自衛隊のロボット乗りは大変です。~頑張れ若年陸曹~

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第四十話「腕試しと動き出す者達について」

引き出されたやる気

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「どうしてこんなことに……」

 訓練用のTkー7改のコクピットの中で、比乃はぼやいた。
 今は訓練場の森林地帯を、所定位置まで移動している最中である。

 こんな状況になったのは、言いくるめられた自分も悪いが、宇佐美を止めてくれない剛らのせいでもあった。今回は純粋に観光を楽しもうと思っていたのに、何故その観光先でいつもの仕事紛いのことをしなければならないのか……比乃の不満は尽きなかった。

「というか、こんなことしてて時間は大丈夫なのかな」

 模擬戦が終わったとしても、それではいお終い、とは行かないのだ。駐屯地の機材を使用している時点で、公式な運用記録として残さなければならないので、関連する各種書類を書かなければならないし、更に上官(この場合は安久)に口頭とレポートで、模擬戦内容について報告する義務が発生する。

 それらの処理は、どう頑張っても数十分で終わるような物ではない。宿泊先のホテルに戻る時間を含めても、下手をすると門限ギリギリになってしまう可能性まであった。

 門限に遅れて怒られたとして、まさか「自衛隊の駐屯地でAMW乗ってたら遅れました」と言い訳するわけにもいかない。困った物である。

(いっそ、わざと手を抜いて早めに終わらせるのもありかな)

 というか、それが最善手かもしれない。そうしよう――機体が所定の位置に到着し、あとは模擬戦開始の合図を待つだけとなった。
 そしてどう手抜きをしてやられるかについて思案し始めたその時、通信機から宇佐美の楽しげな声が響いた。

『いやー日比野ちゃんと模擬戦なんていつぶりかしらね、半年くらい?』

「もっと空いてると思いますよ。生身での訓練ならちょくちょくやってましたけど、AMW戦じゃ、僕と宇佐美さんだと訓練にならないですし」

『ええーそんなことないわよー』

「……僕は忘れてませんよ、前にTkー7で模擬戦やった時に、開始一分でこっちの両腕両足に破壊判定出して達磨にされて負けたの」

 その模擬戦で、事前に安久から言われていた手加減という言葉の意味をわかっていなかった宇佐美は、接敵して早々に、比乃のTkー7の両手足を即座に打ち据え、一瞬で撃破判定をもぎ取っていた。
 当時の比乃は、それはもう落ち込んだ物である。ちょっとしたトラウマと言っても差し控えない。が、

『あら、そんなこともあったかしら?』

 比乃にプチトラウマを植え付けた当の本人は、全く覚えていない様子であった。これから手を抜いてわざと撃破されようと思っていた比乃の頭に少し血が上りそうになるが、それを理性で押さえつけた。

「そんなこともあったんですよ、とりあえず手加減はしてくださいよ。それでも、普通に負けちゃうかもしれませんけど」

 一応、予防線を張って、手早く負ける準備は完了。
 さて、あとは後で文句を言われないようにどう負けるかだが……と比乃が考えている最中、

『そうそう、日比野ちゃんが友達の前でも緊張せずに全力を出せるように、私ちょっとしたご褒美を用意したの』

「……ご褒美?」

 一体なんだろう。と思考を中断して耳を傾ける。

『日比野ちゃんが私相手に奮闘できたら、なんと!  私でもちょっとうげってなる超特性ドリンクを飲まなくても良い権利を差し上げまーす!   ちなみに、不甲斐なく私に負けた場合は二倍の量を飲んでもらいまーす!』

 その悪魔の宣告を聞いた瞬間、比乃の背筋が凍りついた。

「……あの、それって前にこっちに戻ってきた時に剛が飲んだ……」

『あれの強化版よー!  とっても身体に良いんだから、勝っても負けても日比野ちゃんの一人勝ち、良かったわねぇ!』

 無駄にハイテンションになっている宇佐美に、比乃が頰を引き攣らせる。
 数ヶ月前、蛇を取って食うあの安久でも顔色を悪くして自分に「絶対飲むな」と厳命した、禍々しいドリンク……それの強化版。

(絶対に……)

 絶対に飲むわけにはいかない。当初の計画を全て忘却して、操縦桿を握る手に力を込める。

「宇佐美さん……この勝負、勝たせてもらいます」

『あらあら、想定以上にご褒美の効果があったのね?  ふふ、良いわ、全力でいらっしゃい!  試合開始よ!』

 宇佐美の合図と同時に、彼女の操るTkー7改が跳躍し、森林の上に飛び出して来た。

 ***

「実際のところ、宇佐美さんってどのくらい強いんですか?」

 所変わって観戦室。用意された長椅子に腰掛けた晃が、安久にそんな質問をしていた。
 長椅子から少し離れた位置に置いた丸椅子に座っていた彼は「む?」とモニターから目を離して、晃達の方に顔を向ける。

「そうだな、近接戦なら、自衛隊で右に出る物はいないだろう。長刀、高振動ブレードの扱いに至っては、あいつより優れた使い手を俺は知らん」

「話を聞いた限り、英国ではあんまり活躍できなかったみたいですけど?」

 メアリの少し意地悪な指摘に、安久は顔色一つ変えずに答える。

「あれは相手が悪かったのです。それに、あそこで攻撃を受けたのが宇佐美でなかったら、死んでいます。あいつだから、あの相手を凌げたとも言えるでしょう」

「……なるほど、そういうことにしておきましょう」

 そんなメアリと安久のやり取りに、一人だけ事情を知らずに付いていけない晃が、物知り顔の皆を見渡して困惑する。

「英国って……もしかしてあっちで何かやってたんですか?」

「ああそっか、晃は知らないんだよね。私たちとそこの安久さん、それと比乃達で、英国にいた不届き者を退治しに行ったんだよ。ニュースでもやってたでしょ、クーデター軍制圧って」

 アイヴィーの説明に、晃は目を丸くした。

「なんか一週間近く休んでるなと思ったら、そんなことしてたのか……やっぱり比乃達って凄いんだな」

「うむ、そして、その凄い奴の上官、更に凄い人が、今回の比乃の相手というわけだな」

 紫蘭が腕を組んで、ドローンが撮影している模擬戦風景が映ったモニターを注視する。晃達もそれに習ってモニターを見ると、ちょうど、二機のTkー7改が戦闘機動を開始した所だった。

「……どっちも同じ機体だから、見分けが付かないな。どっちがどっちなんです?」

 晃が再び安久に質問すると、安久がモニターを見たまま端的に答える。

「長い刀を持っているのが宇佐美、拳銃とナイフを使っているのが比乃だ。さて、どうなるか……」

 一同が見守る中、画面の中の二体の巨人が接触した。
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