自衛隊のロボット乗りは大変です。~頑張れ若年陸曹~

ハの字

文字の大きさ
上 下
266 / 344
第三十七話「策謀と共闘について」

少佐の決意

しおりを挟む
 先日の模擬戦で付着したた塗料は、整備班の手によって綺麗に落とされていた。軽度の損傷箇所も完全に修復されている。その鈍く黒光りする本国仕様のペーチルの足元で、スペツナズの四人は集まっていた。

「そうか、そんなことが……」

 自身の部下から、観光中に起こったという、別部隊によるものと思われる自衛官拉致未遂の報告を受けたアバルキンは、苦々しく顔を顰めた。

「にしたってどこの部隊ですかねぇ、あの三人の、特に白間軍曹と浅野軍曹のヤバさを知ってたら、あんな安直な手を使わないと思うんですけど」

 カラシンが皮肉るように言う。あそこに倒れていた黒服たちは全員ロシア人だった。それは間違いない。しかし、もしも同じスペツナズだったとしても、やり口がお粗末だし、流石に二人相手に数十秒で伸されてしまう程度の技量しかないとは思えない。

 もしくは、それほどまでにあの二人の日本人が規格外に強く、黒服達が油断していたのか……真相はわからない。だが、前日の“予備弾倉”の件からして、自分たちが上層部の企んでいる厄介ごとに巻き込まれつつあることは理解できた。

「ともかく、あの三人が無事で良かったと思うべきか。他部隊からの接触はあったか?」

「いいえ、ありませんでした。移動中に追跡もあるかと思いましたが、それも受けませんでした」

 エリツィナが言った通り、あれからその拉致役たちから協力の要請でもあるかと思われたが、そんなことはなく。更に移動中に追跡、あるいは”交通事故“でも仕掛けてくるかと思っていたのだが、それもなかった。

 これらのことから、完全に自分たちとは別管轄の部隊が、あの三人を手中に収めようとして仕掛けたのは違いないと確信が持てた。しかし、自衛官を拉致することが何のためなのかはわからない。手元の情報だけでは推測のしようがない。

「そうか……」

「同じロシア軍なのに、不気味極まりないですなぁ全く」

 やれやれと肩をすくめるカラシンに、エリツィナが厳しい目線を向ける。

「そもそも、貴様が観光など考えなければ、このようなややこしい事にはならなかっただろうが……!」

 カラシンに詰め寄る勢いのエリツィナに、アバルキンが「いや」と制した。

「日露の関係改善の手前、交友関係を持つことは問題ない。問題なのは、それを潔く思っていない者、あるいは利害関係の内の利益しか見えていない者が、裏で糸を引いているということだ」

 少佐の言葉に、彼女はひとまず矛を納めて、カラシンも苦笑いから真面目な顔になった。そこで、事を後ろで見ていたグレコフが挙手した。

「あの、質問よろしいでしょうか、少佐殿」

「どうした、少尉」

「……邪推かもしれませんが、今回の失敗の尻拭いを、我々がやらされる可能性というのは、やはりあるのでしょうか?」

「それは……」

 ない、と即答仕掛けて、アバルキンは口籠った。あれから件の部隊が何もしてこないということは、自分たちに拉致の役目を押し付けるつもりなのかもしれない。

「いっそのこと、予備弾薬を理由をつけて外してしまうのはどうでしょうか、それならば、いざ命令が下されたとしても、遂行することが困難という言い訳にもなりますし」

「グレコフ貴様、上からの指示を無視するための口実を考案するなど……」

「ではエリツィナ中尉は、彼らを捕縛しろと命令されたとして、それを迷い無く実行できるのですか?  自分は一度彼らに敗れています。技量的にも、そして心情的にも、任務を確実に遂行できるとは、とても思えません」

「グレコフ少尉、そこまでにしておけ。今の発言は聞かなかったことにしておいてやる」

「しかし少佐殿……!」

 アバルキンに遠回しに諭されながらも、なおも食い下がろうとするグレコフを、今度は横にいたカラシンが肩に手を回して止めた。

「あんまり少佐殿とエリツィナを困らせるなよグレコフ、お前今の発言、言ってる相手次第じゃ処罰物だぜ?  その自覚あったか、ん?」

「で、ですが……」

「誰もお前の発言を否定なんてしてねぇんだからよ、少しは落ち着けっての」

 言われ、はっとしたグレコフは、渋い顔をした自身の上官二人の顔を交互に見て、その心内を察した。二人とも、解っているのだ。彼らをAMWや生身で制圧することが非常に難しいことを、更に言えば、折角の友好関係を作る場を壊してしまうことへの忌避感もあった。

