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第四十話「腕試しと動き出す者達について」

葛藤と恋バナ

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 何だかんだ言った物の、報告書を書かなくて済んだおかげもあって門限前にホテルに到着した一同は、夕食まで各々の部屋で思い思いに過ごしていた。

「おーい比乃、生きてるかー?」

「……辛うじて、生きてるよ……」

 ベッドで仰向けになって青い顔をしている比乃が、顔の前でひらひらされた志度の手を鬱陶しそうに退かして、死にそうな声で答えた。

 志度と同じく、同室の晃が「マジでしんどそうだな」と備え付けの冷蔵庫を開けて中身を確認して、

「水でもあるかと思ったけど空っぽだ……その様子だと夕飯は無理そうだよな。なんか摘める物、買ってきてやろうか?」

「お願いできるかな……スポーツ飲料辺りを貰えると、嬉しい……」

「はいはいっと、志度、一緒に行こうぜ」

「お、これが噂の禁断の抜け駆け買い食いって奴だな?  そういうことなら喜んで一緒させてもらうぜ」

「なんだその語呂が悪い噂は……誰から聞いたんだよ」

「宇佐美さん」

 そんな会話をしながら部屋から出て行く二人を横目で見送って、比乃はベッドに身を預けるように身体の力を抜く。
 自分が不甲斐ない結果とは言え、酷い目にあった。もう二度とあの謎のドリンクは飲みたくない――そこまで考えて、あの劇物の味を思い出してしまい、思わず込み上げてくる物があった。

(ドリンクのことは考えるな……別のことを考えよう……)

 このままではシーツを汚してしまうことになるので、比乃は先ほどの模擬戦の内容について考えることにした。レポートを用意することも反省会をすることもなかったので、その代わりである。

 比乃は考える、自分は出来る限りを出し切れていただろうか、要所要所での動きは最適だっただろうか……前者は肯定で、後者は否定だった。
 あの時、比乃は自分が出せる全力を出したつもりだった、罰ゲームの件もあったが、いざ模擬戦が始まって火がついたというのもある。しかし、結果として見れば苦い敗北。最適の動きが出来ていれば、まず無かっただろう結果であった。

 自分の力不足に溜息が出そうになる。これまで様々な戦いを経験してきたつもりだった。潜ってきた修羅場の数も多い方だし、過去に比べて成長もしたつもりだったが、それはただの驕りだったのだろうか?

(こんなことで、これから先、戦っていけるのだろうか)

 東京に異動してからという物、頻度こそ少ない物の、自分や周囲に降り掛かる火の粉が大きくなっている気がしてならない。AMW乗りは命懸けの職業だが、それでも少々異常だ。恐らく、根本的な原因を叩かない限り、この危険が去ることはないだろう。

 自分と、守りたい物を守るためには、ひたすら強くならなければならない。その一つの指標となっているのが、比乃の上官二人であった。

 宇佐美と安久は、比乃がいつか超えなければいけない壁である。それがどれだけ遥か高く聳える物でも、死ぬまでには乗り越えなければならない。以前から、二人にそう言われ続けている。それは、二人から自分に課された永遠の課題とも言えた。

(宇佐美さんと剛より強くならないといけない……か、模擬戦ですら、あんな有様なのに)

 自虐するように自笑しつつ、目を瞑った脳裏に、安久と宇佐美の姿が浮かぶ。

『良い、日比野ちゃん?   貴方はいつかきっと、私達よりも恐ろしい敵に出会う時が来る。だから、私達に追い縋る程度で満足してちゃ駄目よ』

『うむ、お前はまだ若い、若すぎるくらいだ。伸び代も充分にある。俺達を必ず超えられる時が来る。だから努力を惜しむな、止めるな、継続し続けろ』

 いつか、自分が今よりもっと幼かった頃に言われた言葉を思い出す。頭の中でそれを反芻して、比乃は天井の灯りから顔を守るように……或いは自分よりずっと高みにいる二人から表情を隠すように、腕を目元に回した。

