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七日目
一
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執務室の椅子に深々と座り、総理は窓から青く広がる空を見つめていた。
創造主が出現してから一週間が過ぎようとしているが、それ以後は珍しいくらいに抜けるような青い空が列島を包んでいる。生き物達だけではなく、地球、いや、この世に存在しているすべてのモノが落ち着きを取り戻し、穏やかに時を刻んでいるような感じだ。
「これが創造主の波動、天国の波動というものなのだろうか・・・」
自分以外には誰もいない執務室で珈琲をすすりながら呟いた。
今思い返しても実に不思議な体験だった。その場にいながら世界中の、いや、宇宙や天界をはじめこの世の生物や物質、チリや埃にいたるあらゆる存在とつながっている感覚は、守られているようなやすらぎとどこか懐かしいという感覚を思い出させてくれた。近くにいようが遠くにいようが自分のことのように手に取るように理解できた。
「あの感覚があれば、他国や野党の連中と駆け引きしなくても国民が望む政治ができるのに・・・」
肉体に心が縛られている身重さを感じながら、また一口珈琲をすする。
「懐かしいか。それは、そなたがまだ天之御中主神様と一体となっていた時の記憶だ。ひとたび創造神と離れ、色々な星で色々な命を体験しながら、得意不得意などで凸凹している魂を丸く磨いていく過程で、抱く懐かしさよ。我々はそうやってまた創造神の元へと帰って行くのだ」
気が付くと、目の前の応接セットの椅子に腰を掛けた姿で神武天皇が突然現れた。優しい温もりのこもった視線を総理に向け、対面している椅子に腰を下ろすよう手で促している。しなやかで優雅な身のこなしに、彼の魂の高貴さが改めて伺える場面だ。
「こ、今度は何の目的で現れたんですか?」
総理も彼が天界から使わされた存在であることはもう否定しなかった。そして彼に対する敬意を敬語でもってあらわした。
「これからの一〇〇年について、日本には果たさなければいけない役割があるので、それを伝えに来たのだ」
「果さなければいけない役割?」
「そうだ。これからこの国は『日の出国(ひのいづるくに)』として、天界とこの世をつなぎ、世界の国々をリードしていかなければならない役割を担っているのだ。神代の昔に天橋立が天と地を結んでいたように、この土地は神と人間とが一体となるための神聖な場所だ。それは現在(いま)も変わらない。だから、この国は他の国では経験できないような様々な体験を短期間でしてきている。内乱や他国との戦争では喜びだけでなく大いなる悲しみをも経験してきた。何より原子爆弾による被爆を経験し、そこから復興してみせた。神意がなければこんなに早く復興できるはずがないではないか」
「原爆で多くの人が苦しんできたことが神意だったというのですか?」
「それだけこの国の果たす役割は大きいということだ。神の御心に沿って進んでいれば喜びは他の国よりも多く、より豊かに発展していくし、神の御心から離れてしまえば他国よりも悲しみも大きくなってしまう」
「それで多くの人達が命を落としても神は平気なのか」
「命は今生のものであるが魂は永遠のものである。我々の魂は地球だけで終わりではない。地球での経験は魂にとってはほんの一部にしか過ぎない」
「それによって亡くなった者達だけでなく、残された者達も深く傷つくというのに?」
「地球で経験することは神意ではない。ここで生きている命あるもの一人一人が考え、選択してきたことによるものだ。国も王も鉄砲も刀も爆弾も争いも悪魔も、火山の爆発や地震、津波や台風といった物やすべての事象は人間が創造したものだ」
「この世に起こることはすべて人間が起こしたことで、神に責任はないというのか」
「すべてはこの世に生きる一人ひとりが引き寄せたものである」
「現実に起こることはすべて人間のせいだと?」
「心で感じたまま生きること、頭で考えて生きることの違いにより選択の結果は大いに変わってくる」
「神は我々の命を弄ぶために我々を作ったのか?」
訳も分からない怒りが胸の奥からこみあげてくるのを総理は抑えられなかった。
