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番外編 小話・裏話

マクオル かつての少年と息子たち-1

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レオナルドが王国騎士団に来たきっかけ~家族になるまで


 私がまだ第二隊の副隊長だった頃の話だ。干魃、蝗害など、数多くの自然災害に見舞われた年があり、国は稀に見る貧しさを経験した。貧しさは人を犯罪へ導きやすい。各地で賊が台頭し、悼ましい事件が続発した。
 賊の捕縛に各領の衛兵だけでは手が足りず、第二隊も駆り出された。恐らく、あの時が人生で最も忙しい時期だっただろう。西へ東へ、賊を追って奔走していた。

 それから数年。幸いなことにその間穏やかな日々を過ごした国は、元の豊かさを取り戻した。何十と存在していた賊のほとんどを捕らえ、目が回るような忙しさにも区切りがついた。しかし、ある盗賊団の尻尾が一向に掴めず、その件の担当だった私は大変やきもきしたものだった。
 その盗賊は自らを『黄金蜘蛛こがねぐも』と名乗っていた。決まった拠点を作らず、国の至る所で盗み、殺人、放火、強姦、強請りなど悪行の限りを尽くす。人数は然程多くはなく、十数人程度。手口は巧妙にして狡猾、素人にしては統率が取れていて戦闘力も高い。貧しさに已む無く犯罪に手を染めた一般市民ではなく、元々裏家業の人間が騒ぎに乗じて徒党を組み、派手に動き始めた……というのが、我々の見解だった。
 黄金蜘蛛の捕縛に挑んだ衛兵は悉く皆殺しにされ、このままでは賊は増長するばかり。第二隊が総力を上げて追うべきだ……私はそう考えていたが、上の人間は放置することに決めた。なぜなら、奴らは王都には出現しなかったからだ。各領の衛兵及び私兵が解決すべき問題であり、我々は王都の守りに徹する、などと都合のいい言い訳を並べ、手を引いた。
 私はそれに納得できず、何度も上に進言したが聞き入れてもらえることはなかった。いっそのこと騎士団を辞し、自領の衛兵と共に調査に乗り出そうかとも思った。しかし、それでは自領しか守れない。上の人間と同じだ。なんの意味もない。
 結局私は騎士団に籍を置いたまま、少しでも何か掴めないか、と休暇を潰して賊の足跡を追った。だが……その結果は散々だった。賊の手がかりが得られないだけならまだよかったのに……己の家庭にできた"ひずみ"に気づけなかった。新しく迎えていた妻が二人の息子の心を支配し、蝕んでいたことに。エジリオは下へ下へと押し込まれ、カインは無理に押し上げられて。私の顔色まで窺うようになったエジリオと、強がりと焦りで引き攣ったカインの顔を見た時、私は自分がどんな賊よりも悪人であったと思い知った。この罪への償い方を、私はわからないままでいる。

 話は黄金蜘蛛に戻り……奴らを取り巻く事件は、ある時急転直下を迎えた。たった一人の、十四歳の少年の手によって。
 他国へ向かう乗り合い馬車を狙った黄金蜘蛛は、その少年に返り討ちにされた。賊魁を含め、一人残さず。私が数年追い続け、結局捕まえることは叶わなかった宿敵は、その日あっけなく消滅した。排他主義的な面があるこの国で、他国へ向かう人物など大抵は逃亡者。何もかも捨てて逃げる者達から奴等は何を奪おうとしたのだろうか……そんな疑問だけを残したまま。
 後日、その少年はランテ辺境伯と共に第二隊の基地へやってきた。彼の行動は正当防衛と認められ罪にはならないが、事実関係を確認するための事情聴取でだ。
 少年の姿は一言で言えば異様だった。痩せた体に豪華なフリルのついたシャツとリボン。鮮やかな緋色の髪は複雑に編まれ、優美に結われている。スラックスを履いてはいるが、ぱっと見は少女に見えなくもない。何より目を引いたのが、彼の表情。口元は緩く弧を描いているのに、目に一切の光がない。骨董屋に売り捨てられたアンティークの人形のよう。その不気味さに、部下が取り調べをしたくないと言い出すほどだった。代わりに、私が話を聞くことにした。

