賢者様ん家のゴリラティック家政婦さん

荷稲 まこと

文字の大きさ
上 下
3 / 24

2話-1 救出劇はオリンピックのように鮮やかに

しおりを挟む
 オリヴィアがミュルズの屋敷で働き始めて早一週間。

「いらっしゃいませ侵入者様。そしてさようなら、ごきげんよう!」
「うわあああ!」
「ぐふぅ……っ!」
「ぎゃあああああっ!!」

 彼女は侵入者の撃退に勤しんでいた。とはいえ、それは彼女にとってはそう大変なことでもない。侵入者をちぎっては投げ、ちぎっては投げするだけの簡単なお仕事。今も林の向こうへ飛び去った者たちを見送ったばかりである。遠い異国では"鳥人間コンテスト"なるものがあるらしいが、それが人間を鳥のように飛ばす競技ならば、彼女も結構いい線いくだろう。

「ふむ。今日も来ましたね。毎日毎日ご苦労なことです」

 ぱんぱん、と手のひらの汚れを払いながら、オリヴィアは庭園から屋敷の方を見た。何度見てもボロ屋敷だが、訪れる者が絶えない。……普通の客ではなく、全員ミュルズを狙う侵入者だが。
 どうせ居所が割れているなら、綺麗なお屋敷に住んではどうか、とオリヴィアはミュルズに進言してみたものの、「綺麗な屋敷だと普通の客も来るようになるでしょうが」と素気なく却下された。あの賢者は、相当の人嫌いらしい。

 それにしても、賢者という職業はこんなにも狙われるものなのかしら、とオリヴィアは歩きながら考える。"賢者"とは国の魔法協会が任命する役職の一つで、かつては全ての魔法学に精通した者にのみ与えられるものだった。しかし、技術と知識が広く深くなるにつれ、全ての学術を極めるには人の一生では足りず、今では各部門の"権威"という意味で賢者という言葉が充てがわれるようになっている。攻撃魔法、治癒魔法、空間魔法、錬金術、魔導具、魔法薬学……などなど。だから、この国の賢者は結構多い。ちなみに、ミュルズは魔法薬学の賢者だそうだ。

 賢者がこんなにも危険に晒された日々を送っているのならば、国を挙げて保護するべきなのではないか。そうでなくとも、護衛に素人の令嬢を雇うのはいかがなものなのだろうか、など疑問は尽きない。今度きちんとミュルズに話を聞いてみよう……そんなことを考えながら、オリヴィアは屋敷の玄関扉をくぐる。侵入者の撃退も立派な仕事だが、家政婦の仕事もこなさなければならない。

 とはいえ、家政婦として彼女に与えられた仕事は、ミュルズの私室以外の掃除のみだ。「食事は自分で用意するからいらない。私室は研究室も兼ねているから、立ち入りを禁止する」と初日に言いつけられてしまった。食事もそうだが、主人の私室の掃除をしない家政婦が果たして存在するのか、と彼女は思ったものの、下手に彼の研究物を壊して弁償させられてはたまらない。だから、大人しくそれに従っている。

 幸いなのは、屋敷は庭園含めて荒れ放題で掃除のしがいがある、ということだろうか。今日は窓をピカピカに磨き上げよう、とオリヴィアが物置に掃除道具を取りに行きかけたところで、ガチャン、と何かが割れる音が遠くから聞こえた。音の遠さから推測して、二階の一番奥、ミュルズの私室兼研究室の方だ。

「もしかして……門の侵入者は陽動ですか!?」

 ミュルズが何かを落とした可能性もあるが、几帳面で神経質そうな彼のことだ。そんなミスをするとは考えにくい。

「急がなくては……職務怠慢でクビにされてしまう!!」

 オリヴィアはミュルズの私室の方へ全速力で駆け出した。そこは「彼の身が危ない!」と思うところだが、彼女は二、三度程度しかミュルズと顔を合わせていない。彼の身を案ずるほど親しくなっていないのだ。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

悪役令嬢カテリーナでございます。

くみたろう
恋愛
………………まあ、私、悪役令嬢だわ…… 気付いたのはワインを頭からかけられた時だった。 どうやら私、ゲームの中の悪役令嬢に生まれ変わったらしい。 40歳未婚の喪女だった私は今や立派な公爵令嬢。ただ、痩せすぎて骨ばっている体がチャームポイントなだけ。 ぶつかるだけでアタックをかます強靭な骨の持ち主、それが私。 40歳喪女を舐めてくれては困りますよ? 私は没落などしませんからね。

白い結婚は無理でした(涙)

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。 明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。 白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。 現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。 どうぞよろしくお願いいたします。

幼馴染と義弟と元カレ〜誰も私を放してくれない〜

けんゆう
恋愛
彼らの愛は、甘くて、苦しくて、逃げられない。 私は 西原六花《にしはら りっか》。 ただ普通に恋をして、普通に青春を送りたかった――それなのに。 ▶ 幼馴染の安原ミチル ――「六花には俺がいれば十分だろ?」 誰かを選べば、誰かが狂う。なら、私はどうすればいいの?? ▶ クラスの王子・千田貴翔 ――「君は俺のアクセサリーなんだから、大人しくしててよ。」 ▶ 義弟のリオ ――「お姉ちゃん、僕だけを見てくれるよね?」 彼らの愛は歪んでいて、私を束縛し、逃がしてくれない。 でも私は、ただの所有物なんかじゃない――だから、私は自分の未来を選ぶ。 彼らの執着から逃げるのか、それとも愛に変わるのか。 恋愛と執着、束縛と独占欲が交錯する、心理戦×ラブストーリー! あなたは、どの愛を選びますか?

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...