上 下
292 / 344
第四十話「腕試しと動き出す者達について」

水面下での動き

しおりを挟む
 コンビニから戻る帰り。

「ん?  なんだあれ」

 スポーツ飲料とジュース、菓子類が入ったビニール袋を持って先を進んでいた晃が、奇妙な物を見たように呟いて足を止めた。後ろを歩いていた志度も気づいてそちらを見やる。

 見れば、一抱えあるトランクを持った地味な服装の男が二人を、鍛え上げられた身体付きの男、こちらも同じく二人が「こら!」「待ちなさい!」と言いながら追いかけているのだ。

 道路を挟んで反対側の歩道を、自分達とは逆方向に駆け抜けていく彼らを見送った二人は、顔を見合わせる。

「志度、あれって事案なんじゃないのか?」

 自衛官としてどうなんだ、と言わんばかりに晃が言うが、目を細めて走っていた四人の内、追いかけている方を観察していた志度が首を振った。

「……いや、私服だから一瞬わからなかったけど、あれうちの師団の奴らだ。何やってるんだろこんな所で」

 志度の言う通り、トランク男達を追いかけていたのは、第三師団の、それも機士科の人間だった。話したこともあるし、向こうもこちらを知っている。向こうは追いかけっこに夢中で、反対側にいた志度には気づかなかったようだが。

「なんだ、志度の同業さんか、捕物でもしてるのかな。加勢しなくてよかったのか?」

「今は俺非番だし、自衛官相手にあんなの抱えて逃げ切れる奴がいるかよ。さ、比乃が待ってるし、早くいこうぜ」

「それもそうだな、しっかし比乃、吐いてなきゃいいけど……」

 もうすっかり姿が見えなくなった奴らのことは気にせず、晃と志度は談笑をしながら、ホテルに向かって再び歩き始めた。

 ***

『こちら飲み屋のノブチーム、不審者二人確保、怪しげなトランクを持っているどうぞ』

『こちらスナックトメちゃんチーム。お手柄だな、こっちは三人だが手ぶらだ。声かけた途端に逃げ出したので確保』

『こちらカフェズトールチーム。普通の旅行者しか引っ掛からない。やはりホテル周辺じゃないといないようだ。どうぞ』

「マルドナルト仮設本部より各チームへ。事情を聞いた警察が協力してくれることになった。確保後は警官の到着まで待て」

『了解、引き続き警戒を続ける』

 連絡を終えた通信機を机に置いて、大貫三等陸尉はすでに冷たくなってしまったフライドポテトを指で摘み、口に運んだ。シナシナになってしまっているそれが、非番の日に突然呼び出されて仕事をさせられている自分の心境を表しているようだった。

 向かい側に座っている、同期にして相方の大関三尉も、若干不満そうな顔で、持ち運べる小さいダンベルを両手に持ち、軽々と上下させていた。

 もう客も殆ど残っていない二十四時間営業の大手ハンバーガーショップの隅の席、揚げ物の臭いが仄かに香るその店内で、筋肉漢二人は揃ってため息を吐いた。

「にしても部隊長も人使いが荒いぜ、久々の休暇だってのによ」

「全くだ。明日の早朝からジムで筋肉に磨きをかける予定がパーだ」

 そう、大貫も大関も、そして今、外で走り回ったりしているであろう自衛官も、今日と明日に休暇を与えられている人員だった。
 どうやってか各々が遊びに出た行き先を把握していた部隊長によって、ホテル街周辺にいた第三師団機士科所属の自衛官は、不審者確保とホテル周辺のクリアリングに駆り出されてしまったのだ。ちなみに、他の科の連中は、幸運なことに別の場所で羽を伸ばしていた。

 なお、チーム名はそれぞれが連絡を受けた時にいた店の名前である。
 若干アルコールが入っている者もいるが、部隊長はそんなこと御構い無しに命令をしてきた。本来ならば色々と問題になる行為だが、ここは本土の威光が届かぬ沖縄の第三師団。師団内においては部隊長が法律である。威光が届いたところで、あの怪人はそれがどうしたと一蹴しそうだが。
 代休は取らせるとのことだったので、一応命令を遂行しているが、それでも不満たらたらであった。

「それで、これで捕まえたのは何人目だったか」

「お前それ俺にも使わせろよ……八人だな、酒屋よっちゃんチームが近場の警察署に護送中だ。怪しげな荷物もセット」

「どこでもできる筋トレの用意を怠るとは、不覚をとったな。その内不審物を持ってたのは半分、中身は開けてみてのお楽しみってか」

 大関が言ってから「ほれ」とダンベルセットを大貫に手渡す。受け取った大貫は店員の不審げな目を無視して筋トレを始めた。
 会話内容から通報されてもおかしくなかったが、幸いなことにそこまでされていなかった。