「どうして神と自分との間に上下を作るのだ?すべては一つから始まっている。神は余でありそなたでもある。そなたが神でもあるのだから、そなたは創造神と同じ存在であり、そこには上下も優劣もないのだ」
神武天皇は動じることなく表情一つ変えずに目の前に座っている。
「アメリカが原子爆弾を開発し、広島と長崎に投下したが、当時のこの国には原子爆弾を作る技術がなかったと思うかね?」
「日本でも秘かに作っていたと言うのですか?」
「そうではない。この国は作れる技術があり、軍は実際に作る準備までしていた。それを裕仁が頑として承諾しなかったのだ」
「昭和天皇が?」
「さよう。彼は生物学者であるから、放射能が生き物に与える影響というものに大きな危機感を抱いていた。彼が承認していれば当然アメリカよりも早い時期に実戦で使っていただろう。そうすると戦争の結果は大きく違っていただろうな。しかし彼は戦争に勝つことよりも戦争が終わった後の世の中の生態系を、民や生き物達の暮らしを案じていたからだ。それについて彼は今も決断に後悔してはいないだろう」
「しかし、一方で細菌兵器の開発を中国本土で行っていたじゃありませんか」
「この国が行っていたのは、敵国が細菌兵器の開発をしているとの情報があり、国内で使われた時のために情報を集めておくことと解毒のための研究が目的だったから裕仁も承諾したのだ。当初の目的を無視して軍が人体実験を主導して行っていたのはいただけなかったことではある。一度麻痺した感覚はだんだんとエスカレートしていくから、戦争というのは真に狂気というほかない。この国だけではない。戦争を行った、あるいは行っている国や軍、人間一人ひとりが奪った命に対しての償いを持って背負っていかなければならない十字架だろう。我が子孫を弁明するつもりはないが、この国が戦いに敗れてこの国が背負うべき十字架を裕仁やその子孫達が背負っていっているのだ。その覚悟があったからこの国は他国のように二つに分断されることもなく、戦後急速に発展することができたのだ」
「天皇がすべてを背負っていると?」
「それがこの国を統べる者の当然の義務であると彼らは心底思っておる。その重さがそなたには到底解るまい。その覚悟を持って進むことが彼らなりの神意へ続く『道』の歩き方なのだ」
腑に落ちない顔をしている総理に対して神武天皇はまったく動じる様子はなく、堂々とした振る舞いで対面している。
「『備えあれば愁いなし』という言葉がこの国にはあるだろう。防災という意識はとても大切である。しかし、過剰に意識しすぎてはいけない。その意識がいたずらに災害を引き寄せてしまうからである。何事も中庸が大事だ。中庸であれば奪い合うことよりも分け与えることに意識を向けることができる。見知らぬ者同士であっても災害時には助け合える姿勢こそが、我が国が誇れるものであるのではないか。嘆かわしいことではあるが、この先も災害は次々に世界中を襲うであろう。その中でいかに心を中庸に保ち、災害に備えるか、そして災害が襲ってきたとしても被害を最小限にするために皆が力を合わせて乗り切っていくかが問われているのである」
総理は、席を立って窓の傍に立ち、外の景色を見渡しながら物思いにふけった表情を浮かべた。短い時間ではあったが、それは最初に神武天皇がこの執務室に姿を現した時に流れた重苦しい沈黙と違って、心地良く総理の心身を包んだ。そして、再び思い直したように窓に背を向けて神武天皇が座る体面の椅子に再び腰を下ろした。
「それで、日本人は具体的に何をすれば良いんですか?」
神武天皇は肘掛けにのせていた両手を丹田の上で組んで大きく息を一つ吐いた。
「人間に与えられた時間は一〇〇年である。日が出ずるということは神に最も近いということだ。この国が国同士をつなぎ、地球国家としてまとめ上げていかなければならない。各国の思惑や威信などもあって並大抵のことではないであろうが、駆け引きや損得を越えて同じ地球に住む人類としてまとめていかなければならない。また、国民一人一人については、自身の神性に目覚め、隣人や他者の幸福が自身の幸福と分け隔てなく歓べるようにならなければならない。批判や争いをやめ、隣人や他者と共に現在(いま)を生かされていることに感謝し理解するように努めていくということだ」
