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第四十二話「自衛官の反撃について」
ちらつく闇
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「それで、捕まった仲間の救出作戦は、いつ実行できそうですか?」
北太平洋の深い深い底。その中で身を潜めている潜水艦ジュエリーボックスの、薄暗い司令室の艦長席に腰掛けている水守が、側で控えている秘書に聞いた。
「そ、それなのですが……」
秘書は言い淀んだ。彼女はさも、救出作戦の準備がすでにできているかのように聞いてきたが、その目途はまったく立っていないのが実情だった。
それも当然だと言える。相手はOFMを撃破しうる戦力を大量に保有している軍隊で、しかも捕まっているのはその基地なのだ。
下手に手を出そうものなら、余計な犠牲が出るということは、簡単に予見できる。故に、今も幹部が作戦室で頭を悩ませていた。作戦の立案まで、まだ時間がかかるだろう。
それを察しているのかいないのか、水守は押し黙ってしまった秘書から視線を外した。
「……彼らを救うのには、どれだけの戦力が必要でしょうか」
「未知数です。相手は自衛隊の、それも西部方面最強の精鋭です。半端な戦力で無理に攻め込めば、手痛い反撃を受けることになると思われます」
「私たちの仲間は、それほどまでに脆弱なのですか? OFMの力を発揮することができれば、問題ないと思いますが」
暗に、力尽くで奪還してしまえと言っている司令官に、秘書は顔色が悪くなる。彼女や、戦闘担当の幹部はどこか、OFMの力を過信している節があると、彼は感じ初めていた。
戦う相手が、ただの雑兵であれば何ら問題はなかった。しかし、ここ最近は相手が悪いことばかりだ。ロシア軍、米軍、自衛隊。どの軍も、こちらの戦力と互角か、もしかするとそれ以上の力を備えている。
そんな相手に、無闇に攻撃を仕掛けるのは無謀だ。組織の存亡に関わりかねない。するとしても、戦力の補充が不十分な今はタイミングが悪い。
そのことを具申しようと秘書が口を開きかけた時。
「言わなくともわかります。貴方は、私の意見に反対なのですね? 少なくとも、救出作戦を行うにはまだ早いと、そう考えていますね?」
微笑みを浮かべて、水守が秘書の顔を見た。考えを見透かされた秘書が、ぎくりとする。弁明を兼ねて「どうしてそう思うのですか」と聞こうとしたが、それよりも先に、水守の青い、深い海のような、引き摺り混まれそうな瞳が、妖しい光を帯びた。
「貴方は何も心配しなくて良いのですよ。私の言うことに従っていれば、何も恐れるものなどありません。状況が悪いのは、ただ運が悪かっただけ、必然ではなく、偶然なのです。何も疑問に思うことはないはずです……違いますか?」
その言葉には、何ら正当性など伴っていない。説得力のかけらもない。それなのに、秘書は呆けた顔をして、いや、恍惚とすら言える表情を浮かべていた。
「……わかりました。艦長。愚考をお許しください」
「いいえ、貴方は悪くないのです。悪いのは、私たちの邪魔をする、この理不尽で醜い世界なのですから」
「ありがとうございます」
「それに、救出を強行するのは危険だと言うことは、貴方のおかげでよくわかりました。非常手段を発動してください。仲間は信じなければなりませんが、自衛隊の非道な行いによって、情報が漏れてしまうかもしれませんから」
「了解しました」
秘書は、おぼつかない足取りで司令室に複数あるコンソールの一つまで行くと、何らかの操作を行う。そして、平常であれば絶対に入力することはないと強く思っていたはずのパスワードを、何のためらいもなく入力。実行キーを押した。
「非常手段の実行を完了しました。艦長」
「結構、それでは会議室で話し合っている皆さんに、もう大丈夫だと伝えてきてください」
「わかりました。失礼します」
虚ろな表情のまま礼をした秘書は、扉を開けてふらふらと司令室を出て行った。
それを笑顔で見送った水守は、艦長席に深く腰掛け直し、背もたれを鳴らした。静寂に包まれた司令室の中で小さい笑い声が響く。
「ふふふ、本当に、この世界の人間は術が効きやすくて助かります。特に、日本人は心が無防備過ぎて、鍵がかかっていない宝物庫のよう。そのくせ、素質はあるのだから、正に宝物ですね」
愉快そうに、独り言にしては、誰かに語りかけているような口調で、彼女は話を続ける。