「かたじけない……中身が爆発物で開けた途端にどかん、とかだったら困るからな。部隊長からは用心しろって念押されてるし」

「共通してるのは、口割ったのは地元の市民団体の奴らってことか……最近は大人しくなったと思ったんだがなぁ……ところでこの店、期間限定のプロテインドリンクがあるぞ」

「流石は日本最大手だな、味見を兼ねて注文してみるか……まぁ、こんだけ捕まえてれば事件は起きないだろ」

「まさか、街中にいるのが全部囮、とかでなければな……ついでにバーガーも頼もう。小腹が減った」

 そう言って、二人は注文のために席を立った。
 この筋肉の塊コンビに退店を促す勇気は、残念なことに一介のレジ打ちアルバイトにはなかった。

 ***

「首尾は」

「“尻尾”が捕縛されたり職質されたりしてますが、こちらには気付いてないかと」

 雑居ビルの上階。何のテナントも入っておらず、だだっ広く埃臭いそこに、数人の男がいた。
 その内一人が部下らしき人物からの報告を受けると、通信機で指示を出した。

「こちら本部、撒いておいた尻尾がなくなりそうだ。手早く済ませろ」

『了解、五分以内に撤収します』

 暗闇の中、目出し帽を被った男達は、見るからに市民団体とは違った。纏っている雰囲気が、堅気のそれとは違う。殺伐とした物だった。

「AMWの用意も済んでるな?」

「はい、すでに展開済みです。いつでも出せます」

「結構。しかし、ここの警官もずぼらな物だ。密輸の受け取り先が一つとは限らないのにな……雇ったパイロットが居たのが、制圧されたあそこだったのがちと痛かったが、代用の素人でも自衛隊が出てくるまでの時間稼ぎにはなるだろう」

 男はそう言って、先ほどまでとは別の通信機を手に取った。それは大型の、長距離用無線機だった。

「さてさて、深海におられるスポンサー様は、これで満足してくれるだろうか」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【改訂版】 戦艦ミカサを奪還せよ! 【『軍神マルスの娘と呼ばれた女』 2】 - ネイビーの裏切り者 -

take
SF
ノベルアッププラスへの投稿に併せて改訂版に改編中です。 どうぞよろしくお付き合いください!  数百年後の未来。人類は天変地異により滅亡寸前にまで追い込まれ、それまでに彼らが営々と築いてきたものは全て失われた。  わずかに生き残った人々は力を合わせ必死に生き延び、種を繋ぎ、殖やし、いくつかの部族に別れ、栄えていった。その中の一つがやがて巨大な帝国となり、その周囲の、まつろわぬ(服従しない)いくつかの未開な部族や頑なな国との間で争いを繰り返していた。 就役したばかりの帝国の最新鋭戦艦「ミカサ」に関する不穏な情報を得た皇帝直属の特務機関を統べるウリル少将は、一人のエージェントを潜入させる。 その名は、ヤヨイ。 果たして彼女は「ミカサ」の強奪を防ぐことが出来るのか。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 野球と海と『革命家』

橋本 直
SF
その文明は出会うべきではなかった その人との出会いは歓迎すべきものではなかった これは悲しい『出会い』の物語 『特殊な部隊』と出会うことで青年にはある『宿命』がせおわされることになる 法術装甲隊ダグフェロン 第二部  遼州人の青年『神前誠(しんぜんまこと)』が発動した『干渉空間』と『光の剣(つるぎ)により貴族主義者のクーデターを未然に防止することが出来た『近藤事件』が終わってから1か月がたった。 宇宙は誠をはじめとする『法術師』の存在を公表することで混乱に陥っていたが、誠の所属する司法局実働部隊、通称『特殊な部隊』は相変わらずおバカな生活を送っていた。 そんな『特殊な部隊』の運用艦『ふさ』艦長アメリア・クラウゼ中佐と誠の所属するシュツルム・パンツァーパイロット部隊『機動部隊第一小隊』のパイロットでサイボーグの西園寺かなめは『特殊な部隊』の野球部の夏合宿を企画した。 どうせろくな事が起こらないと思いながら仕事をさぼって参加する誠。 そこではかなめがいかに自分とはかけ離れたお嬢様で、貴族主義の国『甲武国』がどれほど自分の暮らす永遠に続く20世紀末の東和共和国と違うのかを誠は知ることになった。 しかし、彼を待っていたのは『法術』を持つ遼州人を地球人から解放しようとする『革命家』の襲撃だった。 この事件をきっかけに誠の身辺警護の必要性から誠の警護にアメリア、かなめ、そして無表情な人造人間『ラスト・バタリオン』の第一小隊小隊長カウラ・ベルガー大尉がつくことになる。 これにより誠の暮らす『男子下士官寮』は有名無実化することになった。 そんなおバカな連中を『駄目人間』嵯峨惟基特務大佐と機動部隊隊長クバルカ・ラン中佐は生暖かい目で見守っていた。 そんな『特殊な部隊』の意図とは関係なく着々と『力ある者の支配する宇宙』の実現を目指す『廃帝ハド』の野望はゆっくりと動き出しつつあった。 SFお仕事ギャグロマン小説。

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

悠久の機甲歩兵

竹氏
ファンタジー
文明が崩壊してから800年。文化や技術がリセットされた世界に、その理由を知っている人間は居なくなっていた。 彼はその世界で目覚めた。綻びだらけの太古の文明の記憶と機甲歩兵マキナを操る技術を持って。 文明が崩壊し変わり果てた世界で彼は生きる。今は放浪者として。 ※現在毎日更新中

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します

ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!! カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

処理中です...