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十一
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それから私は『理想の郷』をもう一度見に行くために坂道を登った。
神社を過ぎて大きなカーブをひとつ越えたところに幅が二メートルくらいの川がある。橋の下は沢になっており、結構な高さだ。その橋の欄干に、ひとりのお年寄りが足を渓の方に投げ出すように座っていた。
「あの・・・、だ、大丈夫ですか?あまり思いつめないで。危ないですよ。い、今から私、そちらに行きますから、ま、まず、わ、私と話をしましょう・・・ね」
『自殺』という二文字が頭をよぎり、相手を刺激しないよう話しかけながらそうっと近づく。
「あん?ワシのことか?」
お年寄りは、網代笠を少し上げ、私を見つけると欄干の上に立った。
「あ・・・、ち、ちょっと、早まらないで」
思わず駆け寄った私を、お年寄りはヒラリとかわして再び欄干の上に降り立った。
「早まるとは何じゃ」
「えっ・・・?」
お年寄りのあまりにも重力を無視した軽い身のこなしに思わず思考も身体も動きが止まる。まるで京の五条大橋での牛若丸のような軽やかさだ。っていうことは、私は弁慶なのだろうか・・・?まぁ、女性にしては力が強い方だと思うけど・・・。
い、いや、そうじゃなくて!次々と起こる展開に私の思考がついていけずに、頭から煙が出てきそうなくらいパニックになっている。
「だから、早まるとは何じゃと聞いておる」
欄干の上で絶妙のバランスを取りながらお年寄りは再度聞き返す。その言葉にハッと我に返った。
「てっきり、飛び降り自殺するんじゃないかと・・・」
「ワシが?何で自殺しなきゃなんないんじゃ。もっとも、飛び降りてもワシは死なんけどのぅ」
と、涼しそうな表情でカラカラと笑い声を上げる。
「ち、違ったんですか。で、でも、あの状況じゃ誰が見ても自殺しそうなおじいさんに見えますから。私、心臓がこれ以上ないっていうくらいドキドキしながら声かけたんですから!」
心配した分、その笑い声に過剰に反応して悔しさがこみ上げてくる。
「すまん、すまん。みてくれがこんなに老いぼれてしまっても、動物的な感覚はまだまだ衰えていないっちゅうことじゃ」
そう言いながら欄干の上で何回も宙返りをして見せてくれる。私はお年寄りがヒラリヒラリと宙を舞うたびに肝がつぶれそうになりながら見守っていた。
「あ、あなたも人間じゃないんですか?」
「いかにも。ワシはカワウソじゃ」
お年よりは『今頃気付いたのか』と言わんばかりにあきれた表情を私に投げかけながら溜め息をひとつ吐いた。
「か、カワウソ?」
思わず声がひっくり返ってしまった。
「何じゃ、突然声かけてきて、捕まえようとしたと思ったら、今度は疑うとは。まったくもって無礼千万な女子(おなご)じゃな」
今日の私は動物達に何回無礼者呼ばわりされただろう・・・。そう言えば朝のTVの占いでも乙女座(自分でも笑ってしまうのだが、乙女座は何を隠そう私の星座だ。名前もそうだが、外観と性格以外はなんと女性らしいことか!)は確か最下位だったよね・・・。好転させるおまじないって何だったっけ?なんて、いつもは誰にでも当てはまるようなことしか言わないTV占いなんて気にも留めないのだけど、次々とこういうことが起こると、もっとしっかり観ておくんだったと後悔がこみ上げてくる。
「だって、カワウソは日本では絶滅したはずじゃ・・・」
お年寄りは、欄干に腰を下ろして腕を組んだ。
「あのまま、カワウソの姿をしていたらワシらもな・・・。たぶん、この景色は二度と拝めんかったじゃろうなぁ・・・」
と、遠くの景色を見つめながら昔を懐かしんでいるようだ。
「変身して生き残ったんですか?」
