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6話‐1 外見より中身が大事、とはよく言うが、それでもできるなら輝いていたい
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気を取り直して研究室の片づけに励み、夕暮れ時には荒れた部屋はすっかり綺麗になった。高価な機材や書きかけのレシピ、実験途中の薬などの重要な物には破損がなく、二人でほっと肩を撫で下ろす。しかしもちろん、全てが無事だったわけではない。
「ほとんど駄目になってんな……」
一番被害を受けたのは、薬草などの素材を保管している棚だった。引き出しに入れていた物は無事だったが、棚の上部の扉も境もない部分に陳列していた物が悉く落ちてしまっていたのだ。侵入者と揉み合った時にぶつかってしまったとアシュレイは言っていた。
「オリヴィア。明日お前が出勤し次第、材料調達に行く。そのつもりでいろ」
「……え?」
「すぐ近くの街に馴染みの店があるんだ。ついてこい。護衛だろ?」
「あっはい! かしこまりましたわ!」
その約束をして、オリヴィアはアシュレイの屋敷を後にした。
──どうしましょう……どうしましょう……!!
帰り道、オリヴィアの頭の中は明日のお出かけのことでいっぱいだった。
◇◇◇
翌日の早朝。オリヴィアはミュルズ侯爵邸を訪れていた。
「おはよう、オリヴィア嬢。仕事は順調かね?」
応接室のソファにゆったりと座る男性──バーチ・ミュルズ侯爵は今日もダンディだ。艶々とした癖のある黒髪を、今日は後頭部で一纏めにしている。この方が数ヶ月前まで禿げていたとはとてもオリヴィアには信じられそうにもなかったが、アシュレイが嘘をついているとも思えない。オリヴィアはついつい、ミュルズ侯爵の頭部を見つめてしまった。
「くくく……。その様子だとアシュから薬の話を聞いたね?」
「あひょぉっ!? い、いえっ!? 毛髪の薬のことなど……あ!」
「素直な娘だね。構わないよ。余所で漏らさなければね」
パチリ、とミュルズ侯爵はウインクをした。ダンディな男性のウインクはご褒美でしかないはずなのだが、この時のオリヴィアには悪魔の囁きとしか思えていなかった。彼女はこっそりと右手の甲を摩る。同じ情報を持つ相手には、秘密を漏らしても問題ないようだ。
「それにしても……アシュ本人からその話を聞くとはね。オリヴィア嬢は優秀な家政婦のようだ」
「え?」
「あいつは気難しいだろう? なかなか他人に心を開かないんだ。陰気で根暗で内気だからなぁ」
そう言って、ミュルズ侯爵は朗らかに笑った。同じような意味の言葉を三つも重ねるとは、よっぽど内向的な性格なのだろう。オリヴィアにはいまいちピンと来ていなかったが。アシュレイはたしかに人付き合いは苦手そうだが、暗いとは彼女には思えなかったのだ。それ故に彼女はミュルズ侯爵の言葉に愛想笑いもできず、こて、と首を傾げる。
「おや。おやおやおや。ふぅん、そう」
そんなオリヴィアを見て、ミュルズ侯爵は意味深に笑った。
「……? あの、何か?」
「いいや。オリヴィア嬢を雇ってよかったなと思ってね」
またにこりと笑ったミュルズ侯爵は一口紅茶を飲んで、オリヴィアが質問を重ねる前に話を変えてしまった。
「ところで、今日は何かあるのかい?」
「え? ええ、はい。アシュレイ様が材料調達に行くとのことで、それに同行いたします」
「なるほど。だから今日は一段と素敵な格好をしてるのだね?」
「わかりますかっ!」
がたん、と勢いよく立ち上がったオリヴィアは、左手を胸に当て、右手を広げた状態で本日の衣装をミュルズ侯爵に披露する。
「本日のお出かけ、完璧に遂行してみせますわっ!」
「うんうん、頑張ってね」
「はいっ!!」
オリヴィアの元気な返事と高笑いが、ミュルズ侯爵邸に響き渡った。
「ほとんど駄目になってんな……」
一番被害を受けたのは、薬草などの素材を保管している棚だった。引き出しに入れていた物は無事だったが、棚の上部の扉も境もない部分に陳列していた物が悉く落ちてしまっていたのだ。侵入者と揉み合った時にぶつかってしまったとアシュレイは言っていた。
「オリヴィア。明日お前が出勤し次第、材料調達に行く。そのつもりでいろ」
「……え?」
「すぐ近くの街に馴染みの店があるんだ。ついてこい。護衛だろ?」
「あっはい! かしこまりましたわ!」
その約束をして、オリヴィアはアシュレイの屋敷を後にした。
──どうしましょう……どうしましょう……!!
帰り道、オリヴィアの頭の中は明日のお出かけのことでいっぱいだった。
◇◇◇
翌日の早朝。オリヴィアはミュルズ侯爵邸を訪れていた。
「おはよう、オリヴィア嬢。仕事は順調かね?」
応接室のソファにゆったりと座る男性──バーチ・ミュルズ侯爵は今日もダンディだ。艶々とした癖のある黒髪を、今日は後頭部で一纏めにしている。この方が数ヶ月前まで禿げていたとはとてもオリヴィアには信じられそうにもなかったが、アシュレイが嘘をついているとも思えない。オリヴィアはついつい、ミュルズ侯爵の頭部を見つめてしまった。
「くくく……。その様子だとアシュから薬の話を聞いたね?」
「あひょぉっ!? い、いえっ!? 毛髪の薬のことなど……あ!」
「素直な娘だね。構わないよ。余所で漏らさなければね」
パチリ、とミュルズ侯爵はウインクをした。ダンディな男性のウインクはご褒美でしかないはずなのだが、この時のオリヴィアには悪魔の囁きとしか思えていなかった。彼女はこっそりと右手の甲を摩る。同じ情報を持つ相手には、秘密を漏らしても問題ないようだ。
「それにしても……アシュ本人からその話を聞くとはね。オリヴィア嬢は優秀な家政婦のようだ」
「え?」
「あいつは気難しいだろう? なかなか他人に心を開かないんだ。陰気で根暗で内気だからなぁ」
そう言って、ミュルズ侯爵は朗らかに笑った。同じような意味の言葉を三つも重ねるとは、よっぽど内向的な性格なのだろう。オリヴィアにはいまいちピンと来ていなかったが。アシュレイはたしかに人付き合いは苦手そうだが、暗いとは彼女には思えなかったのだ。それ故に彼女はミュルズ侯爵の言葉に愛想笑いもできず、こて、と首を傾げる。
「おや。おやおやおや。ふぅん、そう」
そんなオリヴィアを見て、ミュルズ侯爵は意味深に笑った。
「……? あの、何か?」
「いいや。オリヴィア嬢を雇ってよかったなと思ってね」
またにこりと笑ったミュルズ侯爵は一口紅茶を飲んで、オリヴィアが質問を重ねる前に話を変えてしまった。
「ところで、今日は何かあるのかい?」
「え? ええ、はい。アシュレイ様が材料調達に行くとのことで、それに同行いたします」
「なるほど。だから今日は一段と素敵な格好をしてるのだね?」
「わかりますかっ!」
がたん、と勢いよく立ち上がったオリヴィアは、左手を胸に当て、右手を広げた状態で本日の衣装をミュルズ侯爵に披露する。
「本日のお出かけ、完璧に遂行してみせますわっ!」
「うんうん、頑張ってね」
「はいっ!!」
オリヴィアの元気な返事と高笑いが、ミュルズ侯爵邸に響き渡った。
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