「ええ、わかっていますよ。意思が強い人間には注意ですね。だから、軍人ではなく、民間人を選んだのですから……心配性ですね貴方は、潮時も弁えていますよ。そろそろストックも尽きますし……だから、大丈夫ですってば」
その場に、ジュエリーボックスに所属している誰かがいれば、彼女は何の話をしているのかと疑問符を浮かべるであろう。だが、ここには彼女一人きりである。
言葉を紡ぐ彼女の目は、先程のように、妖艶に輝いていた。
***
その頃の沖縄。市街地から駐屯地へ続く道を、大型のトレーラーが走行していた。
その貨物ブロックには、鹵獲されたOFMが載せられている。どちらも、厳重にワイヤーで固定された上で間接部を破壊されているので、身動きをとる気配はない。
そのトレーラーの運転席で、自衛官二人が欠伸を噛み締めていた。
「それにしても、これのパイロットはなんで降りてこなかったんだろうな」
運転席の陸曹が、眠気をごまかすために、隣の同期に話しかける。
今話題にもあがったが、鹵獲されたOFMのパイロットは、再三の投降勧告を無視して機体に閉じ籠もっていた。
理由は不明だが、そのまま市街地に放置するわけにもいかないので、こうして駐屯地に運んでいるわけだった。
「さてな、何か、人には見せられないような機密があるのかもしれんし、もしかしたら、コクピットの開閉装置が破損したのかもしれないな」
「とは言っても、これから駐屯地で無理矢理ばらすんだろ? 無駄な抵抗だと思うがねぇ……にしても、生け捕りにした奴らはよくやったな、こんな化け物相手に」
「ああ、これでやっとOFMの情報が手に入るかもしれない。そう考えると、機士科の連中は大手柄だな」
そう言って、助手席の陸曹はサイドミラー越しに、後続のTk-7を搭載したトレーラーを見る。奪還に備えた護衛を兼ねているが、今頃、搭乗員たちは寝息を立てているかもしれない。
「さて、駐屯地が見えてきたな。これから積み卸しと考えると、少しだけ嫌になるな」
「さっさと終わらせて休もう」
二人がそう言っていると、バックミラーに異変が写った。
積み荷から、薄緑色の光が漏れ出したのだ。二人が怪訝に思った瞬間、積み荷のOFMが、大爆発を起こした。
車両の後ろ半分が大破、そのまま勢いに耐えかねて横転する。後続のトレーラーが急ブレーキをかけ、Tk-7が慌てて起動する。
荷台に載っていたはずの西洋鎧の胴体は、炎を上げて粉々に砕け散っていた。
北太平洋の深い深い底。その中で身を潜めている潜水艦ジュエリーボックスの、薄暗い司令室の艦長席に腰掛けている水守が、側で控えている秘書に聞いた。
「そ、それなのですが……」
秘書は言い淀んだ。彼女はさも、救出作戦の準備がすでにできているかのように聞いてきたが、その目途はまったく立っていないのが実情だった。
それも当然だと言える。相手はOFMを撃破しうる戦力を大量に保有している軍隊で、しかも捕まっているのはその基地なのだ。
下手に手を出そうものなら、余計な犠牲が出るということは、簡単に予見できる。故に、今も幹部が作戦室で頭を悩ませていた。作戦の立案まで、まだ時間がかかるだろう。
それを察しているのかいないのか、水守は押し黙ってしまった秘書から視線を外した。
「……彼らを救うのには、どれだけの戦力が必要でしょうか」
「未知数です。相手は自衛隊の、それも西部方面最強の精鋭です。半端な戦力で無理に攻め込めば、手痛い反撃を受けることになると思われます」
「私たちの仲間は、それほどまでに脆弱なのですか? OFMの力を発揮することができれば、問題ないと思いますが」
暗に、力尽くで奪還してしまえと言っている司令官に、秘書は顔色が悪くなる。彼女や、戦闘担当の幹部はどこか、OFMの力を過信している節があると、彼は感じ初めていた。
戦う相手が、ただの雑兵であれば何ら問題はなかった。しかし、ここ最近は相手が悪いことばかりだ。ロシア軍、米軍、自衛隊。どの軍も、こちらの戦力と互角か、もしかするとそれ以上の力を備えている。
そんな相手に、無闇に攻撃を仕掛けるのは無謀だ。組織の存亡に関わりかねない。するとしても、戦力の補充が不十分な今はタイミングが悪い。
そのことを具申しようと秘書が口を開きかけた時。
「言わなくともわかります。貴方は、私の意見に反対なのですね? 少なくとも、救出作戦を行うにはまだ早いと、そう考えていますね?」
微笑みを浮かべて、水守が秘書の顔を見た。考えを見透かされた秘書が、ぎくりとする。弁明を兼ねて「どうしてそう思うのですか」と聞こうとしたが、それよりも先に、水守の青い、深い海のような、引き摺り混まれそうな瞳が、妖しい光を帯びた。