「簡単なことではないな・・・」
「それが創造神の心を動かし、人間達の命を長らえさせてくれた生き物達への礼儀ではないかな」
創造主が出現してから一週間が過ぎようとしているが、それ以後は珍しいくらいに抜けるような青い空が列島を包んでいる。生き物達だけではなく、地球、いや、この世に存在しているすべてのモノが落ち着きを取り戻し、穏やかに時を刻んでいるような感じだ。
「これが創造主の波動、天国の波動というものなのだろうか・・・」
自分以外には誰もいない執務室で珈琲をすすりながら呟いた。
今思い返しても実に不思議な体験だった。その場にいながら世界中の、いや、宇宙や天界をはじめこの世の生物や物質、チリや埃にいたるあらゆる存在とつながっている感覚は、守られているようなやすらぎとどこか懐かしいという感覚を思い出させてくれた。近くにいようが遠くにいようが自分のことのように手に取るように理解できた。
「あの感覚があれば、他国や野党の連中と駆け引きしなくても国民が望む政治ができるのに・・・」
肉体に心が縛られている身重さを感じながら、また一口珈琲をすする。
「懐かしいか。それは、そなたがまだ天之御中主神様と一体となっていた時の記憶だ。ひとたび創造神と離れ、色々な星で色々な命を体験しながら、得意不得意などで凸凹している魂を丸く磨いていく過程で、抱く懐かしさよ。我々はそうやってまた創造神の元へと帰って行くのだ」
気が付くと、目の前の応接セットの椅子に腰を掛けた姿で神武天皇が突然現れた。優しい温もりのこもった視線を総理に向け、対面している椅子に腰を下ろすよう手で促している。しなやかで優雅な身のこなしに、彼の魂の高貴さが改めて伺える場面だ。
「こ、今度は何の目的で現れたんですか?」
総理も彼が天界から使わされた存在であることはもう否定しなかった。そして彼に対する敬意を敬語でもってあらわした。
「これからの一〇〇年について、日本には果たさなければいけない役割があるので、それを伝えに来たのだ」
「果さなければいけない役割?」
「そうだ。これからこの国は『日の出国(ひのいづるくに)』として、天界とこの世をつなぎ、世界の国々をリードしていかなければならない役割を担っているのだ。神代の昔に天橋立が天と地を結んでいたように、この土地は神と人間とが一体となるための神聖な場所だ。それは現在(いま)も変わらない。だから、この国は他の国では経験できないような様々な体験を短期間でしてきている。内乱や他国との戦争では喜びだけでなく大いなる悲しみをも経験してきた。何より原子爆弾による被爆を経験し、そこから復興してみせた。神意がなければこんなに早く復興できるはずがないではないか」
「原爆で多くの人が苦しんできたことが神意だったというのですか?」
「それだけこの国の果たす役割は大きいということだ。神の御心に沿って進んでいれば喜びは他の国よりも多く、より豊かに発展していくし、神の御心から離れてしまえば他国よりも悲しみも大きくなってしまう」
「それで多くの人達が命を落としても神は平気なのか」
「命は今生のものであるが魂は永遠のものである。我々の魂は地球だけで終わりではない。地球での経験は魂にとってはほんの一部にしか過ぎない」
「それによって亡くなった者達だけでなく、残された者達も深く傷つくというのに?」
「地球で経験することは神意ではない。ここで生きている命あるもの一人一人が考え、選択してきたことによるものだ。国も王も鉄砲も刀も爆弾も争いも悪魔も、火山の爆発や地震、津波や台風といった物やすべての事象は人間が創造したものだ」
「この世に起こることはすべて人間が起こしたことで、神に責任はないというのか」
「すべてはこの世に生きる一人ひとりが引き寄せたものである」
「現実に起こることはすべて人間のせいだと?」
「心で感じたまま生きること、頭で考えて生きることの違いにより選択の結果は大いに変わってくる」
「神は我々の命を弄ぶために我々を作ったのか?」
訳も分からない怒りが胸の奥からこみあげてくるのを総理は抑えられなかった。
「どうして神と自分との間に上下を作るのだ?すべては一つから始まっている。神は余でありそなたでもある。そなたが神でもあるのだから、そなたは創造神と同じ存在であり、そこには上下も優劣もないのだ」
