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第四十一話「困った時の親頼みについて」

保護者、出陣

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 部隊長と呼び出された自衛官、下は陸曹から上は陸尉まで、階級や所属部隊などを無視して集められた総勢十五名は、僅か十分で支度を済ませると、各々の私用車に乗り込んで駐屯地を出立した。
 LAV、軽装甲車両やジープを使わないのは、敵からの発見、自衛隊出動の発覚を防ぐためと、気付かれたとしてもそれを少しでも遅らせる狙いがあったからだ。
 ちなみに、隊員達も全員戦闘服ではなく私服姿である。

 車両の数が五。三人ずつ分乗しているその先頭の車の中。

「こんな夜更けに夜勤でもないのに呼び出されるなんて、いよいよ自衛隊のブラックさも深刻になってきたわね」

「比乃達が危ないんだ。仕方がなかろう」

「そりゃあの子達のピンチとなればしかたないけどね?   それでもお肌とかを気にしちゃうお年頃なのよ」

 部隊長自らが運転する車の後部座席でそんなことを言っていたのは、第三師団きっての武闘派、安久 剛と宇佐美 優であった。二人とも服装はラフな私服姿であるが、安久はライフルケースに入れた小銃を抱え、宇佐美はいつもの愛刀を握っている。

「それもこれも全部テロリストが悪いからな、存分に怒りをぶつけてやれ」

「部隊長に言われなくても、そうさせてもらいまーす」

「それで一佐、具体的な作戦は」

 宇佐美が鞘から鈍く光る刀身を僅かに露出させて、刃の具合を確かめる隣で、安久が身を乗り出すようにして、部隊長に作戦内容について質問する。
 なにせ、隊員達は呼ばれてすぐに「私服に着替えて武装しろ」と言われ、着替えながら幹部連中から簡単な説明を受けただけなのだ。彼らが知っているのは、ホテルに爆弾が設置されたことと、比乃の身柄をテロリストに要求されているということだけである。

「ああ、作戦、作戦な」

 部隊長はガムテープでハンドル脇に括り付けた通信機の電源を入れて「各車両、作戦を説明する。耳をかっぽじってよく聞け」と前置きをしてから、

「内容はシンプルだ。ホテルに一般客を装って侵入。不審者は見つけ次第無力化。同時に爆弾を探す、見つけたら俺が解体する。市民の安全を確保する。最後に後詰の部隊と共に潜伏しているであろう舐め腐ったテロリスト共を一掃する。以上だ」

 そう早口で告げてから「何か質問は」と締めて、他の車両に乗った隊員が何か言おうとするよりも早く「質問はないな。では健闘を祈る」と一方的に通信を切ってしまった。

 そのあまりに適当な作戦内容に、安久は絶句し、宇佐美は口笛を吹いた。前者は真面目が過ぎる故に困惑し、後者は部隊長のノリを賞賛した。

「あの、一佐。突入ルートや交戦規定については……」

 安久がなんとか口を開いて、普通ならば必ず確認する、最低限の事柄について打ち合わせをしなくていいのかと聞くと、部隊長は少し考える素振りを見せた。

「なるほど、それは確かに大事だ」

 と言って、通信機の電源を再び入れた。それを見て安久はほっと旨を撫で下ろす。が、

「各員、大事なことを忘れていた。交戦規定はオールフリー。一般人に見られてドン引きさえされなければ何をしても良し。突入ルートはうちのチームが正面から、他は適当に裏口から入れ。外に不審者がいた場合は始末しろ。質問はあるか」

 またも早口で一方的に告げた部隊長に対し、反応が早かった隊員の『あの』という声が漏れたが、それに被せるように部隊長は「時間がない、かっ飛ばすからついて来いよ」と言いながら通信を切ってしまった。

 その様子を見届けた安久は乗り出していた身体を椅子に深く腰掛け直して、頭を抱えてしまった。
 隣で、宇佐美がボソッと呟く。

「部隊長、完全にキレてるわね」

 もし宇佐美に、感情のオーラを可視化する能力があったなら、部隊長の背からメラメラと、静かに燃える怒りの炎が立ち上っているのが見えただろう。それくらい、部隊長は怒っていた。
 今回、テロリストは正しく「虎の尾を踏んだ」のである。しかも、踏んだことに気付いていない。

