種の期限

ながい としゆき

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プロローグ

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 地球からの悲鳴が神々に届いた。
 天界の様子が慌しくなり、天界に住んでいる神々だけでなく、地球や他の星々での生活を終えた魂たちも一斉に地球に意識を向けた。
 ある神は
「怒りが爆発した」
と火山が爆発し、溶岩が炎を従えて山林を飲み込んでいく状況を指して言った。
 ある神は
「泣き叫んでいる」
と台風や竜巻が、強い風と雨を従えて地表を洗い流していくさまを指して言った。
 また、ある神は
「怯えている」
と地震で震える大地、その大地を覆いつくそうとする海水を指して言った。
 その他にも干乾びていくかつては肥沃だった土地のようすや海水温の上昇による環境的秩序の乱れ、昆虫や微生物の大量発生や大量死、放射能等による環境汚染や地球規模のウイルス感染など、次々と地球の危機的状況についての報告が地上での任務に就いている神々から天界に届けられている。
「地球よ、こんな状況になっても、お前は自力で何とかできると思っているのか・・・」
神々からの報告を受けた天地創造の神は呟いた。
 豊かな大地と海の恩恵を受けて、さまざまな命が芽吹き、人間を中心として、互いに助け合いながら成長していく姿を歓びの中で見守っていくはずだった。そのために、それぞれの地域で生活する民が理解しやすいように、預言者や息子達を送り、民を教え導いたはずだった。
 大地の緑と海の青、白い雲がコントラストになって見える美しい惑星が、現在は分厚い雲の隙間から見える赤茶けてむき出しになった大地が痛々しい。太陽の光を受けて輝く星の影の部分には、人間によって作られた光が常に放たれている。
「まるで黙示録に描かれている状況そのものではないか!」
「またしても人間達の所業によるものか・・・」
「人間達には、地球の叫び声が聞こえないのか?」
「いったい、同じことを何回繰り返せば人間達は進化できるのだろう・・・」
みんな目にいっぱい涙を浮かべながら、苦虫を噛み潰したような表情で地球を見つめている。
 神々や天上人といえども、できないことがある。それは天地創造の神にとっても同じだ。
───求められるまでは、決して動いてはいけない───
自ら創造したルールによって、神々は地球から伝わってくる悲しみの波動を受け止め、その痛みに対して何もしてあげることができないもどかしさに心を悩ませながら、ただただ地球を見守ることしかできなかった。
 このルールを自らが破るわけにはいかない。人間達の恐怖や怒り、呪いや恨み妬みなどの感情が創り上げた悪魔・悪霊・魔物といわれる魔界の住人達(以下、悪魔達と記す)に隙を見せてしまうからだ。神々が創造主の創ったルールを破らない限り、悪魔達も破ることができない。つまり、所詮は彼らも同じこの多次元世界の住人なのである。しかし、彼らは創造主である神に対しても狡猾だ。人間達から吸い上げたマイナスエネルギーを巧みに利用して神の座を奪い、君臨しようとするまでに力をつけてきている。それほどまでに人間達が発するマイナスエネルギーは強大になってしまっている。
 彼らは自分達の力を強大にするために、神々が人間を導くために創った宗教を利用した。戒律を作り、それを破った人間達を聖職者に神と正義の名のもとに命を奪わせることに成功したのだ。また、神の言葉を惑わしに利用し、自分達が信仰する宗教が最高の真理であり、それ以外は邪教であると人間達の心を曇らせ、人間同士が自ら望んでお互いに命を奪い合うように仕向けたのである。それは真理を追求する者や豊かさを求める者、特に時の為政者や聖職者などといった知識ある者達を惑わすには充分に簡単なことであった。名誉・地位・財産という権力に対する欲望や淫欲を少し刺激することで
「願いが叶った」
「これこそが真理であり正義であるべきだ」
などと悪魔の誘惑を簡単に神の御心と信じ込んでしまう。身勝手な欲望から発した願いを神は決して叶えないことを良いことに、悪魔達は彼らを蝕んでいった。『宗教弾圧』『宗教裁判』『魔女裁判』『宗教戦争』『聖戦』などが良い例だろう。
 すべての人間には原罪があることを意識させると同時に、神や指導者達を『唯一無二の存在』『神のひとり子』などと呼ばせて人間から距離を置かせることに成功した。そうすることで人間の魂に優劣を付けさせ、貧富の差を激しくしながら、人間達が発する終わりのない怒りや恨みの感情のスパイラルをより強固なものへと長い年月をかけて作り上げてきた。
 それは現在まで手を変え品を変えて連綿と続けられている。人間達が宗教からだんだんと心が離れてきているとみると、魔物達は政治から宗教を切り離し、様々な場面で『自由』を掲げて神意に抵抗するように仕向けている。『表現の自由』『選択の自由』『言論の自由』を武器として前面に掲げ、『権利の侵害』『不当な検閲』『社会的不自由』だと難癖をつけて政府や組織に対して抵抗させている。
「人間達は、『自由』の真の意味を解っていない!」
「他の人を傷つけたり不快な思いをさせたり、世の中を犠牲にして得られるモノは自由なんかではなく、傲慢な自己による満足でしかないのに」
「暴力には力だけではなく『言葉という暴力』『芸術という暴力』『自由という暴力』『知識という暴力』があることを彼らは知らない。たかだか百年くらいしか生きられないと信じ込んでいる彼らの頭脳では理解できないだろうな。だからいつまで経ってもハラスメントやヘイトが無くならないんだ」
「それだって問題だ。善意による発言や行動も受ける側が偏見で満ちた眼で見ればたちまちハラスメントに変わってしまう。個人(わたし)、個人(わたし)、個人(わたし)。相手の気持ちなんて微塵も考えられない者達に自然や神々の言葉なんて届くはずがない」
「人間達は『個人主義』と『個人至上主義』を履き違えている!」
「そもそも信仰と宗教、オカルトとスピリチュアルを区別できていないのだから困ったものだ。社会がどんなに発展しても心が成長していないんじゃ・・・」
「操られ、踊らされていることに何で気付かないんだ!」
正面から働きかける神々に対し、悪魔達は狡猾に行動した。社会で成功したと勘違いしている偏った知識しかない人間達を、博識という間違った言葉で陶酔させ、あたかも自分達が全知全能であり正しい者であると思わせることに見事に成功し、争い、競わせて弄んでいる。逆に社会に対して負い目のある人間達には『喪失感』『自己否定』『自己憐憫』『自己嫌悪』といった感情を抱かせて曇った目をさらに覆っている。どちらになっても負のスパイラルから抜け出せないように巧妙な罠が仕掛けられている。両極に誘い、惑わす手口は、まさに『中庸』『自然体』を嫌う悪魔の仕業ならではだ。
 神々が守護霊や守護神を通して苦言を呈しても、曇っている心には届くことはなく、涸れることのない個人の欲望が満たされない現実に対する不満を増長させるだけだった。
 もちろん悪魔達もどんな力をもってしても創造主の力にはかなわないことを知っている。しかし、創造主が自らの力を揮うのは、この多次元世界を終わらせると決断した時だけであり、そしてそれは永久的に『決して訪れない』ということも知っている。何よりも質(たち)が悪いのは、悪魔達は人間達が創造したモノであるから、創造主は自分達をも愛し、受け入れられていることを知っているということである。
 今回も人間達の心を巧みに利用しながら、神々が目指している地上天国の創造を阻止するために、地球を人質にして挑戦してきているのである。なぜなら、地上天国が出来上がってしまうと、自分達が存在するための場所もエネルギーもなくなってしまうからである。しかし、地球がここまで荒らされてきているということは、意識的にしろ無意識的にしろ悪魔達に加担している人間達が増えているという事実は否定できないだろう。
「それでも地球よ、お前はまだ自力で何とかできると思っているのか・・・」
天地創造の神は呟いた。そして、神々に招集をかけた。
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