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17話 粘り強いこと、それが一番大事
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「お邪魔いたしました。それと、申し訳ございません。たくさんお土産をいただいてしまった上に、馬車まで貸していただくなんて……」
「気にしないでいい。またおいで、オリヴィア嬢」
アシュレイが自室に籠っている間にミュルズ侯爵夫妻と交流していたオリヴィアは、いつもの退勤時間に帰宅すると言った。なんでも、家の手伝いをしなければならないのだと。それで、バーチが夕食を共にできなかった代わりに料理と菓子を彼女に持たせ、アシュレイが馬車を貸すことにした。魔導馬車は自動で帰ってくる。一緒に乗らなくて済むことに、アシュレイは内心ほっとしていた。
「ではアシュレイ様、また明日」
「……ああ、また明日」
精一杯の作り笑いで、アシュレイはオリヴィアを見送る。ある程度気持ちは落ち着いたが、まだ完全には立ち直れそうにない。
オリヴィアが乗った馬車が見えなくなったところで、彼はぺしょりと肩を落とした。
「……アシュ、勢いあまって告白でもしてフラれたのか?」
果敢に執務室を出て行ったのに、ひどく落胆している今の姿を見れば、バーチがそう誤解するのも仕方がない。
「盗み聞き」
ぴしゃり、と咎めるようにマグノリアが言う。彼女は、扉の前にアシュレイがいることに気がついていた。
「盗み聞きだと? お前、なんでそんなこと……」
「悪気はなかったんです! ……でも、はは。僕は最低な人間だ……」
両親の叱責も、今は存分に浴びせてほしいとアシュレイは思っていた。散々叱られて反省すれば、鬱屈とした心情も多少はマシになるかもしれない。
「……リア、アシュは何を聞いてここまで落ち込んでいるんだ?」
バーチは隣にいるマグノリアにこっそりと耳打ちする。
「オリヴィアさんは成人したら、どこかの家に入ると」
「ぐ……」
マグノリアはごく普通の声量で返した。当然、アシュレイの耳にも入り、彼は小さく呻く。甘い父親に代わって、マグノリアは末っ子にも容赦ない。
「なるほどね……。まあ、一旦中に入ろう。私もアシュに伝えることがあるんだ」
バーチはアシュレイの背をぽんと一度叩くと、マグノリアに手を差し伸べた。仲睦まじく寄り添って歩く両親の背を、アシュレイはぼーっと眺める。いつまでもラブラブな両親を恥ずかしいと思っていたが、初めて羨ましいという感情を覚えていた。
ダイニングルームの机を囲って、バーチとマグノリアは隣同士に、両親の向かいにアシュレイが腰を下ろした。アシュレイはとても食事が喉を通りそうな気分ではなかったが、両親に連行されたのだから抵抗できるはずもない。しかし、二人もそれをわかっているのだろう。食前酒だけ持ってこさせて、食事は話の後に、と使用人に言いつけていた。
「さて……私から話をしようかな」
辛口の白ワインが入ったグラスを緩く振りながら、バーチが口を開く。
「簡潔に言うと、オリヴィア嬢は呪いをかけられている」
「え……?」
アシュレイは耳を疑った。オリヴィアが呪われている? しかし、彼女はいたって健康そうに見えるし、憑りつかれたように何かに執着したりもしない。特別なことといえば、一つ。
「ゴリ……失礼、身体能力のリミッターを外す呪いですか?」
一般的な令嬢とオリヴィアの違いとといえば、それくらいのもの。アシュレイは言葉を濁したが、ゴリラ化の呪いとは……強力且つ恐ろしい呪いだ。
しかし、バーチは首を横に振った。
「いや、もっと複雑で難解だ。複数の呪いが絡まっていて、今日やっと解析が進んだんだが……一つは軽い洗脳。一つは忘却。そしてもう一つ……これは恐らく、未解明の新たな呪いだ」
「……! 父上も知らない呪いがあるのですか?」
それぞれの分野を研究し、新たな魔法や技術を生み出す他の賢者とは違い、呪いの賢者は呪術を極め、呪術の脅威から国民を守ることを本分としている。そのため呪いの賢者だけはどの時代にも必ず存在し、呪術に関する知識と技は何代にも渡って継承される。また、呪術の適性がある者は国の監視下に置かれるため、呪術を用いた事件は滅多に起こらないし、新たな呪術が生まれることはもっとない……はずなのだ。