「いかにも。人間達がワシらの毛皮欲しさに次々と仲間達が殺されてしまってな。ワシらの毛皮は水や寒さに強いから高く売れたんだそうじゃ。それに、ワシらの肉は美味いそうでな、食ったことないから知らんけど。昔は日本のいたる所にたくさんいたんじゃよ。今はワシを入れて十匹くらいしかいなくなっちまったがな」
「えっ、十匹もいるんですか?」
「十匹しか!じゃ。日本中でたった十匹しかいないんじゃぞ!」
お年寄りの声に力が入り、怒りがこみ上げてきているのがわかった。
「イイか、ワシらは種をつなぐために泣く泣く川での生活を捨てたんじゃ。コレがどういう意味かわかるか?この辛さがお前にわかるか?もっとも、お前に言っても何も変わらんじゃろうけどな」
お年寄りは寂しそうに沢を見つめている。
先ほど見せた怒りが、きっと本音なんだと思う。でも、その本音はまもなく深い皺の下に隠されて見えなくなってしまった。そうやってこのお年寄りは人間としての日々を過ごしているのだろう。怒りで握りしめた拳を時々こうやって故郷の川の水で悲しみと共に洗い流しているに違いない。
「ワシらは人間になりたくて変身したんじゃない。こうしないとみんな死んでしまうから、苦渋の決断だったんじゃ。故郷の川の匂い、魚や昆虫達の味、ワシらの生活。それらを全部捨てて人間達の中に紛れ込むしか生き延びる道はなかったんじゃ」
あまりの内容の重さに、私はどう声をかけたら良いかわからなかった。
「人間は勝手だ。仲間がたくさんいた時は、毛皮と肉を求めて平気で殺しに来る。ワシらを勝手に少なくしておいて、いなくなりそうになったら今度は保護だと声を上げる。その反面、毛皮が高騰して密漁するヤツらも増える。まさに悪循環じゃよ。だから、ワシらは話し合って、カワウソの姿を捨てたんじゃ。人間の姿になれば、もう狙われることもないしな。それに、人間の姿になっても、水に触る仕事はたくさんあったから、感覚を失わずに生きてこられたしな」
お年寄りは遠い目をしながら、昔を追っているようだった。
「でも、故郷の匂いが忘れられなくて、こうして時々戻って来るんじゃよ。そうして昔の姿に戻って、英気を養って、また人間達の社会に紛れて暮らすんじゃ。ほれ、あそこにワシの家族がいるじゃろ」
お年寄りの指差した先には、カワウソが九匹川で泳いでいた。潜ったり、追いかけっこをしたり、みんな楽しそうだ。
「あなたは泳がないんですか?」
「今はな。みんなが楽しめるよう、ここで人間が来ないか見張っておる」
「何か、申し訳ないです」
「いや、構わんよ。あんた、記者さんだってな。この町じゃちょっとした有名人じゃよ。来てまだ間もないのに、動物達からも信頼を得ている。疑り深いヤツらを信用させるとは、たいしたもんじゃ。それでな、ワシもどんな女子か興味あってな。じゃから、ここで待っておったんじゃ」
「私のために・・・ですか?」
「そうじゃ。この町の町長をはじめ、動物達もここでの取り組みを世の中に広めたいと思っている者が多い。でも、よく考えて欲しいと思ってな」
「よく考える・・・」
「そうじゃ。よく考えるんじゃ。この広い世の中では、所詮彼らは『井の中の蛙』じゃ。人の良い田舎モンばかりが住んでる町で成功したからといって、有象無象の輩がウジャウジャしている他の町で成功するとは限らないからのぅ。確かにワシも良い取り組みではあると思う。じゃが、今の人間達は自分の事しか考えんヤツらばっかりじゃ。自分の家族の命まで平気で奪ってしまうヤツらじゃからな。そいつらが欲に駆られると何をしでかすか想像もつかん。そんなヤツらに、動物が変身できるのがわかってみぃ。ワシらが故郷を捨てた時のようなことが再び起こらんとも限らんじゃないか。カワウソの姿を捨てて、今度は人間の姿も捨てんとならなくなると、ワシらはどうやって生きていけば良いのかね?」
お年寄りの皺の中に隠された静かな怒りと共に、強い心の痛みがヒシヒシと感じられ、私は答えることができなかった。
