自衛隊のロボット乗りは大変です。~頑張れ若年陸曹~

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第三十八話「唐突に訪れた非日常について」

スニーキング

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 トイレの中に気絶したテロリストもどきを放り込んだ比乃達は、足音を消して、スニーキングミッションを行なうが如き身のこなしで、慎重にかつ大胆に廊下を進んでいた。ある場所へと急ぐ。

 今、比乃達がいるのは、空き教室や実習、実験を行うための化学室や音楽室が並んでいる場所である。見る限り、そこに生徒はいないからか、見張りのテロリストの姿もない。

 順調に歩みを進めて曲がり角に辿り着いたところで、先頭を進んでいた比乃が後ろ二人に待ったとサインを送った。三人が聞き耳を立ててみると、曲がり角の向こうから、足音が複数、こちらに向かってきているのがわかった。

 どうやら、歩哨がいるらしい。各クラスに数人いるとして、巡回できるだけの人員を用意できるとは、人数だけは本当に侮れない。

 比乃は逡巡して、心視に小声で「さっき奪ったモデルガン、貸して」と言った。心視は素直に、それをひょいと比乃にパスする。重厚な見た目の割に軽いそれを受け取った比乃は、タイミングを見計らって、ボーリングのようにそれを床の上に滑らせた。

 からからと音を立てて、曲がり角の中央に滑って行ったモデルガンを発見した歩哨達は、比乃の想定通りの反応を示した。

 男の声で「なんだ?」と聞こえ、次にそこに居たであろう全員分の足音が、小走りでこちらに近づいて来た。警戒のけの字も無い、軍人であれば失笑物の、迂闊な行動であった。

 軍人である比乃は笑いもせずに、後ろにハンドサインで攻撃の意図を伝えた。それに頷く二人が構える。そして、曲がり角まで来た、予想通り黒服の男四人に、三人が襲いかかった。

 まず先頭にいた一人目の顎に、比乃の義足ハイキックが入った。もろにそれを食らった男は「ぐげっ」と短い悲鳴を上げて倒れる。

 それに驚いている残り二人の腹に、志度が両腕で素早く拳を打ち込んだ。残像さえ残すような、強力なボディブローを食らった男達は、悶絶して前のめりに倒れた。

 最後の一人が、ようやく反応して手にしたモデルガンを思わず構えたが、後ろに忍び寄っていた心視が、ひょいとジャンプして両腕を男の首に絡みつかせた。志度程ではないが、凶悪な腕力によって一瞬で気官を締め上げられた男は、悲鳴もあげられずに悶える。数秒して、だらりと身体を弛緩させた。

「心視、それ殺して無いよね、さっき作戦会議中に言ったはずだよ?  校内で殺しは無しって」

「大丈夫……気絶してるだけ……多分」

 比乃が「多分じゃ駄目でしょ」と突っ込んでいる間に、志度が手早く悶絶はしていても気絶はしていない男二人を、トイレから追加で拝借していたゴムホース(志度が引き千切って手頃な長さ数本分を用意した)で、後ろ手に縛り上げた。ついでに、通信機を没収して破壊しておくことも忘れない。

 騒がれないように猿轡もしてから、比乃達は更に足を進める。目的の場所――敵の本丸である放送室は、自分達がいる棟の上階にある。生徒達が監禁されている教室の前を通らずに済むのは助かる点であった。

「それにしても比乃、どうしてそんなに積極的に動こうってなったんだよ」

 志度が、小声で先頭を進む比乃に尋ねた。比乃は周囲に足音が聞こえないことを確認してから、一旦足を止める。志度と心視に、先程は話さなかった、作戦の動機について説明しする。

「もしもテロリストが、森羅のことやメアリのことに気付いて、もしくは気付かずとも、クラスのみんなとは別に人質にしようとしたら、かなり厄介だからだよ。万が一、逃走用の人質にでもされたら、目も当てられない」

 特に、メアリが捕まるのは非常に不味いと比乃は考えていた。無論、紫蘭が捕まるのもよろしく無いのだが、前者に至っては、下手したら国際問題になりかねないのだ。それだけは何としても防がなくてはならない。
 それに、あの二人に何かあっては、警護任務に付いている自分の面目が立たないというのも、一応、理由としてあった。

「でも……比乃、最初は行動するの、躊躇ってた」

 心視が「どうして?」と首を傾げる。比乃はそれに苦笑した。

「僕にだって、その行動が無謀かどうかの見極めることくらいできるさ。ただ、情報を得てみたら、自分で動いた方が得策だったってだけ……ほら、お喋りは終わりにして、先を急ぐよ」

 二人の「はーい」という声を合図に、比乃達は再び歩き始め、階段に辿り着いた。放送室は、階段を登ってすぐである。

 ***

 その頃、放送室では、そろそろ確保している人質を体育館に移動させて、一纏めにして管理しようなどと言う話し合いが行われていた。そのおり、通信機に何事か呼びかけていた男の一人が、リーダーに報告した。

「なにぃ?  今度は第五小隊からの連絡が途絶えただとぉ?」

「はい、流石に立て続けに故障が起きるとは考え難いですし、やはり何かあったのでは……」

「ううむ……もしや、警察が特殊部隊を密かに送り込んで来ているのでは……」

 男達がそんな会話をしている横で、両手を縛られて床に座らされていた少女二人。紫蘭とメアリは、同時に同じ考えに至った。この二人は、逃走時やいざという時に役立つ人質として、クラスとは別にこちらに連れて来られて居たのだが、その表情は涼しげだった。何しろ、

(比乃達だな……)

(日比野さん達ですね……)

 自分達には、同級生にして最強の護衛が付いているのだ。不安がる要素など一つもなかった。相手に悟られずに、見張りを処理しながら動いているのだろう。あの三人の自衛官なら、それくらいできても不思議ではない。

 しかし、そうなると、比乃らはどうやって情報を得て行動しているのかが気になったが、これもすぐに予想できた。恐らく、適当にテロリストを捕縛し、尋問でもして情報を聞き出したのだろう。比乃ならやりかねない。と二人は勝手に結論付けた。実際、それで正解なのだが。

「ぐぬぅ……しかし実際そうだとすると、不味いことになるな……こちらの装備がバレているかもしれん」

「どうしますリーダー、我々の装備の大半が玩具で、脅威になり兼ねないと知れたら、警察が突入してくるかもしれません」

「……待てよ。そうだ、もし警察の特殊部隊なら、どうしてこちらの装備状況が割れた時点で突入してこない?」

「確かに、不自然ですね」

「となるとだ。暴れまわっているのは、本当に学生かも知れんぞ……まったく、フィクション作品じゃあるまいに」

「だとして、どうしますか?」

 部下達の問いに、リーダーの男は座り込んでいる二人の女子に目をやって、嫌らしい表情を浮かべた。

「最悪、ここの防備さえしとおけば、何の問題もない。人質も二人確保しているし、最悪、同士が犠牲になったとしても、我々だけでも抵抗を続けていれば、警察もいつかは折れるだろう」

 その楽観的な思考はどこから来るのか、紫蘭とメアリは揃って呆れた顔をした。その考えから、比乃達にとっては最悪とも言える指示を、リーダーは飛ばした。

「ここの警備を固めろ、入り口とここに繋がる通路、階段にもゴム銃を持った見張りを置くんだ。ネズミ一匹通すなよ」

 指示を受けた男達が、手に持った銃、ゴム製の弾と言えど、直撃を受ければ打撲や骨折を負い兼ねない程の威力はある凶器を手に、放送室の出入り口へと駆け出した。
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