「どうも、私の目を欺くほどの優れた呪術師がいるらしいね。……腹立たしい」
バーチは一息にワインを飲み干すと、ごとん、とグラスを机に叩きつけるようにして置いた。この国の歴史に名を残す大事件のほとんどは、呪術によって引き起こされている。この度の件も、放置していたらどんな災厄を齎すかわからない。今代の呪いの賢者として、バーチは憤りと焦りを感ぜざるを得ないのだろう。
幸いなのは……と言っていいかはわからないが、その謎の呪術師の狙いがオリヴィアだということか。特別力が強い以外は普通の、権力も金も持たないオリヴィアが標的にされる理由は、個人的な怨恨という説が濃厚だ。犯人が割り出しやすい。
「……呪いがかけられていたから、オリヴィアを雇ったのですか?」
「いや、彼女の呪いに気がついたのは、契約成立後だ。機密保持の呪いをかけるために彼女と握手をした時にわかって、同時に解析の術もかけた。洗脳と忘却の呪いはすぐにでも解けるが……もう一つの呪いがはっきりしない間は下手に刺激しない方がいいだろう」
もどかしいがな、と続けて言って、バーチは口ひげを撫でつけた。オリヴィアに定期報告をさせているのは、解析の進捗状況の把握も兼ねていたのか。何故そんなに大事なことを早く言ってくれなかったのだ、とアシュレイは一瞬思ったものの、呪いなら自分にできることはないと思い直す。悔しくて、彼は俯いて唇を強く嚙み締めた。
「あと、もう一つ気になったのが、彼女は何かしらの薬を一定間隔で接種していると思う」
バーチの言葉に、アシュレイはぱっと顔を上げた。薬なら、自分の分野だ。
「検査魔法は専門じゃないから詳しいことはわからなかったが……彼女の体を流れる魔力の量と速さが尋常じゃないんだ。魔力増幅剤の過剰摂取状態に似ている。しかし、彼女は魔法が使えない。余剰の魔力はどこへ?」
「しかも、副作用も出ていない……」
魔力増幅剤の過剰摂取は、アシュレイも経験したことがあった。ひどい眩暈と吐き気を催し、体から勝手に放出される魔力が暴走して、ポルターガイスト現象に似た騒動が起きたのだ。オリヴィアはその様子はない。……いや。
「あの身体能力こそが副作用なのか……?」
余剰の魔力が身体能力を強化しているのならば、あの細腕が大の男をも持ち上げられるのも納得だ。
それに、彼女には明確な欠落があるではないか。正しく彼女にとっての呪いが。
「彼女にかけられた呪いは、魔法を体外に放出させない作用があって……だから、魔法が使えない」
「……なるほど、一理あるな。しかし、それならもっと単純な呪いで、前例もある。単に魔法を使えなくさせるのが目的ではない。仮に薬を彼女に飲ませているのも呪術師ならば、魔力を増幅させて溜め込ませて……それをどうしているのか」
アシュレイとバーチは同じように腕を組み、知恵を絞る。今ある情報だけで考察するなら、オリヴィアのようなゴリラパワー人間を生み出すのが目的かもしれない。オリヴィアは実験体一号で、成功したなら対象を増やし、最強のゴリラ軍隊を作るとか。ゴリラ拳闘士、ゴリラ騎士、ゴリラバーサーカー……。それらが一挙に押し寄せれば、王都どころかこの国は一夜にして終わりだ。
……いかん、思考が妙な方向に向かっている、とアシュレイは首を振った。煮詰まると変な妄想をする傾向にある。前方を見れば、バーチも同じように頭を振っていた。彼も同じような妄想をしていたに違いない。変なところで似た者親子だ。
アシュレイと目が合うと、バーチは気まずそうに一度咳払いをした。
「とにかく……薬はアシュの専門だろう。もし本当に薬を摂取しているのなら、一度見せてもらうといい」
「はい」
「呪いの方は私に任せろ。先代が遺した資料をくまなく調べれば、ヒントぐらいあるかもしれん。それと……刺客に狙われているところ悪いが、例の薬が完成しても発表は遅らせてくれ。呪いを解明するまでは、オリヴィア嬢を留めておかなければ」
「それは、もちろん。元々、彼女が成人するギリギリまで発表しないつもりでしたし……」
はっとしてアシュレイは口を噤んだ。自室で悶々と思い悩み弾き出した結論ではあったが、人に教えるにはあまりにも……女々しくて姑息な手段だ。
「せめて長く一緒にいたい気持ちはわからなくもないが……結構粘着質なタイプなんだな、アシュは」
