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1話-1 出会いは動物園のように騒がしく
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ザク、ザク、ザク、と大量の落ち葉を踏みしめて彼女は進む。目指す先は、あるお屋敷。それは林に囲まれていて、落ち葉と雑草で土も見えない庭園の中にあった。廃墟……これ以上的確に屋敷を形容する言葉はない。しかし、たしかに住人はいる……はず。彼女──オリヴィアは、ここに一人で住む『賢者』と呼ばれる魔法士の、臨時家政婦として雇われたのだから。
やがて彼女は屋敷の玄関扉の前に着き、ドアノッカーに手を伸ばした。ざらっとした土埃の不快な触感に手を離しそうになるも、堪えて四つ、扉を叩く。
しーん……
待てど暮らせど、人が出てくる気配はない。それでもめげずに、オリヴィアはもう一度扉を打ち鳴らす。
しーん……
もう一度。
もう一度。
もう一……
「うるっさいですよ!! 誰ですか!? 普通二度目くらいで諦めて帰るでしょう! それを何回もゴンゴンゴンゴンと!! キツツキでもまだ慎ましいわっ!」
五度目のノックをしようとしたところで勢いよく扉が開き、男の怒鳴り声が飛び出してきた。
「いえ、キツツキも生活がかかっているので、わりとしつこいかと」
「あぁ!?」
オリヴィアとしては至極真面目な反論だったが、火に油だったようだ。男は髪を逆立てて、険しい顔をしている。しかし、マイペースなオリヴィアは気にもせず、丁寧にカーテシーをした。
「ごきげんよう。私、本日よりこの屋敷の臨時家政婦と相成りました、オリヴィア・ランスリーと申します。アシュレイ・ミュルズ様ですね? よろしくお願いいたします」
百点満点中、八十点はありそうな、模範的かつ優等生な挨拶だった。……にも関わらず、男──ミュルズは、返事もせずに扉を閉めようとするではないか。すかさず、オリヴィアは扉の隙間に片足を差し込んだ。
「困ります。いれてくださいまし」
「うおっ!? てめ、悪徳商売人か取り立て屋かよ! 足折れますよ!?」
「あら、心配してくださるのですか? 大丈夫です。足の一本や二本くれてやりましょう。私、キツツキ以上に生活がかかっておりますので」
「はあ!? お前、頭おかし……いやちょっと待て力強ッ!」
オリヴィアが扉の隙間に手をかけ、ぐっと力を込めて押すと、あっさり扉は開いた。押されたミュルズは……路上で干からびたカエルのポーズをとっている。
「ゴリラ女……」
ミュルズはひっくり返ったまま、小声で悪態をついた。普通の令嬢なら傷つく言葉だが、オリヴィアは涼しい顔をしている。むしろ、ほんのり嬉しそうに微笑んでいる。
「ありがとうございます。ミュルズ様は、もう少し体重を増やすところから始められては?」
「褒めてねえし、余計なお世話です……。はあ……」
ささやかな仕返しに失敗したミュルズはため息をつき、服の汚れを叩きながら緩慢な動作で立ち上がった。猫背でだらっと立つ彼を、オリヴィアはまじまじと観察する。痩せっぽちの体にボサボサ、もじゃもじゃの黒い髪、薄汚れた黒いローブの下はよれよれのシャツ。唯一綺麗なのは、黒縁眼鏡の奥の菫色の瞳だけ。彼は侯爵家の人間だったはずだが、貧乏男爵家のオリヴィアの父とそう変わらない身なりだ。身長は彼女と同じくらいで、かなり若く見える。賢者と聞いてなんとなくおじさんをイメージしていたが、彼は十五、六くらいだろうか、と彼女は推測した。
「帰ってください。僕に家政婦だとか使用人だとかは必要ない。一人が好きなんだ」
ミュルズはオリヴィアを物理的に帰すことは諦めて、言葉で追い返す方針に決めたらしい。しかし、彼女とて引くわけにはいかない。
「そう申されましても、私の雇い主はあなた様のお父上です。前金もすでにいただいておりますわ。仕事もせずに帰るわけにはいきませんの」
「ちっ……くそじじいめ、余計な真似を……。じゃあじ……じゃない、父上にはちゃんと仕事してると言っといてやるから、帰りやがりなさい」