『そんな人間達は、ごく一部の人間です!』
と、声を大にして言いたかったが、連日のニュースや新聞を見ると、お年寄りの言うように、人を騙して財産や命を奪うといった事件が記事に載らない日はないではないか。日本だけでもそうなのに、世界へと視野を広げたら、もっともっと悲しくなってしまう。
平気で家族や友人・知人を殺してしまう時代、果たして
『私は違う』
と、いったい何人の人達が胸を張って言い切れるだろうか。私達は、そんな人達はごく少数の人達だけだと思っているけれど、ひょっとしたら、私達の方が少なくなっているのかもしれない。そう思うと私に課せられた責任の重さが心に一層重くのしかかった。
「そんなに思いつめんでもイイ。今のはワシのグチだ。老いぼれたカワウソの独り言だ。けど、心の隅にでもイイから、忘れんでいてほしいんじゃ。昔も今もこれからも、人間の暮らしは動物達の犠牲の上に成り立っているってことをな」
「・・・はい。絶対に忘れません・・・」
私は、そういうのが精いっぱいだった。
「気ぃ悪くさせちまったようで、すまんかったな」
「そんなことないです。貴重なお話、ありがとうございました」
深々と頭を下げた私に、お年寄りは優しい眼差しを向けてニッコリと笑い、よいしょと膝を立てて川に飛び込もうとした。
「あの・・・」
「何じゃ?」
「他にも絶滅したと言われている動物達で、人間に変身して生き伸びている方達ってどのくらいいるのか知っていますか?」
「知ってるよ。狼もそうじゃろうね。でも、ヤツらはワシらよりも厳しかったと思うよ。今はどのくらい残っているかねぇ。しばらく会っていないから、どこでどう暮らしているかまでは知らんけど、この前カメラに写ったらしいから、まだ残っているんじゃろうね。みんな種をつなぐために必死なんじゃよ」
そう言うと、お年寄りはヒョイと欄干から飛び降り、三回転したところでカワウソの姿になった。
さすがに着水は見事だ。川の流れに呑まれることなく、飛沫(しぶき)も立てずに仲間のところに泳いで行った。
神社を過ぎて大きなカーブをひとつ越えたところに幅が二メートルくらいの川がある。橋の下は沢になっており、結構な高さだ。その橋の欄干に、ひとりのお年寄りが足を渓の方に投げ出すように座っていた。
「あの・・・、だ、大丈夫ですか?あまり思いつめないで。危ないですよ。い、今から私、そちらに行きますから、ま、まず、わ、私と話をしましょう・・・ね」
『自殺』という二文字が頭をよぎり、相手を刺激しないよう話しかけながらそうっと近づく。
「あん?ワシのことか?」
お年寄りは、網代笠を少し上げ、私を見つけると欄干の上に立った。
「あ・・・、ち、ちょっと、早まらないで」
思わず駆け寄った私を、お年寄りはヒラリとかわして再び欄干の上に降り立った。
「早まるとは何じゃ」
「えっ・・・?」
お年寄りのあまりにも重力を無視した軽い身のこなしに思わず思考も身体も動きが止まる。まるで京の五条大橋での牛若丸のような軽やかさだ。っていうことは、私は弁慶なのだろうか・・・?まぁ、女性にしては力が強い方だと思うけど・・・。
い、いや、そうじゃなくて!次々と起こる展開に私の思考がついていけずに、頭から煙が出てきそうなくらいパニックになっている。
「だから、早まるとは何じゃと聞いておる」
欄干の上で絶妙のバランスを取りながらお年寄りは再度聞き返す。その言葉にハッと我に返った。
「てっきり、飛び降り自殺するんじゃないかと・・・」
「ワシが?何で自殺しなきゃなんないんじゃ。もっとも、飛び降りてもワシは死なんけどのぅ」
と、涼しそうな表情でカラカラと笑い声を上げる。
「ち、違ったんですか。で、でも、あの状況じゃ誰が見ても自殺しそうなおじいさんに見えますから。私、心臓がこれ以上ないっていうくらいドキドキしながら声かけたんですから!」
心配した分、その笑い声に過剰に反応して悔しさがこみ上げてくる。
