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第三十七話「策謀と共闘について」

乱戦の結末

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「ありがとう、助かったわ」

『だから無茶だと言ったんです。隊長』

 取り落とした銃剣を拾い上げながら、川口は逃走に入った黒いAMWを見送った。あの損傷に武器を失っては、戦闘の継続は困難だろう。
 それに、あれは自分の手に負える相手ではないし、他の隊員に相手ができたとも思えなかった。あれ程の使い手がいるとは、流石はスペツナズと言った所か。そんな相手を一機無力化できたのは多いい。

「アリサと真木は?」

『深追いせずに、程々に戦えと言ってあります。これからすぐに駆けつけようとは思いますが、それでも劣勢なのは変わりません。それに、他の隊員も味方がやられて士気が保てていません。やはり撤退すべきです』

「……」

 再三の副官の具申に、川口は今度こそ頷かざるを得ないと思った。スペツナズ一人相手取っても、少なくとも隊の中では、一番技量が高いと自負している自分が、ここまで打ちのめされたのだ。他の敵も同等だと考えると、このままでは全滅すらあり得る。

 作戦の成功に拘ってもそれでは意味がない。川口は決断を迫られた。

「……わかった。本作戦は遺憾ながら失敗として、撤退に入る。撤退ルートはとにかく海に向かって、海上で合流」

『了解しました。各機――』

 副官の号令で、戦闘を続行していたOFMが、次々と空中へ飛び上がった。そのまま、海へ向けて離脱を開始する。見れば、生き残っているのは半数もいない。腕や脚がない機体も居た。

 誰も、川口を責めるようなことは言わなかった。むしろ、ここで撤退の判断を下した川口に感謝すらしている者もいた。それ程までに劣勢だったのだ。たかが、AMW二個小隊の戦力を相手に、彼女は拠点に戻ってからのことを一瞬考ると、頭痛すらした。

(戻ったら、何を言われるやら)

 自分が責められるのはまだ良い。が、それによって部下達の扱いにまで影響が及ぶのは避けたかった。そんなことを思いながら、川口もユーディアライトを浮かせ、そこで気付いた。

「待って、アリサと真木は?」

 撤退していく味方の中に、赤と青の機体が見当たらない。

『アリサ!  真木!  撤退だぞ、何をしている!』

 副官が怒鳴ると、通信機からノイズ混じりの返事が返ってきた。

『すいません……アリサが、気絶しちゃって……私も、限界です……二人は、逃げて……ください』

 その言葉を聞いた川口は、副官が止めるよりも早く、二人が戦闘を行なっていた場所へとユーディアライトを加速させていた。




「さて、残りは一機か」

 逃げた玉虫色の西洋鎧の群れを尻目に、比乃は眼前。数十メートル前方、倒れ伏した赤い西洋鎧を庇うように剣を構えて立つ、青い西洋鎧に刃を向けていた。

 赤い方も青い方も全身ボロボロで、今なおこちらに立ち向かおうとする青い西洋鎧も、動きにも明らかにガタが来ているようだった。それでもなお、抵抗の意思を見せている。

 実際、この赤と青の二体は、比乃と志度、心視を相手に予想を上回る奮闘を繰り広げていたのだ。志度と心視のTkー7改は、それぞれパイルバンカーとフォトンバレットを撃ち尽くし、比乃の機体も、相手の近接武器と打ち合った際に、右腕が機能不全を訴えていた。

 三対二と、数でも技量でも不利な中、良くやった方だろう。しかし、それでも、限界を迎えていることは明らかであった。それでも逃げないのは、赤い方を庇っているからに他ならないことは容易に察せられた。

「健気だね……だけど」

 もうまともに相手をするのも無駄だろう。比乃は外部音声の電源を入れて、せめてもの情けで投降を呼びかけようとした。その時、AIが警告音を発した。

 《接近警報  二時方向》

「なにっ?!」

 まだ敵が残っていた。それに反応した比乃が機体を跳躍させると、そこを光線が飛び交った。後退した比乃と赤と青の西洋鎧の間に、灰色のOFMが立ち塞がるように滑り込んでくる。それは、一年前に安久と宇佐美を相手取ったという、隊長機だった。

「アバルキン少佐が逃した……?」

 比乃の背筋に緊張が走る。あの安久と宇佐美、そしてアバルキンでも仕留めきれなかったらしい相手が、突然現れたのだ。一転してピンチだ。こちらでまともに対抗できるのが自分しかいない。