「う……やっぱり気持ち悪いですよね……」
「アシュレイ」
バーチの言葉が罪悪感に突き刺さり、またアシュレイはぺしょ、と凹む。自己嫌悪で土に埋まりたい気分だ。そんな彼に、今まで静観していたマグノリアが声をかけた。無表情の中で強い光を放つ瞳が、一直線に彼に向けられている。
「オリヴィアさんが着ていたローブ、素直になる効果を付与。彼女、泣いていた。きっと、望んでいない」
元々、捻くれ者の息子が素直になれるように、とマグノリアが贈ったローブ。そんな効果がついているとは知らなかった、と思いつつ、そういえば魔法が使えないと教えてくれた時もあのローブを着ていたな、とアシュレイは思い返した。
あの時振り返った彼女の泣き顔みたいな微笑みが、ずっと脳裏に焼きついている。
──それならば、僕は……僕が、すべきことは。
「やれるだけ、やってみなさい」
「……はい。ありがとうございます、母上」
マグノリアとしっかり目を合わせ、アシュレイは頷く。鋭すぎて苦手だった母の視線も、今日は怖くない。
マグノリアも頷き返すと、ワイングラスを掴んでいた手を移動させ、バーチを指差した。
「それと、粘着質はこの人の遺伝。アシュレイのせいではない」
「はっはっはっ! そうだな! がんばれ、アシュ。私は粘着力でリアの心を動かしたのだから!」
「しつこいから、諦めただけ」
「も~照れているのか? リアはいくつになっても可愛いなぁ!」
かつては『呪術と結婚した男』と言われ、どんな良縁をも断り続けていたバーチが、三十歳の時に十二歳下のマグノリアに熱烈な求愛をし、二年をかけて結婚に至った……というのは、それから三十年近く経った今でも人々の話題に上がるほど有名な話。
この二人も、かなりの障害を乗り越えて結ばれた。デレデレと鼻の下を伸ばす父を目標にするのは些か躊躇われるが、いい前例であることには違いがない。現に、母は父の前でだけは頬を赤らめて、幸せそうな顔をするのだから。
「……見習おうと思います」
小さな声でアシュレイは言った。後から追いかけてきた恥ずかしさは、ワインを飲んで誤魔化した。
もちろん、それをバーチや、使用人を含めたその場にいる人間が聞き逃すわけがない。末の坊の成長と、長すぎた反抗期の雪解けを感じて、皆一様に顔を綻ばせた。
「気にしないでいい。またおいで、オリヴィア嬢」
アシュレイが自室に籠っている間にミュルズ侯爵夫妻と交流していたオリヴィアは、いつもの退勤時間に帰宅すると言った。なんでも、家の手伝いをしなければならないのだと。それで、バーチが夕食を共にできなかった代わりに料理と菓子を彼女に持たせ、アシュレイが馬車を貸すことにした。魔導馬車は自動で帰ってくる。一緒に乗らなくて済むことに、アシュレイは内心ほっとしていた。
「ではアシュレイ様、また明日」
「……ああ、また明日」
精一杯の作り笑いで、アシュレイはオリヴィアを見送る。ある程度気持ちは落ち着いたが、まだ完全には立ち直れそうにない。
オリヴィアが乗った馬車が見えなくなったところで、彼はぺしょりと肩を落とした。
「……アシュ、勢いあまって告白でもしてフラれたのか?」
果敢に執務室を出て行ったのに、ひどく落胆している今の姿を見れば、バーチがそう誤解するのも仕方がない。
「盗み聞き」
ぴしゃり、と咎めるようにマグノリアが言う。彼女は、扉の前にアシュレイがいることに気がついていた。
「盗み聞きだと? お前、なんでそんなこと……」
「悪気はなかったんです! ……でも、はは。僕は最低な人間だ……」
両親の叱責も、今は存分に浴びせてほしいとアシュレイは思っていた。散々叱られて反省すれば、鬱屈とした心情も多少はマシになるかもしれない。
「……リア、アシュは何を聞いてここまで落ち込んでいるんだ?」
バーチは隣にいるマグノリアにこっそりと耳打ちする。
「オリヴィアさんは成人したら、どこかの家に入ると」
「ぐ……」
マグノリアはごく普通の声量で返した。当然、アシュレイの耳にも入り、彼は小さく呻く。甘い父親に代わって、マグノリアは末っ子にも容赦ない。
「なるほどね……。まあ、一旦中に入ろう。私もアシュに伝えることがあるんだ」
