自衛隊のロボット乗りは大変です。~頑張れ若年陸曹~

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第三十七話「策謀と共闘について」

貸し借りの清算

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 避難していた整備班が戻って来て、脚部を損傷させた事の小言を零しながら、クレーンでTkー7改二や他の機体をコンテナに詰め込んでいる中。その作業を遠巻きに見ていた比乃を、スペツナズが取り囲んでいた。

「どうだ日比野軍曹、いっそのことこちらに鞍替えしないか?  我々は歓迎するぞ」

 アバルキン少佐が真顔で自衛官を勧誘していた。勧誘された方は、真に迫っているその表情に冷や汗をかいた。どうにも本気に見えて、対応に困る。

「ははは、冗談がお上手ですねアバルキン少佐。エリツィナ中尉も言って下さいよ。OFM相手にやられかけた自分みたいなのが特殊部隊に入っても役に立たないって」

「……いや、今回、私はお前に借りを返し損ねた。その機会が増えるのであれば、有りだと思える」

「ちょ、ちょっと中尉……」

 自分を毛嫌いしていたはずの相手の思わぬ賛成意見に、比乃はたじろいだ。困り顔でエリツィナの後ろにいる、カラシンとグレコフに視線を向ける。助け舟を期待した比乃であったが、片方はにんまりと笑って、もう片方もぎこちない笑みを浮かべると、

「俺だって借り返せてないし、それに才能がある奴は大歓迎だぜ。なぁグレコフ?」

「そうですね。むしろ自分に至っては借りを作ってばかりと言いますか。いやでも、本人の意向を尊重すべきだとは思いますが……それでも来て頂けると自分は嬉しいですね。個人的に」

「それに、日比野軍曹が来たら優秀な近接担当と狙撃手もおまけで付いてくるだろうしな、少佐殿がマジ顔になるのも無理ないって、諦めろ軍曹」

「日野部には私がなんとかして話をつけよう。どうだ軍曹?  私の息子や娘が通っている学校に通ってくれれば、二人が喜んでなお良いのだが」

 もはや目が冗談でも何でも無くなって来ているアバルキンに、比乃は後ずさった。

「ええっと、その……保留でお願いします!  それでは後始末がありますので!」

 早口でそう告げると、比乃は短く敬礼して、即座に回れ右して小走りで作業中の整備班の方へと逃げ出した。それを見送った四人は、誰からともなく吹き出し、一部は笑い声を上げた。普段無表情のエリツィナも、小さく笑っていた。

「あーあ、フラれちゃいましたなぁ少佐殿」

「そのようだ。残念だが、彼らの身柄を穏便に確保するのは失敗に終わったようだ。そうだな、エリツィナ中尉?」

 そう言って意味有りげな視線を向けて来たアバルキンに、エリツィナは表情を引き締めて、しかしどこか芝居かかった口調で答える。

「はい、少将に説明を求められたら、そのように報告しておきます。“目標の確保はOFMの介入によって失敗、その後に懐柔を図るもこれも失敗”と」

 作戦終了後、エリツィナは少将からの横破りな命令内容を全て、自身の上司であるアバルキンと大佐に報告していた。通信内容の記録も確保済みだ。もし、少将がエリツィナ個人を責め立てようとしたとしても、窮地に立たされるのはあちら側である。

「代わりに、OFMの残骸、サンプルは大量に手に入った。新兵器の実用データもだ。これで向こうも文句はあるまい」

「向こうからしたら、林檎を取ってこいと言ったら葡萄を取って来たと思われそうですけどね……大丈夫でしょうか」

 グレコフの弱気な発言に、アバルキンは「問題ない」と断固とした口調で言った。

「大佐殿から言伝でな、今回の作戦が失敗したとしても、こちらに責任が及ぶ事は一切ないそうだ。それに本来、我々は管轄外の部外者だ。本来の任務を想定以上の成果を出して達成した我々に、追求される言われはない」

「そりゃあそうだ。グレコフ、ちょっと心配性が過ぎるぞお前、少しは上官を信じたらどうだ。それとも何か?  お前は親愛なる上官を信頼してないってことか?」

 からかうカラシンに、グレコフはぎょっとして、早口で言い返す。

「別に少佐殿や大佐殿を信じてないわけではないですよ!」

 そのやり取りを見ていたエリツィナは、二人の呑気な雰囲気に溜息を吐いた。この二人、というよりは自分の同期は、まったくしょうがない奴である。

「カラシン中尉、グレコフ少尉を虐めるのも大概にしておけ。我々も、大佐殿に上げるレポートを作成しなければならないのだからな」

「おいおい、それより先に祝杯だろ?  いい店予約してあるんだ。そこで向こうさんと一緒に勝利の盃を頂こうじゃねぇの」

「……貴様、いい加減にしろ」

「まぁそうかっかするなエリツィナ中尉。今回の演習のもう一つの目的を忘れたか?  日露の友好のためと思えば、これもまた任務だ」

 カラシンに鬼の形相で詰め寄ったエリツィナとの間に割って入ったアバルキンが宥めると、彼女は不承不承と言った態度で、しかし上官の言葉には逆らえず。

「……了解しました、少佐殿」

「そ、それより、日比野軍曹達が勧誘を恐れて参加してくれないのではないでしょうか?  自分はそちらの方が不安ですが……」

「グレコフ、お前ほんっとにマイナス思考だな」

 スペツナズ四人は、それからも何事か言い合いを続けながら、自分たちの機体。特殊部隊の象徴である黒い塗装が施された、本国仕様のペーチルに向けて歩き出す。無駄話をしてばかりではなく、機体のコンテナ搬入作業を行わなくてはならない。

 それから数時間後、カラシンの言うとっておきの店で、自衛官を巻き込んでどんちゃん騒ぎが行われたのだが、それはまた別の話である。

 ***

「そうですか、川口さんが」

 大型潜水艦の一室で、秘書からの報告を受けた女性。髪を揺らした水守は、少し残念と言った風で、読んでいた雑誌から顔を上げた。

『指揮系統は如何致しましょう。ジェローム隊と合流させると、部隊の柔軟性に若干難がありますが』

「……いえ、合流で良いでしょう。どうせですから、これを機に戦闘担当の指揮系統を一本化してしまいましょう。その方が効率的です」

『了解しました。では、そのように手配します』

 そうして通信が切れると、水守は雑誌を適当に机の上に放ると、宙空を見上げる。少し思案するようにしてから、彼女は口を開いた。

「優秀な、だけど小煩かった手駒が無くなってしまいました。少し惜しい使い方だったかもしれませんね」

 彼女以外誰も居ないはずの部屋で、しかし彼女は、他に誰かがいるかのように話し続ける。

「戦力については問題ありません。人間の補充などいくらでも効きますから……さて、次はどうしましょうかね?  こちらの軍事と言うのは、複雑怪奇極まりますから、作戦を立てるのも大変です」

 そう語る彼女の目は、優秀な指揮官を失った悲壮感などまったく無かった。むしろ、面白い局面となったゲーム盤を眺めるかのように、楽しげに細まっていた。

 〈第八章 了〉
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