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3話-1 会心の一撃
しおりを挟むガツ、ガツ、ガツ、という音でミュルズは目を覚ました。いやにぼーっとする頭で状況把握をする。えーっと、研究中に侵入者が来て、家政婦が……。そう、あの家政婦。クイーンコング。あいつに窒息紐なしアクロバットバンジーをさせられたのだ……。そんなことを寝転がったまま考える。
あれ、自分は何に寝転がっているのだろう、とミュルズはそこで思いつき顔を動かすと、見慣れないソファの上だと気がついた。どこだ、もしかして自分は結局誘拐されたのか。慌てて起き上がり、周囲を見回す。しかし、そこは知らない場所ではなく、彼の屋敷の応接間だった。
何故、すぐに自分の屋敷だとわからなかったのか。じっくり考えて、はた、と気がついた。びっくりするくらい綺麗なのだ。客人なんぞ来ないから放置に放置を重ねた応接間は、埃と蜘蛛の巣だらけだったのに。じゃあ、このソファも……。彼はもう一度、ソファを見る。薄汚れた色で見慣れていたから気づかなかったのだ。こんなに綺麗な深緑色だったとは……
ミュルズはソファから立ち上がり、部屋の外に出た。廊下も応接間同様に綺麗だ。木材の廊下はワックスをかけられてキラキラとしているし、塵ひとつない。あの家政婦が来て一週間しか経ってないのに、ここまで綺麗にしたのか、とミュルズは感心した。暴力で全てを解決する脳筋ゴリラという評価は、改めた方がいいかもしれない。
起きた時から聞こえていた、ガツ、ガツ、という音をミュルズは辿る。それは屋敷の裏庭から響いているようだ。
裏口を抜けて庭に出ると、オリヴィアが斧を手に木を切っていた。先ほど侵入者が侵入経路として使った木だろう。切った方がいい、という言葉をもう実行しているらしい。
「オルヴァ~が木ぃ~を切る~~、ヘイヘイホ~、ヘイヘイホ~」
「なんだ、その妙な歌は」
「あら、ミュルズ様。お目覚めになられましたのね。この歌は、今し方天から降って参りましたわ」
私ったら、歌の才能があるのかもしれませんわね、とオリヴィアは続けて言った。斧を持ってにこ、と笑う姿は、はっきり言って猟奇的だ。思わずミュルズは二、三歩、後退した。
「それより……あんた馬鹿力のくせに、木を切るのは手こずるんですね」
ミュルズはオリヴィアから視線を外し、木を見る。目を覚ました時から何度も木を打つ音が聞こえていたのに、まだ半分も切れていない。
「ああ、えっと……それはですねぇ。そのぉ……アレです、アレ。私、木が天敵ですの」
オリヴィアは視線をキョロキョロと彷徨わせながら答えた。嘘が下手、という話は本当だったらしい。じとり、とミュルズが彼女を疑いの眼差しで見つめると、彼女はさっと左腕を後ろに隠した。ますます怪しい。
「おい、手を見せやがりなさい」
「えっ!? な、な、な何故です!? もしかしてミュルズ様、手フェチでいらっしゃいますの? 私の手は、その、ほら! ゴブリンのような手ですので! お目汚しかと!」
ぶんぶんぶん、と勢いよく顔を振りながら、オリヴィアは数歩後退った。
「違ぇわ。なんでもいいから見せろ。命令だ」
ミュルズは手を差し出して、オリヴィアに詰め寄る。詰め寄って詰め寄って、彼女を木まで追い詰めた。
「ご、強引ですわぁ……。私は攻められるより攻めたいタイプですのよ」
「知るか。……いいから見せろ」
ミュルズはオリヴィアが背中に隠した左腕を、強引に掴んで引っ張りだした。彼女はいっと短く呻いて、素直に従う。彼女の手のひらは無数の擦り傷で真っ赤に染まり、手首も腫れて熱を持っていた。
「これ、さっき枝にぶら下がった時になったんです?」
「……ええ、はい。私は力は強いのですけど、外傷に対する耐久度は人並みで……。ですが、利き腕ではないので問題ないですわ」
へらり、と笑ってオリヴィアは言う。
「はあ……。ついてきやがりなさい」
「え? わっ! ミュルズ様!?」
ミュルズはオリヴィアの左腕……怪我が痛まないように肘あたりを掴んで、踵を返してかつかつと歩き始めた。慌てふためく彼女の声を無視して進む。妙に胸がムカムカしていた。自分を守ったせいで怪我をさせてしまったことも、それを彼女が隠そうとしたことも、どちらにも腹が立って仕方がなかった。
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