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第四十六話「結末を迎える者たちについて」

少女の最期

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『こんな挑発で出てくるなんて――』

 素人ね、と続けようとしたが、それより先にカーテナがブレードを一本、投擲していた。鋭い切っ先がコキュートスの胴体目掛けて飛んできて、ステュクスはそれを横に一歩ずれるだけでいなした。流れるような動きでライフルの銃口を指向させ、空中で無防備になったカーテナを狙う。

 だが、そこに今度はM6が飛び込んできた。主武装は無いはず、とステュクスは油断した。故に、M6の腕についた固定武装でライフルを切断されて、少し驚いた。
 刃渡り約一メートルしかない近接武器で、攻勢に打って出てきたということを、ほんの少し、一ミリだけ評価する。

『やるじゃないの劣等種!』

 もう一撃入れようとしてきたM6を蹴り飛ばした。それを受けた左腕が捥げた。続けて腰から抜刀した最後の高振動ナイフで、カーテナの斬撃を弾き飛ばしてから殴り飛ばす。

 受け身を取ってコンクリートの床に着地した二人に、ステュクスは高所から、見下すように、見下ろして告げる。殺す前に、言葉でわからせてやろうという魂胆だった。それが自分に一矢報いて見せたことに対する、彼女なりの優しさだった。

『貴方たちはあの軍曹に気があるみたいだけど、残念。あれは私の物、私の玩具、私の奴隷になるの。それに、彼はこちら側の人間なんだから、劣等種なんかにあげないよ』

 しかし、少女二人は、そんな言葉で納得するような柔な気持ちを、比乃に対して抱いているわけではなかった。だから、反論した。

「さっきから劣等劣等って、うるさい!」

 リアのM6が構えを取って、声を荒げた。『なに?』と機体の首を傾げるステュクスに対して、否定のための言葉を作ろうとした。それより先に、隣にいたカーテナが、ブレードの先端を、壇上のコキュートスに向けた。まるで騎士のような仕草で、アイヴィーは宣言する。

『比乃は私のヒーローだ。どんな窮地でも救ってくれた、小さな、とても強い英雄だ。お前たちみたいなテロリストには、絶対に渡さない!』

 それに負けじと、敵機を睨み付けて、リアも思いの丈を叫んだ。

「あんたみたいなのが、先輩の価値を決めるな! あの人は私の目標で、理想で、いつか追いつく先輩だ! あんたらの仲間になっていい人じゃない!」

 少女たちの言葉は、特に論理的でもなければ、説得力があるわけでもない。ただの、子供の感情をぶつけてきただけだ。なのに、何故、こんなにムカつくのか、腹が立つのか、ステュクスには理解できない。
 いや、そもそも“理解できるように作られていない”。そのことに今、彼女は気付いてしまった。そして、ミッドウェイ島で比乃を取り返された時に浮かんだ感情の名前を、ようやく知った。

 二人の言葉を黙って聞いていたステュクスは、小さく、機体を揺らして笑った。次の瞬間、

『ほざくじゃないのよ! ええ?! 鬱陶しい劣等種族が!』

 激昂したかのような声をあげて、上からコキュートスが飛ぶように加速して突進してきた。彼女の心中は、嫉妬に塗り潰されていた。あの軍曹に抱いた自身の感情が、目の前の女二人と違うということが、どうしてかわからないが、とてつもなく不快だった。

『めんどくさい、もう死ね!』

 叫んで、高振動ナイフを振りかざし、近い位置にいたアイヴィーのカーテナに斬り掛かってくる。
 真っ直ぐ、弾丸のように切り込んでくるその相手を前に、アイヴィーは、自分に剣術を仕込んだジャックの教えを思い出した。
 英国騎士は、いつだって冷静に、敵の動きを読んで、冷徹に対処する。そして、相手の動きは、冷静さを欠いて率直過ぎた。素人でも、読めた。

『はっ!』

 一瞬でブレードをレイピアのように持ち替え、相手のナイフを下から刃先を回すように絡め取った。刃と刃が触れて火花が上がる。そのまま上へと跳ね上げると、コキュートスのナイフは穂先をずらされ空を切る。これだけは自分の知る中でもトップクラスに強い騎士に教わった技だ。相手が強者でも通用した。

『なにっ』

『リア、今!』

 唐突に名前を呼ばれて反応したリアは、弾かれたように機体を動かす。M6を疾風のように走らせていた。残った唯一の攻撃手段、右腕のナイフを全開で起動させる。

 一瞬だけ無防備になった敵の横っ腹目掛けて、右腕を振り上げ、殴りつけるようにナイフを叩き付けた。貧弱な予備ナイフは装甲に突き刺さった状態でへし折れ、マニピュレータが衝撃でおシャカになってしまった。これで両腕が使用不能。今度こそM6は戦闘能力を完全に喪失した。

 それでも、確かに敵へ致命傷を与えた。その証拠に、衝撃で吹っ飛び、横倒しになった細身の機体は、ぴくりとも動かない。
 代わりに、まだ生きていた外部スピーカーが、搭乗者の最後の言葉を弱々しく流した。

『は、はは……選別から、漏れちゃった……か……貴方たちみたいな、劣等種に、つきまとわれるなんて……軍曹、かわいそ、う……こっち側の……一緒にいるべき、人だった……のに』

 最後にそう言って、ステュクスは事切れた。もう彼女が、猛毒をもたらすことはない。

「か、勝った……」

『なんとかね……ああ、もう、懲り懲りだよ』

 周囲に残敵がいないことを確認してから、アイヴィー機はコンテナにもたれかかる。リアも、脱力しそうになった。間違いなく、今までで一番の強敵だった。自分一人では、なす術もなかっただろう。

「ねぇ、さっき貴女、私のこと名前で呼んだでしょ」

『え、ああ、ごめんね。咄嗟に……気を悪くした?』

 そう謝罪する彼女に、リアはふっと息を吐いて、否定した。

「……ううん、私のことはリアでいいよ。同じ人を追いかけてるんだから、そのよしみで許してあげる。それに、一緒に戦った戦友は大切にしろって、メイ少佐にも、先輩にも言われてるからね」

『良い教えだね。それ』

「でしょ?」

 そう言った彼女は、機体を、先ほどメイヴィスたちから別れた方向へと向ける。
 向こうでは、まだ戦闘は継続中のようだった。
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