「申し訳ありませんでした。口が過ぎました」

「いや、少尉の提案もありだとは思う。しかし、その場合、命令遂行が出来なかったとしてお前達が処罰される可能性がある。予備弾倉はつけたままでいろ」

「しかし、それでは」

「まぁ聞け。指示系統の関係上、万が一、そのような指示があった場合には私の所に来るだろう。私はそれをどうにかして跳ね除ける」

「跳ね除けるったって、どうやってです?」

 カラシンの疑問に、少佐はにやっと片頬を釣り上げた。何か悪いことを考えている顔だった。

「知らんかもしれんが、私にもそれなりにコネや伝手と言った物がある。それに、上官がすると言ったのだ、そこを心配するのはお前たちの仕事ではない」

 それを聞いて、カラシンは笑った。グレコフも釣られるように苦笑いする。エリツィナだけが、真面目そうな表情をしている。一瞬場の空気が緩んだが、少佐の「しかしだ」という短い一言で、再び場が引き締まる。

「この報告を受けて、私から一つ、貴様達に命令する事ができた。今、それを伝える」

 その上官の言葉に、元から姿勢を整えていたエリツィナは表情をさらに引き締め、カラシンは部下の肩に回していた腕を解いて直立し、ワンテンポ遅れてグレコフが慌てて気を付けの姿勢をとった。

「……私から何かしらの指示があるまで、自衛隊に対し危害を加える行動の一切を禁ずる。これは厳命である。破ることは許さん。返事は」

「「「了解しました!」」」

 部下三人の揃った返事に、アバルキンは満足気に頷いた。

「よし。それではこの後、日比野軍曹らからの座学による対OFM戦闘のレクチャーを受け、3Dによる仮想敵機を相手にした実機訓練を行う。各自、機体の点検等の用意を済ませておけ。以上、解散」

 解散の言葉に足早に自機の方へと駆けて行った部下達を見送って、三人の姿が見えなくなると、アバルキンはふっと息を漏らし、苦笑した。

「……格好付け過ぎたな。私らしくもない」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】バグった俺と、依存的な引きこもり少女。 ~幼馴染は俺以外のセカイを知りたがらない~

山須ぶじん
SF
 異性に関心はありながらも初恋がまだという高校二年生の少年、赤土正人(あかつちまさと)。  彼は毎日放課後に、一つ年下の引きこもりな幼馴染、伊武翠華(いぶすいか)という名の少女の家に通っていた。毎日訪れた正人のニオイを、密着し顔を埋めてくんくん嗅ぐという変わったクセのある女の子である。  そんな彼女は中学時代イジメを受けて引きこもりになり、さらには両親にも見捨てられて、今や正人だけが世界のすべて。彼に見捨てられないためなら、「なんでもする」と言ってしまうほどだった。  ある日、正人は来栖(くるす)という名のクラスメイトの女子に、愛の告白をされる。しかし告白するだけして彼女は逃げるように去ってしまい、正人は仕方なく返事を明日にしようと思うのだった。  だが翌日――。来栖は姿を消してしまう。しかも誰も彼女のことを覚えていないのだ。  それはまるで、最初から存在しなかったかのように――。 ※第18回講談社ラノベ文庫新人賞の第2次選考通過、最終選考落選作品。 ※『小説家になろう』『カクヨム』でも掲載しています。

宇宙人へのレポート

廣瀬純一
SF
宇宙人に体を入れ替えられた大学生の男女の話

ビキニに恋した男

廣瀬純一
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

改造空母機動艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
 兵棋演習の結果、洋上航空戦における空母の大量損耗は避け得ないと悟った帝国海軍は高価な正規空母の新造をあきらめ、旧式戦艦や特務艦を改造することで数を揃える方向に舵を切る。  そして、昭和一六年一二月。  日本の前途に暗雲が立ち込める中、祖国防衛のために改造空母艦隊は出撃する。  「瑞鳳」「祥鳳」「龍鳳」が、さらに「千歳」「千代田」「瑞穂」がその数を頼みに太平洋艦隊を迎え撃つ。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

銀河戦国記ノヴァルナ 第3章:銀河布武

潮崎 晶
SF
最大の宿敵であるスルガルム/トーミ宙域星大名、ギィゲルト・ジヴ=イマーガラを討ち果たしたノヴァルナ・ダン=ウォーダは、いよいよシグシーマ銀河系の覇権獲得へ動き出す。だがその先に待ち受けるは数々の敵対勢力。果たしてノヴァルナの運命は?

処理中です...