神武天皇は動じることなく表情一つ変えずに目の前に座っている。
「アメリカが原子爆弾を開発し、広島と長崎に投下したが、当時のこの国には原子爆弾を作る技術がなかったと思うかね?」
「日本でも秘かに作っていたと言うのですか?」
「そうではない。この国は作れる技術があり、軍は実際に作る準備までしていた。それを裕仁が頑として承諾しなかったのだ」
「昭和天皇が?」
「さよう。彼は生物学者であるから、放射能が生き物に与える影響というものに大きな危機感を抱いていた。彼が承認していれば当然アメリカよりも早い時期に実戦で使っていただろう。そうすると戦争の結果は大きく違っていただろうな。しかし彼は戦争に勝つことよりも戦争が終わった後の世の中の生態系を、民や生き物達の暮らしを案じていたからだ。それについて彼は今も決断に後悔してはいないだろう」
「しかし、一方で細菌兵器の開発を中国本土で行っていたじゃありませんか」
「この国が行っていたのは、敵国が細菌兵器の開発をしているとの情報があり、国内で使われた時のために情報を集めておくことと解毒のための研究が目的だったから裕仁も承諾したのだ。当初の目的を無視して軍が人体実験を主導して行っていたのはいただけなかったことではある。一度麻痺した感覚はだんだんとエスカレートしていくから、戦争というのは真に狂気というほかない。この国だけではない。戦争を行った、あるいは行っている国や軍、人間一人ひとりが奪った命に対しての償いを持って背負っていかなければならない十字架だろう。我が子孫を弁明するつもりはないが、この国が戦いに敗れてこの国が背負うべき十字架を裕仁やその子孫達が背負っていっているのだ。その覚悟があったからこの国は他国のように二つに分断されることもなく、戦後急速に発展することができたのだ」
「天皇がすべてを背負っていると?」
「それがこの国を統べる者の当然の義務であると彼らは心底思っておる。その重さがそなたには到底解るまい。その覚悟を持って進むことが彼らなりの神意へ続く『道』の歩き方なのだ」
腑に落ちない顔をしている総理に対して神武天皇はまったく動じる様子はなく、堂々とした振る舞いで対面している。
「『備えあれば愁いなし』という言葉がこの国にはあるだろう。防災という意識はとても大切である。しかし、過剰に意識しすぎてはいけない。その意識がいたずらに災害を引き寄せてしまうからである。何事も中庸が大事だ。中庸であれば奪い合うことよりも分け与えることに意識を向けることができる。見知らぬ者同士であっても災害時には助け合える姿勢こそが、我が国が誇れるものであるのではないか。嘆かわしいことではあるが、この先も災害は次々に世界中を襲うであろう。その中でいかに心を中庸に保ち、災害に備えるか、そして災害が襲ってきたとしても被害を最小限にするために皆が力を合わせて乗り切っていくかが問われているのである」
総理は、席を立って窓の傍に立ち、外の景色を見渡しながら物思いにふけった表情を浮かべた。短い時間ではあったが、それは最初に神武天皇がこの執務室に姿を現した時に流れた重苦しい沈黙と違って、心地良く総理の心身を包んだ。そして、再び思い直したように窓に背を向けて神武天皇が座る体面の椅子に再び腰を下ろした。
「それで、日本人は具体的に何をすれば良いんですか?」
神武天皇は肘掛けにのせていた両手を丹田の上で組んで大きく息を一つ吐いた。
「人間に与えられた時間は一〇〇年である。日が出ずるということは神に最も近いということだ。この国が国同士をつなぎ、地球国家としてまとめ上げていかなければならない。各国の思惑や威信などもあって並大抵のことではないであろうが、駆け引きや損得を越えて同じ地球に住む人類としてまとめていかなければならない。また、国民一人一人については、自身の神性に目覚め、隣人や他者の幸福が自身の幸福と分け隔てなく歓べるようにならなければならない。批判や争いをやめ、隣人や他者と共に現在(いま)を生かされていることに感謝し理解するように努めていくということだ」
「簡単なことではないな・・・」
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