいの高さまである正方形の机を持ったレプレさんが現れた。一体何が始まるんだ……?
「さあさあ! まずは上着を脱いで、貧相な体を晒しなさい!」
ラチェレさんの言葉を受けて、最初に上着を脱ぎ捨てたのはレプレさんだった。先輩隊員もそれに続き、続々と上半身がぴったりとしたインナー一枚の姿になる。ああ、体育会系特有のこの感じ、なんだか覚えがあるなあ。そうぼんやりと思っているとラチェレさんに睨まれたので、慌てて俺も上着を脱ぐ。
「よーし! それでは、毎年恒例の腕相撲大会を開催しまーっす!」
雄叫びを上げる先輩と、戸惑う新入り。やっぱそういうやつか。駄目なんだよなあ、俺。無駄に熱くなっちゃうから。
ラチェレさんは進行役らしい。椅子から降りてレプレさんの横に立ち、また声を張り上げる。
「ルールの説明をします。レプレを倒した人が優勝。説明終わり!」
雑すぎる、と新入りの一人が小さく言った。その直後に鉄球が飛んできて、そいつの顔面にめり込んだ。怖っ。
「公平に魔法と武器の使用は禁止ね。純粋な腕力勝負よ。新入りが先にチャレンジして、それが終わってから希望者を募るわ。これで文句ない?」
食堂内は静まり返って、誰も口を開かない。そりゃそうだ。ラチェレさんがお手玉みたいに二つの鉄球を投げて遊んでいるのだから。魔法鞄にどれだけ武器が入ってるんだろう。この前はたしか、小型のナイフを振り回していたはず。人間武器庫かよ。
「ないならいいの。優勝者には豪華景品をプレゼントするからね! じゃ、名前を呼ぶから順番に──」
執行を待つ死刑囚のような面持ちの新人隊員の中、俺は一人、静かに闘志をたぎらせていた。
バタン!
「次ー」
べコン!
「はい、どうぞー」
ベキョリ!
「あ、わり。折れたか?」
数秒も保たずして、皆倒されていく。流れ作業というか、わんこ腕相撲というか。魔法をまったく使えない人の方が珍しいんだ。常に身一つで戦っているレプレさんに勝てるはずもない。
十五人程度しかいない新入りはあっという間に捌かれ、俺はその最後だった。机を挟んでレプレさんと向き合う。
「来たな、シロー。お前にゃちょっと期待してんだ」
「やだなあ、買い被らないでくださいよ」
わざとへらへらした態度で、机に肘をつく。正攻法では勝てない。だから、心理的に揺さぶりをかける。まずは油断させて持久戦に持ち込むところからだ。
体を斜めにして前傾し、脇を締める。肘の角度は九十度。左手は、机の縁に。幸いにも、レプレさんは特に何も考えずに真っ直ぐ立っている。小手先のテクニックなんて、今まで必要じゃなかったんだろう。これならいけるはず。
「準備はいい? レディ……ファイッ!」
ラチェレさんの掛け声と同時に、体ごと持っていかれそうな程の力が腕にかけられた。やっぱ、馬鹿みたいに強い。手首を内側に倒せてなかったら、俺も瞬殺だっただろう。
「お、耐えたか。面白ぇ。だけど、どこまで粘れっかな!」
「うっ! ぐう……っ!」
更にレプレさんの力が増した。油断させる作戦が効いていたのか、最初っから全力を出していなかったのかは不明。くそ、この人ヒグマか何かか? 額に汗が滲む。やばい、諦めたい、辛い。でも、負けたくない……!
「すげえな、あいつ。あんだけ耐えられる奴、今までいたか?」
「シロー! 頑張れー!」
周囲の声援が耳に届いた。皆、俺を応援してくれている。高揚感が渦巻く中に、ふた匙の焦り、ひと匙の無敵感。懐かしい感覚。
「ちょっと、レプレ頑張りなさいよ! 負けたらあんた、ただのちびっ子よ!」
「ちびっ子言うなッ! お前、後で覚えとけよ!」
対して、レプレさんの応援はラチェレさんしかしていないのに、また力が強くなった。煽られるとバフかかるタイプか。そんなら……
「俺、レプレさんのこと本当に尊敬してるんですよ」
「ああ?」
作戦名『褒め殺し』だ!
「でっかいハンマー振り回してんのとか、すげえかっこいいし」
「あんくらい、別になんともねえよ」
「年齢とか感じないくらい貫禄もありますよね」
「そ、そうか?」
「上官としてはもちろん、一人の男として憧れます」
「ふ~ん?」
ちらりと視線を上げる。レプレさんは、口元をにやつかせていた。効いてる効いてる!
「俺もレプレさんみたいな、でっかい男になりたいです」
「ば、馬鹿野郎お前、そんなに褒めてもなんも出ねーって」
照れ臭そうに、レプレさんは空いている手で後頭部を掻いた。それと同時にちょっとだけ緊張が緩んだ隙をつき、引き込むようにして腕を倒す。
ドゴンッ!
