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1話-2

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「……というか、あんたどうやって入って来たんです? 門に侵入者撃退用の魔導人形を設置していたはずですが」

 ミュルズはオリヴィアの肩越しに門の方を見た。つられてオリヴィアも振り返り、魔導人形なんていたかしら、と訪問時のことを思い返す。

「ああ、もしかしてあのワンちゃんたちですか?」

 門の前には、たしかに犬が二匹いた。オリヴィアは銀色のワンちゃんなんて珍しい、とはしゃいでいたが、魔導人形だったらしい。彼女はあの犬たちがミュルズの所有物だったことに顔色を悪くし、同時に安堵した。なぜなら……

じゃれてきたので楽しく遊んでいたら、その……永遠の眠りについてしまったようで……。生き物でなかったのは不幸中の幸いですわ」
「……は? 壊したのか? あれを?」
「申し訳ございません。ですが、不慮の事故と主張します。できれば弁償は勘弁していただきたいのですが……」
「いやいやいやいやいや! 魔導具の賢者が作った特殊合金製だぞ? 象が上に乗ってサンバ踊っても壊れないはずなんだぞ!?」
「象がサンバ………ふふっ」
「そこは重要じゃねえ!!」

 ミュルズは頭を抱えたり、肩を怒らせたりと大忙しだ。反対にオリヴィアは、自分がおかしなことを言ったのに笑うと怒るとは……理不尽な方ですね。きっとカルシウムが足りていないのでしょう……なんてことを呑気に考えていた。

「なんなんだよ、あんた……何者なんだ?」

 ミュルズの問いに、オリヴィアは先ほどよりは幾許か雑にカーテシーをする。

「ランスリー男爵家が三女、オリヴィアでございます。しがない貧乏貴族の、名ばかり令嬢ですわ」
「そういう意味じゃなくてだなぁ……! あ~もういい、あんたと話してると疲れる。とりあえず、あんたが壊した魔導人形を回収し……」

 そこでミュルズは不自然に言葉を切り、再度オリヴィアの向こうを見た。彼女の背後から三つの人影が迫ってきたからだ。侵入者……彼女が犬の魔導人形を壊してしまったせいだろう。
 黒い目出し帽を被った三人の男たちは、見た目だけで「自分達は破落戸です!」と自己紹介をしているかのようだ。ここに来るまでに自衛団や騎士団に声をかけられなかったのかしら、とオリヴィアがぼんやりと考えている間に、先頭の男が短刀を片手に襲いかかってきた。

「賢者アシュレイ! 大人しく我々についてきてもらがふッ……!」

 雄々しい男の言葉はしかし、オリヴィアに顎を蹴り上げられたことで中断させられた。可哀想に、男は強かに舌を噛んだことだろう。

「いけません。訪問の礼儀がなっていませんよ」

 そう言うと、彼女は男の手首を捻り上げてナイフを手放させ、次に胸ぐらを掴んで地面に叩きつけた。ドゴォッと激しい音を立て、男の顔面は石畳にめり込む。どうも、力加減を誤ってしまったようだ。これも弁償かしら、と内心ひやひやしながら、彼女は残りの二人に顔を向ける。

「なんだこいつ……!」
「新しい魔導人形か!?」

 男たちは目を白黒させている。ぴちぴちの令嬢を捕まえて魔導人形とは、失礼な侵入者たちだ。

「私の肌は銀色ではないでしょう。無礼なお客様はお帰りくださいまし」

 オリヴィアは二人の内比較的軽そうな方を選び、素早く懐に潜り込んだ後、斜め下から思い切り拳を振り抜いた。その男は門を越え、林を越え……とてもいい飛距離だ。

「ファアーーーーーー!」
「いや、ゴルフじゃねえんだから……」
「いいえ、ミュルズ様。前方喚起はマナーですわ。ぶつかったら大惨事です」
「さいですか……」

 どこまでもマイペースなオリヴィアに、ミュルズは突っ込むことを諦めた。
 飛んでいった男を見送った後、オリヴィアはこきっと首だけ動かして、最後の男を見る。

「ヒィッ!」
「……その反応は些か傷つきますが……まあいいでしょう。あなたはこの方を連れて帰ってください」

 オリヴィアは石畳に埋まったままの男の襟を掴み、最後の一人に投げつけた。そして、にこっと可愛らしく微笑む。

「あなたたちの雇い主に伝言を。『二度とこのような真似をされないように。さもなくば、一族郎党モルミア湾に沈め、お魚のご飯にします』……とお伝えくださいまし」

 モルミア湾とは、彼女たちが暮らすメリナシド王国の東に位置する大湾だ。裏家業の者たちが証拠隠滅にしょっちゅう訪れる、と実しやかに噂されている。
 最後の男は壊れた玩具のようにガクガクと何度も首肯すると、気絶した男を引きずって一目散に去っていった。令嬢一人に怖気つくとは、最近の破落戸も落ちたものだ。

「あんた、カタギじゃねえでしょう……」

 不意に後ろからかけられた言葉にオリヴィアが振り向くと、ミュルズが自分で自分を抱きしめるように腕を抱えていた。正真正銘のカタギではあるのだが……説明に不足があったな、と彼女はミュルズに頭を下げる。

「自己紹介に一部誤りがございましたので、お詫びして訂正いたします」
「あ?」
「改めまして、ランスリー男爵家が三女、オリヴィアでございます。しがない貧乏貴族の令嬢ですわ。本日よりこのお屋敷の臨時家政婦兼と相成りました。よろしくお願いいたしますね」
「…………」

 オリヴィアができうる限り最高の微笑みを作ったというのに、ミュルズは無反応だ。もしかして"見惚れている"という状態でしょうか、と彼女は内心で浮かれる。ちなみに、彼女は男性にその様な反応をされたことは一度もない。
 しばらくして、ミュルズは長いため息をついた。

「もう突っ込む気力もない……。とりあえずそのドヤ顔やめろ。ウザいです」
「……ドヤ……」
「あー……まず、あんたが壊した魔導人形を回収してきてください。……それから、この屋敷で働く上でのルールを決めます」
「……! はいっ!」

 渾身の微笑みをドヤ顔と評されたことは悲しいが、オリヴィアは無事にこの屋敷で働けるようだ。元気に返事をした彼女は、意気軒昂に門に向かって駆け出した。

「はっや……。やっぱゴリラ……。キング、いや、クイーンコング……」

 ミュルズが遥か後方でぼそりと呟いた言葉は、耳もいい彼女にははっきりと聞こえていた。

──クイーンだなんて……褒めすぎですわ。

 走りながら彼女はふふっ、と一人笑みを浮かべた。

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