「すまん、すまん。みてくれがこんなに老いぼれてしまっても、動物的な感覚はまだまだ衰えていないっちゅうことじゃ」
そう言いながら欄干の上で何回も宙返りをして見せてくれる。私はお年寄りがヒラリヒラリと宙を舞うたびに肝がつぶれそうになりながら見守っていた。
「あ、あなたも人間じゃないんですか?」
「いかにも。ワシはカワウソじゃ」
お年よりは『今頃気付いたのか』と言わんばかりにあきれた表情を私に投げかけながら溜め息をひとつ吐いた。
「か、カワウソ?」
思わず声がひっくり返ってしまった。
「何じゃ、突然声かけてきて、捕まえようとしたと思ったら、今度は疑うとは。まったくもって無礼千万な女子(おなご)じゃな」
今日の私は動物達に何回無礼者呼ばわりされただろう・・・。そう言えば朝のTVの占いでも乙女座(自分でも笑ってしまうのだが、乙女座は何を隠そう私の星座だ。名前もそうだが、外観と性格以外はなんと女性らしいことか!)は確か最下位だったよね・・・。好転させるおまじないって何だったっけ?なんて、いつもは誰にでも当てはまるようなことしか言わないTV占いなんて気にも留めないのだけど、次々とこういうことが起こると、もっとしっかり観ておくんだったと後悔がこみ上げてくる。
「だって、カワウソは日本では絶滅したはずじゃ・・・」
お年寄りは、欄干に腰を下ろして腕を組んだ。
「あのまま、カワウソの姿をしていたらワシらもな・・・。たぶん、この景色は二度と拝めんかったじゃろうなぁ・・・」
と、遠くの景色を見つめながら昔を懐かしんでいるようだ。
「変身して生き残ったんですか?」
「いかにも。人間達がワシらの毛皮欲しさに次々と仲間達が殺されてしまってな。ワシらの毛皮は水や寒さに強いから高く売れたんだそうじゃ。それに、ワシらの肉は美味いそうでな、食ったことないから知らんけど。昔は日本のいたる所にたくさんいたんじゃよ。今はワシを入れて十匹くらいしかいなくなっちまったがな」
「えっ、十匹もいるんですか?」
「十匹しか!じゃ。日本中でたった十匹しかいないんじゃぞ!」
お年寄りの声に力が入り、怒りがこみ上げてきているのがわかった。
「イイか、ワシらは種をつなぐために泣く泣く川での生活を捨てたんじゃ。コレがどういう意味かわかるか?この辛さがお前にわかるか?もっとも、お前に言っても何も変わらんじゃろうけどな」
お年寄りは寂しそうに沢を見つめている。
先ほど見せた怒りが、きっと本音なんだと思う。でも、その本音はまもなく深い皺の下に隠されて見えなくなってしまった。そうやってこのお年寄りは人間としての日々を過ごしているのだろう。怒りで握りしめた拳を時々こうやって故郷の川の水で悲しみと共に洗い流しているに違いない。
「ワシらは人間になりたくて変身したんじゃない。こうしないとみんな死んでしまうから、苦渋の決断だったんじゃ。故郷の川の匂い、魚や昆虫達の味、ワシらの生活。それらを全部捨てて人間達の中に紛れ込むしか生き延びる道はなかったんじゃ」
あまりの内容の重さに、私はどう声をかけたら良いかわからなかった。
「人間は勝手だ。仲間がたくさんいた時は、毛皮と肉を求めて平気で殺しに来る。ワシらを勝手に少なくしておいて、いなくなりそうになったら今度は保護だと声を上げる。その反面、毛皮が高騰して密漁するヤツらも増える。まさに悪循環じゃよ。だから、ワシらは話し合って、カワウソの姿を捨てたんじゃ。人間の姿になれば、もう狙われることもないしな。それに、人間の姿になっても、水に触る仕事はたくさんあったから、感覚を失わずに生きてこられたしな」
お年寄りは遠い目をしながら、昔を追っているようだった。
「でも、故郷の匂いが忘れられなくて、こうして時々戻って来るんじゃよ。そうして昔の姿に戻って、英気を養って、また人間達の社会に紛れて暮らすんじゃ。ほれ、あそこにワシの家族がいるじゃろ」
