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第三十九話「再びの帰郷とそのおまけについて」

仕組まれた茶番

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「さぁ、この師団の長がいる執務室に向かうわよ!」

「いきなりラスボス部屋じゃないですか……」

 見学の定番スポットを全てスルーして、一同が目指す行き先は、部隊長が使っている執務室であった。
 そこに行くまで、いくつか民間人を入れてはアウトな場所を通ったりしたが、宇佐美は一切気にかける様子を見せなかった。
 割と大問題であるが、比乃がいくら具申しても許可は取ってあるから平気だと言って聞く耳を持たない。

 それどころか、周囲にいた自衛官達も、最初は制服姿の一団を見てぎょっとしたが、その中に宇佐美と比乃の姿を認めると「なんだ、部隊長絡みか」と勝手に納得して、各々の作業に戻っていく始末であった。

 この駐屯地には、無断で立ち入れば警告無しで銃殺されても文句を言えない区画もあると言うのに、この緩さはなんなのだろうか、自分が離れてる間にセキュリティレベルの見直しでもあったのだろうか……それにしたって緩すぎる……と比乃はこめかみに手をやって苦悩した。

 ちなみに、志度と心視は何の疑問も抱かずに宇佐美の後に付いている。比乃は同僚二人との意識レベルの違いに、こめかみをひくつかせた。

 その後ろに続く高校生達はと言うと、

「な、なんか重要区画っぽい所素通りしてたけど、入って良かったのか……?」

 不安そうに言いながらも、駐屯地の施設が物珍しい一般庶民の晃は、周囲をきょろきょろと見渡しては、謎の機械装置や機材、こちらに気さくに手を振る自衛官達が目に入る度に「おお……」と感嘆の声をあげたりしていた。

「なぁに、宇佐美のお姉さんに着いて行っていれば問題あるまい、晃は心配性だな」

 一方、一般庶民でもない紫蘭は、周囲を一瞥もせずに、堂々とした態度……付け加えるならば我が物顔とも取れる顔で歩いていた。横を通り過ぎた自衛官に「ご苦労」などと言って、怪訝な顔をされているが、それを気にする様子もない。

「私達に至っては、国外の人間なのですが」

「気にしても無駄だろうね、きっと」

 最後尾、メアリとアイヴィーは、駐屯地のセキュリティ意識の低さに半分呆れ、半分困惑が混じった表情を浮かべていた。
 自分達の国の軍事基地ならば、重要区画に関係者以外を入れるなどあり得ないことである。それが、この基地ではまかり通っている。この基地の司令官は大物なのか、それとも余程能天気なのか、判断に困る所であった。

「さぁ、着いたわよ。ここが私達のトップにして日比野ちゃん達の義理の親、日野部一佐がいる部屋よ……一応言っておくけど、失礼のないようにね?」

 宇佐美の言葉に、晃が緊張で思わずごくりと唾を飲んだ。が、その他は「あんたがそれを今更言うのか」とドアノブに手を掛けた宇佐美の背中を半目で見ていた。
 そして、彼女がドアをノックする。すぐに「入れ」と返答が来て、宇佐美が「失礼します」と一言告げてドアを開けた。

 中は比乃が最後に報告しに来た時と全く変わっていなかった。資料や本が入った戸棚が並ぶ中、それなりに広い部屋の最奥に、こちらに背を向けて椅子に座る壮年の男性がいた。

「宇佐美一等陸尉、お客様をご案内致しました」

「結構、部屋の前で待っていろ」

「了解しました。それでは」

 先程までとは打って変わって真面目できびきびした態度になった彼女を呆然と見る高校生組に見送られて、宇佐美が比乃達を置いて部屋から退室する。

 そうして、一団に背を向けたまま、部隊長は話し始めた。

「さて、君達が日比野、白間、浅野三等陸曹の友人達か……どうだね、学校での様子は、何か、問題行動を起こしてたり、不真面目な態度をとっていたりはしとらんかね」

 部隊長が「その辺り、私は心配でならないのだよ」最後にそう締め括って、厳かな口調で問い掛けるように放った言葉に、真っ先に反応したのは晃だった。一歩前に踏み出し、比乃の前に出ると、無意識の内に声を荒げて、

「比乃達は真面目に、一生懸命学校に馴染もうと頑張ってますよ!  実際、クラスじゃ数少ない良識派だし、皆が暴走した時のストッパー役で、凄い頼りになる奴らです!  問題なんて起こしてませんから、貴方が心配するようなことはありませんよ!」

 そう言い切った。自分の子供くらいの年齢の少年の言葉に、背を向けたままの部隊長は「ふむ」と顎に手をやって、何か思案するような仕草を見せる。

「あ、晃……」

 学友からの真摯な評価の言葉を受けて、比乃は少し感激してしまった。まさか、彼がそこまで自分を買ってくれているとは思っていなかったのである。

「……随分と高評価を受けているな、お前達……森羅嬢とメアリ殿下、そのご友人も同じ意見ですかな」

「ああ、ひびのんも志度も心視も、学校生活を存分に満喫している。日野部殿が心配するようなことは何もないぞ」

「その通り、学校生活でも彼らに助けて貰ってばかりで……」

「本当に頼りになるんですよ」

 他三人も同様の意見を述べたのを聞いて、部隊長は「なるほど、なるほど」と何か納得したように大きく頷いて、椅子ごと回転して比乃達に向き直った。その表情は、厳かだった口調とは裏腹に、穏やかな親の顔をしていた。

「うちの息子達に良い友人ができたようで安心したよ……これからも、三人を宜しく頼みます」

 そう言って、深く頭を下げた部隊長に、晃が慌てて、

「いやそんな、畏まらないでくださいよ。俺達は好きで比乃達の友達やってるんですから」

 なぁ、と晃が紫蘭達の方に振り返ると、彼女達も「無論だ」「晃さんの言う通りです」「比乃達の人徳だよね」と口々に同意の言葉を述べた。
 頭を上げた部隊長は、比乃に視線を向けて、にかっとした笑みをうかべる。

「……本当に良い友達を持ったな。ここまで言ってくれる友人なんて中々できないぞ、お前達」

 まるで自分のことのように喜びを表す部隊長に、三人は揃って頷いた。

「はい。僕達の大切な友達で、守りたい人々の一員です」

「ああ、そうだな。東京で守れよ、大切な人と街を、これは命令だ」

「了解しました。最善を尽くします」

 びしっと敬礼を決めた三人、それに満足気に返礼する部隊長。そんな自衛官のやり取りを見て、気恥ずかしさと感動の感情が混ざった、複雑な表情をする高校生達。
 これで終われば、それこそ良い話で終わるのだが、

「部隊長、終わったー?  時間押してるから早く次行きたいんだけどー」 

 ノックもせずに入ってきた宇佐美の空気をぶち壊す一声で、その場にいた部隊長以外の面々がずっこけた。
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