自衛隊のロボット乗りは大変です。~頑張れ若年陸曹~

ハの字

文字の大きさ
上 下
321 / 344
第四十四話「終末に向かう前の出来事について」

起動、白き巨人

しおりを挟む
 連合軍が布陣しようとした位置まで残り数十キロのところで、艦隊の最前列、一番前に位置していた護衛艦のソナー要員が叫んだ。

「何らかの飛行物体接近!」

「何らかではわからん、報告は明確に行え」

 その艦の副長が、部下からの不明瞭な報告に苛立ち気に返した。しかし、隣の壮年の艦長は、飛行物体という報告を聞いた時点で、猛烈な予感が脳裏に走っていた。長い経験があるからこそ感知できたそれは、死の予感だった。

「っ、迎撃準備! いや、即座に迎撃を開始しろ! 早く!」

「か、艦長?!」

「急げ!」

 艦長の指示に、弾かれたように担当士官が手元を動かしてコンソールを操作する。果たして迎撃は間に合うか。士官が発射を宣言し、艦の後部から迎撃用のミサイルが飛ぶ。レーダーに映る飛行物体に向かって、丸い点が向かっていき、接触した。

 直後に、閃光が海面に走り、遅れて轟音が響いた。この距離からでも確認できるほどの大爆発が、島と艦隊の中間地点で発生したのだ。

 迎撃があと数十秒遅れていたら、艦隊は大損害を受けていたかもしれない。
 艦長が、安堵の息を漏らした。だが、見張り要員が、絶望的な情報を、驚愕の表情で報告した。

「だ、第二波来ます! 数、十二!」

 まるで、今の一発は試し撃ちだと言わんばかりの攻撃が、この艦隊目掛けて向かってきていた。他の艦も気付いたのか、迎撃準備を始めたことを通信士が告げる。

「各艦とのデータリンク接続急げ! 何が飛んできているのかはわからんが、一発でも通したら、こちらはひとたまりも無いぞ!」

 艦隊の護衛艦が、一斉に迎撃ミサイルを投射し始めた。それをあざ笑うかのように、第三、第四波の飛行物体ーーテロリストの保有している、フォトン粒子由来の広範囲殲滅兵器が、艦隊目掛けて飛びかかってきていた。

 各護衛艦が、健気にミサイルを吐き出し続け、それを叩き落としていく。初撃から数十分、体感的にはもっと長く感じられた迎撃戦は、唐突に終わった。遠距離攻撃が止まったのだ。新手の飛行物体がないことを確認した艦長と副長は、今度こそ安堵したように椅子に深く座り込んだ。

 迎撃用のミサイルは半分以上消耗していた。相手からの遠距離攻撃がまだ続いていたら、米国海軍とは言えど、危なかったかもしれない。

「奴らめ、あんな兵器を隠し持っていたとは……」

「だが、これで打ち止めと見た。残る脅威は、あれだな」

 まるでこれから起きることを予期しているかのように、艦長がそこまで言ったところで、レーダーに新しい反応が映ったことを、士官が告げる。

 今度は照合データがあった。コードネーム「ミグもどき」だ。その大編隊が、こちらに向かってきていた。

「迎撃用意!」

 そう易々と、目的地まで行かせてはくれないらしい。艦隊中央の空母二隻からも、制空戦のために搭載されていた戦闘機が、次々と緊急発進していく。間もなくして、海上で大規模な乱戦が勃発した。

 ***

 外が騒がしくなってきたな、Tk-11のコクピット内で、比乃は前哨戦が始まったことを察した。後部座席の心視も「……始まってる」と呟いた。

「ハワイのときを……思い出す」

「そうだね、また乱戦を突っ切って行くことになりそうだ」

「不安?」

「そりゃあ不安だけど、今回は、前より装備が充実してるからね。なんとかなるさ」

 比乃の言う通り、今昇降用エレベータで待機しているTk-11は、全身にごてごてと装備を取り付けた、フル装備状態とでも言うべき様相だった。

 それから十分ほど待っていると、一人、駐機姿勢のTk-11の足下に駆け寄ってきた。

『おおい、二人とも、最後の装備チェックするよぉ!』

 緑のつなぎを着た自衛官が、ヘッドマイクに向けて叫ぶ。それは、比乃らとも付き合いが長い整備士、こんな所にまでパシられて来た、第三師団所属のAMW整備担当、森一等陸曹だった。

 今回の作戦にあたって、彼を含めた何名かの整備スタッフが、パイロットである比乃たち第一小隊と共に派遣されていた。機密の塊であるTk-11や、フォトン粒子を用いた兵装を、他国の整備士に触れさせるわけにはいかないからだ。

