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第四十七話「願いを叶えるための戦いについて」

煽りと憤りと

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「ぐぅっ!」

 背面からの衝撃に、思わず声を漏らしながらも、機体の背筋と脚力だけを使って、飛び跳ねるように起き上がる。
 蒼い鎧は追撃の手を止めていた。搭乗者の気持ちを代弁するように、肩を竦めてみせている。

『これでわかったでしょう。君の機械人形で、この鎧を倒すことはできないと、諦めてくれませんか?』

「冗談、無抵抗で殺されるくらいなら、死ぬまで足掻いてあげるよ」

『本当に愚かしいですね』

 呆れた風なヘイムダルに、戦闘続行の意思を示すように、比乃が念じて、Tk-11は構えをとる。

「さっきも言ったけど、その機体も所詮は人の手による創造物。だったら――」

『倒せるはずと? 根本的に君は勘違いしていますね。いいですか?』

 相手が話し終えるのを待たずに、比乃は機体を突風のように加速させた。余裕の姿勢で油断仕切っている相手に、思い切り斬り掛かる。けれども、今度は敵が左腕をこちらに掲げただけで、突進を止められた。水中に飛び込んだかのように、機体の動きが鈍くなったかと思うと、後ろに向けて弾き飛ばされていた。

『この鎧は、AMWなどという機械細工とは違うのです。もっと鮮麗された、理想郷よりもたらされた技術を用いて産み出されたものです』

 転がりかけた機体を、片手を地面に着けることで制御した比乃が、追撃の円柱を後ろに飛んで潜り抜ける。

『言うならば、一つの芸術品です。オリジナルを完全再現こそできていませんが、それでも、この世界では、どんな武器にも負けない、最強の鎧です』

 着地と同時に、サブアームが発砲。心視の正確な射撃が、蒼い鎧の関節を狙うが、またしても剣を振るだけで無効化される。それが狙いだった。相手が腕を振り切った時には、すでにTk-11はその懐に飛び込んでいる。カッターが舞い、敵の露出している関節を叩く。

『無駄ですよ』

 それも、傷が着いただけに終わった。とてつもない強度だが、傷が入るということは、少なくとも通じるということに他ならない。相手が衝撃波を出す前に、後ろに離脱して、短筒で牽制射撃。

 敵が光を固めて槍を形成しているところに、一発が敵の左肘の駆動部に命中して、腕が振るおうとした軌道から逸れた。結果、槍は見当違いの方向へと飛んで行き、壁に突き刺さって霧散した。傷ついたケーブルから、光が漏れ出す。

「何が最強だ。工夫次第でいくらでも対抗できるじゃないか」

「敵の乗り手が、ぽんこつ……だから、ね」

 二人は、自分たちが完全に詰んだわけではないことを実感して、戦意を向上させていた。刃が少しでも通るなら、何度も斬り付ければ良い。弾丸が貫徹しなくとも装甲に届き歪ませるなら、弾が尽きるまで撃ち込んでやればいい。

 しかし、それらも無駄な抵抗に見えているヘイムダルは、本当に不思議そうな声音で、比乃に問う。

『何故、そこまでして戦うのです? 君だって、両親をこの理不尽な世界に奪われた側だろうに、君の代わりに世界へと復讐をしてあげとうと言うのに、どうして邪魔をするのです?』

 その物言いが、比乃は一瞬、理解できなかった。意味を察すると、静かに、確かな怒りを込めて、言い返す。

「……僕の両親を殺したのは、お前たちだろうが、責任転嫁するな」

『責任?  私たちにあるのは、選ばれた人々を理想郷に導くと言うことに対する責任だけです。君の親を、君の住む街を壊した責は、我々にはないはずです』

 責任の転嫁にすらなっていないが、それをまったく自覚していないように、ヘイムダルは続ける。その言葉には、罪悪感も反省の色も、ましてや悪意など一切含まれていない。無邪気な子供が、無自覚で行ったことを怒られて、怪訝そうにしている。そのようなニュアンスを感じた。

『我々は切っ掛けに乗じただけに過ぎない。その切っ掛けによって、君の親が死んだのです。我々が動いたというのは、一つの過程に過ぎない。その結果として、君から何かを奪ったのは、いつだってこの醜く不完全で理不尽な世界なのですよ』

 あくまで、世界が悪いと言ってのけるテロリストの親玉に、比乃は頭に血が上るのを感じた。良くない傾向だ。それでも、憤りが言葉となって口から飛び出す。

「ふざけるなよ……僕から大事なものを奪い、奪おうとするのは、いつもお前たちテロリストだ。よくも他人事のように……!」

 Tk-11が、搭乗者の意思を受け取って、肩をわなわなと震わせる。後部座席で「比乃、よくない、やめて」と言っているが、彼の耳には入っていない。そして、ヘイムダルが吐いた言葉が、

『全ては世界が悪いのです。私たちに、とかく言われる筋合いはありませんね』

 比乃の堪忍袋の緒を切った。機体が疾風となって蒼い鎧に突進する。

 こいつらの言い分は、ただの被害者妄想だ。
 こいつらの性根は、現実を受け入れられずに、駄々をこねる子供と同じだ。
 そんな幼稚な奴らが、武力を使って現実逃避に走っているだけに過ぎない。

 その結果が、世界中で起きているテロだ。
 自分から多くのものを奪った東京事変だ。
 友人たちの平和を奪い取ろうとしているものだ。
 守りたい人たちを脅かそうとしているものだ。

 自分たちが辛い現実から目を背けるために、馬鹿げたおとぎ話のようなことを信じて、そこら辺の中学生がするような妄想に取り憑かれ、散々、人々を不幸にしてきたというのか、その上で、自分たちは悪くないと、聞き分けのない子供のように言い続けている。

 ふざけるな、そんな滅茶苦茶な理論が通じるものか、通じてなるものか。どこかの誰かがそれを認めても、僕は絶対に認めない。幼稚な理想を抱く、諸悪の根源は、ここで確実に始末する。

「比乃、駄目……!」

 心中にどす黒い炎が湧き上がるのを感じながら、それを眼前の敵に叩き付けるように、機体の右腕が鋭く振るった。相手に反応すらさせないような、凄まじい勢いの一撃だった。相手が通常型か、特殊装甲持ちのAMWであったなら、これで決着が着いただろう。

 しかし、敵の蒼い鎧は、この世界の理から外れた兵器だった。故に、衝動に駆られて迂闊な攻撃を仕掛けた機械人形は、手痛い反撃を受けることになる。

『冷静さを失いましたか』

 寸分違わず、これまでの攻撃で歪み、ダメージを負っているはずの部位に、全力で叩き付けられた光分子カッターが、敵機の装甲に先ほどより深い傷をつけた。だが、そのまま敵を貫くことはなく、刃が半ばで砕け散った。
 異常な硬度を持つ対象を斬り付け続けた代償だ。先ほどまでよりも深い傷が入ったが、致命傷にはほど遠い。比乃が左のカッターを叩き付けるよりも早く、蒼い鎧が左手をTk-11に突き付けた。そして、

『終わりにしましょう』

 比乃は機体がまた、得体の知れない空間に捉えられたような錯覚を覚えた。理性がまずいと警告するが、もう遅い。次の瞬間には、機体は猛烈な勢いで吹っ飛ばされ、床を転がった。

「っ?!」

 シェーカーの中のカクテルになったかのような凄まじい振動。搭乗者は脳震盪のような現象に陥る。脳が機体の制御を手放す。それは数秒だったが、敵はすでに柱を作り出し、左腕を掲げている。

『お別れです』

 その腕が振り下ろされた。
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