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第四十話「腕試しと動き出す者達について」

侍と自衛官

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 開始と同時に一気に距離を詰めて来た宇佐美に対して、比乃は至極冷静に分析を行い、対抗策を打ち出す。

(やっぱりというか、短筒は放り捨ててる)

 目敏く、宇佐美機の腰、ウェポンラックに短筒が付いていないことを発見。
 宇佐美の性格上、勝負がつまらなくなりそうな物、飛び道具などはすぐに投棄してしまうか、使わずに腰に付けっ放しかのどちらかだが、今回は前者だったらしい。そうとなれば、することは一つ。

 宇佐美が肉薄するよりも早く、比乃のTkー7改が後方に大きくバックステップを取り、着地と同時にもう一度、今度は大きく後方へと跳躍。

 左手を後ろに向け、そちらにカメラを向けることもなくワイヤーアンカー“スラッシャー”を射出。地面に食い込んだそれの巻き上げによって、機体が後方へとぐんと加速し始める。

 そして右腕で短筒を引き抜くと素早く照準。後方へと飛びながら三点射。

 狙いの甘かったペイント弾はどれも宇佐美が着地した周辺に着弾する。それを予見していた宇佐美は、すでに再度の跳躍姿勢に入っている。

『ちょっとちょっと日比野ちゃん!  速攻で逃げるってどういうこと?!  正々堂々と斬り合いましょうよ!  ギャラリーからのブーイングが来ちゃうわよ!』

 跳躍して比乃機に追い縋ろうとする宇佐美機であったが、ワイヤーアンカーを使った分だけ、比乃の方が速い。更に、比乃側は飛び道具を構えている状態で、不用意に飛び出した相手を狙える状態に持ち込んだ。

 至極単純な手だが、相手はあっさりと引っ掛かった。宇佐美がもし、冷静に着地地点に向かって突っ込んで来ていたら、右手のスラッシャーを使って方向転換をするなどの小細工が必要になるところだった。

 宇佐美がどんな達人であるとは言え、飛び道具の前に近接武器は無力だ。比乃の持論であり、一般常識でもあった。

 そうして、狙い通りに無防備になった宇佐美機に向けて、短筒を再度照準、今度はしっかり当てるつもりで狙いを付け、

「宇佐美さんと真正面から斬り合ったら秒殺されちゃいますよ!」

 宇佐美の抗議にそう言い返しながら、発砲。一発のペイント弾は空中の宇佐美機に向けて寸分違わずに飛んでいく。スラッシャーを使った機動も間に合わない。これで被弾判定が入れば……と比乃が楽観したその時。

『おっとっと』

 宇佐美のTkー7改が空中で“舞った”。手足を思い切り振り、機体を回転させる、そう表現するのが正しい動きをした。その結果、人型の兵器は空を蹴るように小さく二段ジャンプをして見せ、ペイント弾をすんでの所で回避した。

 正しく離れ業だ。比乃は一瞬、何が起こったか理解できないとばかりに目を見開いたが、即座に攻撃が失敗したという事実を認識し、次の行動を考える。

(切り替えろ。次はどうする。同じ方法をもう一度試してみるか――)

 他に有効な手も見当たらない。比乃が着地したと同時に足を屈めてジャンプしようとする。しかし、

『私に同じ技は二度通用しないわよー!』

 宇佐美はそんなに甘い相手ではない。降下しながら長刀を片手で全力投擲してきたのだ。駆動中の高振動ブレードと同じ判定を持つそれは、命中したら被弾判定を受ける。

「うわっ」

 まさか所持している得物の内の片方を投げつけてくるとは思わなかった比乃が、それを避けるため、慌てて跳躍のベクトルを後方ではなく横に変換する。
 急に変な動きをさせられた脚部から一瞬エラーの警告音が鳴るが、比乃はそれを無視し、泥や土を巻き上げながら前転しつつ短筒を構え、相手の着地地点に向けて碌に狙いも付けずに発砲。牽制射を入れた。

 だが宇佐美はそれを物ともせず、着地したかと思うと土を蹴り上げながら猛然と突進してきた。

 宇佐美機が『ずんばらりんよー!』と意味不明な奇声をあげながら、長刀を振り上げて駆けてくる。一方で、まだしゃがんだ姿勢のままで反撃も回避もできない比乃はやけくそ気味に短筒を連射する。それすらも、宇佐美のTkー7改は右へ左へ最小限の動きで避けて見せた。

『特製ドリンク一杯注文入りまーす!』

 そして遂に比乃の眼前まで迫ると、長刀を獲物目掛けて振り下ろさんとする。

「っなんの!」

 けれども、比乃も腐っても第三師団の機士である。
 振り下ろされる長刀に左腕を向け、スラッシャーを射出する。腕部から飛び出した鏃は刀身に命中、その手から長刀を弾き飛ばした。

『あらっ』

 武器を失った宇佐美が小さく驚嘆の声をあげる。その隙に、完全に立ち上がった比乃のTkー7改が、目の前の宇佐美機に短筒を突き付けた。

(もらった!)

 勝利を確信し、躊躇わずトリガーを引く――だがそれよりも早く、宇佐美機の姿が横へとスライドした。

『やるわね日比野ちゃん。だけど』

 まだまだ決着にはしてあげない。その言葉を聞いた直後、比乃の視界が一転した。天と地が入れ替わったような錯覚。続いて、背中から落ちる感覚が困惑を引き起こし、直後に衝撃が比乃を襲った。

 された張本人には何が起こったのか即座に理解できなかったが、中継ドローンでそれを見ていた観覧席の晃達にはすぐにわかった。

 武道の達人のような足運びで真横に移動した宇佐美のTkー7改が、突き付けられていた拳銃ごと相手の腕を掴み、そのまま――どういう風に力を入れたのかわからないが――比乃のTkー7改をひっくり返したのだ。

 長刀の達人でもあるが、素手での武術でも秀でていた。それを失念していた比乃の失策だった。
 そして、高機能な衝撃吸収機能と搭乗者保護機能を持ったTkー7改でも、急激に襲いかかった衝撃には対応できない。

「っ……!」

 機体が抑えきれなかったショックによって、脳震盪に近い症状に陥りながらも、比乃は懸命に念じ、機体を制御した。両足を振り上げ、そして振り下ろす勢いで、機体を即座に立ち上がらせる。

 その間に、宇佐美は先程自分で投擲した方の長刀を拾い上げ、ゆらりと比乃機の方に向き直った。

『ちょっとグロッキーかしら日比野ちゃん、大丈夫?  降参する?』

 搭乗者のフィールドバックか、少しふらついたTkー7改の様子を見て、そんなことを言う宇佐美であったが、比乃は薄ら笑みを浮かべて、

「まだまだ、これからですよ」

 まだぐらつく頭でやせ我慢を言いながら、短筒に素早く新しい弾丸を装填し、左足を引いて構えた。
 もう一気に距離を取っての引き撃ちという小細工は通用しないだろう。ならば、ギリギリ長刀の射程範囲外の間合いを保ちながら、短筒というより射程の長い武器で攻めるしかない。そう腹を括ったのだ。

『そうそう、そうこなくっちゃ面白くないわ。ふふ、楽しくなってきた』

 後退しない比乃の考えを読み取ったのか、宇佐美が楽しげに小さく笑い。長刀を上段に構える。

 そして、どちらとも無く、二機のTkー7改が前に踏み出した。
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