 Tk-11の整備や仕様、今回用意された追加装備に至るまでを、Tk-11の生みの親である博士から、嫌というほどレクチャーされた森は、一時的に比乃専属の整備士になったのだ。

『装備一覧出してね、いざ戦場で動かないなんてなったら、一大事じゃ済まないからね!』

 機体の足下で叫ぶ森の指示を受けて、比乃はコンソールを操作して、機体に接続されている装備群が、全て正常に動いているかをチェックするための一覧を呼び出す。その項目の一番上に、指を置いた。

「了解です。お願いします」

『よーし、順番に行くよ。十口径百二十ミリ砲“短筒”が一挺。対装甲炸薬ナイフ四本。追加の多目的アンカー“スラッシャー”が四基。ヘルファイアⅢが十二機。光分子防盾が二枚。外付けは以上。次に内蔵兵装、十口径三十ミリ砲が二門、フォトンバレットが装弾済み。光分子カッターが四機。おまけにスモークディスチャージャー。それに使い捨てのフォトンスラスターが二基。全部オンラインになってる?』

 森の言った通りの順番で並んでいたリストを、指差し確認でチェックし終えた比乃が「全装備の接続を確認。問題ありません」と返事をした。

『それならよーし、こんな重武装して、恐れ多くも連合の一番槍を仰せつかったんだから、存分に暴れてくるといいよ』

「勿論です。相手の防衛網に風穴開けてやりますよ」

「森は……私たちの活躍を、期待して、待ってたらいい……」

 やる気満々の二人のコメントに、専属整備士は頬を吊り上げた。

『言うねぇ二人とも、自信があるのはいいことだけど、ちゃんと生きて帰ってくるんだよ、整備士との約束だよ!』

 腕をぶんぶん振ってそう言う整備士をモニター越しに見て、比乃は苦笑する。また約束か、今回の任務に就くに至って、ここ数日で色々な人と約束を結んだが、その全てが、ほぼ同じ内容というのも、なんだかおかしかった。

「約束……どれもこれも、破るわけにはいかないや」

 比乃の独り言に、心視が当然という口振りで、

「約束を守るのは、当たり前……比乃は、それだけ、みんなから、大切に思われてるってこと……」

「まったく、ありがたいことだね」

『何をぶつくさ言ってるの二人とも、もう少しで出撃だからね! 細かい最終調整は二人に任すよ!』

「わかりました。ありがとうございました、森さん」

『それじゃあ、武運を!』

 そう言って、エレベータから待避していく森を見送って、比乃は大型の黒光りするHMDを被った。AIが起動する。

 《ニュートラルデータインストール完了 第三師団機士科所属 日比野 比乃三等陸曹 浅野 心視三等陸曹 網膜認識完了 起動準備を開始します》

 比乃と心視の耳に、AIの合成音声が発せられる。そこから、比乃が細かい調整を口頭で素早く進めていく。『操作系を思考制御優先に変更』『戦闘動作データの参照先』『主機出力の調整』などの専門用語が比乃の口から告げられる。それにAIが《変更受理》やら《完了》などと反応する。

 《Direct Link System テスト開始します》

「「脳波受信値指数を九十に設定、テスト」」

 《了解 受信感度を固定 DLS テスト開始》

 二人の指示を受け取ったAIの復唱の後、比乃と心視は、HMDの下で目を閉じる。同じタイミングで息を大きく吸って深呼吸。被り物に着いているランプがチカチカと点灯。比乃の脳内に、機械と自身が繋がった感覚が走る。機体の制御系と、操縦者の思考がリンクする。

 《テスト完了 全て正常》

「全チェック完了、起動」

 《了解 Tk-11“ネメスィ”起動します》

 全ての準備工程を終えて、片膝立ちの姿勢で待機していた機体が、身じろぎして動き出す。
 白い戦神が、立ち上がった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】バグった俺と、依存的な引きこもり少女。 ~幼馴染は俺以外のセカイを知りたがらない~

山須ぶじん
SF
 異性に関心はありながらも初恋がまだという高校二年生の少年、赤土正人(あかつちまさと)。  彼は毎日放課後に、一つ年下の引きこもりな幼馴染、伊武翠華(いぶすいか)という名の少女の家に通っていた。毎日訪れた正人のニオイを、密着し顔を埋めてくんくん嗅ぐという変わったクセのある女の子である。  そんな彼女は中学時代イジメを受けて引きこもりになり、さらには両親にも見捨てられて、今や正人だけが世界のすべて。彼に見捨てられないためなら、「なんでもする」と言ってしまうほどだった。  ある日、正人は来栖(くるす)という名のクラスメイトの女子に、愛の告白をされる。しかし告白するだけして彼女は逃げるように去ってしまい、正人は仕方なく返事を明日にしようと思うのだった。  だが翌日――。来栖は姿を消してしまう。しかも誰も彼女のことを覚えていないのだ。  それはまるで、最初から存在しなかったかのように――。 ※第18回講談社ラノベ文庫新人賞の第2次選考通過、最終選考落選作品。 ※『小説家になろう』『カクヨム』でも掲載しています。

