6 / 24
3話-2
しおりを挟む屋敷に入り、階段を上がり……ミュルズは自分の研究室まで彼女を導いた。散らかった部屋はとりあえず放置して、倒れた椅子を起こす。ガラスの破片がついていないこと確認して、オリヴィアをその椅子に座らせた。
「あの、ミュルズ様……?」
「ちょっと待ってろ」
困惑する彼女をそのままに、ミュルズはごそごそと棚を漁る。数種類の薬草を引っ張り出して、作業台へ。ごちゃごちゃした机の上の物を適当に隅に寄せて、手頃なサイズの乳鉢を置き、中に先ほどの薬草を入れる。魔法で少量の水を足し、呪文を唱えながら乳棒でそれを摩ると、ぼんやりと淡い光が乳鉢から漏れ始めた。
「わぁ……」
感嘆の声を上げるオリヴィアに、ミュルズはくすっと笑って作業を続ける。一際乳鉢が輝いて、塗り薬が完成した。
乳鉢を片手に、ミュルズはオリヴィアの前に跪いた。また慌て始める彼女を無視して、彼女の左手に薬を塗り込んでいく。塗り込んだ先から傷は癒え、腫れが引き……あっという間に傷は跡形もなく消え去った。
「すごい……」
「僕を誰だと思ってるんだ?」
にや、とミュルズはしたり顔で笑うと立ち上がり、残った薬を小瓶に移してオリヴィアに差し出した。
「やる。手荒れにも効くから使いやがりなさい」
「え……受け取れません! 賢者様のお薬なんて、そんな高価な物! あ、もしかしてお給金から差っ引かれます!? どうしましょう、塗った分はもう返せませんわ……!」
「金はいらん。労働中に発生した怪我を補償する義務は雇用側にある。残りは……あんたの働きに対する賞与みたいなもんです」
「え?」
オリヴィアはぱちり、と瞬きをしてミュルズを見上げた。その顔が妙に可愛らしく見えて、ミュルズはさっと視線を逸らす。
「屋敷が……想像以上に綺麗になってたんで。それの礼」
「は、はあ……。私は当たり前の仕事をしたまでですが……」
「いいから黙って受け取っとけ!」
ミュルズは強引に小瓶をオリヴィアに押しつけると、腕を組んで踏ん反りかえった。
「新しいルールを決めます。怪我をしたらすぐ言うこと。よっぽどの大怪我じゃねえ限り、すぐ治せますんで」
「え、えっと……」
「返事は『はい』!」
「は、はいぃ!」
オリヴィアが背筋を伸ばして返事をしたことを確認して、ミュルズはふん、と鼻息を漏らす。この家政婦は図々しくやって来たくせに、意外と遠慮しいらしい。
「あと、もう一つ。この部屋の片づけを手伝いやがりなさい。それに伴って、この部屋への入室禁止を取り消します」
「いいのですか……?」
「護衛対象から離れて護衛しろなんて、無理な話だと思い直しました。今後はより励んでください。家政婦……いや、オリヴィア」
「……! はい! もちろん! よろこんで!」
きらきらと目を輝かして返事をしたオリヴィアの瞳も綺麗な深緑色なんだな、とミュルズはこの時初めて知った。ぐ、と息が詰まりそうになるのを誤魔化して、口を開く。
「ただし、大事な物を壊したらもちろん弁償な」
「……はい、もちろん、よろこんで……」
「っくく! あはははははは!」
一気に萎れたオリヴィアを見て、腹を抱えてミュルズは笑う。彼女が来てから怒ったり笑ったりと忙しい。一人研究に没頭する日々に満足していたが、これはこれで退屈しなさそうだ、なんてことをミュルズは考えていた。
12
お気に入りに追加
31
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
貴方を捨てるのにこれ以上の理由が必要ですか?
蓮実 アラタ
恋愛
「リズが俺の子を身ごもった」
ある日、夫であるレンヴォルトにそう告げられたリディス。
リズは彼女の一番の親友で、その親友と夫が関係を持っていたことも十分ショックだったが、レンヴォルトはさらに衝撃的な言葉を放つ。
「できれば子どもを産ませて、引き取りたい」
結婚して五年、二人の間に子どもは生まれておらず、伯爵家当主であるレンヴォルトにはいずれ後継者が必要だった。
愛していた相手から裏切り同然の仕打ちを受けたリディスはこの瞬間からレンヴォルトとの離縁を決意。
これからは自分の幸せのために生きると決意した。
そんなリディスの元に隣国からの使者が訪れる。
「迎えに来たよ、リディス」
交わされた幼い日の約束を果たしに来たという幼馴染のユルドは隣国で騎士になっていた。
裏切られ傷ついたリディスが幼馴染の騎士に溺愛されていくまでのお話。
※完結まで書いた短編集消化のための投稿。
小説家になろう様にも掲載しています。アルファポリス先行。
旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします
暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。
いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。
子を身ごもってからでは遅いのです。
あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」
伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。
女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。
妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。
だから恥じた。
「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。
本当に恥ずかしい…
私は潔く身を引くことにしますわ………」
そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。
「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。
私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。
手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。
そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」
こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。
---------------------------------------------
※架空のお話です。
※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。
※現実世界とは異なりますのでご理解ください。
生まれ変わっても一緒にはならない
小鳥遊郁
恋愛
カイルとは幼なじみで夫婦になるのだと言われて育った。
十六歳の誕生日にカイルのアパートに訪ねると、カイルは別の女性といた。
カイルにとって私は婚約者ではなく、学費や生活費を援助してもらっている家の娘に過ぎなかった。カイルに無一文でアパートから追い出された私は、家に帰ることもできず寒いアパートの廊下に座り続けた結果、高熱で死んでしまった。
輪廻転生。
私は生まれ変わった。そして十歳の誕生日に、前の人生を思い出す。
セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方
ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。
注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる