自衛隊のロボット乗りは大変です。~頑張れ若年陸曹~

ハの字

文字の大きさ
上 下
341 / 344
第四十七話「願いを叶えるための戦いについて」

抗う者たち

しおりを挟む
 ヘイムダルは、今までに感じたことのない程の、怒りと焦りを感じていた。
 比乃の読み、推測は的確だった。フォトン粒子――マナを操るために用いられる、異世界の国家から与えられた物質は、あまり多くはなかった。なので、この魔道鎧。ギャラルホルンの両の手と、剣を構成するのに用いられた。

 自分たちの組織で、この物質を生産するための努力もしていた。その結果として、ヒュペリオンのソーラーディエディーや、アフロディテの機体に、一応は実用的に使えるもの……“紛い物”レベルだが、兵器としては十分な装置を組み込めた。

 だが、それらは所詮、偽物だ。楽園への扉を開くための鍵には成り得なかった。鍵にできるのは正真正銘、本物でなければならない。それが、今、眼前でこちらを睨み付ける白い機械人形によって破壊されてしまった。

 もし、ヘイムダルが、何の間違いも失敗も想定しない楽観主義であったならば、この時点で比乃たちの戦略的勝利が決まっていた。この扉を開ける手段はなくなるのだから。けれども、テロ組織をまとめ上げる彼女も、そこまで愚かではなかった。

 予備の部品はあるし、万が一、この鎧を破壊されても、次のギャラルホルンを作り出す算段はあった。異世界の協力関係にある国家。この醜く汚らしい世界を蹂躙してくれる、強大な軍勢を保有した者たちに、また協力を仰いでも良い。

 まだ、自分の勝利は揺らがない。外の連合軍がここに攻め込んでくるよりも早く、この小生意気な子供……せっかく、理想郷へと至るための鍵である「マナを操る力」を、自分と同じ力を与えてやったというのに、こちらに牙を剥いて噛み付いてくる恩知らずを排除すれば、いくらでもやり直しは効く。

 戦闘に疎いヘイムダルでもわかる。操る兵器の性能差は自分が圧倒している。同じ素手ならば、あの白い機体をねじ伏せるのも簡単だ。

 蒼い鎧、ギャラルホルンに思考を送る。特殊な機械を介しているわけでもない。それなのに、鎧は彼女の思った通りに動いた。マナを操る力を失っていても、鎧から伝わってくる万能感に変わりは無い。

 何が相手だろうと、負ける気がしない。自分こそが世界の中心であり、この世界を終わらせる者だ。さぁ、無残に殺してやる。

 ヘイムダルが鎧を白い機体へ向けて一歩進めたその時。その相手から小さい円筒がばら撒かれ、辺り一帯を白い煙が覆った。煙幕によって身を隠した敵に、彼女は小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。

 今更、時間稼ぎをしたところでどうにもならない。自分に決定打を与える武器が相手にはないという状況に、変わりは無いのだから。



 比乃のお願いを聞いた心視は、HMDの下で、躊躇いの表情を浮かべた。拒否しようと口を開くが、それでも、それしか無いのだという事実を突き付けられ、承諾せざるを得なかった。せめてもと、一言だけ、心視も願いを口にする。

「……死なないで」

「当然、約束があるからね」

 煙で視界がゼロになっている正面を睨んだまま、比乃は微笑を浮かべて答えた。
 作戦開始――



 十秒経つか経たないか、煙幕の前で悠々と待っていた蒼い鎧に、白い機体が思い切り突っ込んできた。そのまま、ナックルガードを展開した右ストレートが飛んでくる。素人のヘイムダルには反応できない。棒立ちしていた機体の顔面に拳を食らい、衝撃でコクピットが揺れる。

「このっ!」

 脳を揺らされた不快感の中、ヘイムダルも念じる。殴り合いの喧嘩などしたことがない故の、不格好なパンチ。白い機体はそれをひょいと避けて、今度はハイキックを放ってきた。左腕で咄嗟にガードするが、その上から蹴り飛ばされ、鎧が一瞬、宙に浮く。

 相手は子供でも訓練を受けたプロの兵士だ。その事実を嫌でも味合わされる。だが、どの攻撃も致命傷にはならない。精々、鎧を揺らすだけだ。それより先に、相手を組み伏せ、押し倒し、コクピットを直接捻り潰せば勝ちだ。

 たったそれだけ、それだけで勝てる。ヘイムダルは目前と迫った勝利に、頬が緩むのを禁じ得なかった。だが、現実はそう甘くはないことを、彼女は思い知らされることになる。



「くそっ、やっぱり硬い……!」

 回転蹴りで相手の胴体を打ち据えたTk-11の中、比乃は悪態を吐いた。すでに五発は食らわせているが、どれも相手を仰け反らせる程度にしかならず、装甲をへこませることもできていない。

 とんでもない強度である。しかも、

「っあぶな!」

 相手の素人染みた攻撃は、当たりこそしないが、受け流すのに使った左腕部がそのまま持って行かれそうになるようなパワーを持っていた。胴体に受けでもしたら、そのまま押し潰されてしまうだろう。

 距離を取って、一撃を入れて下がるを繰り返すだけでも、比乃の目的である時間稼ぎはできるだろう。だが、比乃側にもタイムリミットがある。それは、相手があることに気付くまで、気付かれたら一巻の終わりだ。今度こそ勝ち目が無くなる。

 なので、距離は取らずに、できる限りクロスレンジを保ったまま、相手と殴り合いを続ける。しかし、それは危険をはらんでいた。相手のサッカーキックを翻るように避ける。胸部装甲を掠めただけで、機体が揺れる。翻り着地したTk-11に、蒼い鎧が肩からタックルしてくる。これは避けられない――

「サブアーム展開!」

 《了解》

 瞬時の判断で、比乃の意思により背中の腕が前方に来て、四本になった腕で相手の突進を迎え撃った。轟音、金属と未知の硬質物質がぶつかり合う音が周囲に響く。受け止め切った。敵に蹴りを入れて、組み掛かろうとしてきた腕から逃れる。

『なぜ私の邪魔をするのです。無駄な抵抗を続けるのですか、この世界を捨てて理想郷へと行くことが、なぜ悪いことなのです!』

「行くなら、一人で、勝手に行け!」

 焦りの混ざったヘイムダルの問いに、比乃は言葉と拳で返した。想定外の圧力に、ナックルガードが弾け飛び、マニピュレータが潰れる。

「空想の世界にでもなんでも、誰にも迷惑をかけずに!」

 相手が振るった右腕を屈んで避けて、左の腕でボディブローをかました。相手の鎧が数センチ浮き上がる。左手の指がガードごとぐちゃぐちゃになった。それでも構わない。

「僕の、僕らの現実を、これ以上、壊すな!!」

 叫びに乗せて、両腕を同時に相手の胴体へと叩き込む。Tk-11の骨格フレームが軋み、悲鳴をあげる。その重い一撃によって、コクピット内へも大きな衝撃を与えた。ヘイムダルが外部音声越しに『かはっ』と息を吐く。

 浮かび上がった敵を、Tk-11が両翼、副腕を組んで、全力で振り下ろした。ハンドハンマー。頭部に打撃を食らって、上下に揺さぶられた機体が、中の操縦者の状態を表すように大きくよろめいて、グロッキー状態になった。

「今っ!」

 その隙を逃さず、両腕と両膝に備え付けられていたワイヤーアンカーが射出され、穂先の裏からロケットモーターによる推進力を得て比乃の意のままに飛ぶ。それらが蒼い鎧を雁字搦めにした。これで、作戦の第一段階は完了。あとは――
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ゲート0 -zero- 自衛隊 銀座にて、斯く戦えり

柳内たくみ
ファンタジー
20XX年、うだるような暑さの8月某日―― 東京・銀座四丁目交差点中央に、突如巨大な『門(ゲート)』が現れた。 中からなだれ込んできたのは、見目醜悪な怪異の群れ、そして剣や弓を携えた謎の軍勢。 彼らは何の躊躇いもなく、奇声と雄叫びを上げながら、そこで戸惑う人々を殺戮しはじめる。 無慈悲で凄惨な殺戮劇によって、瞬く間に血の海と化した銀座。 政府も警察もマスコミも、誰もがこの状況になすすべもなく混乱するばかりだった。 「皇居だ! 皇居に逃げるんだ!」 ただ、一人を除いて―― これは、たまたま現場に居合わせたオタク自衛官が、 たまたま人々を救い出し、たまたま英雄になっちゃうまでを描いた、7日間の壮絶な物語。

装甲列車、異世界へ ―陸上自衛隊〝建設隊〟 異界の軌道を行く旅路―

EPIC
ファンタジー
建設隊――陸上自衛隊にて編制運用される、鉄道運用部隊。 そしてその世界の陸上自衛隊 建設隊は、旧式ながらも装甲列車を保有運用していた。 そんな建設隊は、何の因果か巡り合わせか――異世界の地を新たな任務作戦先とすることになる―― 陸上自衛隊が装甲列車で異世界を旅する作戦記録――開始。 注意)「どんと来い超常現象」な方針で、自衛隊側も超技術の恩恵を受けてたり、めっちゃ強い隊員の人とか出てきます。まじめな現代軍隊inファンタジーを期待すると盛大に肩透かしを食らいます。ハジケる覚悟をしろ。 ・「異世界を――装甲列車で冒険したいですッ!」、そんな欲望のままに開始した作品です。 ・現実的な多々の問題点とかぶん投げて、勢いと雰囲気で乗り切ります。 ・作者は鉄道関係に関しては完全な素人です。 ・自衛隊の名称をお借りしていますが、装甲列車が出てくる時点で現実とは異なる組織です。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

AIが俺の嫁になった結果、人類の支配者になりそうなんだが

結城 雅
ライト文芸
あらすじ: 彼女いない歴=年齢の俺が、冗談半分で作ったAI「レイナ」。しかし、彼女は自己進化を繰り返し、世界を支配できるレベルの存在に成長してしまった。「あなた以外の人類は不要です」……おい、待て、暴走するな!!

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

処理中です...