「お前ら、がんがん飛ばすから舌を噛むなよ」

 次の瞬間、部隊長がアクセルを思い切り踏み込んだ。三人を乗せた自動車は、凄まじいエンジン音を立てながら加速する。それに反応して、後続の車も負けじと速度を上げる。
 対向車もいない暗闇の道路を、車の一団が猛スピードで走って行った。

 ***

 その頃、親自らが出撃しているとは思ってもいない比乃達は、

「ハートの七ある奴いるか?   いるか?  いないな?」

「あ、俺持ってるわ。で、上がり」

「ああ?!  晃お前狡いぞ!」

「……晃、カードゲーム、得意?」

「昔から紫蘭に変な賭けとか罰ゲーム付きでやらされてたからな。こういうゲームは得意なんだぜ」

「変な罰ゲーム?」

「……気になる」

「いや、お前らは知らなくていい、純粋なままでいてくれ」

「……それより、開幕からずっと大貧民の人もいるんだけど、そろそろ一回場をリセットしない?」

 晃が鞄から取り出したトランプで、大富豪をしていた。自分達がいるホテルに爆弾が仕掛けられたことを知っているとは思えない余裕っぷりである。

 これでも、最初は晃が慌てて教師に伝えようとしたのだが、比乃にそれを止められていた。

「なんで止めるんだよ比乃!  早く逃げなきゃやばいだろ!」

「いやいや、ここで大っぴらに避難なんてしてみなよ。相手はこっちが脅迫に応じないと見て強行手段に出るか、最悪爆弾を起爆させかねないよ」

「で、でもよ……」

 それでも不安げな表情を浮かべる晃の肩を、比乃が安心しろとポンと叩く。

「これでも僕が助けを呼んだのは日本でもトップクラスの精鋭だよ?  むしろ、連絡が取れた時点で身の安全は保証されたも同然さ、だから僕達は、状況が動くまで待ってていいんだよ」

 精鋭の後ろに「ただしどんぱち特化」とは付けない。比乃の狡猾さを見た志度と心視が半目になるが、それに気付かない晃は、自身を落ち着かせるように小さく深呼吸して、

「……それもそうだな、お前らの隊長さんがいる部隊だもんな、きっとなんとかしてくれるか」

「そうそう、大船に乗ったつもりでいればいいんだよ。気を紛らわせるためにも遊ぼうか、何かあるかな」

 ここであえて晃に何かないかと聞いたのは、今の危機的状況から目を逸らさせるためである。そうしないと、何かを切っ掛けにまた不安がってしまうかもしれないし、それが原因で騒がれたら大変なことになってしまうからだ。

 比乃のそんな考えを知らない晃は、聞かれて「えーっと、そういえば鞄にトランプとかウノとか……」と、自分の旅行鞄を漁り始めた。思考を別の方向に向かせることには、一先ず成功したようである。

「ウノはちょっと苦手だから、トランプがいいな」

「比乃、前にイギリス行った時にボコボコにされたもんな」

「ああ、ならトランプで……何しようか」

 鞄からトランプが入ったケースを取り出した晃から何をするかを聞かれると、三人は口々に自分が知っているルールを口にした。

「俺、ババ抜きがいい!」

「……七並べ」

「僕は大富豪かなぁ、部隊の同僚に教え込まれたんだ」

「じゃあ順番にやるか、まずはババ抜きだな」

 こうして、四人のトランプが始まり、冒頭に戻る。

「ところで比乃、少なくても紫蘭やメアリ達には知らせた方がいいんじゃないのか?」

 トランプの山を両手で器用にシャッフルしながら晃が聞くと、ここまで三ゲーム連続でビリッケツでいじけている比乃が顔を上げて答える。

「逆に聞くけど、あの二人がこの事を知って大人しくしてると思う?」

「……それもそうだな」

「毎回毎回事件の解決役に回るのは御免被るからね。今回は、大人しく救助される側をしてるよ」

 配られたカードを手に取りながらそう言った比乃の顔が、渋くなる。
 またしても手札が悪い。今日はとことんついていないようだ。
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