「貴方は何も心配しなくて良いのですよ。私の言うことに従っていれば、何も恐れるものなどありません。状況が悪いのは、ただ運が悪かっただけ、必然ではなく、偶然なのです。何も疑問に思うことはないはずです……違いますか?」
その言葉には、何ら正当性など伴っていない。説得力のかけらもない。それなのに、秘書は呆けた顔をして、いや、恍惚とすら言える表情を浮かべていた。
「……わかりました。艦長。愚考をお許しください」
「いいえ、貴方は悪くないのです。悪いのは、私たちの邪魔をする、この理不尽で醜い世界なのですから」
「ありがとうございます」
「それに、救出を強行するのは危険だと言うことは、貴方のおかげでよくわかりました。非常手段を発動してください。仲間は信じなければなりませんが、自衛隊の非道な行いによって、情報が漏れてしまうかもしれませんから」
「了解しました」
秘書は、おぼつかない足取りで司令室に複数あるコンソールの一つまで行くと、何らかの操作を行う。そして、平常であれば絶対に入力することはないと強く思っていたはずのパスワードを、何のためらいもなく入力。実行キーを押した。
「非常手段の実行を完了しました。艦長」
「結構、それでは会議室で話し合っている皆さんに、もう大丈夫だと伝えてきてください」
「わかりました。失礼します」
虚ろな表情のまま礼をした秘書は、扉を開けてふらふらと司令室を出て行った。
それを笑顔で見送った水守は、艦長席に深く腰掛け直し、背もたれを鳴らした。静寂に包まれた司令室の中で小さい笑い声が響く。
「ふふふ、本当に、この世界の人間は術が効きやすくて助かります。特に、日本人は心が無防備過ぎて、鍵がかかっていない宝物庫のよう。そのくせ、素質はあるのだから、正に宝物ですね」
愉快そうに、独り言にしては、誰かに語りかけているような口調で、彼女は話を続ける。
「ええ、わかっていますよ。意思が強い人間には注意ですね。だから、軍人ではなく、民間人を選んだのですから……心配性ですね貴方は、潮時も弁えていますよ。そろそろストックも尽きますし……だから、大丈夫ですってば」
その場に、ジュエリーボックスに所属している誰かがいれば、彼女は何の話をしているのかと疑問符を浮かべるであろう。だが、ここには彼女一人きりである。
言葉を紡ぐ彼女の目は、先程のように、妖艶に輝いていた。
***
その頃の沖縄。市街地から駐屯地へ続く道を、大型のトレーラーが走行していた。
その貨物ブロックには、鹵獲されたOFMが載せられている。どちらも、厳重にワイヤーで固定された上で間接部を破壊されているので、身動きをとる気配はない。
そのトレーラーの運転席で、自衛官二人が欠伸を噛み締めていた。
「それにしても、これのパイロットはなんで降りてこなかったんだろうな」
運転席の陸曹が、眠気をごまかすために、隣の同期に話しかける。
今話題にもあがったが、鹵獲されたOFMのパイロットは、再三の投降勧告を無視して機体に閉じ籠もっていた。
理由は不明だが、そのまま市街地に放置するわけにもいかないので、こうして駐屯地に運んでいるわけだった。
「さてな、何か、人には見せられないような機密があるのかもしれんし、もしかしたら、コクピットの開閉装置が破損したのかもしれないな」
「とは言っても、これから駐屯地で無理矢理ばらすんだろ? 無駄な抵抗だと思うがねぇ……にしても、生け捕りにした奴らはよくやったな、こんな化け物相手に」
「ああ、これでやっとOFMの情報が手に入るかもしれない。そう考えると、機士科の連中は大手柄だな」
そう言って、助手席の陸曹はサイドミラー越しに、後続のTk-7を搭載したトレーラーを見る。奪還に備えた護衛を兼ねているが、今頃、搭乗員たちは寝息を立てているかもしれない。
「さて、駐屯地が見えてきたな。これから積み卸しと考えると、少しだけ嫌になるな」
「さっさと終わらせて休もう」
二人がそう言っていると、バックミラーに異変が写った。
積み荷から、薄緑色の光が漏れ出したのだ。二人が怪訝に思った瞬間、積み荷のOFMが、大爆発を起こした。
車両の後ろ半分が大破、そのまま勢いに耐えかねて横転する。後続のトレーラーが急ブレーキをかけ、Tk-7が慌てて起動する。
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