「盗賊に襲われた時のことを教えてくれるかい?」

 可能な限り優しい声で問うと、少年はこちらに顔を向けた。ぼんやりと虚ろな目は、私を見ているようで、見ていない。

「………雨が降っていました。それから、怒鳴るような声が聞こえて……後は覚えていません」
「そうか。盗賊をどうやって倒したかも?」
「さあ……気づいた時にはもう」
 
 変声期特有の掠れた声を厭ってか、少年は咳払いをして喉を押さえた。それ以外に変化はない。彼の母親も亡くなった事件当時のことを聞いているというのに。いや、だからこそ、彼は感情を失ってしまったのか?
 そもそも、彼ら母子は何故、乗り合い馬車に乗っていたのだろう。彼の今の格好を見る限り、辺境伯に大切にされているように思えるが……

「君はランテ辺境伯の異母弟だったね?」

 そう尋ねると、彼の口端が僅かに引き攣った。長年犯罪者と顔を合わせていたからこそ気づけた、本当に微かな動揺。それがどこか、息子たちと重なって見えた。

「何故、他国へ向かう馬車に?」
「……逃げるためです」

 吐息に小さく乗せられた声は低く、暗い。

「一体、何から逃げようと?」
「全部」

 吐き捨てるように言ったのと同時に、少年の表情がごっそり抜け落ちた。そこで初めて、本当の意味で彼と目が合った。薄い雲に覆われた月のような金の瞳。それは瞬く間に三日月になり、彼は元の薄い笑みに戻った。

「君は……」

 既に取り調べの域を超えていることには気がついていた。しかし、この少年をどうして放っておけようか。彼を救わなければ……
 ──自分の息子すら救えないのに?
 頭の内で聞こえた自分の声に遮られ、それ以上言葉を紡げなかった。そうだ、私に何ができる。いやでも、本当にこのままでいいのか。
 躊躇う私にとどめを刺すように部屋の扉が叩かれ、部下が入ってきた。

「……どうした?」
「ランテ辺境伯が、まだ取り調べは終わらないのか、と。罪人ではないのだから早くその子を解放しろと怒ったり、かと思えば急に泣きだしたり……。なんだか普通の様子ではありません」

 異様なのはランテ辺境伯もか。一体何が彼らにそうさせる。
 その後すぐ、扉の外からランテ辺境伯の怒鳴り声が聞こえてきた。いよいよここまで乗り込んできたらしい。取り調べが終わった以上、少年を留めておける理由はない。やるせなさと同時にほっとしている自分もいて、無力さと罪悪感に頭がどうにかなりそうだった。

「レオナルドくん、協力してくれてありがとう。お話はこれで終わりだ。……もう帰っていいぞ」

 手元の書類を確認するふりをして、少年を見ないまま告げた。しかし、彼から返事はなかった。立ち上がる音すらしない。顔を上げると、彼は明らかに狼狽えていた。口は依然に弧を描いたままだが、瞳が小刻みに揺れ、自分で自分を抱きしめるように肘を抱えている。

「……帰りたくないのか?」

 彼は無言のまま、唇を更に吊り上げた。痛々しいほど、歪んだ笑み。
 この子を帰してはいけない。そう思えども、その術はない。

「ランテ辺境伯様! もうすぐに終わりますので、落ち着いてください!!」
「落ち着いていられるか! リ……レオナルドを返せ! あの子までいなくなってしまったら私は……!」

 錯乱しているのかと疑うほどに昂った辺境伯の声が、扉越しにも聞こえた。それに少年は一度大きく肩を跳ねさせ、固く目を瞑る。それからゆっくりと瞼を開いた彼は、最初と同じ人形の顔になった。

「もし……」

 尻込む自分を奥に追いやり、言葉を絞り出す。何も為せはしなくとも、ここで行動せずにいれば必ず後悔すると思った。

「もし居場所がないと感じることがあれば、王国騎士団に来るといい。君のような強い子は大歓迎だ」

 少しだけ目を見開いた彼と、また視線が合った。

「見習いには十六歳からなれる。待っているよ」
「……はい」

 少年は小さな声で返事をした。目を細めた彼の顔は、泣き出す寸前にも、本当の笑顔にも見えた。

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