お年寄りの指差した先には、カワウソが九匹川で泳いでいた。潜ったり、追いかけっこをしたり、みんな楽しそうだ。
「あなたは泳がないんですか?」
「今はな。みんなが楽しめるよう、ここで人間が来ないか見張っておる」
「何か、申し訳ないです」
「いや、構わんよ。あんた、記者さんだってな。この町じゃちょっとした有名人じゃよ。来てまだ間もないのに、動物達からも信頼を得ている。疑り深いヤツらを信用させるとは、たいしたもんじゃ。それでな、ワシもどんな女子か興味あってな。じゃから、ここで待っておったんじゃ」
「私のために・・・ですか?」
「そうじゃ。この町の町長をはじめ、動物達もここでの取り組みを世の中に広めたいと思っている者が多い。でも、よく考えて欲しいと思ってな」
「よく考える・・・」
「そうじゃ。よく考えるんじゃ。この広い世の中では、所詮彼らは『井の中の蛙』じゃ。人の良い田舎モンばかりが住んでる町で成功したからといって、有象無象の輩がウジャウジャしている他の町で成功するとは限らないからのぅ。確かにワシも良い取り組みではあると思う。じゃが、今の人間達は自分の事しか考えんヤツらばっかりじゃ。自分の家族の命まで平気で奪ってしまうヤツらじゃからな。そいつらが欲に駆られると何をしでかすか想像もつかん。そんなヤツらに、動物が変身できるのがわかってみぃ。ワシらが故郷を捨てた時のようなことが再び起こらんとも限らんじゃないか。カワウソの姿を捨てて、今度は人間の姿も捨てんとならなくなると、ワシらはどうやって生きていけば良いのかね?」
お年寄りの皺の中に隠された静かな怒りと共に、強い心の痛みがヒシヒシと感じられ、私は答えることができなかった。
『そんな人間達は、ごく一部の人間です!』
と、声を大にして言いたかったが、連日のニュースや新聞を見ると、お年寄りの言うように、人を騙して財産や命を奪うといった事件が記事に載らない日はないではないか。日本だけでもそうなのに、世界へと視野を広げたら、もっともっと悲しくなってしまう。
平気で家族や友人・知人を殺してしまう時代、果たして
『私は違う』
と、いったい何人の人達が胸を張って言い切れるだろうか。私達は、そんな人達はごく少数の人達だけだと思っているけれど、ひょっとしたら、私達の方が少なくなっているのかもしれない。そう思うと私に課せられた責任の重さが心に一層重くのしかかった。
「そんなに思いつめんでもイイ。今のはワシのグチだ。老いぼれたカワウソの独り言だ。けど、心の隅にでもイイから、忘れんでいてほしいんじゃ。昔も今もこれからも、人間の暮らしは動物達の犠牲の上に成り立っているってことをな」
「・・・はい。絶対に忘れません・・・」
私は、そういうのが精いっぱいだった。
「気ぃ悪くさせちまったようで、すまんかったな」
「そんなことないです。貴重なお話、ありがとうございました」
深々と頭を下げた私に、お年寄りは優しい眼差しを向けてニッコリと笑い、よいしょと膝を立てて川に飛び込もうとした。
「あの・・・」
「何じゃ?」
「他にも絶滅したと言われている動物達で、人間に変身して生き伸びている方達ってどのくらいいるのか知っていますか?」
「知ってるよ。狼もそうじゃろうね。でも、ヤツらはワシらよりも厳しかったと思うよ。今はどのくらい残っているかねぇ。しばらく会っていないから、どこでどう暮らしているかまでは知らんけど、この前カメラに写ったらしいから、まだ残っているんじゃろうね。みんな種をつなぐために必死なんじゃよ」
そう言うと、お年寄りはヒョイと欄干から飛び降り、三回転したところでカワウソの姿になった。
さすがに着水は見事だ。川の流れに呑まれることなく、飛沫(しぶき)も立てずに仲間のところに泳いで行った。
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