「志度と心視は下がって、僕が相手をする」

 自分が相手取るには、少し荷が重いかもしれない。しかし、他の有効な反撃手段を持った味方、スペツナズの一行が駆けつけるまでの時間は稼げるはずだ。
 比乃は、そろそろ活動限界が近くなってきている光分子カッターを油断なく構えて、相手の出方を窺った。



「真木、アリサのスピネルを連れて逃げなさい」

『で、でも……』

「いいから早く!」

 滅多に見せない、川口の切羽詰まった口調に、真木は頷かざるを得なかった。自機、アイオライトにスピネルを担がせ、そのまま浮かび上がって、海に向かって全力で飛行させる。

『川口さん、無事に戻ってきてくださいね』

 その言葉を最後に、アイオライトは自衛隊やスペツナズに追い縋られる間も無く、通信圏外へと離脱した。それを尻目に川口は目の前の相手、自衛隊のAMW三機を観察して、戦力分析を行う。

(こちらに有効打を与えられる武器を持っているのは、見た限り一機だけ、それも、確保対象の機体か)

 脅威となるのは、こちらに薄緑色に輝く刀を向けている一機だけに見えた。他二機はどちらも手に持っている武器は弾切れ(片方は拳銃の弾倉が付いておらず、もう片方は射出機らしき物にあるべき物がついていない)を起こしているようだった。

 これに副官のオブシディアンが加勢してくれれば、勝ち目はあった。否、ここで自分が、スペツナズが来る前に相手AMWを倒し、確保して離脱する。それがベストと思えた。思えてしまった。それが、彼女に今すぐ撤退するという選択肢を失わせてしまった。

(無事に戻る、か)

 果たして、こちらの戦力を幾度となく屠って来た難敵を相手に、それが成せるだろうか。しかし、成すしかない。あの子達を守るためには、戦果をあげて戻るしかない。

「行くわよ、ユーディアライト」

 主人の覚悟を受けて、西洋鎧が低く唸り、銃剣を構えて敵目掛けて突進した。



 初手からの突進をカッターで受け止めた比乃は、相手の真意を探りあぐねていた。ここまで来て戦闘を続行する相手の意図が掴めないのだ。

(時間稼ぎか?  いや、稼いで有利になるのはこっちだ)

 相手は逃げもせずにどうして立ち向かってくるのか。思考している間にも、相手の鋭い斬撃が飛んでくる。それを再びカッターで捌いた比乃は、一度それについて考えるのを止めて、相手を倒すことだけを考えるようにした。

 相手の灰色の西洋鎧は、銃剣を巧みに操り、こちらに連続で斬り込んでくる。それを一々カッターで受けていては、稼働限界を迎えてしまう。Tkー7改二は相手の攻撃を極力回避することを選んだ。

 右からの斬撃を左に屈むようにして避け、そのまま回転して反撃の一撃を振り込む。相手はそれを予知していたかのように、銃剣で受け流した。がら空きになったこちらへと踏み込んで来る。

「やるなっ」

 深い踏み込みからの致命的な一撃を放たれる前に、相手に蹴りを入れて距離を取り直そうとする。キックが相手の胴を打ち据えた。しかし、相手の質量は思ったよりも重く、距離を稼ぐことができない。

 数メートル離れたところで、距離はクロスレンジのままだ。西洋鎧は構わず大振りの縦一線の斬り込みを繰り出して来る。金属が断ち切られる嫌な音がして、蹴った姿勢のTkー7改二の右足の脛から先が切り飛ばされた。

「くっそ!」

 思わず悪態を吐く。陸上兵器であるAMWが脚部を失うというのは致命傷である。バランスを崩して倒れかけたのを、武器を握っていない片腕を地面に着くことで辛うじて防いで、追撃の一撃をカッターで受け止めた。ところで、またしても金属が破断する音が周囲に鳴り響いた。

 幾度となく硬い装甲を斬り裂き、相手の斬撃を受け止めていた光分子カッターが、遂に限界を迎えたのだ。
 半ばで折れた刃が地面に突き刺さる。スローモーションになる相手の動き、極限の集中が比乃の思考を支配し、そして起死回生の一筋を見出す。

