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第四十一話「困った時の親頼みについて」

爆弾マニア

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 筋肉自衛官コンビが盛大に藪蛇を出したその頃、

「うーむ……スパゲティが食いたくなってくるな……」

 ホテル一階の男子トイレの中、その天井にある空調設備メンテナンス用のハッチを解放した穴に、部隊長が上半身を突っ込んでそんな事を呟いた。

 遡ること僅か五分前、トイレ内を捜索していた安久が、天井のメンテナンスハッチの鍵が壊され、接着テープで強引に閉じられているのを発見。
 従業員に確認した所、そのようなことをした者はいないということで、あたりをつけた部隊長がハッチを開けて中を覗いて見れば、そこには不穏な雰囲気を醸し出すアタッシュケースが数個、それから伸びる配線が繋がった、如何にもな金属製の箱があったのだ。

 それから、持ってきた工具を使い、箱を慎重に開けて見た所で、部隊長の口から先程の呟きが漏れたのだった。

 ハッチの下、精密作業のために脚立を揺れないように抑えている安久が、聞こえた“スパゲティ”の意味を察して、少し顔色が悪くなった。
 その意味は、大量の配線が絡み合い、どの線がどこに繋がっているのか、そして何のための物なのか、判別が非常に困難ということだ。それはつまり、配線処理による解体が難しいということを意味する。

「今からでも駐屯地から液体窒素を運ばせた方が良いのでは……?」

 正規の爆発物処理装備も無しに、いつ起爆するかもわからない爆発物の近くにいるのは、流石の安久も肝が冷える思いだった。

 二十一世紀になって、爆弾処理は多くのフィクション作品、映画やアニメ、小説で見られるような「赤と青の配線どちらを切るか」などと言う作業を行わなくなった(元から、そのような爆弾処理は創作の中の物なのだが)。液体窒素を用いて爆弾の信管を瞬時に凍結、停止させるからだ。

 だが、今ここにあるのは部隊長がビジネスバックに偽装して持ち込んだ工具一式だけである。液体窒素を小型ケースに偽装して入れる時間などなかったし、偽装しなかったら即座にテロリスト側に爆弾処理の装備だとバレてしまうからだった。

「そんな時間ないぞ、こっちがホテル内に侵入したことがいつバレるかわからんからな」

 故に、正にフィクションさながらの爆弾処理を求められた部隊長は、だが唇をペロリと濡らすと、手に持った工具を精密機械のように動かし始めた。素人が見たらどういう基準で選択して配線を選んでいるのかわからない、まるで元々この爆弾を作った張本人かのような手際だった。

「ダミーが大半……本命は二割か一割だな……しっかしお粗末な作りだな。いざ解体作業をされた時の為の物なんだろうが……時間稼ぎしか考えてないな。センスがない」

 独り言を呟きながら、部隊長の両手は止まる事なく配線を切ったり引っこ抜いたりを繰り返す。
 安久の方に部隊長の下手くそな鼻歌さえ聞こえてくる、それ程の余裕を、この男は持っていた。

 それから五分が経過した所で、部隊長が工具箱を片手に床へと降りた。

「よし、無力化完了……これでこいつはただのニトログリセリンだ」

「……流石です、一佐」

 安久が感服半分恐ろしさ半分といった表情で部隊長を見る。

「よせやい照れる。さて、後はじっくりと実行犯を追い詰めるだけだが、大関達のところがビンゴだと楽なんだがな」

「そう上手くいくでしょうか」

「多少は楽観的に考えんと、将来禿げるぞ」

 と言ったところで、バイブ音が会話を遮った。部隊長が胸ポケットから端末を出して確認すると、大関からの連絡だった。「ほれ、もしかしたら主犯格確保の知らせかも知れんぞ」と、端末を操作してお気楽な口調で電話に出る。

「おう、俺だ……ああ、それで?  ……なに…………なんだと?!」

 最初は軽い口調だったが、大関からの報告を聞くに連れて、表情も硬くなっていき、最後は怒鳴るようになる。
 その口調から何かアクシデントが発生したのだと悟った安久の顔を見て、部隊長が端末の音声再生をスピーカーモードに切り換えた。
 そして一瞬の静寂の後、大関の切羽詰まった声が男子トイレの中に響いた。

『AMWが出現しました!  機種はトレーヴォと見られますが武装は不明。しかも正確な数は判りませんが複数います!  駐屯地には連絡を入れてTkー7を持ってくるように言いましたが、あいつらが暴れ始めたら間に合いません!』

 大関の丁寧語というレアな報告を聴きながら、安久と部隊長は同時に舌打ちした。相手が用意していたのは爆弾だけではなかったのだ。こちらの動向を知っていたのか、今になって切り札を切ってきたのだ。

 しかも切ってきた札が爆弾よりも質が悪かった。市街地のAMWの相手は対AMW装備を持った歩兵か、同じAMWでなければ出来ないが、今はどちらもないのだ。
 廃墟群から出て来て、避難が一切行われていない、それもほとんどの住民が就寝しているであろう民家が密集している地域で破壊活動などされたら、どれほどの被害になるか、考えただけでひやりとする。

 一応、テロリストに先手を打たれた場合のマニュアルも存在するが緊急用の手段である。これを使うということは、下手を打てば周辺への被害が生じることを意味する。

「ここに来て人質の数が膨れ上がるとはな……」

 市街地の住民が丸ごと人質に取られた現実を前に、部隊長は眉間を抑える。部隊長は決断を迫られていた。もっとも、被害の差を天秤にかけると、対応しないという選択肢はそもそも存在しないのだが、

「くそ、安久と宇佐美は基地に置いておくべきだった」

 幹部連中に連れて行けと強く言われたが、対AMW最強戦力をこっちに配置したのは判断ミスだったと内心でぼやくが、後悔先に立たず。
 一先ず、大関に「お前達は他の班と連携して、偵察を続けろ。奴らの頭を探せ、そいつを抑えば終わるかもしれん」と楽観的な指示をして電話を切る。

「困ったことになったな、ここでプランBを使うことになるとは」

「プランB……?」

 片手で頭を掻きむしりながら部隊長が言った、初耳の単語に安久が疑問符を浮かべる。そんな作戦名やコードネームは聞いたことがない。

「あの部隊長、そのプランBというのは……」

「ん?  ああ、この話は土木建築員と佐官しか知らんかったなそういえば、まぁなんだ。秘密兵器だ」

 説明になってない上に、秘密兵器という単語が出てきて更に疑問符を増やす安久を無視して、部隊長は携帯端末で駐屯地に通話を繋ぐと、厳かな口調で短く告げた。

「プランB発令、特急便を要請する。なる早で頼む」
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