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7話 やせい の あくじょ が あらわれた !

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 アシュレイが屋敷から出て馬車に近づくと、鎧を脱いだオリヴィアが先に待っていた。鎧の早着替えができる令嬢は、多分この国で彼女一人だろう。

「あら、アシュレイ様。忘れ物ですか?」

 振り返ったオリヴィアの服装は、やっぱり質素だ。平民が着るには多少上等だが、貴族が着るにはボロすぎる。いつも着けているエプロンがない分、余計にそれが目立つ。自分が服装に頓着がないためなんとも思っていなかったが、たしかに年頃の女性に対して配慮がなかったかもな、とアシュレイは反省した。

「ん。これやるよ」
「え?」

 アシュレイは黒い布をオリヴィアに差し出した。受け取った彼女が広げたそれは、ローブだ。黒地に細やかだが、刺繍が施されている。

「母上に貰ったものだが、僕の趣味じゃないんだ。だから一度も着てない」
「……いいのですか?」
「ああ。それにあんたもローブを着てりゃ、見た人が勝手に弟子かなんかだと勘違いしてくれんだろ。そっちの方が都合がいい」

 アシュレイがオリヴィアにローブを渡したのは少しでも気休めになればと思ってのことだったが、こちらの理由も本心だ。女性を連れ歩くこと自体も照れくさいし、その女性が護衛だと説明するのも嫌だった。彼の背丈くらいちっぽけなプライドだ。

「ありがとうございます。ふふ、一度でいいからローブを着てみたかったんですの!」

 アシュレイの複雑な心境など知るはずもないオリヴィアは、ローブを握りしめてくるくる回った。そんなに喜ばなくてもローブくらい学園で着るだろう、とアシュレイは言いかけて、口を噤む。学園に通うのは通常十五から十九歳。彼女はもうすぐ十七だと言っていた。彼女は学園にも通わず、働いているのだ。大抵の貴族が通うにも関わらず。仕様もないプライドでローブを渡してしまったことを、アシュレイは恥じた。

「それ、返さなくていいからな。……ほら、行くぞ」

 同情するのは彼女に失礼だと思って、アシュレイは余計なことは言わずに出発することにした。そうでも自分は、彼女に対して失言をしてしまう傾向にある。口は災いの元だ。

「はい! あ、私が御者をいたしましょう」
「あんた、そんなこともできるのか?」
「ええ。荷運びの仕事をしたこともあるのです」
「……そうか。でも必要ない。これは自動運転の魔導具だ」

 こんこん、とアシュレイは銀の馬の首元を軽く叩いた。

「ほへぇ……すごいですわね。これもアシュレイ様が作られたので?」
「いんや、これは僕の専門外。兄上が作った物だ。ほら、さっさと乗り込め。日が暮れるまでには帰りたい」
「はい!」

 二人揃ってキャリッジに乗り込み、アシュレイが小さく呪文を唱えると馬車は一人でに走り始めた。オリヴィアは窓の縁に手をかけ、子供のように目を輝かせて外を見ている。もしかしたら、馬車に乗ることも滅多にないのかもしれないな、とアシュレイは彼女を見て思った。そして、彼女がこの屋敷で働く内は、少しでも彼女にとって珍しいことを体験させてやりたいな、なんて柄にもないことも考えていた。

◇◇◇

 緩やかな速度で走る馬車でも、あっという間に街に辿り着いた。さほど距離が離れていないこともあったが、誰かと喋りながらだとこんなにも早く時間が過ぎる。アシュレイにとっても、それは珍しい体験だった。

「馬車を預けてくるから、ここで先に降りて待ってろ」

 護衛だから離れるわけにはいかないと渋るオリヴィアに、すぐそこだからと説き伏せて、アシュレイは街の入り口で彼女を先に下ろした。貴族街の馬車預かり所に比べ、平民街のものは衛生的にあまりよろしくない。はっきり言えば臭い。彼なりの気遣いだ。
 預かり所には荷馬車や、少し立派な物でも裕福な商人が使うレベルの物しかなかったが、一つだけ、飛び抜けて豪華な物があった。お忍びか何かでどこぞの貴族が来ているのだろう。手続きをしながら、アシュレイは横目でその馬車に描かれた紋章を確認する。ペンデュラ公爵家の紋章だ。国に二つしかない公爵家の一つ。そんな大貴族でも平民街に来ることがあるのだな、とさして興味もなくアシュレイは預かり所を後にした。

 アシュレイがオリヴィアを下ろした場所に向かうと、彼女は誰か女性と話しをしているのが見えた。友人だろうか。少しくらい話こむ時間をやろう、とアシュレイは歩くスピードを弱める。
 近づきながらよくよく見てみると、オリヴィアが話している相手は貴族なのだろうと気がついた。赤毛の女性は平民風の服を着ているが、布が上質だし、何より立ち振る舞いが上品だ。アシュレイは先ほどの馬車を思い出した。ペンデュラ公爵家の御令嬢かもしれない。だとすると、貧乏男爵家のオリヴィアとの接点は何なのだろう。不思議に思って、無礼な自覚はありながらも、アシュレイは魔法で気配を薄めて二人に近づいた。

「オリヴィアさん、あなた平民街で働いていらっしゃるの?」

 その喋り方に、ぴくりとアシュレイは眉を顰めた。女性はにこにこと微笑みを湛えてはいるが、馬鹿にするような言い方だ。貴族令嬢らしいと言えばらしいが……
 その女性に対し、オリヴィアはいつもの穏やかな笑顔を浮かべている。

「いいえ。本日は雇い主の付き添いで参りましたの。ベラドンナ様はどうしてここに?」

 女性はベラドンナと言うのか。どこかで聞いた気がしなくもない。アシュレイは記憶を探ろうとして、やめた。女性が……いやもう女でいい。女が醜悪に顔を歪めたからだ。

「あなたには関係ないでしょ。それよりローブなんか着ちゃって……ふふっ。あははははっ! おっかし~! あなたにローブを着る資格なんてないのに!」

 女が言った言葉の意味も気になったが、今はどうでもよかった。下品に笑う女の前で、オリヴィアはまだ微笑みながらも、きゅっ、とローブを握りしめている。アシュレイはローブのフードを目深に被ると魔法を解除して、二人に近づいた。

「オリヴィア」
「あ、アシュ、わ! わわわっ!」 

 オリヴィアの腕を強引に引っ張って、アシュレイは女の前を横切る。

「すまないが、急いでいるので失礼する」

 公爵家の御令嬢とは気づいていないフリをして、素気なくその女から離れた。オリヴィアを引き摺って、早足でずんずん進む。毒薬をぶっかけないだけ感謝しろ、とアシュレイは心の中で舌を出す。

「アシュ……?」

 だから、背後で女が小さく自分の名を呼んだことには気づかなかった。 
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