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第三十九話「再びの帰郷とそのおまけについて」
駐屯地観光ツアー
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昼食を終えて店を出ると、紫蘭を先頭に据えた一向は早速移動を開始した。
電話で呼び出したタクシーに、高校生組と自衛官組で別れて分乗する。運転手に行き先を告げるため、比乃が紫蘭に行き先を問い質そうとする。
「で、結局どこに行くの、運転手さんに目的地言わないといけないし、さっさと教えてよ」
「そう急かすなひののん。お前なら移動中に解るから無問題だ」
「いや、そういうことじゃなくて」
だが、彼女はのらりくらりと詰問をかわし、比乃が乗ったタクシーの運転手に「私が乗ったタクシーの後について来てくれ」と勝手に指示すると、自分のタクシーにさっさと乗り込んでしまった。
「何がいけばわかるさだよ、いったいどこに連れて行く気なんだか」
文句を言いながら、既に志度と心視が座っている後部座席に腰掛けながら文句を言う比乃。
それを宥めるように、志度が「まぁまぁ」と口を開く。
「紫蘭お嬢様の気まぐれも今に始まったことじゃないだろ、今更気にしてもしょうがないぜ」
「観光地なら、どこでもいい……精々……楽しませて、もらう……」
「僕らが楽しめる場所だといいんだけどね」
そんな会話をしながら、タクシーの後部座席で揺られること数十分。
流れていく風景をぼーっと眺めていた比乃は、ふと外の景色に既視感を覚えた。
(あれ、ここ、昔通ったことがあったような)
以前、部隊長に連れられて観光にでも行った時に通りでもしただろうか、そんなことを思い出しつつ、今度は注意して外を観察する。
木々が多くなり、車の通りが少なくなってくる。とても観光地へ向かっているようには思えない。そこまで来て、比乃の心中にまさかという疑問が湧いた。
そして、更にタクシーが走っていく内に、それは確信へと変わった。
「ま、まさか……」
思わず口に出した比乃に釣られて、しごくどうでも良い会話に夢中になっていた志度と心視が、ここで始めて外を見て「ん?」と首を傾げる。
「どうしてこのタクシー、うちの駐屯地に向かってるんだ?」
「やっぱり……というか観光って……」
「もしかしなくても、うちの、師団の、駐屯地」
二人との意見の一致によって、比乃は目的地を悟って頭を抱える。
そも、昨今の基地見学には入念な身元の検査と事前の予約が必要になる上に、少人数での見学は基本的に受け付けていない。それがどうして、どういうコネで基地見学の約束を取り付けたのか。
言うまでもない、発端は部隊長だろう。あのちょび髭のことだ。嬉々として基地見学を受け入れただろう。
(だけど、どうやって部隊長と紫蘭が繋がりを……?)
そこまで考えて、比乃は思い出す。それは文化祭の前、同時に英国戦の前。あの時、紫蘭と部隊長は電話でやり取りをしていた……つまりは、
「あの時かぁ……!」
その時にでも、連絡先を交換したのだろう。その後にどう交友を深めたのかどうかは知らないが、身元の確認も無しで基地見学をさせる程に仲良くなっていたらしい。
比乃の脳裏に、あの二人が電話越しに楽しく世間話をして、その最中、紫蘭が言い出したであろう基地見学の約束を、部隊長が緩いノリで快諾したであろう情景がありありと浮かんだ。
比乃が頭を抱えている間に、無情にも、タクシーは予見した通りの場所に行き着いた。
そこは西部方面軍第三師団駐屯地。部隊長こと日野部一佐が長を務める、自衛隊きっての魔窟の入り口だった。
タクシーから降りて、思わぬ里帰りをすることになって、大きな溜息を吐いた比乃に、同じくタクシーから降りて来た紫蘭が駆け寄って来た。その顔に悪戯っ子のような笑みを浮かべ、
「どうだ、驚いたか? 驚いただろう!」
腰に手をやって仰け反り、高笑いをあげる。自分のしたサプライズがすっかり成功したと思っているらしい。
実際、比乃達にとってはサプライズに他ならなかったが、それで喜ぶかどうかはまた別問題である。
「……何がそんなに嬉しいのか知らないけど、確かに驚いたよ……」
「ふふふ、そうだろうそうだろう」
「それで、うちの部隊長とどういう口裏合わせしたの、今時基地見学なんて早々できないよ?」
「そこはほれ、先日、お前がホームシックを起こして寂しがってると言ったらな、即日で手配してくれたぞ」
「僕はホームシックなんて起こしてないし、寂しがってもいないんだけど?」
「またまたぁ、本当は結構寂しがってた癖に、日比野ちゃんは素直じゃないわねぇ」
「だから、寂しがってなんてないって……」
言いかけて、比乃はさり気なく割り込んで来た声の主に気付いた。嫌な予感がして、ぎぎぎと頭を巡らせる。