 Tkー7改二の両腰についたスラスターが噴射口を相手に向けて、全力で光の奔流をぶちかました。
 通常のAMWであればこれだけで吹き飛ぶ程の衝撃を受けた西洋鎧が、たたらを踏んで姿勢を崩した。これがOFMにもある程度有効だと言うのは、数ヶ月前の沖縄で実証済みだ。

 そしてそこへ、待っていた友軍が駆け付けた。

『軍曹、以前の借りここで返すぞ!』

 黒いペーチルが一機、相手の背後から飛び出して来た。エリツィナのペーチルだ。その手には、赤々と光る刀身を持った大振りのナイフが握られている。

 それを構えたペーチルが灰色の西洋鎧の背後を貫くかと思われた、その時、更に横から黒い西洋鎧が飛び出して来て、ペーチルにタックルをかました。相手にもまだ味方が残っていたのだ。

『ぐぁっ!』

 体当たりを食らった黒いAMWと黒いOFMが、絡み合って吹っ飛び地面を転がる。その間に、灰色の方が姿勢を整えて、トドメを刺さんと銃剣を振り上げた。今度こそ駄目かと思われたが、乱入はそれだけでは終わらなかった。

『中尉!  ナイフを寄越せ!』

 その声が、アバルキン少佐のものだと比乃が気付いた時には、エリツィナは反射的に命令を実行していた。
 手にしたナイフを、黒いOFMと組み合った姿勢から見事な投擲で放ると、その先、猛然と駆けて来ていたもう一機の黒いペーチル。アバルキン機が残った左腕でキャッチして、灰色の西洋鎧の胴体目掛けて突撃した。

 突如として横合いから飛び出してきた相手に、西洋鎧がそれでも冷静に、銃剣をその進路上に向け直して、光線による射撃で迎え撃とうとする。だが、その腕にワイヤーアンカーが絡み付いてその動きを阻害した。

 Tkー7改二の腕部から射出された、穂先にロケットモーターを内蔵するワイヤーアンカー“スラッシャー”が、操縦者の巧みな操作によって西洋鎧の腕に絡み付けたのだ。

 唖然として一瞬の、しかし致命的な隙を作った灰色のOFMの胴体に、赤々とした刃が突き刺さった。

 コクピットに一撃を貰ったOFMは、それでも執念のように銃剣を振り下ろそうとした。そこで事切れたように動きを止めて、倒れた。

「終わった……?」

 思わず弛緩しそうになる意識、けれども、敵はもう一機居た。ペーチルと組み合っていた黒い西洋鎧が、相手を強引に跳ね飛ばすと、手にしていた銃剣を振りかざしてこちらに突っ込んで来ていた。

 なんという執念、そこまでして自分たちを排除したいのか――回避運動もまともに取れない機体の中で、比乃が驚愕に目を見開いた。その目の前で、アバルキンのペーチルに狂気の刃が振り下ろされた。

『ぐっ』

 銃剣をナイフで強引に受け止めたペーチルの腕が軋んで、次の瞬間には押し負けてナイフごと左腕を斬り刻まれた。アバルキンの窮地に、比乃の思考が再び加速した。頭に素早くイメージを描き出し、機体はそれを忠実に実行した。

 腰のスラスターが逆方向に回転し、地面を向くと、先程と同等近い出力で光を噴出した。
 結果、脚部を用いずに加速したTkー7改二は、銃剣を振り上げた黒いOFMの胴体にロケットのように打ち当たった。

 瀕死の機体からの体当たりを受けて、思い切り姿勢を崩す黒い西洋鎧、そこへ更にTk-7が二機。

『『すまん遅れたぁ!』』

 二機のTkー7改が、相手を挟み込むように飛び出して来た、大貫機と大関機だ。そして、ジャンプして相手の両腕にそれぞれ両手両足で絡みつくと、

『『せいやぁっ!!』』

 腰のスラスターを使って相手の腕を軸に回転。黒い腕を強引に捩じ切った。なんちゅう強引な、と倒れ伏した機体の中で比乃が呆れる中、両腕を失った黒いOFMは、一瞬だけ動きを止めたと思うと、宙に浮いて、即座に離脱を始めた。

 それを追える者は、この中には誰も居なかった。一機、いや二機のOFMを相手に、この数で挑んで損傷多数。相手の技量は大したことがないと言ったことを、比乃は少し後悔した。
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