「……だけど、二人がいるのはずっとずっと先だよ……」

 追い付ける気が全くしない、という本心は、辛うじて口に出さなかった。
 それを口にしてしまったら、自分は歩みを止めてしまう、そんな気がした。

 ***

 その頃、別フロアの女子部屋では、

「それでそれで、紫蘭はどうやって晃と知り合いになったの?」

「それ、私も、気になる……」

「私と晃さんの出会いに比べれば些細なことでしょうけど、一応、聞いて差し上げますね」

「ふっふっふ、それでは教えてやろう、私と晃の馴れ初めの話を!   ただしメアリ、貴様は駄目だ」

 それぞれ自分のベッドに腰掛けて、女子会ムード全開で恋話を繰り広げていた。

「私と晃が出会ったのは今より遥か昔、それはまだ小学生だった頃……」

「遥か昔……?」

「どんなに昔でも精々数年くらいですよね」

「ええぃ、茶々を入れるな!  ごほん……その頃の私は、花も恥じらう穢れも知らぬ少女だった。晃と運命的な出会いを果たしたのは、そんな時期だった」

「今は色々と真っ黒になって穢れまくってますよね。紫蘭さんにもそんな頃があったなんて、私、意外過ぎて驚いてしまいます」

「メアリ、お前は小さい頃に会ってるだろうが……それと、いい加減にしないと現世の仏と呼ばれる私でも怒るぞ?」

 紫蘭がこめかみをヒクつかせ、挑発するかのように、メアリが笑みを隠すように口元を手で抑える。
 一触即発となった空気を、冷や汗を垂らしたアイヴィーが宥めようとする。

「ちょいちょい、メアリはちょっかい出さないでよ、話が進まない。それで紫蘭、晃とのファーストコンタクトはどうだったのかもきになるけど、その頃の晃ってどんな感じだったの?」

「……話、続けて」

 強引に話を戻したアイヴィーと、マイペースを貫く心視に催促され、紫蘭は不満そうに鼻を鳴らしながらも話を続けた。

「……その頃の晃というのは、まぁ、わんぱく坊主だった。家の関係や性質からクラスで浮いていた私とは対照的で、クラスの中心人物だった」

「今は落ち着いてるけど、クラスの中心人物って点は変わらないんだね」

「うむ、奴には人を惹きつける物がある。私も密かに憧れていた、だが、その時点ではまだ恋心という物ではなかった。どちらかと言えば、嫉妬じみた暗い感情の方が強かったな」

「紫蘭は……今とは、性格が、違いそう」

「そういえば、昔会った時の紫蘭さんは、今の自由奔放な姿とは違って正に令嬢って風でしたね」

「そこはお相子様だメアリ、腹黒狐になりおって……もし、その関係のままだったら、私は晃に恋などしていなかっただろうな。そこで、ある事件が起こる。と言っても、そんな特別なことじゃない。今時どこでも聞く話だ」

 後半、その内容t紫蘭の声のトーンが下がったことに、メアリとアイヴィーは何があったのかを察したが、

「……虐め?」

 心視は首を傾げて口にしてしまった。アイヴィーが少し慌てたように「心視!」と声を上げるが、紫蘭が「気にするな」と諌めた。

「別に、そんな大袈裟なことでもない。金持ちの娘、容姿も良くて男ウケも良い、その癖に付き合いは悪いと来たら、そう言ったことの標的になるのは自明だ」

 そうなんて事なしに言ってみせる紫蘭の表情は、むしろ清々しくすら見えた。

「それに、あの件があったからこそ、私は晃に恋できたのだからな。それで、話の続きだが――」

 こうして、夕食の時間になるまで、三人は紫蘭の惚気話を聞かされることになった。アイヴィーと心視は興味深そうに聞いていたが、メアリは、ニコニコしながらも終始不機嫌さを隠さない態度を取っていたというのは、言うまでも無い。
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