バーチはアシュレイの背をぽんと一度叩くと、マグノリアに手を差し伸べた。仲睦まじく寄り添って歩く両親の背を、アシュレイはぼーっと眺める。いつまでもラブラブな両親を恥ずかしいと思っていたが、初めて羨ましいという感情を覚えていた。
ダイニングルームの机を囲って、バーチとマグノリアは隣同士に、両親の向かいにアシュレイが腰を下ろした。アシュレイはとても食事が喉を通りそうな気分ではなかったが、両親に連行されたのだから抵抗できるはずもない。しかし、二人もそれをわかっているのだろう。食前酒だけ持ってこさせて、食事は話の後に、と使用人に言いつけていた。
「さて……私から話をしようかな」
辛口の白ワインが入ったグラスを緩く振りながら、バーチが口を開く。
「簡潔に言うと、オリヴィア嬢は呪いをかけられている」
「え……?」
アシュレイは耳を疑った。オリヴィアが呪われている? しかし、彼女はいたって健康そうに見えるし、憑りつかれたように何かに執着したりもしない。特別なことといえば、一つ。
「ゴリ……失礼、身体能力のリミッターを外す呪いですか?」
一般的な令嬢とオリヴィアの違いとといえば、それくらいのもの。アシュレイは言葉を濁したが、ゴリラ化の呪いとは……強力且つ恐ろしい呪いだ。
しかし、バーチは首を横に振った。
「いや、もっと複雑で難解だ。複数の呪いが絡まっていて、今日やっと解析が進んだんだが……一つは軽い洗脳。一つは忘却。そしてもう一つ……これは恐らく、未解明の新たな呪いだ」
「……! 父上も知らない呪いがあるのですか?」
それぞれの分野を研究し、新たな魔法や技術を生み出す他の賢者とは違い、呪いの賢者は呪術を極め、呪術の脅威から国民を守ることを本分としている。そのため呪いの賢者だけはどの時代にも必ず存在し、呪術に関する知識と技は何代にも渡って継承される。また、呪術の適性がある者は国の監視下に置かれるため、呪術を用いた事件は滅多に起こらないし、新たな呪術が生まれることはもっとない……はずなのだ。
「どうも、私の目を欺くほどの優れた呪術師がいるらしいね。……腹立たしい」
バーチは一息にワインを飲み干すと、ごとん、とグラスを机に叩きつけるようにして置いた。この国の歴史に名を残す大事件のほとんどは、呪術によって引き起こされている。この度の件も、放置していたらどんな災厄を齎すかわからない。今代の呪いの賢者として、バーチは憤りと焦りを感ぜざるを得ないのだろう。
幸いなのは……と言っていいかはわからないが、その謎の呪術師の狙いがオリヴィアだということか。特別力が強い以外は普通の、権力も金も持たないオリヴィアが標的にされる理由は、個人的な怨恨という説が濃厚だ。犯人が割り出しやすい。
「……呪いがかけられていたから、オリヴィアを雇ったのですか?」
「いや、彼女の呪いに気がついたのは、契約成立後だ。機密保持の呪いをかけるために彼女と握手をした時にわかって、同時に解析の術もかけた。洗脳と忘却の呪いはすぐにでも解けるが……もう一つの呪いがはっきりしない間は下手に刺激しない方がいいだろう」
もどかしいがな、と続けて言って、バーチは口ひげを撫でつけた。オリヴィアに定期報告をさせているのは、解析の進捗状況の把握も兼ねていたのか。何故そんなに大事なことを早く言ってくれなかったのだ、とアシュレイは一瞬思ったものの、呪いなら自分にできることはないと思い直す。悔しくて、彼は俯いて唇を強く嚙み締めた。
「あと、もう一つ気になったのが、彼女は何かしらの薬を一定間隔で接種していると思う」
バーチの言葉に、アシュレイはぱっと顔を上げた。薬なら、自分の分野だ。
「検査魔法は専門じゃないから詳しいことはわからなかったが……彼女の体を流れる魔力の量と速さが尋常じゃないんだ。魔力増幅剤の過剰摂取状態に似ている。しかし、彼女は魔法が使えない。余剰の魔力はどこへ?」
「しかも、副作用も出ていない……」
魔力増幅剤の過剰摂取は、アシュレイも経験したことがあった。ひどい眩暈と吐き気を催し、体から勝手に放出される魔力が暴走して、ポルターガイスト現象に似た騒動が起きたのだ。オリヴィアはその様子はない。……いや。
「あの身体能力こそが副作用なのか……?」
余剰の魔力が身体能力を強化しているのならば、あの細腕が大の男をも持ち上げられるのも納得だ。
それに、彼女には明確な欠落があるではないか。正しく彼女にとっての呪いが。
