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2話-1 救出劇はオリンピックのように鮮やかに
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オリヴィアがミュルズの屋敷で働き始めて早一週間。
「いらっしゃいませ侵入者様。そしてさようなら、ごきげんよう!」
「うわあああ!」
「ぐふぅ……っ!」
「ぎゃあああああっ!!」
彼女は侵入者の撃退に勤しんでいた。とはいえ、それは彼女にとってはそう大変なことでもない。侵入者をちぎっては投げ、ちぎっては投げするだけの簡単なお仕事。今も林の向こうへ飛び去った者たちを見送ったばかりである。遠い異国では"鳥人間コンテスト"なるものがあるらしいが、それが人間を鳥のように飛ばす競技ならば、彼女も結構いい線いくだろう。
「ふむ。今日も来ましたね。毎日毎日ご苦労なことです」
ぱんぱん、と手のひらの汚れを払いながら、オリヴィアは庭園から屋敷の方を見た。何度見てもボロ屋敷だが、訪れる者が絶えない。……普通の客ではなく、全員ミュルズを狙う侵入者だが。
どうせ居所が割れているなら、綺麗なお屋敷に住んではどうか、とオリヴィアはミュルズに進言してみたものの、「綺麗な屋敷だと普通の客も来るようになるでしょうが」と素気なく却下された。あの賢者は、相当の人嫌いらしい。
それにしても、賢者という職業はこんなにも狙われるものなのかしら、とオリヴィアは歩きながら考える。"賢者"とは国の魔法協会が任命する役職の一つで、かつては全ての魔法学に精通した者にのみ与えられるものだった。しかし、技術と知識が広く深くなるにつれ、全ての学術を極めるには人の一生では足りず、今では各部門の"権威"という意味で賢者という言葉が充てがわれるようになっている。攻撃魔法、治癒魔法、空間魔法、錬金術、魔導具、魔法薬学……などなど。だから、この国の賢者は結構多い。ちなみに、ミュルズは魔法薬学の賢者だそうだ。
賢者がこんなにも危険に晒された日々を送っているのならば、国を挙げて保護するべきなのではないか。そうでなくとも、護衛に素人の令嬢を雇うのはいかがなものなのだろうか、など疑問は尽きない。今度きちんとミュルズに話を聞いてみよう……そんなことを考えながら、オリヴィアは屋敷の玄関扉をくぐる。侵入者の撃退も立派な仕事だが、家政婦の仕事もこなさなければならない。
とはいえ、家政婦として彼女に与えられた仕事は、ミュルズの私室以外の掃除のみだ。「食事は自分で用意するからいらない。私室は研究室も兼ねているから、立ち入りを禁止する」と初日に言いつけられてしまった。食事もそうだが、主人の私室の掃除をしない家政婦が果たして存在するのか、と彼女は思ったものの、下手に彼の研究物を壊して弁償させられてはたまらない。だから、大人しくそれに従っている。
幸いなのは、屋敷は庭園含めて荒れ放題で掃除のしがいがある、ということだろうか。今日は窓をピカピカに磨き上げよう、とオリヴィアが物置に掃除道具を取りに行きかけたところで、ガチャン、と何かが割れる音が遠くから聞こえた。音の遠さから推測して、二階の一番奥、ミュルズの私室兼研究室の方だ。
「もしかして……門の侵入者は陽動ですか!?」
ミュルズが何かを落とした可能性もあるが、几帳面で神経質そうな彼のことだ。そんなミスをするとは考えにくい。
「急がなくては……職務怠慢でクビにされてしまう!!」
オリヴィアはミュルズの私室の方へ全速力で駆け出した。そこは「彼の身が危ない!」と思うところだが、彼女は二、三度程度しかミュルズと顔を合わせていない。彼の身を案ずるほど親しくなっていないのだ。
「いらっしゃいませ侵入者様。そしてさようなら、ごきげんよう!」
「うわあああ!」
「ぐふぅ……っ!」
「ぎゃあああああっ!!」
彼女は侵入者の撃退に勤しんでいた。とはいえ、それは彼女にとってはそう大変なことでもない。侵入者をちぎっては投げ、ちぎっては投げするだけの簡単なお仕事。今も林の向こうへ飛び去った者たちを見送ったばかりである。遠い異国では"鳥人間コンテスト"なるものがあるらしいが、それが人間を鳥のように飛ばす競技ならば、彼女も結構いい線いくだろう。
「ふむ。今日も来ましたね。毎日毎日ご苦労なことです」
ぱんぱん、と手のひらの汚れを払いながら、オリヴィアは庭園から屋敷の方を見た。何度見てもボロ屋敷だが、訪れる者が絶えない。……普通の客ではなく、全員ミュルズを狙う侵入者だが。
どうせ居所が割れているなら、綺麗なお屋敷に住んではどうか、とオリヴィアはミュルズに進言してみたものの、「綺麗な屋敷だと普通の客も来るようになるでしょうが」と素気なく却下された。あの賢者は、相当の人嫌いらしい。
それにしても、賢者という職業はこんなにも狙われるものなのかしら、とオリヴィアは歩きながら考える。"賢者"とは国の魔法協会が任命する役職の一つで、かつては全ての魔法学に精通した者にのみ与えられるものだった。しかし、技術と知識が広く深くなるにつれ、全ての学術を極めるには人の一生では足りず、今では各部門の"権威"という意味で賢者という言葉が充てがわれるようになっている。攻撃魔法、治癒魔法、空間魔法、錬金術、魔導具、魔法薬学……などなど。だから、この国の賢者は結構多い。ちなみに、ミュルズは魔法薬学の賢者だそうだ。
賢者がこんなにも危険に晒された日々を送っているのならば、国を挙げて保護するべきなのではないか。そうでなくとも、護衛に素人の令嬢を雇うのはいかがなものなのだろうか、など疑問は尽きない。今度きちんとミュルズに話を聞いてみよう……そんなことを考えながら、オリヴィアは屋敷の玄関扉をくぐる。侵入者の撃退も立派な仕事だが、家政婦の仕事もこなさなければならない。
とはいえ、家政婦として彼女に与えられた仕事は、ミュルズの私室以外の掃除のみだ。「食事は自分で用意するからいらない。私室は研究室も兼ねているから、立ち入りを禁止する」と初日に言いつけられてしまった。食事もそうだが、主人の私室の掃除をしない家政婦が果たして存在するのか、と彼女は思ったものの、下手に彼の研究物を壊して弁償させられてはたまらない。だから、大人しくそれに従っている。
幸いなのは、屋敷は庭園含めて荒れ放題で掃除のしがいがある、ということだろうか。今日は窓をピカピカに磨き上げよう、とオリヴィアが物置に掃除道具を取りに行きかけたところで、ガチャン、と何かが割れる音が遠くから聞こえた。音の遠さから推測して、二階の一番奥、ミュルズの私室兼研究室の方だ。
「もしかして……門の侵入者は陽動ですか!?」
ミュルズが何かを落とした可能性もあるが、几帳面で神経質そうな彼のことだ。そんなミスをするとは考えにくい。
「急がなくては……職務怠慢でクビにされてしまう!!」
オリヴィアはミュルズの私室の方へ全速力で駆け出した。そこは「彼の身が危ない!」と思うところだが、彼女は二、三度程度しかミュルズと顔を合わせていない。彼の身を案ずるほど親しくなっていないのだ。
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