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第四十三話「迫る終末について」

テロリストの動向

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 南太平洋にぽつんと存在する無人島、否、無人ということになっている島。木々が生い茂り、山や湖まである自然豊かなその島の地下深く。ロシアの潜水艦運用基地を参考にして、設備の九割以上を地下に埋設した、この島を占有している人間たちが「司令センター」と呼称するそこで、会議が行われていた。

「――アルゴスからの報告は以上です」

 書類から目線を外して、そこに居並ぶ幹部らを見るのは、髪をバンダナでまとめ、褐色肌を野戦服で包んている、コードネームに“ドーリス”と言う名を持つ少女だった。
 彼女の視線の先にいる人物たちは、性別年齢がばらばらな上に、その服装は野戦服だったり明らかな私服だったりと、統一感が全くなかった。
 その中には、彼女の上官であるオーケアノスと、同僚であるステュクスの姿もあった。

「彼の言うことなら嘘偽りはないだろうけどぉ、どぉして、ここがバレたわけぇ?」

 その内の一人、扇情的な格好をした若い女性がまず口を開いた。それに、向かい側にいた、あまりにも場違いな和服を着た妙齢の男が答える。

「今、ドーリスが言ったやろが、回収されたスティンレイから、証拠をみっけられちまったってよ」

 男が言う証拠、この島特有の砂がハワイ戦に参加した機体に入り込んでいたのは、地下の製造プラントで組み上げた機体を運び出す前に、島の表面部で稼働テストを行ったからだった。それが裏目に出てしまった。
 スティンレイを有し、オーケアノスという組織でもトップクラスの指揮官がいた大隊が、あそこまで被害を受けることは、想定していなかったのである。

「それじゃあ、私と部下が半島から呼び出されたのって、オーケアノスのせいなわけ? いやねぇ」

 女性が嫌らしい笑みを浮かべて、壮年の男をからかう。しかし、男の方は特に反応を示さない。サングラスの奥の目は、手元の資料にしか向いていない。

「……つまんない男よねぇ。おチビちゃんたち、そんな男のところで扱き使われても面白くないでしょ、私の所にこなぁい?」

 冗談交じりの、半分くらいは本気の勧誘を、ドーリスとステュクスは揃って首を横に振って拒否した。

「私の使命は、先生の補佐ですから、すいませんが」

「それに、私、ケバいおばさんの上司なんて我慢できないよ。指示適当そうだし」

 澄まし顔のドーリスが、同僚の不躾な言葉に片眉を動かしたが、それを嗜めたりはしなかった。それが、彼女が本音でどう思っているかを物語っていた。

 それまで、余裕たっぷりの風だった女性の顔が、小さく歪んだ。

「……調子に乗ってんじゃないよぉ小娘、一番下の小間使いにちょうど良いから声をかけただけだってのぉ」

「“ネーム持ち”が一人もいない部隊の小間使い? 冗談でしょ」

 ステュクスが、面白い冗談を聞いたとばかりに、ころころと笑った。女性の整っていた表情が、更に歪む。その口から罵声が飛び出しかけた。その前に、

「あーもやめいやめい。アフロディテ、ステュクス、お前さんら、会議中に喧嘩するとかガキちゃうんやから、勘弁してくれや。自分らはもう数が少ない同期同士なんやで、仲良くしよぉや」

 和服の男が間に入って、女性、アフロディテとステュクスを交互に睨んで、宥めるように言った。
 言われて、アフロディテは先ほどから静かな、上座の座席に座っているフードを被った人物を、ステュクスは我関せずと資料を見ているオーケアノスを見て、それぞれ、舌打ちと小馬鹿にしたような笑みを浮かべて引き下がった。

「……確かに、俺の失態なのは確かだ。故に、迎撃も俺の大隊が中心になって行う。お前たちは、予備戦力として下がっていていいぞ」

 そこで初めて、オーケアノスが口を開いた。しかし、そこから放たれた言葉の内容には「お前たちは戦力外だ」という意味を含んでいた。アフロディテがまたも柳眉を曲げて睨み付け、和服の男は溜め息を吐いた。

「そういうなやオーケアノス。それじゃあ、自分だって何のために大陸から戻ってきたのかわからなんだわ。手を貸させてくれや」

「……好きにしろ、ヘルメース」

 ヘルメースと呼ばれた和服の男は「はいはい、好きにさせてもらいますわ」と肩を竦めた。
 それから、オーケアノスは幹部二人に目もくれず、上座のフードの人物に向けて話し出した。

「この資料に書いてある、目標“鍵候補”の処理だが、本当に良いんだな?」

 資料に貼り付けられている少年の写真。その上に「鍵候補」とペンで書き込まれているのを指で叩いて、オーケアノスが問う。問われたフードの人物は「無論です」と答えた。高い女性の声が、その理由まで続ける。

「向こう側との交信は、今ある楔だけで十分。彼は、あちらへ渡るための鍵になり得る一人でしたが、所詮はサブプラン。メインプランが確立した今では、必須ではありません」

「サブプランか、十年以上かけて用意したものが、予備とはな。相変わらず、悠長なものだ」

 そう言う口調は笑っているが、口元も目元も一切笑っていなかった。彼、最愛の妻と娘を理不尽に失ったオーケアノスからすれば、金で子供を売らせて、人体実験の末に用意したものが、この女からすれば予備の部品でしかないということが、家族同士を裏切らせて作ったものがその程度の扱いということが、皮肉に感じられた。

 その内の一人である少年に、この男ですら同情の念を覚えた。だからこそ、しつこく勧誘を続けていたのだが……自分の価値を知らないというのは、罪なものだ。

「確かに、あれだけ手中に収めようとして失敗したんだ。入手困難な予備鍵など、不要だろうな」

「ええ、そういうことです。彼があの男の元に渡っていなければ、まだ使い道はあったのですがね」

 フードの女性が「あの男」の部分で語気を強めたのを、オーケアノスは聞き逃さなかった。あの男、どこまで知り合いが多いのだ。その知り合いの一人である彼は、呆れすら感じた。

「ともあれ、アルゴスからの報告によれば、その予備鍵と仲間たちがここに攻めてくるのは確実だ。全力で潰して良いという確証が得られれば十分だ」

「結構。それでは各自、用意を整えてください。我々が理想郷に至るまであと一歩。それを、これから滅ぶ世界に邪魔させるわけにはいきません」

 その言葉には返事を返さず、オーケアノスは資料を机の上に放る。そして、ステュクスとドーリスを引き連れて、司令センターから去っていった。

 机の上に広がった紙。そこに添付されていた写真に写っていたのは、黒い短髪に中性的な、まだ幼さを残す顔をした、今は自衛官をしている少年だった。
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