「彼女にかけられた呪いは、魔法を体外に放出させない作用があって……だから、魔法が使えない」
「……なるほど、一理あるな。しかし、それならもっと単純な呪いで、前例もある。単に魔法を使えなくさせるのが目的ではない。仮に薬を彼女に飲ませているのも呪術師ならば、魔力を増幅させて溜め込ませて……それをどうしているのか」
アシュレイとバーチは同じように腕を組み、知恵を絞る。今ある情報だけで考察するなら、オリヴィアのようなゴリラパワー人間を生み出すのが目的かもしれない。オリヴィアは実験体一号で、成功したなら対象を増やし、最強のゴリラ軍隊を作るとか。ゴリラ拳闘士、ゴリラ騎士、ゴリラバーサーカー……。それらが一挙に押し寄せれば、王都どころかこの国は一夜にして終わりだ。
……いかん、思考が妙な方向に向かっている、とアシュレイは首を振った。煮詰まると変な妄想をする傾向にある。前方を見れば、バーチも同じように頭を振っていた。彼も同じような妄想をしていたに違いない。変なところで似た者親子だ。
アシュレイと目が合うと、バーチは気まずそうに一度咳払いをした。
「とにかく……薬はアシュの専門だろう。もし本当に薬を摂取しているのなら、一度見せてもらうといい」
「はい」
「呪いの方は私に任せろ。先代が遺した資料をくまなく調べれば、ヒントぐらいあるかもしれん。それと……刺客に狙われているところ悪いが、例の薬が完成しても発表は遅らせてくれ。呪いを解明するまでは、オリヴィア嬢を留めておかなければ」
「それは、もちろん。元々、彼女が成人するギリギリまで発表しないつもりでしたし……」
はっとしてアシュレイは口を噤んだ。自室で悶々と思い悩み弾き出した結論ではあったが、人に教えるにはあまりにも……女々しくて姑息な手段だ。
「せめて長く一緒にいたい気持ちはわからなくもないが……結構粘着質なタイプなんだな、アシュは」
「う……やっぱり気持ち悪いですよね……」
「アシュレイ」
バーチの言葉が罪悪感に突き刺さり、またアシュレイはぺしょ、と凹む。自己嫌悪で土に埋まりたい気分だ。そんな彼に、今まで静観していたマグノリアが声をかけた。無表情の中で強い光を放つ瞳が、一直線に彼に向けられている。
「オリヴィアさんが着ていたローブ、素直になる効果を付与。彼女、泣いていた。きっと、望んでいない」
元々、捻くれ者の息子が素直になれるように、とマグノリアが贈ったローブ。そんな効果がついているとは知らなかった、と思いつつ、そういえば魔法が使えないと教えてくれた時もあのローブを着ていたな、とアシュレイは思い返した。
あの時振り返った彼女の泣き顔みたいな微笑みが、ずっと脳裏に焼きついている。
──それならば、僕は……僕が、すべきことは。
「やれるだけ、やってみなさい」
「……はい。ありがとうございます、母上」
マグノリアとしっかり目を合わせ、アシュレイは頷く。鋭すぎて苦手だった母の視線も、今日は怖くない。
マグノリアも頷き返すと、ワイングラスを掴んでいた手を移動させ、バーチを指差した。
「それと、粘着質はこの人の遺伝。アシュレイのせいではない」
「はっはっはっ! そうだな! がんばれ、アシュ。私は粘着力でリアの心を動かしたのだから!」
「しつこいから、諦めただけ」
「も~照れているのか? リアはいくつになっても可愛いなぁ!」
かつては『呪術と結婚した男』と言われ、どんな良縁をも断り続けていたバーチが、三十歳の時に十二歳下のマグノリアに熱烈な求愛をし、二年をかけて結婚に至った……というのは、それから三十年近く経った今でも人々の話題に上がるほど有名な話。
この二人も、かなりの障害を乗り越えて結ばれた。デレデレと鼻の下を伸ばす父を目標にするのは些か躊躇われるが、いい前例であることには違いがない。現に、母は父の前でだけは頬を赤らめて、幸せそうな顔をするのだから。
「……見習おうと思います」
小さな声でアシュレイは言った。後から追いかけてきた恥ずかしさは、ワインを飲んで誤魔化した。
もちろん、それをバーチや、使用人を含めたその場にいる人間が聞き逃すわけがない。末の坊の成長と、長すぎた反抗期の雪解けを感じて、皆一様に顔を綻ばせた。
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