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3話-2

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 屋敷に入り、階段を上がり……ミュルズは自分の研究室まで彼女を導いた。散らかった部屋はとりあえず放置して、倒れた椅子を起こす。ガラスの破片がついていないこと確認して、オリヴィアをその椅子に座らせた。

「あの、ミュルズ様……?」
「ちょっと待ってろ」

 困惑する彼女をそのままに、ミュルズはごそごそと棚を漁る。数種類の薬草を引っ張り出して、作業台へ。ごちゃごちゃした机の上の物を適当に隅に寄せて、手頃なサイズの乳鉢を置き、中に先ほどの薬草を入れる。魔法で少量の水を足し、呪文を唱えながら乳棒でそれをると、ぼんやりと淡い光が乳鉢から漏れ始めた。

「わぁ……」

 感嘆の声を上げるオリヴィアに、ミュルズはくすっと笑って作業を続ける。一際乳鉢が輝いて、塗り薬が完成した。
 乳鉢を片手に、ミュルズはオリヴィアの前に跪いた。また慌て始める彼女を無視して、彼女の左手に薬を塗り込んでいく。塗り込んだ先から傷は癒え、腫れが引き……あっという間に傷は跡形もなく消え去った。

「すごい……」
「僕を誰だと思ってるんだ?」

 にや、とミュルズはしたり顔で笑うと立ち上がり、残った薬を小瓶に移してオリヴィアに差し出した。

「やる。手荒れにも効くから使いやがりなさい」
「え……受け取れません! 賢者様のお薬なんて、そんな高価な物! あ、もしかしてお給金から差っ引かれます!? どうしましょう、塗った分はもう返せませんわ……!」
「金はいらん。労働中に発生した怪我を補償する義務は雇用側にある。残りは……あんたの働きに対する賞与みたいなもんです」
「え?」

 オリヴィアはぱちり、と瞬きをしてミュルズを見上げた。その顔が妙に可愛らしく見えて、ミュルズはさっと視線を逸らす。

「屋敷が……想像以上に綺麗になってたんで。それの礼」
「は、はあ……。私は当たり前の仕事をしたまでですが……」
「いいから黙って受け取っとけ!」

 ミュルズは強引に小瓶をオリヴィアに押しつけると、腕を組んで踏ん反りかえった。

「新しいルールを決めます。怪我をしたらすぐ言うこと。よっぽどの大怪我じゃねえ限り、すぐ治せますんで」
「え、えっと……」
「返事は『はい』!」
「は、はいぃ!」

 オリヴィアが背筋を伸ばして返事をしたことを確認して、ミュルズはふん、と鼻息を漏らす。この家政婦は図々しくやって来たくせに、意外と遠慮しいらしい。

「あと、もう一つ。この部屋の片づけを手伝いやがりなさい。それに伴って、この部屋への入室禁止を取り消します」
「いいのですか……?」
「護衛対象から離れて護衛しろなんて、無理な話だと思い直しました。今後はより励んでください。家政婦……いや、オリヴィア」
「……! はい! もちろん! よろこんで!」

 きらきらと目を輝かして返事をしたオリヴィアの瞳も綺麗な深緑色なんだな、とミュルズはこの時初めて知った。ぐ、と息が詰まりそうになるのを誤魔化して、口を開く。

「ただし、大事な物を壊したらもちろん弁償な」
「……はい、もちろん、よろこんで……」
「っくく! あはははははは!」

 一気に萎れたオリヴィアを見て、腹を抱えてミュルズは笑う。彼女が来てから怒ったり笑ったりと忙しい。一人研究に没頭する日々に満足していたが、これはこれで退屈しなさそうだ、なんてことをミュルズは考えていた。
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