ゲート0 -zero- 自衛隊 銀座にて、斯く戦えり

柳内たくみ
ファンタジー
20XX年、うだるような暑さの8月某日―― 東京・銀座四丁目交差点中央に、突如巨大な『門(ゲート)』が現れた。 中からなだれ込んできたのは、見目醜悪な怪異の群れ、そして剣や弓を携えた謎の軍勢。 彼らは何の躊躇いもなく、奇声と雄叫びを上げながら、そこで戸惑う人々を殺戮しはじめる。 無慈悲で凄惨な殺戮劇によって、瞬く間に血の海と化した銀座。 政府も警察もマスコミも、誰もがこの状況になすすべもなく混乱するばかりだった。 「皇居だ! 皇居に逃げるんだ!」 ただ、一人を除いて―― これは、たまたま現場に居合わせたオタク自衛官が、 たまたま人々を救い出し、たまたま英雄になっちゃうまでを描いた、7日間の壮絶な物語。

改造空母機動艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
 兵棋演習の結果、洋上航空戦における空母の大量損耗は避け得ないと悟った帝国海軍は高価な正規空母の新造をあきらめ、旧式戦艦や特務艦を改造することで数を揃える方向に舵を切る。  そして、昭和一六年一二月。  日本の前途に暗雲が立ち込める中、祖国防衛のために改造空母艦隊は出撃する。  「瑞鳳」「祥鳳」「龍鳳」が、さらに「千歳」「千代田」「瑞穂」がその数を頼みに太平洋艦隊を迎え撃つ。

静寂の星

naomikoryo
SF
【★★★全7話+エピローグですので軽くお読みいただけます(^^)★★★】 深宇宙探査船《プロメテウス》は、未知の惑星へと不時着した。 そこは、異常なほど静寂に包まれた世界── 風もなく、虫の羽音すら聞こえない、完璧な沈黙の星 だった。 漂流した5人の宇宙飛行士たちは、救助を待ちながら惑星を探索する。 だが、次第に彼らは 「見えない何か」に監視されている という不気味な感覚に襲われる。 そしてある日、クルーのひとりが 跡形もなく消えた。 足跡も争った形跡もない。 ただ静かに、まるで 存在そのものが消されたかのように──。 「この星は“沈黙を守る”ために、我々を排除しているのか?」 音を発する者が次々と消えていく中、残されたクルーたちは 沈黙の星の正体 に迫る。 この惑星の静寂は、ただの自然現象ではなかった。 それは、惑星そのものの意志 だったのだ。 音を立てれば、存在を奪われる。 完全な沈黙の中で、彼らは生き延びることができるのか? そして、最後に待ち受けるのは── 沈黙を破るか、沈黙に飲まれるかの選択 だった。 極限の静寂と恐怖が支配するSFサスペンス、開幕。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

装甲列車、異世界へ ―陸上自衛隊〝建設隊〟 異界の軌道を行く旅路―

EPIC
ファンタジー
建設隊――陸上自衛隊にて編制運用される、鉄道運用部隊。 そしてその世界の陸上自衛隊 建設隊は、旧式ながらも装甲列車を保有運用していた。 そんな建設隊は、何の因果か巡り合わせか――異世界の地を新たな任務作戦先とすることになる―― 陸上自衛隊が装甲列車で異世界を旅する作戦記録――開始。 注意)「どんと来い超常現象」な方針で、自衛隊側も超技術の恩恵を受けてたり、めっちゃ強い隊員の人とか出てきます。まじめな現代軍隊inファンタジーを期待すると盛大に肩透かしを食らいます。ハジケる覚悟をしろ。 ・「異世界を――装甲列車で冒険したいですッ!」、そんな欲望のままに開始した作品です。 ・現実的な多々の問題点とかぶん投げて、勢いと雰囲気で乗り切ります。 ・作者は鉄道関係に関しては完全な素人です。 ・自衛隊の名称をお借りしていますが、装甲列車が出てくる時点で現実とは異なる組織です。

ビキニに恋した男

廣瀬純一
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

処理中です...