「……俺の勝ちですね」
無音、からの大喝采。ああ、気持ちいい。アドレナリンがどばどば出ている。
「お、おまっ、ヒキョーだぞ!」
「試合中に喋っちゃ駄目ってルールはなかったはずですが?」
「ぐぬぬぬぬ……ッ!」
レプレさんの悔しそうな顔。性格が悪い自覚はあるが、俺は相手の悔しがる顔が好きだ。だって、諦めた顔よりずっといい。次がもっと楽しくなるってことだから。
手を叩いて沸き立つ観衆の間から、ラチェレさんが慌てた顔をして飛び出して、レプレさんの耳を引っ張った。
「どうすんのよ! 豪華景品なんて用意してないじゃない!」
「んなこと言われてもよ。お前、お貴族サマなんだから宝の一つでもやれよ」
「私自身はただの騎士よ! あーもう、あんたそこら辺から石でも拾ってきて。それを願いが叶う石だとか言って渡しましょ」
「詐欺師か」
……お二人さん、全部聞こえてますよ。景品、用意してなかったのか。本当に石ころを持ってきたら、俺は喜ぶべきか怒るべきか……
いくつかリアクションをシミュレーションしていると、部屋の外から声が聞こえた。
「随分と盛り上がっているな」
隊長だ! 副隊長もいる。二人とも少し萎びたような、疲れた顔だ。会議が大変だったのかな。わかる。緊急会議ほど面倒なものはない。
「隊長! いいところに! シロー、豪華景品は隊長への挑戦権だ!!」
「は?」
レプレさんが素早く隊長に近づいて、強引に部屋の中央まで連れ込んだ。隊長と合法的(?)に手を繋げるから、俺としても願ったり叶ったりではあるけど……
「負けたのか? シローに?」
「そうなんすよぉ! 仇討ってください!」
「私からもお願いしますぅ!」
レプレさんとラチェレさんが隊長に懇願する様子に既視感を覚え、記憶を巡らせる。ああ、あれだ。舎弟が親分にお礼参りを頼む姿に似ている。今日はやけに学生時代を思い出すな。
隊長は戸惑ったような素振りで辺りを見回した。しかし、皆が皆期待した目を彼に向けていたからか……ふむ、と頷いた。
「いいだろう。ちょうど運動がしたいところだったんだ。上は脱ぐのがルールだったか?」
そう言って上着をばさりと脱ぐと、副隊長に手渡した。続けて、その下に着ていたワイシャツのボタンを外していく。突然始まったストリップショーに、試合で既に上がっていた血圧がまた上昇した。くらくらする。あ、これが景品? 豪華すぎない?
やがてボタンを外し終えた隊長は、俺たちと同じインナー姿になった。ある程度想像していたが、それを遥かに凌ぐ筋肉美。むちりと張った胸筋は最早おっぱい。いや、雄っぱい。腹直筋の凹凸、腹斜筋のライン……え、腰細くない? うそ、やだ、それは想定外。エロスの神のご加護をお持ちで?
ラチェレさんが机の下に手を伸ばし、高さを調節した。今まではレプレさんのサイズに合わせていたんだな。胸の下くらいの、ちょうどいい高さ。
机の前に立った隊長は、上体をこちらに少し倒して右肘をついた。それから、首を傾けて微笑む。
「久しぶりだから、お手柔らかに頼む。じゃあ、やろうか」
んひぃ、喜んでぇ……!
俺も机に肘をつき、隊長の手を握った。えぐいぐらい心臓が鳴っている。顔を見ていたらコンマ一秒も保たない。そう思って、視線を下げる。……おや? おやおやおや?
雄っぱい、机に乗ってますけど⁇
鼻の下が濡れた感覚がして反射的に舌を伸ばすと、鉄の味がした。
「あ……」
鼻血だ。嘘だろ、ダサすぎる。いやでも、あれは反則技だ。
握っていた手を離し、自分の鼻を覆う。小鼻を指で挟んで下を向き、煩悩を追い払うために脳みそだけを動かした。何か萎えること……鷹子の貧乳でも思い出すか。同級生のぽっちゃり男子の方が大きくて……駄目だ、おっぱいに支配されている。胸に拘りなんてなかったはずなのに、おかしいな。
俯く俺を心配してか、隊長が机を回って俺のすぐそばまで来た。
「気分が悪いのか? 医務室に行こう。前触れもなく鼻血が出るのは危険だと聞いたことがある」
俺と視線を合わせるために、少しだけ腰を屈めた彼の麗しい顔。両腕によって寄せられた、極上のぱい。
出血量が増えて、手のひらを伝ってぼたぼたと床に落ちた。
「前触れはあったので、問題ないです……」
「そうなのか?」
「レ、レプレさんとの試合で、張り切りすぎました。そのせいです」
適当な言い訳をして、近すぎる隊長の体を押す。肩ではなくて鎖骨の下辺りを押したのは、あれだ、決して狙ってとかではないんだけど。
や、柔らけ~……!
「豪華景品をありがとうございます……」
もごもごと小さく言って、隊長から離れた。これ以上彼のそばにいたら、大変なことになりそうだったから。頭と下半身が。
そのまま、腕相撲大会はお開きとなった。隊員たちは片づけを始め、隊長と副隊長は去っていく。その途中で、副隊長が胡乱な視線を俺に寄越した。勘がよさそうな彼には気づかれてしまったのかも。まあ、言いふらすような人じゃないと思うし、大丈夫かな。
ーーーーーー
シローが童貞くさくなるのは何故なのか
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