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第四十三話「迫る終末について」

少年の迷い

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 その日、陸上自衛隊第三師団機士科所属の三等陸曹にして、歓天喜地高等学校二年A組の生徒である日比野 比乃は、今日も自分の役目を果たしていた。

 問題児というか、トラブルメイカーが多いこのクラスにおいて、比乃はそれらが引き起こした事件の解決役を任されている。なので普段からそこそこ忙しいのだが、今日はいつにも増して大変だった。それ故に、口調がいつもより辛辣だった。

「だから、痴話喧嘩に護衛の人たちを使わないでって言ったでしょ、森羅もメアリも、僕の言ったことなんて気にしないってことなの?」

 例によって、晃を巡って言い合いを始めた乙女二人だったが、次第に内容がエスカレート。冗談では済まなくなってきて比乃が止めに入ろうとしたところで、護衛のSPと近衛兵を召喚。教室の中でスクラムを組んだ筋肉質な男たちを、この二人は更に囃し立てたのだ。

 比乃はこの案件に対し、素早く実力行使を決定。二人に正義の拳骨を落とすと、むさ苦しい黒と白の男たちに向けて志度と心視にけしかけて蹴散らかせた。

 そして、超人二人に追い立てられて教室から逃げ出した一団を尻目に、比乃は森羅財閥令嬢と英国の王女を正座させたのだった。この学校において、身分の差など意味を成さないというのは、ここ数ヶ月でよく理解している。

「だ、だってメアリがあんなこと言うから……」

「それを言うなら森羅さんだって……」

 歯切れを悪く言い訳を始めた二人に、腕を組んで仁王立ちしていた比乃は深い、呆れとか悲しみとかの感情が入り交じった溜め息を吐いた。

「あのね、二人とも。僕だって、それなりの身分の君たちにこんなことをするのは、心苦しいの、辛いの、悲しくなるの。それでも、僕は立場から君たちを止めるために口を出さないといけないの。そんな僕の苦悩する気持ちが少しでもわかってたら、二人はこんな騒ぎを起こそうだなんて思わないよね? それはつまり、君たちは意中の相手のことだけで頭の中がいっぱいで、他のみんなのことは全く考えてないということに他ならないよね? 違う? 違うなら証明してみなよ。その騒ぎを起こした口で、僕を納得させてごらんよ」

「え、いや……」

「それはその……」

 普段は中々見れない、ちょっとキレ気味の自衛官を前に、二人は正座したままたじろいだ。周囲で様子を見守っていた生徒たちも、ちょっと引いている。獲物を追いかけて教室から出て行った心視と志度がいれば「まぁまぁその辺で」と窘めていただろう。しかし、その二人は不在である。

 そうしている間にも、比乃の口は回る。

「そもそもだね、二人ともいい歳なんだから、いい加減落ち着きを持って――」

 それから、比乃によるお説教が続いた。女性らしく慎みを持てだとか、意中の相手を振り向かせるのに武力を使うなとか、そもそも喧嘩するなとか、最近の高校生は落ち着きがないだとか、Tk-7の運用思想からなる市街地での有効な戦い方とか、しかも脳波コントロールできるだとか、そのような話が、行間休みが終わるまで続いた。

「――つまり、二人もみんなも、もっと節度を持って学生らしく過ごすべきなんだよ。わかった?」

「「はい……」」

 すっかり意気消沈した二人が返事をしたのと同時に、教室の扉が開き、教師が入ってきた。

「なんだ、森羅とアレキサンダはまた何かやらかしたのか? お前らさっさと机と椅子戻せ、授業始めるぞー」

 教師に言われ、見物していた生徒たちが、筋肉スクラムによって脇へと退かされていた机を並べ直し始めた。
 自分の机をがたがたと元の位置に戻したアイヴィーが、肩を落としているメアリに声を顰めながら話かける。

「大変だったねメアリ、あの比乃があそこまで怒るなんて」

「ええ、今回は少しおいたが過ぎたかもしれません……反省です」

「でも、最近の比乃、なんか不機嫌だよね。余裕がないというのかな」

「確かに……」

 メアリは、今し方自分に説教をかました少年を見やる。
 そう、あの一波乱あった修学旅行から戻ってきて一週間経ったが、比乃はあの日以来、ずっと機嫌が悪いのだ。面に出してはいないし、言葉が刺々しいというわけでもないのだが、どこか、余裕がないように思えた。声をかけ難いのである。

「何か、悩みでもあるのかな」

「そうですね……アイヴィー、せっかく日比野さんと長電話しているのですから、相談に乗ってあげてはどうですか?」

「そうだね。今夜にでも話題に出してみるよ」

 英国組がそんなことを話している間も、比乃の表情は硬いままだった。そのことに気付いているのは、メアリとアイヴィーだけでなく、他の学友たちもだったが、「自分に必要以上に関わるな」というオーラを出している彼に話しかけるのは難儀だった。


 その日の放課後。比乃は一人、帰り道を歩いていた。
 いつもであれば、護衛のためにメアリとアイヴィー、それに心視か志度のどちらかを加えた数人で帰るのが普通だ。しかし、今日は同僚二人から「ちょっと頭を冷やした方がいい」と言われてしまった。
 その理由を自分でも自覚している比乃は、少し迷ったものの、護衛任務を二人に任せて、一人で家路に着いていた。その後ろ姿は、どこか寂しそうでもあった。

(最近、駄目だなぁ、僕……)

 周囲の人間が気付いていた通り、今の比乃は、心中穏やかではなかった。
 自分を狙ったテロも解決し、東京の学校に戻ってきて、また騒がしいながらも平和な日常を送れることになった時、比乃はそれをとても喜ばしいと感じた。だが、もう一つ、真逆の感情が芽生えてきていた。それはつまり、

(僕は、この環境に身を置いていて良いんだろうか)

 一人きりになった比乃は自問する。テロリストから狙われる、自分という存在が、何も知らない高校生たちと同じ空間にいて良いのか。自分がいたら、修学旅行の時のように、またクラスメイトを巻き込んでしまうかも知れない。これではまるで、疫病神ではないか。

 それ以前に、学校に来る前、いや、来てからも、比乃は軍人という、敵対者を殺戮する血生臭い人種だ。相手は平和を脅かすテロリストや犯罪者だったとしても、その手は、血で汚れている。

 これまでの数ヶ月間で起きた事件や、関わって解決したテロを思い返して、より一層、疑問を抱いてしまう。

 自分は、日比野 比乃という人間は、平和な世界に身を置くに相応しい存在なのだろうか、周囲の一般市民をテロに巻き込む可能性を孕んだ上で、居続けてよいのだろうか。

(……駄目だ。この考えは)

 比乃は、頭に浮かんだことを否定するように首を振る。今考えたことを肯定してしまうということは、心視と志度も、自分と同じ存在で、ここにいてはいけないということになってしまう。

 平和な日常を謳歌し、よく笑うようになった同僚二人から、それを奪うような考えなど、とても肯定できなかった。

 しかし、それでも、その考えが心にこびり付いて離れない。しこりのような思いを抱いたまま、とぼとぼと歩みを進めた。
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