声がした方を向くと、相変わらず似合わないオリーブグリーンの制服を着た、モデルのような容姿をしている自分の上官、宇佐美一等陸尉が佇んでいた。
目が合った宇佐美は、紫蘭に負けない笑みを浮かべると、比乃に抱き着いた。
「私は寂しかったわよー日比野ちゃん! 元気してた?」
抱き締められた比乃は目を白黒させる。何故今ここで宇佐美が来たのか、いや、ここは彼女の所属する駐屯地なのだから、居てもおかしくないのだが、それにしたってタイミングが良すぎる。
片方が困惑し、もう片方が小柄な部下の身体を堪能している間に、顔を僅かにむっとさせた心視が、二人の間に割って入り、無理やり引っぺがした。
「宇佐美……くっ付き、すぎ」
「あら、心視ったらやきもち? それとも嫉妬? 可愛いわねぇ」
「あんまり心視をからかってやらないでくださいよ宇佐美さん。久しぶりです」
「志度も久しぶりねぇ、相変わらず白さが際立ってて良し!」
完全に高校生組を放ったらかしにして一人盛り上がっている宇佐美に、晃が何となく挙手してから、四人を代表して声をかける。
「あの、お姉さんが案内役とか、そういうのですか?」
「あらあら、貴方達が日比野ちゃん達のお友達ね? そんな他人行儀じゃなくていいわよ、気安く宇佐美お姉さんって呼んでね」
「はぁ、わかりました……宇佐美さん。今日はよろしくお願いします」
女性自衛官のハイテンションに、頰を若干痙攣らせて晃が答える。その後ろで、メアリとアイヴィーはひそひそと、
「あれが、前に日比野さんが言っていた最強の自衛官の片割れでしょうか、聞いていたよりも随分とお優しそうな方ですが、てっきり、アマゾネスみたいな人か、奇人変人を想像してましたけど、全然違いますね」
「比乃がいつも相手するの苦労してるって意味では、変な人だけどね」
そんなことを話していたが、当の本人には幸いにも聞こえていなかった。聞こえていたら、二人ともいじり倒されていただろう。
「それじゃ、この私、宇佐美一等陸尉が沖縄本島防衛の要、第三師団のあんな所やこんな所を案内しちゃうわよ! 付いてらっしゃい、度肝を抜かせてあげる!」
高々と宣言して、宇佐美はどこからか取り出した小さい旗を振りながら、先陣を切って歩き出した。
それに、不安そうな顔の比乃達自衛官組と晃が、それとは対照的に楽しそうな紫蘭、メアリ、アイヴィーが続く。
かくして、第三師団観光ツアーが始まったのだった。
電話で呼び出したタクシーに、高校生組と自衛官組で別れて分乗する。運転手に行き先を告げるため、比乃が紫蘭に行き先を問い質そうとする。
「で、結局どこに行くの、運転手さんに目的地言わないといけないし、さっさと教えてよ」
「そう急かすなひののん。お前なら移動中に解るから無問題だ」
「いや、そういうことじゃなくて」
だが、彼女はのらりくらりと詰問をかわし、比乃が乗ったタクシーの運転手に「私が乗ったタクシーの後について来てくれ」と勝手に指示すると、自分のタクシーにさっさと乗り込んでしまった。
「何がいけばわかるさだよ、いったいどこに連れて行く気なんだか」
文句を言いながら、既に志度と心視が座っている後部座席に腰掛けながら文句を言う比乃。
それを宥めるように、志度が「まぁまぁ」と口を開く。
「紫蘭お嬢様の気まぐれも今に始まったことじゃないだろ、今更気にしてもしょうがないぜ」
「観光地なら、どこでもいい……精々……楽しませて、もらう……」
「僕らが楽しめる場所だといいんだけどね」
そんな会話をしながら、タクシーの後部座席で揺られること数十分。
流れていく風景をぼーっと眺めていた比乃は、ふと外の景色に既視感を覚えた。
(あれ、ここ、昔通ったことがあったような)
以前、部隊長に連れられて観光にでも行った時に通りでもしただろうか、そんなことを思い出しつつ、今度は注意して外を観察する。
木々が多くなり、車の通りが少なくなってくる。とても観光地へ向かっているようには思えない。そこまで来て、比乃の心中にまさかという疑問が湧いた。
そして、更にタクシーが走っていく内に、それは確信へと変わった。
「ま、まさか……」
思わず口に出した比乃に釣られて、しごくどうでも良い会話に夢中になっていた志度と心視が、ここで始めて外を見て「ん?」と首を傾げる。
「どうしてこのタクシー、うちの駐屯地に向かってるんだ?」
「やっぱり……というか観光って……」
「もしかしなくても、うちの、師団の、駐屯地」
二人との意見の一致によって、比乃は目的地を悟って頭を抱える。
そも、昨今の基地見学には入念な身元の検査と事前の予約が必要になる上に、少人数での見学は基本的に受け付けていない。それがどうして、どういうコネで基地見学の約束を取り付けたのか。
言うまでもない、発端は部隊長だろう。あのちょび髭のことだ。嬉々として基地見学を受け入れただろう。
(だけど、どうやって部隊長と紫蘭が繋がりを……?)
