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第四十一話「困った時の親頼みについて」

子供の対応

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「沖縄料理美味かったなぁ」

 部屋で未だにぐったりしている比乃を介抱し終えた晃は、ホテルのレストランでそこそこに豪華と言える夕食を終え、自室に向けてのんびりと廊下を歩いていた。志度は一足先に部屋へと戻ったので、彼一人である。

(比乃も災難だよなぁ、美味い飯も食えずにグロッキーだなんて)

 というか、いったいあのドリンクには何が入っていたのだろうか、知りたくもないが……そんなことを考えながら歩いている内に、エレベータホールまできていた。自分達の部屋はかなり上階だ。階段で行こうだとは到底思えないので、ボタンを押す。
 幸いなことに、エレベータはすぐにやってきて、扉を開けた。
 晃はさっさと乗り込むと、開閉ボタンを押す。その直後、晃のズボンのポケットが振動で震えた。携帯端末の着信。

「ん?」

 こんな時間に、誰からだろうか……不思議に思いながらも端末を取り出し、画面を確認する。見たことがない番号だった。
 晃の目に困惑と警戒の色が浮かぶ。目的の階のボタンを押してから、その間も着信を知らせ続けている携帯端末を操作して、通話に出る。

「……もしもし」

『有明 晃だな』

 聞こえてきたのは、合成音声のような、低い男の声だった。それだけで不審感が急激に高まるには十分で、思わず通話を切ろうとしたが、それより先に鋭い口調で『切るなよ』と向こうから釘を刺された。

「どちらさまですか」

『私が何者かなど、どうでも良いことだ。君がするべきことは、今から言うことを日比野 比乃に正確に伝えることだ』

 晃の問いを無視して、男らしき人物は話を続ける。

『伝えろ、そのホテルに爆薬を仕掛けた。ビル一つくらいへし折れる量だ。自分と民間人の命が惜ければ、一時間以内に一人でホテルの裏口まで来い。来なければ、爆破を実行する』

「なっ……?!」

『以上だ』

「お、おい待てよ!」

 男の声は用件だけを一方的に述べて途切れた。晃が血相を変えて声を荒げるが、端末から聞こえてくるのは、通話が終了したことを表す電子音だけであった。

 エレベータの扉が開く。我に帰った晃が見ると、入れ替わりで乗ろうとしていたクラスメイトのグループが、晃の顔色を見て心配そうな顔をして自分を見ていた。

「どうした晃、何か悪いもんでも食ったか?」

「保健委員呼ぶ?」

「日比野と言い、なんだかお前ら変だぞ」

 何も知らない彼ら彼女らを見て、晃は思わず今のやり取りは白昼夢か何かではないかと思った。思いたかったが、ちらりと見た携帯端末の画面には、それが夢ではないことを証明する、通話履歴が表示されている。

「ああ、いや、なんでもない……ちょっと急いでるだけだ」

 クラスメイト達を軽く押しのけるようにして、晃は足早に部屋へと向かう。
 今は一刻も早く、非日常が自分達に襲いかかってきたことを、専門家に知らせなければならない。


「なるほど、話はわかった」

 顔色の悪い晃が戻ってきたことに驚いた志度と、それでもなおぐったりしていた比乃だったが、晃が事を説明すると、流石に具合が悪いとは言っていられずにベッドから身を起こした。

「とりあえず、冷静に相手の技量と規模を推測しようか」

 そう言った比乃は指を人差し指を立てて「まず判断材料一つ目」と語り始めた。

「僕に直接じゃなくて、晃に連絡を寄越したのは、恐らく僕と志度、心視の三人の連絡先に関するセキュリティが破れなかったから、一般人の晃の番号を割るのなら、労力もそこまで必要ないだろうからね。あとは逆探知でも警戒したのかな」

「個人情報ってそう簡単に漏れるものなのか?」

「意外とね。そして二つ目」

 比乃が中指を立てる。

「僕らの所在を突き止めてる。沖縄にいることは学校の情報を探ればわかるかもしれないけど、どこのホテルを使うかなんて、テロ対策で今時は公開しないし、ホテル側も教えない。となると、つけられてたか、地道に地元住民に聞き込みでも行った可能性が高いね。それができるだけの人員はいるかもしれない」

 そして三つ目、と薬指を立てて、手を左右に振った。

「僕を狙ってきたってことは、僕の素性を知っている組織の犯行ということになる。最低でも、第三師団の師団長の息子という情報を持っていることは間違いない。ここまで割れてるってことは、恐らくはメアリ、アイヴィー、紫蘭のことも知ってるはず。だけど、要求には含まれてない。これが謎なんだけど……言えるのは」

「言えるのは?」

「つまり、どういうことだよ」

 志度と晃が首を傾げる。比乃は指をグーパーさせながら、推測から導き出した答えを告げた。

「相手はそれなりのテロ屋、装備も人員もある。一方でこっちは先手を打たれて、装備もない。ちょっと今回はピンチかな。手の打ちようがない」

 さらりと、なんて事なしに言ってのけた比乃に、晃は冷や汗をかいた。彼から見れば、エリート自衛官であるこの友人は、これまでどんな事件でも解決してみせた。言い方によってはヒーローと言ってもいい存在だった。その友人が、どうしようもないと宣言してしまった。動揺するなという方が酷であろう。

 がしかし、比乃は慌てもせずに落ち着いた様子で、

「こう言う時は、素直に大人を頼ろう」

 そう告げて、比乃は志度に、ある物を持っている心視を呼んでくるように言う。二つ返事で部屋から飛び出して行った志度の背中を見送って、晃は比乃に不安げな顔で聞く。

「それで、打つ手なしって言ったって、どうにかしないと不味いだろこれ……」

「言ったでしょ、大人を頼ろうって、自分の手札が悪いなら、山札から新しいカードを持って来ればいいんだよ……お、来た来た。早いな」

 話している間に、廊下から二人分の駆け足の音が聞こえてきて、扉が開け放たれた。
 そこには息一つ乱していない比乃の同僚二人が立っていた。

「連れてきたぞ!」

「緊急……事態?」

「そうそう、今から説明するけど、心視、あれ持って来てるよね。ちょっと貸して」

「了解……」

 そこで晃は気付いた。心視が、その手に新聞紙に包まれた、大きさ二十センチ程のなにかを持っていることに。それを受け取った比乃が、丁寧に新聞紙を剥がしていくと、黒光りする無骨な、大昔の携帯端末のような物が出てきた。

「それなんだ?  秘密兵器か?」

「そうとも言うかな。いや、万が一こっちが電話してるのを探知でもされたら事だからね。持って来ててよかった」

 特に説明もせず、比乃は手早くその端末を操作し始める。一般人の晃には、大きめの通信機ということくらいしかわからなかったが、そっちの分野の人間が見たらすぐにわかるだろう。
 それは、持ち運びができる秘匿回線専用の通信機だった。

 それが、この窮地を脱するための、比乃の手札の一つである。

「……もしもし、部隊長ですか?  夜分遅くにすいません……はい、そうです。緊急事態です」
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