「いいえ、報告義務は私にもございます。自慢ではありませんが、私はとっても嘘が下手なのです。すぐにバレてしまいますわ」
「……ちっ」
ミュルズは短時間に二度も舌打ちをした。その口調も、無理やり丁寧語を取ってつけたような乱暴なものだ。大人しそうな見た目に反して、粗野な人物なのだろうか。
やがて彼女は屋敷の玄関扉の前に着き、ドアノッカーに手を伸ばした。ざらっとした土埃の不快な触感に手を離しそうになるも、堪えて四つ、扉を叩く。
しーん……
待てど暮らせど、人が出てくる気配はない。それでもめげずに、オリヴィアはもう一度扉を打ち鳴らす。
しーん……
もう一度。
もう一度。
もう一……
「うるっさいですよ!! 誰ですか!? 普通二度目くらいで諦めて帰るでしょう! それを何回もゴンゴンゴンゴンと!! キツツキでもまだ慎ましいわっ!」
五度目のノックをしようとしたところで勢いよく扉が開き、男の怒鳴り声が飛び出してきた。
「いえ、キツツキも生活がかかっているので、わりとしつこいかと」
「あぁ!?」
オリヴィアとしては至極真面目な反論だったが、火に油だったようだ。男は髪を逆立てて、険しい顔をしている。しかし、マイペースなオリヴィアは気にもせず、丁寧にカーテシーをした。
「ごきげんよう。私、本日よりこの屋敷の臨時家政婦と相成りました、オリヴィア・ランスリーと申します。アシュレイ・ミュルズ様ですね? よろしくお願いいたします」
百点満点中、八十点はありそうな、模範的かつ優等生な挨拶だった。……にも関わらず、男──ミュルズは、返事もせずに扉を閉めようとするではないか。すかさず、オリヴィアは扉の隙間に片足を差し込んだ。
「困ります。いれてくださいまし」
「うおっ!? てめ、悪徳商売人か取り立て屋かよ! 足折れますよ!?」
「あら、心配してくださるのですか? 大丈夫です。足の一本や二本くれてやりましょう。私、キツツキ以上に生活がかかっておりますので」
「はあ!? お前、頭おかし……いやちょっと待て力強ッ!」
オリヴィアが扉の隙間に手をかけ、ぐっと力を込めて押すと、あっさり扉は開いた。押されたミュルズは……路上で干からびたカエルのポーズをとっている。
「ゴリラ女……」
ミュルズはひっくり返ったまま、小声で悪態をついた。普通の令嬢なら傷つく言葉だが、オリヴィアは涼しい顔をしている。むしろ、ほんのり嬉しそうに微笑んでいる。
「ありがとうございます。ミュルズ様は、もう少し体重を増やすところから始められては?」
「褒めてねえし、余計なお世話です……。はあ……」
ささやかな仕返しに失敗したミュルズはため息をつき、服の汚れを叩きながら緩慢な動作で立ち上がった。猫背でだらっと立つ彼を、オリヴィアはまじまじと観察する。痩せっぽちの体にボサボサ、もじゃもじゃの黒い髪、薄汚れた黒いローブの下はよれよれのシャツ。唯一綺麗なのは、黒縁眼鏡の奥の菫色の瞳だけ。彼は侯爵家の人間だったはずだが、貧乏男爵家のオリヴィアの父とそう変わらない身なりだ。身長は彼女と同じくらいで、かなり若く見える。賢者と聞いてなんとなくおじさんをイメージしていたが、彼は十五、六くらいだろうか、と彼女は推測した。
「帰ってください。僕に家政婦だとか使用人だとかは必要ない。一人が好きなんだ」
ミュルズはオリヴィアを物理的に帰すことは諦めて、言葉で追い返す方針に決めたらしい。しかし、彼女とて引くわけにはいかない。
「そう申されましても、私の雇い主はあなた様のお父上です。前金もすでにいただいておりますわ。仕事もせずに帰るわけにはいきませんの」
「ちっ……くそじじいめ、余計な真似を……。じゃあじ……じゃない、父上にはちゃんと仕事してると言っといてやるから、帰りやがりなさい」
「いいえ、報告義務は私にもございます。自慢ではありませんが、私はとっても嘘が下手なのです。すぐにバレてしまいますわ」
「……ちっ」
ミュルズは短時間に二度も舌打ちをした。その口調も、無理やり丁寧語を取ってつけたような乱暴なものだ。大人しそうな見た目に反して、粗野な人物なのだろうか。
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