そこまで考えて、比乃は思い出す。それは文化祭の前、同時に英国戦の前。あの時、紫蘭と部隊長は電話でやり取りをしていた……つまりは、
「あの時かぁ……!」
その時にでも、連絡先を交換したのだろう。その後にどう交友を深めたのかどうかは知らないが、身元の確認も無しで基地見学をさせる程に仲良くなっていたらしい。
比乃の脳裏に、あの二人が電話越しに楽しく世間話をして、その最中、紫蘭が言い出したであろう基地見学の約束を、部隊長が緩いノリで快諾したであろう情景がありありと浮かんだ。
比乃が頭を抱えている間に、無情にも、タクシーは予見した通りの場所に行き着いた。
そこは西部方面軍第三師団駐屯地。部隊長こと日野部一佐が長を務める、自衛隊きっての魔窟の入り口だった。
タクシーから降りて、思わぬ里帰りをすることになって、大きな溜息を吐いた比乃に、同じくタクシーから降りて来た紫蘭が駆け寄って来た。その顔に悪戯っ子のような笑みを浮かべ、
「どうだ、驚いたか? 驚いただろう!」
腰に手をやって仰け反り、高笑いをあげる。自分のしたサプライズがすっかり成功したと思っているらしい。
実際、比乃達にとってはサプライズに他ならなかったが、それで喜ぶかどうかはまた別問題である。
「……何がそんなに嬉しいのか知らないけど、確かに驚いたよ……」
「ふふふ、そうだろうそうだろう」
「それで、うちの部隊長とどういう口裏合わせしたの、今時基地見学なんて早々できないよ?」
「そこはほれ、先日、お前がホームシックを起こして寂しがってると言ったらな、即日で手配してくれたぞ」
「僕はホームシックなんて起こしてないし、寂しがってもいないんだけど?」
「またまたぁ、本当は結構寂しがってた癖に、日比野ちゃんは素直じゃないわねぇ」
「だから、寂しがってなんてないって……」
言いかけて、比乃はさり気なく割り込んで来た声の主に気付いた。嫌な予感がして、ぎぎぎと頭を巡らせる。
声がした方を向くと、相変わらず似合わないオリーブグリーンの制服を着た、モデルのような容姿をしている自分の上官、宇佐美一等陸尉が佇んでいた。
目が合った宇佐美は、紫蘭に負けない笑みを浮かべると、比乃に抱き着いた。
「私は寂しかったわよー日比野ちゃん! 元気してた?」
抱き締められた比乃は目を白黒させる。何故今ここで宇佐美が来たのか、いや、ここは彼女の所属する駐屯地なのだから、居てもおかしくないのだが、それにしたってタイミングが良すぎる。
片方が困惑し、もう片方が小柄な部下の身体を堪能している間に、顔を僅かにむっとさせた心視が、二人の間に割って入り、無理やり引っぺがした。
「宇佐美……くっ付き、すぎ」
「あら、心視ったらやきもち? それとも嫉妬? 可愛いわねぇ」
「あんまり心視をからかってやらないでくださいよ宇佐美さん。久しぶりです」
「志度も久しぶりねぇ、相変わらず白さが際立ってて良し!」
完全に高校生組を放ったらかしにして一人盛り上がっている宇佐美に、晃が何となく挙手してから、四人を代表して声をかける。
「あの、お姉さんが案内役とか、そういうのですか?」
「あらあら、貴方達が日比野ちゃん達のお友達ね? そんな他人行儀じゃなくていいわよ、気安く宇佐美お姉さんって呼んでね」
「はぁ、わかりました……宇佐美さん。今日はよろしくお願いします」
女性自衛官のハイテンションに、頰を若干痙攣らせて晃が答える。その後ろで、メアリとアイヴィーはひそひそと、
「あれが、前に日比野さんが言っていた最強の自衛官の片割れでしょうか、聞いていたよりも随分とお優しそうな方ですが、てっきり、アマゾネスみたいな人か、奇人変人を想像してましたけど、全然違いますね」
「比乃がいつも相手するの苦労してるって意味では、変な人だけどね」
そんなことを話していたが、当の本人には幸いにも聞こえていなかった。聞こえていたら、二人ともいじり倒されていただろう。
「それじゃ、この私、宇佐美一等陸尉が沖縄本島防衛の要、第三師団のあんな所やこんな所を案内しちゃうわよ! 付いてらっしゃい、度肝を抜かせてあげる!」
高々と宣言して、宇佐美はどこからか取り出した小さい旗を振りながら、先陣を切って歩き出した。
それに、不安そうな顔の比乃達自衛官組と晃が、それとは対照的に楽しそうな紫蘭、メアリ、アイヴィーが続く。
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